序文

 

 自分を表現するのに何の取り柄もないのは悔やまれる。絵画でも作文でも 何らかの才能があれば良いのだがうまくいかない。誰にも経験する事のない 人生を何とか伝えたいと思うのだが、己の才能のなさに無駄な時間ばかり 費やしてしまう。そんな迷いの中、下手でもいいから自分の想いを残そうと この自己詩集を作り始めた。進行性筋ジストロフィーという難病を通して 「自分」という存在に意味を持たせようとした。このまま何も残すことなく 人に迷惑をかけたまま終わったのでは自分自身に情けない。せめて自分の 経験を残す事が自分に出来る最後の役目であると思えた。そして今の自分に 生きがいを持たせる事になった。

 自分の経験を残したいと決めたきっかけがワープロだった。難病を背負い つつ高校を卒業したまでは良いが、その後寝たきりに近い状態の僕は何の 張り合いも見つからなかった。しかし運よくワープロを習いに通える所が 見つかりワープロを打ち始め、そこでいろいろと他人の詩集を打つ(書く) うちに自分の事も打ちたくなった。当初、ワープロを習っても何の意味も ないのではと思っていたけど、現在では生きる張り合いとなった。そして この僕の詩を読んでくれる人がいる事は大きな励みになった。  いざ詩集を作ってみると、想いや体験を文にするのは難しく1ページ作り のに半月かかる事さえあった。己の創作力のなさに苛立った。 その上、進行性の病気の為統一性がつきにくく前後関係が分りにくかったり 表現が単純で技法も使えない自分が恥ずかしくさえ思えた。もっと本を読んで おけばもう少しうまく表現できたのにと悔やまれる。

 いつからか人に読んでもらうのを意識して向上心がわいてきた。そういった 飛躍した気持ちを持てた事も価値ある人生にしたと思う。  最初、自分の気持ちを書き残し自分だけ満足すれば良いと思っていたけれど いつしか沢山の健康な人に我々身体障害者の気持ちや現状を知ってもらい、 社会福祉に関心を持ってもらえたらと思うようになった。もしかしたら こんな僕でも何かの役に立つのではと思えた。自分にも病気にも逃げずに 頑張っていれば、きっと何か報われると信じる。

 これまで「自分は何のために生まれてきたのだろう」と考えたとき、何一つ 思いつかなかったけれど、今は大きな使命を感じる。

            平成5年 秋

              守岡 勇二