闘病記・中学                  
 
 
        
   入 学

 
                         
 
          小学六年も終わりに近づき中学校へ入学する時期になった
 
    中学は義務教育のため簡単に入学出来ると思っていたが
 
    やはり僕のような障害者にはいろいろな問題があった
 
    一つに 今まで教室移動は担任の先生がおんぶして移動していたが
 
    中学では先生が一時間ずつ変わり僕も体が大きくなって
 
    おんぶ出来なくなったという問題だった
 
    これは車椅子を使い同じクラスの人達から移動してもらう事になった  
       そのために学校側は車椅子が通れぬ所に斜台を置いてくれた
 
    二つに クラスの人達とうまくやれるかや
 
    足手まといにならないかという問題だった
 
    これは僕としても一番心配な事だった
 
    歩けないため自分から友達を作りにいけないし
 
    性格が内気の為呼び寄せる事もできなかったからである
 
    しかし中学側の配慮で小学校からの友達を
 
    たくさん同じクラスにいれてくれた
 
    そのおかげで楽しい学校生活が送れたし足手まといも少なくすんだ
 
    そして三つに 安全性の問題があったようだ
 
    皆 僕の様な障害者を責任を持って預かる事を恐れていた
 
    たとえ危険がないにしても責任逃れをしてしまう
 
    中学校もきっとそのへんで迷っていたのかもしれなかった
 
    でもこれも僕を責任を持ってあずかるという先生が現れて解決した
 
    もしこの先生に会わなかったら今まで頑張ってこれなかっただろう


 
    このような問題をひとつずつ解決して入学が出来るようになった
 
    後で母から聞いた話だが小学校の校長先生が
 
    何度も中学へ足を運んでくれていたと言う
 
    僕のためにいろいろな人が心配し助けてくれた
 
    本当なら障害施設の方へ行くべきだったのかもしれない
 
    そうすればいろいろ迷惑をかける事もなく責任も負わせなくてすむ
 
    しかし僕としては何とか普通中学へ入学したかった
 
    ただ足が歩けないだけで小学校の友達と別れたくなかった
 
    その想いが通じたのか自分から責任を持つと言う先生が現れ
 
    中学側も出来るだけ配慮してくれた
 
    そのおかげで入学した一年目は自分が障害者である事を忘れるぐらい  
       楽しい毎日が続いた
 
 
    振り返ると中学一年は自分にとって一番思い出に残る学年だった
 
    年齢的に物心がついてきて何にでも興味を持つ歳を
 
    普通中学でもっとも仲のいい友達と毎日楽しく学べたからだった
 
    体の方もこの時が一番調子よかった
 
    しかしこの頃を過ぎた頃から体の成長は止まり
 
    病気が少しずつ進み始めた
 
    中学二年からは肺炎を起す様になり入退院を繰り返す様になった
 
    勉強の方も遅れた分を取り戻すのが精一杯だった
 
    でもクラスの皆が少しずつお金を出して退院祝をくれたり
 
    入院中の勉強の内容をノートに写してくれる人達もいた
 
    そんな励ましを受けたからこそ頑張ってこれたと思う
 
    普通中学に入学できて本当に良かったと思う
 
    いろいろな問題はあっても本人の意思があれば
 
    普通学校にいれるべきだと自分の体験を通して思う