ゆうの日記  2005年9月

延 命
医学や医療機器の進歩により飛躍的に延命が可能になった。僕もその一人である。しかし、そのかげで悲痛な人生を送る人もいる。延命は可能になったものの患者本人は生きる気力を失い、家族は看護に疲れきって死を選択する場合もある。あまりにも社会的な支援が貧しいからと思う。延命は素晴らしいと思える社会であってほしいと思う。

2005/09/30 PM 02:16:45

忍耐強さ
子供の頃を考えることが多い。あの頃はあんなことをして、こんなこともしていたなとなつかしく思う。でも、難病により我慢することが一杯あった。その度に悔しさや虚しさも味わってきた。しかし、それはわがままにならない忍耐強さを身につけてくれたのかもしれない。現代はあまりにも豊かになり過ぎて我慢することをしらない。それはわがまま放題の世の中になってしまったように思う。忍耐強さがないと努力や希望をもてないように思う。

2005/09/29 PM 03:06:20

考え方
自分のことを書く時は何を書いてもいいけれど、人のことを書く時は細心の注意をはらわなければならない。実際に何気なく書いたことが、人を傷つけてしまったことがある。人の価値観は多様化していて、これが正しいというものはない。自分の意見をきちんと持つことは大切だけれど、人に押し付けないようにしている。人の考え方もプラスにして、自分勝手な考えを持たないようにしていきたい。

2005/09/28 PM 01:56:46 

しわ寄せ
筋ジス病棟の厳しい現状を知る。昨年4月に国立療養所が独立法人化されたことにより、大幅な人員が退職した。そのしわ寄せが患者さんにまわってきている。さらに来年からは措置費もカットされる見込みで、益々患者さんを取り巻く環境は厳しくなっていくらしい。筋ジス患者さんの多くは子供の頃から病気によりあらゆる自由を失ってきた。そんな弱者にまで苦しみを押し付けてくる。そんな現実を知って僕は恵まれているのかなぁと思った。

2005/09/27 PM 02:18:08

穏やかさ
昨日は院内を散歩していたら以前に知り合った患者さんに会った。その明るい表情が印象的だった。ずいぶんと病状が安定しているのが伝わってきた。病状が少しでも快方に向かっているなら、いくらでも頑張れると思う。しかし、頑張っても頑張っても苦しみが増してくると思わず苛立ってしまう。これも正直な気持ちである。しかし、どんなことがあっても自分を失わず穏やかさを持ち続けられるようにと思った。

2005/09/26 PM 02:23:59

天 国
難病の進行が徐々に進んでくるのは辛くてたまらない。まるで生き地獄のように、自分の中で凍りついていく。これからどうなっていくのだろう。これ以上、悪くならないでほしいと祈るばかりである。しかし、僕以上に苦しむ人もいる。何故、神様はこのような人達を苦しめるのだろう。答えにならない答えにさまよう。でも、この苦しみをまっとうすれば、きっと天国にいけると思いたい。苦しみの先には喜びが待っているはずである。

2005/09/25 PM 02:02:29

朝 日
秋分の日。これから日中が短くなって夜が長くなっていく。病人にとって夜は何かと気が滅入ってしまう。痛みやかゆみなどの症状が敏感に感じる。眠れない夜は最悪になる。症状と孤独との闘いになる。ただひたすら朝日が昇るのを待ちわびる。そして、朝日を見るとホッと安心する。こうして一日一日、長い夜を通り抜けていく。

2005/09/23 PM 02:03:49 

開放的
毎日の楽しみはパソコンとテレビを見ること。僕はどんなジャンルの番組も好きなので、病床にあっても世の中の流行についていける。テレビを見ている時は、少しは自分を忘れることができる。一方通行ではあるけれど、自分の中で癒されることもある。自分に閉鎖的になるとどんどん落ち込んでしまう。でも、いろんなことに興味を持って開放的になると、前向きにもなれるように思う。楽しみがあると日々の生活に張りが持てる。

