秋桜子の「文芸上の真」の軽薄さ
 高浜虚子の客観写生に対し、正面から異を唱えたことで知られる水原秋桜子の「『自然の真』と『文芸上の真』」(馬酔木昭和6年10月号)について触れておきたい。秋桜子は、「自然の真」を知る作業は高等な頭脳の働きの参加せぬ仕事と断定したうえで、「出来るかぎり多くの書を読み、文献を渉猟し、絵画彫刻を見学して、創作力、想像力を養うに努めた。しかして次第に鉱(あらがね)を頭の溶鉱炉の中で鍛練し、十七文字詩に表現することをはじめた。かくして『文芸上の真』を捉える手段を、はじめて『写生』と名づけ得ると僕は信ずるのである」と。
 正岡子規が提唱した「写生」(実際に草花、景色などを目にして作句する営み)に対し、秋桜子は、これは写生ではない、ただものを見る修練であるとして「高等な頭脳の働きの参加」によって「『文芸上の真』を捉える手段を、はじめて『写生』と名づけ得る」とする。
 ただ単に「自然の真」を知る営みは「高等な頭脳の働きの参加せぬ仕事」であり、したがって「写生」ではないとの論法は、虚子に対して含むところがあったにしても乱暴すぎる。
 秋桜子の言うように、「多くの書を読み、文献を渉猟し、絵画彫刻を見学」しなければ、創作力、想像力を養うことが出来ず、高等な頭脳の働きをなし得ないのか。その機会に恵まれなかった時代の人々は高等な頭脳を有しなかったと言えるのか。

    
「高等な頭脳の働き」の駄句凡句
 秋桜子の言う「高等な頭脳の働き」とは、書物文献、絵画彫刻に接すれば生まれる程度のお粗末きわまりない「頭脳」であり、そんなアホくさいもので「文芸上の真」が捉えられるはずがない。秋桜子が冗談ではなく、本気でそんなことを主張したとすれば、俳人の見識が疑われる無茶苦茶な論法だが、この論理は今日なお、秋桜子系の俳人の間で「聖典」のごとく用いられている。なんとも愚かなことだが、俳人の「高等な頭脳」が垣間見える思いがする。しかし、アホくさいタワゴトとして無視して済ますことのできないものがある。秋桜子は虚子と並ぶ存在として俳句界に今なお影響を及ぼしているからである。
 「文芸上の真」は、絵画彫刻、文献などから生まれるものではなく、自然に身を置き、自然を見つめるなかから生まれてくるものだ。
 秋桜子は、「自然の真」の鉱を「採掘することから学びはじめた。これは写生ではない。ただものを見る修練である。『自然の真』を知る作業である。いわば高
等なる頭脳の働きの参加せぬ仕事である」と言っているが、単に秋桜子の頭脳の働きの問題であり、限界でもある。
 秋桜子は「自然の真」を見つめるだけでは「文芸上の真」を得られないとしているが、それでは「文芸上の真」とは何なのか。
  寒鯉はしづかなるかな鰭を垂れ
  啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々
  獅子舞は入日の富士に手をかざす
  慈悲心鳥霧吹きのぼり声とほき
  ぜすきりしと踏まれ踏まれて失せたまへり
  滝落ちて群青世界とどろけり
  冬菊のまとふはおのがひかりのみ
 秋桜子の名高い句を七句ならべてみた。
 高等な頭脳とやらが生み出した句だが、いずれも俳句のテイを成していない駄句凡句であり、高等な頭脳の働きとは所詮、ごまかしの手練手管以外のなにものでもないという事実である。子規の死後、子規俳句のブランドによりかかったコピー、あからさまに言えばマガイモノ俳句が跋扈した。秋桜子の論理と俳句はその一つの典型ではないか。
 高等な頭脳は働きとは月並俳諧顔負けの言葉遊びのこと。名句といわれる「滝落ちて群青世界とどろけり」はどこに俳句としての味わいがあるのか。
  滝の上に水現はれて落ちにけり  夜半
 後藤夜半のこの写生句とくらべれば、俳句としての優劣がはっきりする。
 感動や思いを鑑賞者に伝えない、むしろ拒否するに等しい言語表現のどこに「文芸上の真」があるのか。
 文芸とは、不確かな存在である人間の生きている生命の味わいを文字によって表現するものである。文芸上の真とは、その生命の味わいの真実を指すものであろう。その「真実」は「多くの書を読み、文献を渉猟し、絵画彫刻を見学」しなければ捉えられないものなのか。

