古句を知り焼直し俳人の実体を  今日、俳句眼鏡での俳句作りによって、俳句界には閉塞感が充満している。その閉塞感を打ち破ろうと、新奇・新風の俳句がいろいろなところで模索されているが、そのことごとくが「古人の句の焼直しや模倣に過ぎない」。五七五の十七文字で表現する短詩であるため、思いがけず句が似る或いは部分的に表現が重なることは避けられないだろうが、少なくとも俳人であれば、類句類想を努めて避けるべきだろう。それが出来なければ、もはやその句は文学ではない。言葉遊びに過ぎない。創造性がなければ文学ではなく、単なる古句の焼き直しやナゾリに堕す。芭蕉や蕪村、さらに子規らは本歌取といって、先人の有名な句をなぞって幾つか作っているが、それは誰でもが本歌取とわかる人口に膾炙した句を用いていて、当人も本歌取であることを述べている。悪質なのは、明らかに古人の句の焼き直し、換骨奪胎であるにもかかわらず、苦労して作句した独創の句だと吹聴している俳人の存在である。ここに貞徳からの古人の句の一部を紹介することで、焼き直し俳人の句との比較をしていただきたい。そして、その実体を見詰めるなかから、文学としての俳句が再び芽生えてくるのではないか。そう信じて、パソコンのキーボードを打っている。
 まず、知識によりかかった滑稽の句。貞門俳諧の総帥、松永貞徳の「霞さへまだらに立つや寅の年」「阿蘭陀の文字が横たふ天つ雁」をはじめ、数え切れないぐらいある。これは諧謔、滑稽の俳諧であっても俳句ではない。物に触れての感動による作句ではなく、単なる言葉遊びだからだ。
 狂言や謡曲等の知れ渡っている言い回しを用いた句作り。言い回しの言葉は、日常会話に出てくる何でもないものが多く、知識を下敷きにした句よりは嫌みが少なく、また言葉の使い方によっては人情の機微を掬いあげることができる。今日、改めて目を通しても新鮮な感のするものもある。

    冬籠虫けらまでもあなかしこ      貞徳
    やあしばらく花に対して鐘つくこと   重頼 
    いざのぼれ嵯峨の食ひに都鳥      貞室
    これはこれはとばかり花の吉野山    貞室
    里人の渡り候ふか橋の霜        宗因
    蚊が入って蚊屋ふるうたりや夜が明けた 来山
    飯蛸のあはれやあれで果てるげな    来山
    花咲いて死にとむないが病かな     来山
    そよりともせいで秋立つことかいの   鬼貫
    惜しめども寝たら起きたら春であろ   鬼貫
    草麦や雲雀があがるあれさがる     鬼貫
    あら何ともなや昨日は過ぎて河豚汁   芭蕉
    有難や雪を薫らす南谷         芭蕉
    いざさらば雪見にころぶ所まで     芭蕉
    面白し雪にやならん冬の雨       芭蕉
    きてもみよ甚べが羽織花ごろも     芭蕉
    あれ聞けと時雨くる夜の鐘の音     其角
    うらやまし思ひ切る時猫の恋      越人
    去ね去ねと人に言はれつ年の暮     路通
    蚊屋の内にほたる放してアア楽や    蕪村
    うかうかと生きてしも夜や蟋蟀     二柳
    うまそうな雪がふうはりふうはりと   一茶
    これがまあつひの栖か雪五尺      一茶
    もつたいなや昼寝して聞く田植歌    一茶

       
 ※
 古人の俳句には、また新鮮な言語感覚の句も少なくない。虚子を筆頭に手柄顔で自句を解説、或いは評価している解説書のごときものが、いかにいい加減なシロモノであるかが、古人の句が雄弁に物語っている。

    
ししししし若子の寝覚の時雨かな    西鶴
    によつぽりと秋の空なる不尽の山    鬼貫  
    びいと啼く尻声かなし夜の鹿      芭蕉
    ひやひやと壁をふまへて昼寝かな    芭蕉
    ほろほろと山吹散るか滝の音      芭蕉
    がつくりと抜けそむる歯や秋の風    杉風
    水鳥や向うの岸にへつういつい     惟然
    水さつと鳥よふはふはふうはふは    惟然
    うつつなきつまみごころの胡蝶かな   蕪村
    たらちねの抓までありや雛の鼻     蕪村
    ほきほきと二もと手折る黄菊かな    蕪村
    柳ちり清水かれ石ところどころ     蕪村
    よわよわと日の行きとどく枯野かな   麦水
    小うるさい花が咲くとて寝釈迦かな   一茶
    ざぶりざぶりざぶり雨ふる枯野かな   一茶
    たうたうと滝の落ちこむ茂りかな    士朗
    日のさしてとろりとなりぬ小田の雁   乙二

