正岡子規の「俳句問答」(明治29年)に習って、私のホームページに寄せられた質問や意見に今日の私の能力において答えられる限り答えていきたい。                 
 この私の「答え」や「見解」にさらに質問や意見、批判・批評をしていただいて結構、むしろそれを歓迎したい。俳人ついての批判・批評、論評なくして俳句界の進歩も発展もありはしない。ただ、大家や師匠の言動に追従するだけでは、なんら「幇間」と変わらない。進歩・発展どころか、退歩・堕落するだけである。           
 今日の俳句界は、子規が月並俳句と手厳しく批判した当時よりも、さらに堕落しているといって過言ではない。子規は「俳句問答」で月並宗匠の「日々に来て蝶の無事をも知られけり  幹雄」の句を引いて、「『をも』の語は懈弛の甚だしき者なり」と断定し、「我は音調の調和する限りに於いて雅語俗語洋語を嫌はず、彼は洋語を排斥し漢語は自己が用ゐなれたる狭き範囲を出づべからずとし雅語も多くは用ゐず」。                        
 さらに子規はつづける。「我に俳諧の系統なく又流派無し、彼は俳諧の系統と流派とを有し且つ之あるが為に特種の光栄ありと自信せるが如し、従って其派の開祖及び其伝統を受けたる人には特別の尊敬を表し且つ其人等の著作を無比の価値あるものとす。我はある俳人を尊敬することあれどもそは其著作の佳なるが為なり。されども尊敬を表する俳人の著作といへども佳なる者と佳ならざる者とあり、正当に言へば我は其人を尊敬せずして其著作を尊敬するなり」と述べている。
 今日の堕落した俳句界と月並俳諧の世界は瓜二つであったことが、子規のこの痛切な言辞から浮かびあがる。今日は正当な批評・批判を避けて、もっぱら「もたれ合い」による誉め合いの世界と化している。その結果、駄句・凡句を名句・秀句ともてはやし、いたずらに「俳句」を貶めている。俳句を愚弄している。子規が結核とカリエスを患い病床六尺から呻きながら成した「俳句」を、高弟虚子が月並宗匠顔負けの商売俳句に貶めたのである。お茶やお花に等しい家元のごとき結社主宰がごろころといて、習い事よろしく「先生」と呼ばせ、指導者として振る舞って恥としないのは、その証左であろう。
 文学の世界には、こうした師弟関係は存在しない。単なる習い事の世界の師弟関係であろう。子規が命をすり減らして否定した月並俳諧の師弟関係そのものではないか。

        虚子批判への反論がなぜないのか
 
私は、ホームページで虚子をはじめとする大家(俳人)、さらには今日の俳句界への批判・批評を展開している。普通、文学の世界においては批判・批評への反論は日常的な営みであり、俳句の世界においても当然、私の主張、論理展開に対し、反論があるものと楽しみにしていた。反論があれば誠意をもって答え、その問答を逐一、ホームページで紹介しようと考えていた。しかし、いまだにこれっといった反論がない。そのために集めた私の資料は、いまのところ有効に働いていない。反論があれば、知恵をしぼり腰を据えての論述に熱が入るが、いまのところ何か拍子抜けしているのが実情だ。虚子や秋桜子等を高く評価している評論家や俳人の方々、遠慮なく反論いただきたい。
 仕方がないので、これまでに掲示板やメールで寄せられた質問・意見と、それに対する私の返事を紹介することにする。紹介するといっても、紹介するほどのものがないのが実情である。掲示板に寄せられた感想・意見は、質問や批判ではなく、私の主張に対する共感と励ましばかりであった。メールも同様だが、なかに一点、具体的な質問があった。それを紹介したい。

<質問・意見>

Y.Kさん


ざっと目を通させていただいただけなのですが、申し上げます。たしかに子規の写生論、そして子規の俳句に対する精神というものはまっすぐなものです。
しかし、芭蕉の時代に立ち返って、連句というものについてお考えになったことはありますか?
しかし、俳句は本来座を囲んで、そのコミュニケーションの中で磨かれる文学です。それがあたかも神聖なものであるかのように語られることについては、私は疑問を覚えます。
今の俳句の担い手が、あまりにも高齢であることにもおそらくはあなたが堕落とおっしゃる原因があるだろうとは思いますが、そうした主宰たちも何十年と研鑽なさってこられた方々です。
全くの惰性で続けられる文学ではないことは、よく研究なさっているあなたのことですからおわかりになりますよね。

<返 事>
 



感想を寄せていただき、ありがとうございました。
芭蕉の「連句」のことですが、芭蕉自身、連句は一座の興とみていたのではないでしょうか。
その証拠に、文台下ろせば反古なりと言っています。
また、主宰が何十年刻苦勉励しようとも、文学に於いては何の関係もないことと思います。
習い事の「お俳句」なら通用する理屈かも知れませんが、文学の世界にキャリアは何の足しにもなりません。芭蕉は技巧を嫌い、意図して退けました。俳諧は三尺の童にさせよと言ったのはまさにそのことを指しているものと思います。
文学に作者の経歴や格といったものを持ち込めば、堕落退廃するだけだと思います。
子規の写生論は、単なるデッサンなどではなく、文学としての俳句の本質にかかわる問題だと思います。
とりあえず、ご感想のお礼とともに、私の考えを記させていただきました。

 

   

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