待つ

自分で動く事の出来ない者は「待つ」という事を宿命とされる
僕も歩けなくなってからは学校の下校時に母が
迎えに来るのを待ったり教室移動で移動してくれる人を待った
いろいろな面で人の世話に頼らねば生きていけない僕は
いつも誰かの助けを待たねばならなかった
しかし「待つ」というのは相手があってのものだから
その相手の都合でどうなってしまうか分らない
だからいつも待つ時は不安と信用の葛藤を繰り返した

その待つ事で今でも良く覚えている記憶として小学校六年生の時
母が迎えに来る時間なのになかなか来てくれないという事があった
下校時を一時間 二時間と過ぎ 部活をしている人達も次々に帰る中
僕は初め母の事を「何してんだ」と罵っていたけど
誰一人いなくなった教室でどうする事も出来ない自分が残された時
何とも言えない不安が込み上げていた
相手が母なので必ず迎えに来ると信じながらも
もしかして事故にでも遭って来れないのかと幼いながらに心配もした
外は薄暗くなり見回りの先生も来てくれない中もう泣くしかなかった
そんな折 遠くの方で走って階段を上る音を聞いた時
直感的に母と思いどっと安心感と嬉しさが込み上げた
そして母の顔を見た時はもう声も出なかった
不安にさせた事を怒るのも忘れ ただ本当に良かったと思った
なんでも仕事が手放せなくて遅くなったと話す母の顔にも
僕の事を心配していた事が良く分かった
普通に歩ければこんな辛い思いをしなくて済んだのにと
初めて待つ事の切なさを感じた事が記憶に残っている

それからは体力の衰えと共に誰かの助けを待つ事が多くなっていった
母のように絶対信用できる人を待つ場合と違って
他人の助けを待つ時は何倍もの神経を使った
そして何度も忘れられこれも仕方がないと割り切って
その人が気づいてくれるまでその場で一人待ち続けた事もあった
みんな自分の事で精一杯なんだと自分に言い聞かせながら・・・
また 待つといっても急を要する場合はもう命がけだった
ある日 家で一人留守番をしている時の事だった
ちょっとした事で体が倒れてしまい手が体の下になって
どうする事も出来ずにただ母が帰ってくるのを息を殺して待っていた
自分の体なのにまるで岩石が手を押しつぶす様な感じがして 
ただ手の痛みばかりが時間の流れと共にひびいた
大声でさけんだり暴れてみても誰も気づいてはくれそうにない
こんな時は一分がものすごく長く感じられ頭の中で
数を数えながら自分を冷静にさせるしかなかった
それから一時間ほど我慢した頃に母が帰ってきて
僕の姿を見た母は真っ青になって僕を起こしてくれた
僕は母になるべく心配させないように平静を保ちながら
心の中でこの一時間半の苦しみに震えていた
自分の体も動かせずにただ母の帰りを待っていた時は
もうあまりの辛さに死すら覚悟する程だった
しかし これも自分の運命としてあきらめ母には黙っていた

普通の健康体なら自分の事は自分で管理できるけれど
身体に障害がある者は人の助けをいつまでも待つしかない
もし誰も助けてくれなければ死が待っているのだから