万葉集の時代の年表

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西暦 元号 天皇 主な出来事 主な歌 備考
421   仁徳 仁徳天皇(倭王讃)、宋(中国)に使節を派遣する。巨大前方後円墳の築造。 磐姫皇后相聞歌「君が行き日長・・・」  
478   雄略 雄略天皇(倭王武)、宋(中国)に使節を派遣する。 冒頭歌「籠もよ み籠持ち・・・」  
    宣化 新羅討伐軍派遣。 大伴狭手彦、松浦佐用姫相聞歌  
538   欽明 仏教公伝。(百済の聖明王仏像・経典を献上。)    
562   欽明 任那日本府、新羅に攻められ滅亡。    
587   用明 仏教受容を巡り、蘇我馬子が物部守屋を滅ぼす。    
593   推古 聖徳太子、摂政となる。  四天王寺の建立 太子歌「家にあらば妹が手・・・」  
603   推古 冠位十二階の制定。    
604   推古 十七条憲法の制定。   飛鳥文化栄える。    
607   推古 小野妹子を遣随使として派遣。  法隆寺の建立。    
608   推古 再び遣随使を派遣。留学生を送る。    
630   舒明 第一回遣唐使の派遣。 舒明帝国見歌「大和群山・・・」  
643   皇極 蘇我入鹿、山背大兄王(聖徳太子皇子)を滅ぼす。    
645 大化元 皇極 大化改新。中大兄皇子等が蘇我入鹿を滅ぼす。    
646 大化2 孝徳 改新の詔。    
649 大化5 孝徳 蘇我倉山田石川麻呂、謀反の疑いで山田寺で一族と
自決。
   
651 白雉2 孝徳 難波宮遷都。    
652 白雉3 孝徳 班田収授法の制定。 中大兄「大和三山の歌」  
658   斉明 阿倍比羅夫陸奥遠征。有馬皇子が紀州で賜死。 有馬皇子歌「草枕旅・浜松」  
660   斉明 唐・新羅連合軍、百済を滅ぼす。    
663   天智 百済救援軍、白村江の戦いで、唐・新羅連合軍に敗退。 額田王「熟田津に・・・」  
667   天智 近江大津京遷都。 額田王「三輪山惜別歌」  
668   天智 唐、高句麗を滅ぼす。    
670   天智 戸籍「庚午年籍」を作成。 蒲生野遊宴歌「茜さす・紫」  
671   天智 大友皇子が太政大臣に。大海人皇子吉野へ。天智天皇崩御。 鏡・額田「君待つと・・」  
672   弘文
天武
「壬申の乱」で、大海人皇子側の勝利。    
673   天武 飛鳥浄御原宮で即位。天武天皇となる。    
674   天武 大伯皇女(大津皇子の姉)、伊勢斎宮となる。    
678   天武 十市皇女(天武・額田娘)、伊勢斎宮として出発するも急死。 十市皇女挽歌(高市皇子)  
681   天武 草壁皇子、皇太子となる。 天武帝吉野歌(679)  
683   天武 大津皇子、朝政に参与する。 大津・石川郎女相聞歌  
684   天武 「八色の姓」を制定。 草壁も石川郎女に贈歌  
686 朱鳥元 天武 天武天皇、崩御。大津皇子謀反の疑いで、贈死。 大伯、弟大津を思う歌  
687   持統 鵜野讃良皇后、政務を司る。 大津皇子、辞世「百伝・・・」
大伯皇女、弟を悼んで詠んだ歌
 
