「あなたが(恋人のもとに)行ってしまってから、ずいぶんと日にちがたってしまいました。
このまま会えないのなら、いっそあの山を越えて会いにいきましょうか。
それとも、このまま待っていたほうがいいのでしょうか。
(私の心はちぢに迷っています。)」
この歌は夫が若い恋人(八田若郎女?)のもとに行ってしまい、帰らないのを嘆き詠んだものです。
夫を愛するがゆえに、会いに行ったほうがよいのか、このまま迷惑をかけないように待っていたら、
自分のところへ帰ってきてくれるのか、迷い悩む女心のせつなさがよく表現されていますね。
続けて次のように詠んでいます。
「こんなにもあなたが恋しい気持ちがつのっていくばかりなら、(もう耐えられそうにないので)
いっそのこと、あの山の岩を枕にして死んでしまいたいものだ。」
「そうであるけれど、やはりあなたを待っていよう。この黒髪が霜のように真っ白になるまで。
(それくらい長くあなたを待っています。だから早く帰ってきてください。あなた。)」
「秋の田の稲穂の上に重く漂っている朝霧。その霧のようにいつまでたっても見通しの見えない私の恋。 いったいどんな方角へ向かってこの恋は晴れていくのだろうか。(早く晴れてほしい。)」
この歌の配列を見て感じることはありませんか。うまく並べられ、
当時の人々の恋する女性の心理の理解の深さがしのばれるようです。
ああも思いこうも思い、心揺らぎ会いに行こうとしてあきらめ、最後にきりにため息をたくすのです。
古墳時代の女性にして、この細やかな恋愛心理。現代の恋愛と比べて、どう思いますか。
ほとんど変わりませんね。むしろ成就する可能性が低かった分、思いは深いといえるでしょう。
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