2005/09/22 PM 02:52:43

自分さがし
自分の人生に自信を持てる人はいないと思う。失敗もすれば過ちをすることもある。いろんな反省をして正しいと思える道を歩んでいくと思う。いや、正しい道なんてないのかもしれない。迷ったり遠回りをして自分さがしをしているように思う。ただ、やましいことをすれば必ず天罰を受ける。それだけを気をつけて自分が歩いてきた道は正しかったって思えるような生き方をしていきたい。

2005/09/20 PM 02:25:42 

敬老の日
敬老の日。先週は幼稚園で敬老会があった。それを見てきた母はとても喜んでいた。孫のあどけない姿は何よりものプレゼントと思う。そのプログラムを見せてもらったら、上を向いて歩こうやマツケンサンバなどを歌って踊ったらしい。今時の幼稚園児は進んでいるなぁと思った。今度は老人施設に出張サービスもするとのこと。それは喜ばれると思う。若い頃からお年寄りを大切にする人は、自分がお年寄りになった時も大切にされると思った。

2005/09/19 PM 01:56:48

気付かないこと
何ごともなく一日が過ぎていくのが何よりなのかもしれない。でも、何か大きな困難にぶつかって、それを乗り越えていくことも充実感を味わえるようにも思えた。何故なら3年前の9月の連休に腸閉塞になって危機一髪で助かったのを思い出した。あの頃はとんでもない災難と思ったけれど、今おもうと生かされていることのありがたさを教えてもらった。失ったものも大きいけれど、何ごともなく過ぎていたら気付かないことも沢山あると思う。

2005/09/18 PM 01:54:33

徹底抗戦
3ヵ月前からいすわっている肺炎球菌を退治する為に、筋肉注射と内服の抗生物質を使って徹底抗戦している。自覚症状はないけれど、不発弾をいつまでもほうってはいられない。かなりしぶといかもしれないけれど治してしまいたい。しかし、筋肉注射がいてーのなんのって。でも、この程度の痛みは我慢しなければならない。治してしまいたいという気持ちを強く持ち続けていよう。

2005/09/16 PM 02:22:04

最高の支え
限られた空間の中で生きているとつまらない。でも、インターネットを通していろんな情報を得たり、多くの人と出会えることは素晴らしいと思う。いろんな出会いを通して自分の世界を広げていく。それは難病の身にあっても、いくらでも可能性を秘めている。メールは僕にとって最高の支えになっている。僕の生き方に共感してくれる人がいる限り、頑張っていかなければならないと思った。

2005/09/15 PM 02:36:48

待 つ
人のお世話にならなければ生きていけない者にとって待つということを宿命とされる。僕は子供の頃から待つことばかりだった。いろんな出来事に待たされた。待っている時は物凄く時間が長く感じる。それは相当の忍耐強さも必要とする。そんな経験から自分を殺して、人に譲る気持ちが養われたように思う。それは決して良いことではないけれど、自分なりにプラス思考に考えていきたい。

2005/09/14 PM 02:11:27

ボキャブラリー
人工呼吸器をつけながら自立生活を送っている人がいる。その意思の強さにたくましさを思った。365日24時間の看護体勢を自ら組み立てている。公的な支援では限界があるので、ボランティアさんをうまく使って自分らしく生きている。そのボキャブラリーがうらやましく思えた。お世話するとかお世話になるという上下関係はまったくない。お互いが平等に接していくことが大切なんだなぁと思った。

2005/09/13 PM 03:25:43

アルプの里
9月12日快晴。10年前に新幹線に乗って越後湯沢のアルプの里に行ったのを思い出した。あの頃は気管切開をしていたけれど、自発呼吸がしっかりしていて人工呼吸器なしでの外出だった。なにもかもが初体験。新幹線やロープウェーに乗ったのを鮮明に覚えている。多くのサポーターに恵まれての外出だった。難病により辛いことが多いからこそ、楽しい思い出が強く感じる。

