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| リネン工員(マイケル・ロングリー)について |
| 水崎野里子 |
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この詩「リネン工員」は,殺された(恐らく,テロで)「親父」を,冬空に磔にされたキリストと並列させて追悼している.テロにより殺された人々を,キリストの受難に並列させて追悼する視点自身は,そう驚くべきものではなかろう.だが,この詩の面白さとユニークさは,何度か言及される,「歯」のイメージにある.それは,臼歯,犬歯,そして入れ歯,へと連なって行く.キリストも,「歯」のイメージと結びつけられている.それは,テロによる死,という悲劇的な出来事に,喜劇的視点を覆い被せ,一種のブラック・ユーモア的な効果を上げる.ブレヒト的異化効果,と言ってしまえばそれまでだが,「入れ歯」,そして「眼鏡」は,親父の死を,キリストの受難と重ねて英雄化するのではなく,むしろそれを阻止しつつ,読者に,より客観的に,卑近な距離で,見つめることを,要求する.ここでは,キリストさえも,「歯」の言及の中に,英雄化を阻止されており,「親父」と同じ,惨めに,哀れに,殺された,一人の男に過ぎない,との感を与える.その,殺された親父は,リネン工員(ちなみに,リネン産業は,アイルランドの主要な産業の一つ)である.すなわち,我々と等しい,庶民である.だが,その,一人の庶民の死によって,マイケル・ロングリーは,アイルランドの現在の状況を物語る.この詩の言おうとしていることは,アイルランドの人民の歴史そのものなのだ. 私は,『現代アイルランド詩集』(1998年,土曜美術出版販売)では,特に,1949年,のアイルランド共和国のイギリス連邦からの独立以後の歴史状況に視点を定め,その背景を示すような詩を特に多く訳出した.その一つが,この詩,「リネン工員」である.現在でも,かなりしばしば,アイルランドでのテロ事件は,ニュースとして報じられる.スーパー・マーケットの近くの広場を爆破したり,ビルを爆破したり,必ず死傷者を伴う,悲惨な事件が続く.これからも,続くであろう.しばしば犯行声明を出すIRAは,カトリック系の武装集団であり,爆弾などによる武力行使を行い,自分たちの存在を世間に表示することを,その旨とする.その背景にあるものは,アイルランドにおける,プロテスタントとカトリックの宗派間の相克である. イギリス本国は,プロテスタントが多い.アイルランドは,カトリックが多い.だが,アイルランド島の北の地域は,プロテスタントが多い.その中で,その北アイルランドのイギリスからの独立問題が,いまだその相克の主要な一問題となっている.北アイルランドのカトリック分子は,イギリスから独立し,南のアイルランド共和国に属したい.アイルランド側のカトリックも,そう願う.対し,北アイルランドのプロテスタント側は,プロテスタントの多いイギリスに属し続けることを願っている.その相克の中でしばしば起こるテロ事件が,冒頭の詩「リネン工員」のテーマである. そして更に,プロテスタント,カトリックを問わず,アイルランド全体に亘る,共通した底流は,積年のアイルランドへのイギリス支配,圧政への抵抗と反抗である.そのイギリスへの反抗は,彼らの詩の中では,アイルランドの古い伝統の確認,アイルランドへの愛国心となって表現される.そして,アイルランドは,イギリス本土よりに比べ,その生活は,概して,そう豊か,というわけではなかった.歴史的には,彼らは何度かの飢饉に見舞われ,生活に窮した人々の多くは,アメリカへ移民として流出した. アイルランドは,長い歴史の中で,イギリスの支配下に置かれていた.そもそもアイルランドは,ケルト民族の国であり,ゲール語を話し,ケルト文化という豊かな文化を持つ.(そのケルト文化を文学の中に具現させたのは,イエイツである.また,彼は,アイルランドの独立問題に,文学者として,深く関わっている.)一方,イングランド,ウエールズ,スコットランドもそれぞれ独自の言語と文化を持っている.故に,アイルランドが,イングランド(アングロ・サクソン)で代表されるイギリスの支配下に置かれていた,ということは,アイルランドの人々にとっては,異民族,異なる言語,異なる文化と圧政に屈しねばならぬことを意味した.1921年には,北アイルランドはアイルランドから分離し,イギリス連邦に属した.その後,様々な経緯を経て,アイルランドの方は1949年,独立した共和国であると宣言した.だが,イギリス連邦に属し続ける北アイルランドを巡って,いまだに葛藤が続いているわけである. この葛藤は,だが,多くのすぐれた詩を他にも生み出した.ジョン・モンタギュー「接ぎ木された言葉」,ブレンダン・ケネリー「暗闇の父達」,シェイマス・ヒーニー「殺された男」,「沼地」,マイケル・ロングリー「傷」,デリク・マホン「デリーの朝」,トム・ポーリン「失われた地域にて」等.それらは,政治的,歴史的な抵抗の詩として,ある.彼らは,こう述べる.「言葉を失った/血まみれの,切られた/首は息詰まる/もう一つの言葉をしゃべろうとして..(ジョン・モンタギュー『接ぎ木された言葉』)」,「僕はケリーの土と岩から生まれた/それゆえ僕はその暗さを讃えるそして恥を(ブレンダン・ケネリ−『暗闇の父達』)」,「我々の国はジャッキで持ち上げられた死体/深みにはまったどろ沼(トム・ポーリン『長老教会派の書斎』)」,など.私は今,この稿を書きながら,かって読んだ,韓国の金芝河の日本の圧政に対する,抵抗詩を思い出している.そして,ソルジェニツィンの,『収容所列島』を. 現代アイルランドの詩の特色となるもう一つの要素は,「北」である.「北」という言葉は,「孤独」,「貧しさ」,「寒さ」などの連想を含む.それは,シェイマス・ヒーニーの「北」,マイケル・ロングリーの「氷雨」,トム・ポーリンの「北の風景の中で」などに示されている.トム・ポーリンは,その詩の中で,こう書く.「彼らの沈黙はこの季節の沈黙の一部にすぎない/冬のだだ広い沈黙は二人の孤独の周りを縁取る./空っぽの海が拡がりカモメはわびしく鳴く」 私は,『現代アイルランド詩集』の出版後,ある一人の詩人から,直接,購読希望の連絡を受けた.その詩人の名は,麻生直子さんである.彼女は,北海道の奥尻島出身で,その詩にこう書く.「他人の捨てた土地を鋤く/くりかえしくりかえし凍土をほぐしていく/草むらに倒れ身動き一つしないで寒空をみつめる/もう帰ることも戻ることもできないのか/草を枯らす潮の匂いに歯ぎしりする(「神威岬ーー眠る」)」そして,彼女の詩「憶えていてください」は,1993年夏に奥尻島を襲った津波の被害をテーマにした作品である.私は,彼女のこれらの詩から,アイルランドの詩を,連想した.そして,彼女が,私の『現代アイルランド詩集』を読んで下さったことに,感謝した. |
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