大津皇子と石川郎女 そして草壁皇子

二十四歳という若い生命を散らすことになる大津皇子ですが、
つかのまの青春ともいうべき楽しい出来事もありました。
 それは、石川郎女との恋です。
彼女は宮中に仕える女官で、蘇我氏系の石川氏の娘だったようです。
二人が交わしあった次のような歌が残されています。

あしひきの山のしづくに妹待つと 我れ立ち濡れぬ山のしづくに 大津皇子 (2−107)

 「あしひきの」は山にかかる枕詞)
「愛するあなたと約束したとおりに、わたしは待っていて、
木々から滴り落ちるしずくに、こんなに濡れてしまいましたよ。木々のしずくに。
(なぜ、約束通りに来なかったの。)」

 それに応えて石川郎女は大津の思いを受け止めて、次のように返します

吾(あ)を待つと 君が濡れけむあしひきの山のしづくにならましものを                       
石川郎女 (2−108) 

 「私を待ってそんなに濡れてしまったあなた。
 いっそのこと、私はあなたを濡らしたという、その山のしずくになれたらよかったのに。
 (そうしたら、ずっといっしょにいられたのに。行けなくてごめんなさい。)」

  昔の恋人どうしは、こんなふうに和歌をやりとりして、
 思いを伝え合い、愛を確かめ、深めていったのです。

  ところが草壁皇子も石川郎女にひかれていました。
 政治上だけでなく、恋愛でも二人はライバル関係になってしまいました。
  草壁が石川郎女に送ったとされる歌もあります。 

大名児を彼方野辺に刈る草(かや)の束の間も我忘れめや
草壁皇子 (2−110)

 (「草(かや)」までが「束」を導き出す序詞的表現)
 「大名児(おおなご=石川郎女)や。
 彼方の野辺で刈る萱(かや)のひとつかみ。
 そのつかの間も私はおまえのことを忘れることができないよ。
 (四六時中、おまえのことを思ってばかりいるよ。)」

  二人の歌を比べてみてどう思いますか。
 これに応えた石川郎女の歌はありません。
 やはり彼女の心は大津のほうに向いていたのでしょうか?