        
 ※
 つぎに身体の表情、骨格を鋭く観察した句をあげよう。
  
    
ながむとて花にもいたし頸の骨     宗因   
    我が寝たを首あげて見る寒さかな    来山
    骸骨の上を粧ひて花見かな       鬼貫
    秋風の吹きわたりけり人の顔      鬼貫
    木枯や頬腫痛む人の顔         芭蕉
    襟巻に首引き入れて冬の月       杉風
    骨拾ふ人にしたしき菫かな       蕪村
    夏痩のわがほねさぐる寝覚かな     蓼太
    かな釘のやうな手足を秋の風      一茶
   

         ※
 今日の俳句はどうも花鳥諷詠の名のもとに「雅・みやび」に傾いていて、小便、糞等の俗から離れているが、短歌の雅に対し、俳諧は「俗」を身上としていたのではないか。芭蕉は「高く心を悟りて俗に帰るべし」(三卅子)と述べている。高悟帰俗の句を紹介しよう。

    
小便の数もつもるや夜の雪       貞室  
    手鼻かむ音さへ梅の盛りかな      芭蕉
    蚤虱馬の尿する枕もと         芭蕉
    五月雨や蚯蚓の徹す鍋の底       嵐雪
    鼻紙の間にしをるるすみれかな     園女
    いばりせし蒲団ほしたり須磨の里    蕪村
    皿を踏む鼠の音の寒さかな       蕪村
    大とこの糞ひりおはすかれのかな    蕪村
    紅梅の落花燃ゆらん馬の糞       蕪村

       
 ※
 海や川、水にかかわる句を集めてみた。
  
    元日やされば野川の水の音       来山
    行水の捨所なし虫の声         鬼貫
    春の水ところどころに見ゆるかな    鬼貫
    木枯の果てはありけり海の音      言水
    菜の花や淀も桂も忘水         言水
    海暮れて鴨の声ほのかに白し      芭蕉
    川上とこの川下や月の友        芭蕉
    郭公声横たふや水の上         芭蕉
    ゆく水や何にとどまる海苔の味     其角
    湖の水まさりけり五月雨        去来
    ながながと川一筋や雪の原       凡兆
    渡り懸けて藻の花のぞく流れかな    凡兆
    水底を見て来た顔の小鴨かな      丈草
    朝がほや一輪深き淵のいろ       蕪村
    足よわのわたりて濁るはるの水     蕪村
    易水にねぶか流るる寒さかな      蕪村
    夏河を越すうれしさよ手に草履     蕪村
    春の水山なき国を流れけり       蕪村
    紅さいた口もわするるしみづかな    千代
    山吹や水のこころを受け流し      五竹坊
    枯芦の日に日に折れて流れけり     闌更
    二三尺秋の響や落とし水        月渓
    夏山や一足づつに海見ゆる       一茶
    夕月や流れのこりのきりぎりす     一茶
    湖の水の低さよ稲の花         士朗

         
 ※
 それでは、螢や蝉、蝶など昆虫を詠んだ句を見てみよう。

    
世の中よ蝶々とまれかくもあれ     宗因
    牛小屋に昼見る草の螢かな       言水
    牛部屋に蚊の声闇き残暑かな      芭蕉
    やがて死ぬけしきは見えず蝉の声    芭蕉
    さびしさや一尺消えてゆく螢      北枝
    追はるるか追つて行くのか飛ぶほたる  羊素
    傾城の蚊屋にきのふの螢かな      瓢水
    やれ打つな蠅が手をすり足をする    一茶