2005/09/12 PM 03:03:51 

投票日
衆議院選挙投票日。今回は自民党分裂選挙でもあり、感情的な選挙区もあって投票率は上がりそう。僕は残念なことに公示日に退院していたので、不在者投票ができなかった。それでも関心深く見つめている。多くの国民が関心を持つことで、政治が良くなることを願いたい。

2005/09/11 PM 02:30:53 

信じること
人は何を考えているのかさっぱりわからない。まあ、それが当たり前であまり深読みしない方が得策なのかもしれない。自分だって信じられなくなる時もあるのだから。自分を信じないと、人を信じることはできない。人を信じることができないと、自分も信じてもらえない。何ごとも信じることから始まるのかもしれない。

2005/09/10 PM 01:55:59 

眼の衰え
小学生の頃は視力は抜群に良かった。ところが中学生になると視力は急激に落ちてきて、まぶたの力が落ち始めた。そのうえ斜視も進んで両眼で一点を見つめることができなくなった。眼の衰えは病気の進行を裏付けるものだった。現在はまぶたがさがり、起きているのか寝ているのかわからない。それだけに眼への劣等感は大きい。これ以上に眼が衰えないことを願いたい。

2005/09/09 PM 02:26:21 

気 力
僕にとって9月はあまり良いイメージはない。7年前は母が脳出血で倒れ、3年前は僕が腸閉塞になったのがこの9月だった。とくに母が脳出血で突然倒れた時は、暗闇に落ちていくようだった。それでも気力を失わなかったのは、多くの人達の支えのおかげと感謝している。もし、あの支えがなかったら今の僕はない。逆境を力に変えていくことはとても大切と思う。これからも多くの支えのもとに気力を失わないようにしていきたい。

2005/09/08 PM 01:49:16

20世紀梨
秋は果物の季節。僕は20世紀梨が大好物だった。あのシャリシャリとした食感がたまらない。いくらでも食べていたのを思い出す。誤飲がひどくなった頃でも比較的に梨は食べやすかった。美味しいものを食べている時は幸せな気持ちになれた。食べられなくなってあらためて食へのありがたみを思う。この時期になると20世紀梨が食べたくなる。

2005/09/06 PM 02:23:45

正直さ
自宅に帰って一番楽しかったのは甥っこ達の会話だった。子供は絶対に嘘や隠し事はしない。そんな正直さがとても楽しい。ところが大人になると本音とたてまえを使い分けないと、世の中を渡っていけない。渡る世間は鬼ばかりとはいかないまでも、素直さや正直さが薄れていく。なんだか仕方ない面もあるけれど、自分に正直でありたいと思えた。

2005/09/05 PM 01:58:07

些細なこと
自分にできることを見つけていくのはなかなか難しい。ついつい月日に流されてしまう。でも、こうして日記を書き続けていたり、メール交換を通じて支えあうことはできる。こうした積み重ねは無駄にはならないと思う。もっと自分に生きる意味を持たせようとするのは贅沢なのかもしれない。まだ僕には励ましたり祈ることができる。そんな些細なことでもきっと意味はあるはず。

2005/09/04 PM 02:25:34

リフレッシュ
一時帰宅から病院に戻ってきた。またいつもの日常生活が始まった感じ。でも、心と体はリフレッシュ。できる限り一日一日を大切にしていこう。これからもいろんなことがあるかもしれないけれど、また一時退院を目標にして頑張っていこう。

2005/09/03 PM 02:24:55

元 気
楽しい時間を過ごすのはとても有意義に思う。在宅生活をしていた頃は当たり前と思っていたことが、一時退院という形で帰ってみると貴重に思える。甥っこ達との賑やかなだんらんも好きなビデオを見ている時も楽しい。愛猫クロもニャーニャーと存在を表わしている。訪問看護師さんも親身に看護をしてくれる。みんなが元気でいられることが何よりもありがたいことと思った。

2005/09/01 AM 11:19:51