歌物語6 

「天の火・・・」 狭野茅上娘子(さぬのちがみのおとめ)と中臣宅守(1)

 時代は下って、天平の頃。場所は平城京です。
狭野茅上娘子という女性がいました。

彼女は平城宮の後宮(天皇の日常の住まい)に仕える女嬬(女官)でした。
そこの蔵の品物の出し入れを担当する仕事に携わっていたようです。
 ある日、足りなくなった物を買い求めに、京内の市に来ていました。
(当時の平城京には東市と西市があり、にぎわっていました。)

 たまたまその日は中臣宅守も市に買い物に来ていました。
彼はあの中臣氏の一族でしたが、今は藤原氏を名乗る鎌足の子孫ではなく、
平城宮内にある宮内省の神祇官という役所に仕える下級役人でした。

 そこで二人は運命的な出会いをして恋におちたのです。
何回か密会を重ね、結婚します。
 しかし、宅守が何かの罪に問われ、越前国(福井県)に流罪となったのです。
(二人の結婚そのものが許されず引き離されたという説もあります。)
 処分が決まり、流されて行く宅守を見送って娘子が詠んだ歌があります。

あしひきの山路越えむとする君を 心に持ちて安けくもなし。 狭野茅上娘子 (15−3723)

 「けわしい山道を越えて遠くへ行ってしまうあなた。
 そのあなたのことが心に引っ掛かり心配でならないの」

君が行く道の長手を繰り畳ね 焼き滅ぼさむ天の火もがも 狭野茅上娘子 (15−3724)

 「あなたがこれから行こうとする長い長い道。
その道を手繰り寄せ畳んで、燃やし尽くす天の火が降ってこないかしら。
(そうしたら、あなたは行けなくなるのに。)」 

青によし奈良の大道は行きよけど この山道は行き悪しかりけり 中臣宅守 (15−3728)

 (「青によし」は奈良にかかる枕詞。)「寧楽の都大路の道は歩きやすかったけれども、
 この山道は(あなたのことを思って歩いているので)なんと歩きづらいことだろう。」


 こんなふうにして、二人の愛は引き裂かれることになったのでした。