        
  ※
 貞室が夜半の月を愛でて「涼しさのかたまりなれや」と詠んだように、対象を感覚で掬いあげた句は次のようなものだ。
  
   
 涼しさのかたまりなれや夜半の月    貞室
    白魚やさながら動く水の色       来山
    秋近き心の寄るや四畳半        芭蕉
    丈六にかげろふ高し石の上       芭蕉
    八九間空で雨ふる柳かな        芭蕉
    雲雀より空にやすらふ峠かな      芭蕉
    行く春や鳥啼き魚の目は涙       芭蕉
    切られたる夢は実か蚤の跡       其角
    声かれて猿の歯白し峰の月       其角
    木がらしの吹き行くうしろすがたかな  嵐雪
    蒲団着て寝たる姿や東山        嵐雪
    陽炎や取りつきかねる雪の上      荷兮
    郭公なくや雲雀と十文字        去来
    物の音ひとり倒るる案山子かな     凡兆
    春雨や抜け出たままの夜着の穴     丈草
    ぼのくぼに雁落ちかかる霜夜かな    路通
    落雁の声のかさなる夜寒かな      許六
    梢まで来てゐる秋のあつさかな     支考
    ほたほたと桃の花さく垣根かな     紀逸
    湖にもたれかかりし稲の花       几圭
    涼しさや夢もぬけゆく籠枕       乙由
    青梅に眉あつめたる美人かな      蕪村
    凧きのふの空のありどころ       蕪村
    およぐ時よるべなきさまの蛙かな    蕪村
    凩に鰓吹かるるや鉤の魚        蕪村
    四五人に月落ちかかるをどりかな    蕪村
    涼しさや鐘をはなるるかねの声     蕪村
    蓮の香や水をはなるる茎二寸      蕪村
    春雨やものがたりゆく蓑と傘      蕪村
    水桶にうなづきあふや瓜茄子      蕪村
    夕立や草葉をつかむむら雀       蕪村
    むらしぐれ猫の瞳子のかはり行く    旨原
    秋風に歩いて逃げる螢かな       一茶
    涼風の曲りくねつて来たりけり     一茶
    白牡丹崩れんとして二日見る      成美

           

 
 「行きゆきてここに行きゆく夏野かな  蕪村」のように言葉の繰り返しによる句を、今日の俳人は好んで作るが、何の新しいものではない。西鶴をはじめ古人の句が累々とある。その一例を紹介する。
 
    大晦日定なき世のさだめかな      西鶴  
    子規子規とて寝入りけり        調和
    雪の朝二の字二の字の下駄の跡     捨女 
    むしつてはむしつては捨つ春の草    来山 
    送られつ送りつ果ては木曽の秋     芭蕉
    夏来てもただ一つ葉の一つ葉かな    芭蕉
    梅一輪一輪ほどの暖かさ        嵐雪
    一羽啼二羽なき後は千鳥かな      巴静
    元日や非を改むる非のはじめ      紹簾
    おち葉おちかさなりて雨雨をうつ    暁台
    一里行き二里行き深山ざくらかな    二柳
    露の世は露の世ながらさりながら    一茶
    椿落ち鶏鳴き椿また落つる       梅室


           ※
 俳句の形にとらわれない自由奔放な句も少なくない。一例をあげて、なんでも俳句仕立てにする「俳句眼鏡」の愚かしさと比較していいただきたい。

    冬は又夏がましぢやと言ひにけり    鬼貫
    夏衣いまだ虱を取り尽くさず      芭蕉
    初雪や水仙の葉のたわむまで      芭蕉
    投げられて坊主なりけり辻相撲     其角
    上行くと下来る雲や秋の天       凡兆
    蚊の声す忍冬の花の散ルたびに     蕪村
    恋いさまざま願ひの糸も白きより    蕪村
    大文字やあふみの空もただならね    蕪村
    冬の夜や針失うて恐ろしき       梅室

          
 ※
 その他の古句をまとめてみた。整理すれば、幾らでも分類整理ができるのだが、とりあえずあげておいて、おいおいに整理していきたい。まず、古句を知っていただくことが大切なので。


