9.日本的経営の原点と景気対策・デフレ対策を考える。(平成14年)

  ある雑誌を読んでいましたら「三井の日本的経営」という題の卓話が掲載されていました。
 卓話者は私が大学時代に教えを受けた由井常彦教授でした。
 現在、由井先生は三井文庫館長をしておられ、幕末・明治初期の日本経営史の第1人者でもありますが、今から35年以上前、私の学生時代、由井教授に「シュンペーターの経営革命」を教わったことを思いだしました。 
 その経営学の授業のことを思い出していたら、今の日本の景気対策にはケインズでもない勿論マルクスでもない・・・「シュンペーターではないのか?」・・・と言う思いに至り・・・と、同時に・・・・・・最近、某エコノミスト誌に載っていた野口悠紀雄教授の景気対策提言をも思い出しました。

1.日本的経営の原点:三井の江戸時代の経営
  
 江戸時代の三井は京都の本店と江戸、大阪にそれぞれ両替店と呉服店がありました。それが、本店・支店関係となり、金融と小売のビジネスをうまく結びつけて、在庫をできるだけ持たない効率的経営に徹していました。このような三井の仕組みは世界的にも稀なシステムです。
  三井は、終身雇用ではありません。まず、12才〜13才の丁稚を採用、2年間の奉公期間を終えると、全員「お暇」を取り実家に戻す。その約半分が再度奉公を請われ店に戻る。更に2〜3年奉公して、手代に昇進する時再度全員が「お暇」を取る。これが「お暇」の言葉の由来で、丁稚は無給です。このような再雇用形態は、奉公人に傷をつけずに体裁良く能力をチェックする良くできたシステムです。
 手代の時も新規採用となります。手代への昇進はとても厳しく、順番もあって能力主義ですが、月給制で給料も出ます。元服し、羽織袴も貰えます。手代の期間は長く、30才くらいまでで、その中から番頭に昇進する者が出ます。
 番頭になると、結婚して一家を持ちました。極めて精励刻苦した者には「別家」が許されます。「別家」して、故郷で店を持つことが、大きな夢でした。

 日本的経営の原点は、能力主義で、終身雇用制度ではなかったことが良くわかります。
 又、世界に誇るトヨタのカンバン方式の原点も既に江戸時代にあったんですね。
 この不況の時代、日本人の技術力や能力などその”英知”に期待したいものです。

2.シュンペーターの経済学

 マルクスが没した1883年に、20世紀を代表する経済学者ケインズとシュンペーターが生まれました。
 平成不況以降、金融緩和、公共投資、減税といったケインズ経済学の効果が薄れてきています。このような状況の中で、企業者精神と経営革新改革を強調したシュンペーターが注目されています。組織の硬直化に悩む大企業でも、会社内企業(起業家)の育成が叫ばれ、ここにもシュンペーターの名前が出てきます。
 「イノベーション」、「企業家精神」、「創造的破壊」などの言葉を聞いたことがあるビジネマンは多いでしょう。不況下では、打開を図るのに欠かすことのできないキーワードとして、しばしば用いられています。この言葉を使い出したのがシュンペーターです。没後すでに52年経っていますが、彼の理論はいまだに注目を集めつづけています。
 最近でも、日経ベンチャーに「・・・・・・ シュンペーター・・・・・・ 企業者精神・新結合・創造的破壊とは何か。市場主義や産業競争力の強化を主張する人たちが好んでシュンペーターの創造的破壊 ・・・」等と紹介されています。
 シュンペーターの経済学の特質は一言で言えば、「人間の出てくる経済学」であリます。 マルクスの『資本論』の基軸になっているのは階級としての人間であり、新古典派経済学は、利潤を最大化する生産者・効用を最大化する消費者等とロボット的・機械的人間であリますが、シュンペーターにおける企業者はドラマチックでダイナミックです。
 シュンペーターは『経済発展の理論』で、資本主義システムにおける利潤の源泉は企業家とその革新活動にあるとしています。
 資本主義はダイナミズムに満ちています。イノベーション(革新、新機軸、新結合)が生まれ、やがてそれが普及します。その過程で好況・不況といった景気循環が発生します。この好・不況こそ資本主義が生きていることの現われであり、たとえ不況といえども、それは経済がむしろ「正常に」機能していることの証拠だといいます。そのイノベーションの担い手が企業者であり、リスクに挑戦しその中でチャンスを見出し創造的破壊を敢行する能動的な人間であります。
 1930年代の不況(ホテルの予約をすると「お休みですか?それとも飛び降り自殺用ですか?」と尋ねられたほどの時代)に、豊かさの中の貧困としてその病を克服すべく処方箋を打ち出したケインズに対して、不況は資本主義の「正常な」調整過程であるとするシュンペーターの主張は、当時、受け入れがたいものであリました。彼の最も優秀な弟子であったサムエルソンやトービンが、ライバルであるケインズ経済学へとその関心を移し、アメリカ・ケインズ学派のリーダーとして活躍した様に、シュンペーター経済学がケインズのそれとは違って単純なモデル化を許さず、それゆえ、多くの人々に理解され広まることがありませんでした。

