サー 沖縄良い所一度はおいで
 さーゆいゆい

と言う訳で平成13年1月21日から23日にかけて沖縄に行ってきました。
 行程と感想は、以下のとおりです。

1/21(日)
午前6:20大磯駅集合昨日からの雪で、首都高速の不通個所がかなり有り、羽田空港までのY−CATの運行が不安である。すでに二宮から乗り込みの一人から携帯が入り当駅に到着との事を聞きすでに全員集合し我らも駅に入り合流する。

午前6:25等駅出発の6:27の登り電車がただ今国府津駅を出発とのアナウンスが入る。「なんてこった」軽く10分送れているではないか!ど、ど、どうするんだああああ・・・と思いつつ冷静沈着を装いヘラヘラ笑う。

午前6:34お待ちかねの電車到着。全員速やかに乗り込み無事車中の人となる。これからの選択が大変で、Y−CATで羽田に行くか、京急で羽田に行くか選択をしなければ成らないが、Y−CAT未だに不通との報に接し京急に変更する。こんなことも有ろうかと思い先日京急の運行表を入手してあった。まさにIT万歳である。途中乗り継ぎも実にうまく行き何とか羽田空港に到着。

午前7:45羽田到着。ここまでくれば、ひとまず安心。搭乗手続きを済ませて、雪のせいで込み合う滑走路のために10分ほど離陸が送れつつも無事に離陸。

午前11:30那覇に到着。ここで、名古屋から出発した女房の弟と合流しホテルへ。

午後1:00昼食。那覇市国際通り沿いの「サムズマウイ」でステーキランチを食す。パフォーマンス鮮やかな兄ちゃんたちの技を堪能しつつゴージャスなひれ肉のステーキを平らげる。

午後2:00ここで市内観光組みと我ら実家帰省組みと二派に分かれる。

午後3:00実家着。荷物だけ置き、近所に住む伯父の見舞いに向かう。実は、伯父が病を患いその見舞いのために沖縄まできたことも重要な目的であったのだ。まずは健康状態の確認をするが、いつも通りいたって健やかで安心するも声帯を除去したために発声できず、少々のもどかしさあり。が、闊達な身振りと筆談で、武道のことや琉球史のことなど私の興味を十分満足させてくれた。お返しに昨年の「こよろぎ薪能」のことなどを自慢してきた。

午後4:00実家に戻り酒盛り。なんと例によってこの地では、もてなしは、必ず酒盛りである。すでに女房の兄弟達が集まっており酒宴に突入。(今晩のことを考え、酒量を抑えながら元気よく上手に騒いだ)

午後6:30忙しい振りをして本体と合流のため居酒屋「島唄」に向かう。すでに本体とは、午後5:00から定食屋の「比屋定」で夕食を済ませ後に「島唄」に向かう打ち合わせを済ませている。

午後7:30「島唄到着」。や・やはり。他に客が居ない。当地沖縄では、皆さん飲み出しが遅いのです。大体この時間は、自宅で晩酌をやり9時か10時ころ外に出かける方が多い様です。酒と料理を頼む。いずれもなかなか美味で十分満足が行く水準である。午後8時ころ三味線(サンシン)の生演奏が始まり同行の衆もますます興に乗り大騒ぎ。例によって「カチャ-シー」で終焉となり、しばし余韻を楽しんだあと店を後にする。女房と子供をホテルに送りいよいよ松山のネオン街に突進す。

午後10:30松山到着。例によって客引きの兄ちゃんたちの積極的なアタックを歓迎する。この地の客引きは、決してボラ無いので安心である。大体時間制クラブで70分ほどで5千円程度が相場でしかも前払い制である。いよいよ店に突入す。奥ゆかしくも華やかな雰囲気はいつもと変わらないが、よく見ると女性達の顔もいつもと変わらぬ感が有り出身をたずねると「千葉」「埼玉」等であり少々がっかりするも見目麗しく可憐であることに満足を得る。

午後11:50ホテルに帰る。本日は、起床も早く明日に備えて英気を養う。

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