    
自然のいとなみが導く名句・秀句
 知識が感性を豊かにすると思い上がっているところに、秋桜子の底の浅さ、軽薄さがある。知識が感性の豊かさを担保しているのではなく、むしろ知識によって感性貧しくなっている政治家、官僚、実業家など枚挙にいとまがない。
 「文芸上の真」は知識ではなく、感性の豊かさによってもたらされるものだ。
 釈迦は文献によって悟りをひらいたであろうか。悟りをひらいたのは菩提樹の木の下ではないか。何年も菩提樹に下で座りつづけ、ようやく悟りを得た。自然のなかで自然と渾然一体となり悟りを得たのである。

 古今はもとより洋の東西を問わず、物事の真理を得るのに自然の恩恵を受けなかった人物がいるであろうか。木の葉のそよぎ、雨や雪、風の音、日脚の伸び縮み、海の表情、川辺や水郷のたたずまい、虫の営み、空ゆく鳥の姿から真理を得なければ、なにから真理を得るのか。
 秋桜子はまた、「自然の真」と「文芸上の真」を区別しているが、「自然の真」によって「文芸上の真」がもたらされているのである。「自然の真」なくして「文芸上の真」などあり得ない。
 芭蕉の「古池や蛙とび込む水の音」は自然にこころを傾けたことによって生まれ、蕉風俳句の開眼となったのであり、文献や絵画彫刻が芭蕉の蒙をひらいたのではない。
 古池に飛び込む蛙の音、その自然の営みが芭蕉を導いた。また、この「自然の真」によって芭蕉の感動が素直につたわる。
 文芸上の真は、高等な頭脳の溶鉱炉で「自然」を自分勝手な鋳型にはめ込む行為とは対極にある、「写生」の営みのなかから生まれるものである。
 ミケランジェロや画家のミレー、ゴッホ、文学者のトルストイ、ヘミングウェー、理論物理学者のアインシュタインなど古今の文化・文明を導いた第一人者は、ほとんどすべて自然によって「真理」を得ている。
 時に人知の為し得ない「真理」にたどりつく。自然の贈り物ともいえる偶然の思いつき、発見である。高等な頭脳による知識が「真理」をもたらすのであれば、知識を詰め込んだ百科事典のような人間が「真理」を生み出すことになるが、知識偏重の教育が人間の感性をどのように疲弊させてゆくかは、理屈ではなく身近な人間を見ればいい。
 
   
 「写生」のリアリズムが子規俳句を
 
子規は古今東西の文献、動向に通じた碩学だが、だからこそ「高等な頭脳」の観念を嫌った。物事をありのままに見る「写生」のリアリズムこそが、俳句を文学と為し得るとの信念をつらぬき、実際、子規は文学としての俳句を遺した。
 子規のリアリズムからみれば、秋桜子のナマっちょろい高等な頭脳の溶鉱炉など言葉いじりに過ぎないであろう。
 元禄時代の俳人、捨女の伝説的な名句
  雪の朝二の字二の字の下駄の跡
 この句は捨女が六歳の時に詠んでいる。
 秋桜子のいう高等な頭脳の働きにより俳句がつくられるものならば、捨女のこの句をどう説明するのか。「多くの書を読み、文献を渉猟し、絵画彫刻を見学」しなければ、文芸上の真に到達できないのであれば、捨女の「雪の朝」の句は偶然の作ということになる。このことは、俳句とは誰でもが偶然によって名句を為すことのできる営みであるということを物語っている。
 



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