  ※大学のゼミの学生の描くシュンペーター論(素人なのでわかりやすい)別掲。

3.野口悠紀雄教授の景気対策提言より考える

 最近の景気対策論は、構造改革が先か景気対策が先かとか、金融緩和(更なる量的緩和・実質金利下げ、国債買いきり、日銀法を改正しての平均株価連動型投資信託やJリート等の債券購入等々)、財政政策、調整インフレ論、マイナス金利政策論、いろいろ、叫ばれていますが、皆、一長一短や、懐疑的なものもあり、決め手はありません。 
 私は金融改革と企業の情報開示で景気回復をとの意見ですが(理由は「景気浮揚は情報開示と投資市場の整備で」参照)、いろいろな対策論の中でも野口教授の提言は的を得ているものの一般には地味で即効性に欠けると思われているのか、あまり取り上げられていませんが、次のように述べられています。

 「日本経済の低迷の原因は、中国の工業化や情報通信技術の大変化などの新しい経済環境に日本企業が適切に対応せず、従来と変わらぬ事業を続けているために収益性が低下したことだ。不良債権の増加、株価や地価の継続的下落、税収減少による財政赤字の拡大などは、このため生じたものだ。
 企業の収益が低下したため投資支出が伸びず、また、将来に雇用不安があるから消費支出が増えない。このような需要不足と中国などから安い輸入品の増加によって価格が低下する。需要不足は構造的なものであり循環的なものではない。経済低迷が実物的要因で生じている以上、これを金融的な方法で解決することはできない。金融緩和は、過剰債務企業の金利負担を軽減し、実質的に破綻した企業を延命させているにすぎない。
 長期的な経済低迷から脱却する方法は企業が新しい経済環境に対応して新しいビジネスモデルを確立し、収益性を回復することしかない。とりわけ重要なのは,中国では生産できない製品やサービスを供給企業に脱皮することである。必要とされる「構造改革」は企業改革である。
 但し、企業の「構造改革」を促す条件整備は政府の責任だ。構造改革につながるような環境を整備することだ。その為には、回り道のように見えるが間接金融中心のシステムを直接金融中心に変革させる必要がある。」(野口悠紀雄教授)

 日本にも汎用性(注)のない高い技術力を持った企業が多いが、その大部分は経営が下手か、情報開示が少ないのか、融資が得られない等、経営危機にあリます。
 そこで、景気回復には「金融改革」と「企業の情報開示」が必要と私は思っています。(理由は「景気浮揚は情報開示と投資市場の整備で」参照)

   (注)電機部品等の汎用性のある部品は中国などどこでも簡単に造られるので、コストの高い日本は国際競争力が弱くなっているが、トヨタ、キャノン等の様に汎用性のない部品を      造っているところはまだ安泰である。

 中国問題については、一般に、「コストが安い」とのイメージしかなく、エコノミストや政治家は中国の将来を懐疑的にみていますが、大前研一は次のように見ています。(平成14年某月某日)

 「中国が今後、紆余曲折はあるにしても、世界の中で有力な国家、特にアメリカとヘゲモニーを2分するような国家になっていくのは間違いない。そして私がもっとも危惧していることだが、日本は下手をすると中国の周辺国家に成り下がってしまう可能性があるのだ。周辺国家というのは、つまり「10%国家」という存在である。アメリカに対するカナダ、ドイツに対するデンマークやオーストリア、そういった関係の国家のことだ。」 大前研一「チャイナインパクト」

 「中国の繁栄を疑う人間は珠江デルタに台湾や日本から5万社も進出しているという、この重みをまったく理解していない。珠江デルタの中で部品がすべて揃うのである。これは世界史上最大の産業集積地だ。したがって中国の崩壊はもはや始まりようがない。たとえ北京が滅びたところで珠江デルタでは製造ラインが動き続けるはずだ。」大前研一「チャイナインパクト」

 近い将来、中国は単なる低コスト生産の拠点ではなく、最先端の製品と技術を有する世界の激戦区となるでしょう。 
 世界の大手企業は、ハイテク分野でも2年以内に中国が日本を抜きアジア最大の市場となる予測しています。
 将来、中国に負けないだけの高技術・高付加価値を生む企業が多く排出し、再び世界の日本経済が甦ることを期待します。
 
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