生と死について

人間は有限性のなかで生きている。いくら長生きをしたいといえども100歳まで生きるのはひとにぎりである。人間は一日一日と死へ向かっている。死を考えることは生をも考えることになる。死を意識していると生を豊かにしなければとおもう。限られた時間を意識して過ごすことはとても大切である。

 今は亡き映画評論家の淀川長治さんは毎年、遺書を書き改めていたという。死を若きころから意識していたという。映画の終わったあと、さよなら、さよなら、さよならとイントネーションをかえて言っていたのは名言である。亡くなられるときも、きっとこの言葉をつかい明るく笑うように逝ったとおもう。死を意識して生きている者の死は、とても穏やかであるとおもう。

 死との葛藤をおもうのはガン告知の患者とおもう。ターミナルには余命も告げられる。死を意識していない人は相当のショックとおもう。とても立ち直れないまま苦しみ、余命3ヵ月が1ヵ月で終えるときがある。逆に、死を受け手めて残された時間を愛する家族と過ごし、強い精神力で余命3ヵ月が1年以上ももつこともある。精神力は思いもよらぬ効果を発揮する。やはりそこには死を受け止めて生を全うした者の恩恵である。生と死は一体なのだとおもう。

 僕は14歳で自分の余命を知った。それからは死を意識して、今できることを精一杯することにした。そこには豊かな人生があった。素晴らしい人との出会いや家族にささえられ有意義に暮らした。それが今は29歳である。20歳までの余命としり精一杯生きてきた。死を常に頭においていたときもあった。誤飲して窒息死しても仕方ないと。そこには必死に生き抜く精神も宿っていた。その精神力と医学の進歩による人工呼吸器の力を借りて今を生きている。

今やまだまだ生きるエネルギーをもっている。こうなれば生きれるだけ生きていこうとおもう。そして、最期はありがとうと皆に告げて静かに安らかに眠りに就きたい。死の瞬間までも頭に描いている。死に方まで考えておくのである。死の瞬間こそ人生のすべてとおもう。生と死。生きているからこそ死は大切とおもう。

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