虚子俳句の「痴呆性」

  
易水にねぶか流るる寒さかな   蕪村
  うは風に蚊の流れゆく野河かな  蕪村
  枯芦の日に日に折れて流れけり  闌更
 
蕪村の句と闌更の句がある。
  
流れゆく大根の葉の早さかな   虚子
 
虚子のもっとも有名な「大根の葉」と比べていただきたい。
 子規や内藤鳴雪は蕪村に強く惹かれ、熱心に蕪村研究をしていた。虚子は子規一門の高弟しとて当然、蕪村のこの句を承知していただろう。蕪村は中国の「史記」の故事に触発されて詠んだもので、蕪村の想像力の一つの作品。
 芭蕉の高弟、凡兆に
「渡り懸けて藻の花のぞく流れかな」の句がある。そうした著名な先行句を踏まえて、虚子の「大根の葉」に至る。
 蕪村や闌更の句と比して、虚子の句はどうか。
 虚子は橋上に佇み、小川を見ていると「大根の葉が非常の早さで流れてゐる。之を見た瞬間に今までたまりにたまつて来た感興がはじめて焦点得て句になったのである」(「句集」虚子序)と述べているが、作者のそんな説明は考慮する必要はない。一句としてどうか。ただ、それだけでいい。昭和3年、東京郊外の九品仏吟行での作とされているが、花鳥諷詠を唱えた虚子の俳人としての限界が如実に現れている。
 
「流れゆく大根の葉の早さかな」は座五を「早さかな」と置いたことで、技巧ののぞく嫌味な句となった。句会でこの句が出れば、上五の「流れゆく」を座五で「早さかな」と重ねて説明しているところがウルサイとして、ほとんど点が入らないのではないか。虚子の代表句とは、所詮、その程度のレベルのものだ。
 この句について、山本健吉は「ホトトギス流の写生句の代表作とされる所以であるが、その場合この写生句が、精神の空白状態に裏付けされてゐることを認めねばならぬ。よく言へば写生句であり、悪く言へば痴呆的俳句である」(現代俳句)と評している。
 山本健吉の「ホトトギス流の写生句」「痴呆的俳句」といった形容によって、虚子俳句の空虚な実体が炙り出されているにもかかわらず、その虚子に俳句界が牛耳られ、なんら文学的才能がなくても、血縁者だというそれだけの理由で主宰の座が世襲されるという「家元俳句」の悪弊を許した俳句界のテイタラクこそ責められるべきであろう。
           ※
 虚子の「大根の葉」の句を、私なりにもう少し分析してみたい。
 私の推量だが、虚子は九品仏吟行の小川の景色に触発されて、まず
「流れゆく大根の葉の寒さかな」と浮かんだのではないか。これだと明らかに蕪村の「易水にねぶか流るる寒さかな」の本歌取となる。それを嫌って、上五の「流れゆく」で早さを詠み込んでいながら、あえて座五に「早さかな」と持ってこざるを得なかったのではないか。
 座五に「
早さかな」と安易に置かないで、「流れゆく大根の葉」のその流れゆく表情を詠まなければ俳句とはならない。虚子はそれを承知しながらも文学的感性の乏しさゆえに、手抜きの「早さかな」を置いたのであろう。この程度のどうしようもない手抜き俳句が、門弟たちの努力等により意外にももてはやされたものだから、虚子は労せずして作句する癖をつけてしまったようだ。虚子が数ある中から選句した、あるいは虚子の子である高浜年尾、星野立子が選句した「虚子の句集」を試みにパラパラとめくればいい。数ある中からの選句ですら、あきれるばかりの手抜き俳句の羅列である。
             ※
 山本健吉は、虚子の「大根の葉」の句を痴呆的俳句とあえて蔑むことによって、俳句界の立ち直りを期待したのだろうが、現実は、子規の唱えた文学としての俳句とは似て非なる「家元俳句」へと坂道をころがるように堕落していき、どうしようもない今日の閉塞状況を抱えているのである。家元俳句の弊害は、家元への付届けや奉仕、結社への寄付といった俳句とはまったく離れたところの貢献の濃淡によって俳句の優劣や、結社内の序列が定まるところにある。家元の姑息な利害、打算によって俳句や俳人の評価が左右されるところに、文学としての俳句が育つはずがない。また、主宰自身、「雨が降る日は天気が悪い」といった程度の、愚にもつかぬ駄句凡句でお茶を濁している。お茶を濁しているというより、駄句凡句を作るのが関の山なのであろう。
 他人を指導する力量も能力もなく、ただ親兄弟から引き継いだ結社のノレンを守っているだけなのだろう。そんな人間が、主宰ヅラして他人の俳句を玩具のごとくいじくり回す。小学生が大学生の書いた論文に無断で手を入れている図を想像していただければ分かると思うが、いかに滑稽なものか。
 能力のない主宰ほど、門弟の句に手を入れたがる。そうした悪弊は、文学的な才能のない虚子によってレールが敷かれた。虚子の代表作と言われる俳句のほんどすべてが駄句凡句であり、そして大家ぶった鼻持ちならない累々とした句がそれを物語っている。
 虚子は小説を書いたという事実だけで、文学的才能を云々する人物がいるとすれば、むしろ問いたい。文学的才能がなくとも小説は書ける。小説を書いたという行為は、その人物の文学性をなんら担保していない。小説という言葉に文学性が含意されているなら、小説まがいのものと正しく言おう。小説を書かなくても文学性豊かな人もいる。要は、小説あるいは小説まがいのものを書いたかどうかではなく、俳人としての作品と言動によって文学性の有無を感得すべきだ。
 私は、虚子の作品や著作から文学性の片鱗すら感じることができない。自己肥大した権勢欲の強い人物としての虚子しか、私には浮かばない。

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