689   持統 浄御原令公布。草壁皇子薨去。吉野行幸。 柿本「草壁挽歌」「吉野讃歌」  
690   持統 持統正式即位。「庚寅年籍」作成。吉野行幸。高市、太政大臣。 持統「香久山歌」  
691   持統 藤原宮の地鎮祭挙行。 但馬、穂積への相聞歌  
692   持統 軽皇子(草壁の子)安騎野遊猟。伊勢・吉野行幸。 柿本「東炎」以下安騎野歌  
693   持統 藤原京造営地視察。吉野行幸    
694   持統 藤原京遷都 志貴皇子「明日香風歌」  
696   持統 高市皇子薨去。 柿本「高市挽歌」  
697   持統
文武
軽皇子立太子。文武天皇として即位。藤原宮子入内。    
698   文武 不比等、藤原姓を継ぐ。薬師寺ほぼ完成。    
699   文武 鋳銭司を置く。    
700   文武 大宝令公布。大宝律の選定へ。    
701 大宝元 文武 大宝律令完成。山上憶良等、遣唐使に任命。聖武・光明子誕生。    
702 大宝2 文武 持統上皇崩御。律令施行。    
703 大宝3 文武 持統上皇追悼行事。天武帝陵に合葬。 憶良、在唐歌  
704 慶雲元 文武 遣唐使(憶良等)・遣新羅使帰国。    
706 慶雲3 文武 九月、難波行幸。 志貴「葦辺行く・・・」歌  
707 慶雲4 文武
元明
文武天皇崩御。元明天皇即位。    
708 和銅元 元明 武蔵国より銅献上。改元。和同開珎鋳造。但馬皇女薨去。 穂積の但馬挽歌「吉隠・・」  
710 和胴3 元明 3月、平城宮遷都。 平城京遷都歌  
711 和胴4 元明 太安万呂、『古事記』集成の詔。蓄銭叙位令。    
712 和胴5 元明 太安万呂、『古事記』撰上    
713 和胴6 元明 『風土記』編纂の詔。木曾道造作。 東歌「信濃道は今の墾道・・・」  
714 和胴7 元明 首皇子(聖武天皇)元服。立太子。    
715 霊亀元 元明
元正
9月、元明天皇譲位。氷高内親王(元正天皇)即位。穂積皇子薨去    
716 霊亀2 元正 藤原光明子、皇太子妃となる。志貴皇子薨去。 志貴皇子挽歌  
717 養老元 元正 行基等の活動を非難。    
720 養老4 元正 『日本書紀』完成。藤原不比等没す。元明上皇崩御。    
722 養老6 元正 百万町歩開墾計画の詔勅。    
723 養老7 元正 三世一身法が施行される。 吉野讃歌  
724 神亀元 元正
聖武
2月、元正天皇譲位。首皇子(聖武天皇)即位。多賀城築城。 吉野・紀伊行幸歌  
727 神亀4 聖武 渤海使が初来日。    
729 天平元 聖武 2月、長屋王の変。光明子が立皇后。小野老従五位下に。 長屋王挽歌・小野老「青に  
730 天平2 聖武 1月、太宰府で梅花の宴。七夕宴。11月、旅人、坂上郎女帰京。 梅花歌・七夕歌・帰郷歌・憶良「大伴狭手彦・松浦佐用姫相聞歌」「・貧窮問答歌」  
731 天平3 聖武 7月、大伴旅人没す。行基に従う人の出家一部許可。 旅人挽歌  
732 天平4 聖武 多治比広成等を遣唐使に任命。 憶良「貧窮問答歌」   
733 天平5 聖武 『出雲国風土記』完成。遣唐使派遣。山上憶良没。 憶良「好去好来の歌」・遣唐使送る歌  
734 天平6 聖武 吉備真備・僧玄肪等帰国。漢籍等献上。    
737 天平9 聖武 諸国に釈迦三尊像造立し、大般若経を写経する。天然痘の流行で藤原四兄弟没す。 738年橘諸兄邸宴歌  
740 天平12 聖武 天皇・皇后河内国智識寺の盧遮那仏を拝する。恭仁京の造営。藤原広嗣の乱 家持、坂上郎女、大嬢贈答歌。  
741 天平13 聖武 国分寺建立の詔勅。 狭野茅上娘子と中臣宅守の贈答歌  
742 天平14 聖武 太宰府の廃止。紫香楽宮行幸。    
743 天平15 聖武 墾田永年私財法の制定。天皇、盧遮那仏造立の詔。鎮西府設置。恭仁京の造営工事中止。行基、大仏鋳造事業に参加。    
744 天平16 聖武 難波宮を皇都とする。    
745 天平17 聖武 行基を大僧正に任命。平城京回都。太宰府復活。天皇、難波宮で危篤となる。    
746 天平18 聖武 大伴家持、越中国司として赴任。          
748 天平20 聖武 元正上皇崩御。田辺福麻呂、橘諸兄の書状を持ち、家持を訪ねる。 この頃、家持、越中国での一連の歌 家持、福麻呂、女婦土師呼応の歌  
749 天平感宝元 聖武
孝謙
行基僧正遷化。聖武天皇譲位。安倍内親王即位(孝謙天皇)    
750 天平感宝2 孝謙 遣唐使任命(藤原清河・大伴古麻呂・吉備真備等)    
752 天平感宝4 孝謙 東大寺大仏開眼会。渤海使・新羅皇子等来日。    
754 天平感宝6 孝謙 鑑真和上来日。聖武上皇・光明皇太后、鑑真より受戒。    
755 天平感宝7 孝謙 橘諸兄、密告される。『万葉集』の防人歌詠まれる。安史の乱。 防人歌編纂。  
756 天平感宝8 孝謙 橘諸兄、左大臣辞職。聖武上皇崩御。遺品を盧遮那仏に献上。    
757 天平宝字元 孝謙 橘諸兄没。橘奈良麻呂の乱。    
758 天平宝字2 孝謙
淳仁
大伴家持、因幡守となる。孝謙天皇譲位。大炊王即位(淳仁天皇)。藤原仲麻呂に恵美押勝の姓名を授与。    
759 天平宝字3 淳仁 唐招提寺、建立。 家持、『万葉集』巻末歌。「新しき・・・」  

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