ボランティアについて

そもそもボランティアという言葉は近年つかわれるようになった。それまではそういう言葉もなく、弱いものを助けるという構図はできていた。もともと人間は助け合うという集団的な心得をもっているはずである。

日本社会においては終戦後、民主主義が進み急激な勢いで経済大国になった。そのなかで弱いものは、けおされて競争が進んだ。そうした社会背景は経済大国にはなったものの弱者への配慮もないまま心は貧しくなっていた。戦争を一度も経験のない北欧との大きな差かもしれない。福祉、ボランティアは心のパロメータともおもうのである。

 ボランティアときくと皆えらいですね、大変ですねという。また、お金に余裕があり、時間のある人とおもうだろう。それは何かへんにおもう。何か奉仕するという一方的な関係におもう。確かに余裕がないとできないかもしれない。しかし、大切なこととおもえば余裕は作れるはずである。現代は豊かになり、日中に暇を持て余している人もたくさんいる。しかし、ボランティアには全く感心をもたない。自分の世界だけで生きている。ぜひ、ボランティアに感心をもってほしい。きっと大きなものを得るはずである。

 ボランティアにもいろんな形がある。たとえちいさなことでも大きな価値がある。募金でもなんでも。その人によっていろいろあってもいい。一番難しいボランティアは人と人との結びつきである。病人を精神的に支えたり、励ますボランティアがある。これはとても難しい。人にはいろんな人柄や価値観をもっている。

 例えば、ガン告知を受けた患者を支えようというボランティアがある。ガン告知で精神的に落ち込む人もいれば、割り切って前向きに生きている人もいる。明るくはなし好きな人もいれば、人嫌いな人もいる。まず大事なのはその人がどのようなニーズが必要か考えることである。ボランティアも何か張り合いがないと続かない。簡単な思いでボランティアをして嫌な思いをしてもう2度とボランティアを止める人もいる。相手をしることも大切である。

 ボランティアというと一方的な奉仕と考えがちである。しかし、何かの役にたち、共感して楽しくできたら大きな心の豊かさとなる。欧州ではボランティアを楽しくやるをモットーとしている。お互いを対等に楽しいことを一緒にする、を心掛けているようである。してあげる、してもらうという関係ではない。何の偏見もなく平等に接してお互いを高めあっている。それは決してお金などではかえない大きな心の財産となる。

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