    順礼の棒ばかり行く夏野かな      重頼
    生魚の切目の塩や秋の風        重頼 
    浮世の月見過しにけり末二年      西鶴
    鯛は花は見ぬ里もあり今日の月     西鶴
    朝顔に我は飯くふをとこかな      芭蕉
    朝露によごれて涼し瓜の泥       芭蕉
    五月雨や色紙へぎたる壁の跡      芭蕉
    芋の葉や月待つ里の焼畑        芭蕉
    起きあがる菊ほのかなり水のあと    芭蕉
    京にても京なつかしやほととぎす    芭蕉
    草いろいろおのおの花の手柄かな    芭蕉
    木のもとに汁も鰌も桜かな       芭蕉
    五月雨や桶の輪切るる夜の声      芭蕉
    田一枚植ゑて立ち去る柳かな      芭蕉
    奈良七重七堂伽藍八重桜        芭蕉
    葱白く洗ひたてたる寒さかな      芭蕉
    東西あはれさひとつ秋の風       芭蕉
    ひらひらとあぐる扇や雲の峰      芭蕉
    水取りや氷の僧の沓の音        芭蕉
    世にふるもさらに宗祇のやどりかな   芭蕉
    早稲の香や分け入る右は有磯海     芭蕉
    西瓜独り野分をしらぬ朝かな      素堂
    いなづまや昨日は東けふは西      其角
    かたつぶり酒の肴に這はせけり     其角
    鐘ひとつ売れぬ日はなし江戸の春    其角
    京町のねこ通ひけり揚屋町       其角
    綿とりてねびまさりけり雛の顔     其角  
    五月雨に蛙のおよぐ戸口かな      杉風
    行き行きて倒れ伏すとも萩の原     曽良
    終夜秋風聞くや裏の山         曽良
    岩はなやここにもひとり月の客     去来
    鶯や下駄の歯につく小田の土      凡兆
    悔やみいふ人のとぎれやきりぎりす   丈草
    肌のよき石にねむらん花の山      路通
    清水の上から出たり春の月       許六
    馬の耳すぼめて寒し梨の花       支考
    薮入りや母の箒のありがたき      巴静
    書初めや五六枚目を初めとし      白羽
    うぐいすのあちこちとするや小家がち  蕪村
    をちこちに滝の音聞く若ばかな     蕪村
    およぐ時よるべなきさまの蛙かな    蕪村
    河童の恋する宿や夏の月        蕪村
    寒ぎくや日の照る村の片ほとり     蕪村
    喰うて寝て牛にならばや桃の花     蕪村
    草霞み水に声なき日ぐれかな      蕪村
    暮れまだき星の輝く枯野かな      蕪村
    腰ぬけの妻うつくしき巨燵かな     蕪村
    小鳥来る音うれしさよ板びさし     蕪村
    燭の火を燭にうつすや春の夕      蕪村
    白露や茨の刺にひとつづつ       蕪村
    筋違にふとん敷きたり宵の春      蕪村
    椿落ちて昨日の雨をこぼしけり     蕪村
    戸に犬の寝がへる音や冬籠       蕪村
    菜の花や月は東に日は西に       蕪村
    なのはなや昼ひとしきり海の音     蕪村
    にほひある衣も畳まず春の暮      蕪村
    西吹けば東にたまる落葉かな      蕪村
    葱買ふて枯木の中を帰りけり      蕪村
    端居して妻子を避くる暑さかな     蕪村
    牡丹散つてうちかさなりぬ二三片    蕪村
    短夜や毛むしの上に露の玉       蕪村
    行き暮れてうめに動くや馬の鼻     宋屋
    我が家に居所捜すあつさかな      宋屋
    世の中は三日見ぬ間に桜かな      蓼太
    さうぶ湯やさうぶ寄りくる乳のあたり  白雄
    取りあへず臂かいて見る胡瓜かな    素丸
    若草や余寒を恨むよぢれよぢれ     素丸
    秋なれや木の間木の間の空の色     也有
    山吹や葉に花に葉に花に葉に      太祇 
    追々に塔の雫や春の雪         二柳
    石仏誰が持たせし草の花        一茶
    うつくしや障子の穴の天の川      一茶
    大根引き大根で道を教へけり      一茶
    降る中へ降り込む音や小夜時雨     五明
    菜の花の中や手にもつ獅子頭      乙二
    石蕗の日陰は寒し猫の鼻        抱一
    いつ暮れて水田の上の春の月      蒼糺
    夕顔やたしかに白き花一つ       蒼糺
    背高き法師にあひぬ冬の月       梅室
    冬の夜や針失うて恐ろしき       梅室