オーディオマニアの為のピアノ楽入門 その13

 今回から本格的なメカニックの説明に入ります。ピアノのメカニック、と言ってもアップライ、グランド、

昔のもの、現代のもので全く形状が違いますので、基本的には現代物のアップライトとグランドを主体に説

明していこうと思います。ただメカニックの説明だけではつまらないので実際にタッチ調整等の仕事を行っ

てきた経験上、面白いことも書いていくつもりです。

 まずピアノのメカニックの動きの基本になる「フレンジ」についてご説明しましょう。皆様には聞き馴れ

ない言葉ですが所謂「蝶番」のことです。この「フレンジ」ですが1800年代のピアノを見てみると「図1」

のような構造になっております。なめした鹿革を薄く加工し、木部と木部のスリットの中に埋め込んであり

ます。このようなタイプのものは1920年代のピアノにも一部ダンパーアクション部に使用されているものが

あります。この方法は「スティック」と言って蝶番の動きが鈍いためにメカニックが動かなくなってしまう、

というような故障はありません。しかしいったん革が破れてしまうとその修理は至難の技を要します。なか

なか元のようには復元できません。製造時、どのようにしてこの柔らかい革をコンマ数ミリのスリットの中

に埋め込んだのか、私にはいまだに解かりません。あらゆる伝を使って調査しましたがいまだに解明できま

せん。現在ドイツでは修理の際には革をはさみ込むように二枚の木を張り合わせた後、もとの部品の形に加

工するそうです。この時代のものは部品一つ一つが総て膠付けになっており、大変厄介な代物です。修理復

元には相当の時間と根気が必要になります。それに比べ、現代のものはメインテナンスのうえでは格段に進

歩しております。スクリューによって部品の取り外しがいとも簡単に出来ます。現代のピアノは部品の取り

付けの為のネジ類が約300本近くになります。これに伴い、今までにはなかった微妙な問題が発生してまいり

ます。ネジを締める時のトルクがタッチに相当影響を与える、と言う事です。つまりネジ締めのトルクのば

らつきがもろにタッチと音色のばらつきとして出てきてしまいます。寸法的な調整を細かくしてもこれらが

原因するタッチと音色のばらつきは決して直ることはありません。

 

   図1 1700年代から1800年代のフレンジ          図2 現代のフレンジ

 余談になりますがここ数年、オーディオの世界で「制振ネジ」というものがもてはやされておりますが、

ピアノに「制振ネジ」を使用したらどんな音になるのか個人的に大変興味があります。今までの「鉄」にク

ロムメッキを施したピアノ用のネジと「制振ネジ」の物理特性の違いが、それを装着した時、音色の違いは

如何なるものか実験してみたいものです。特に鉄骨周りに使用するネジに関して、もし劇的な改善がなされ

るとしたら莫大な市場になるはずです。音響学的にどのような変化があるのか全く想像もつきませんが、と

にかく実験してみたい気持ちで一杯です。

 現代のピアノに用いられている「フレンジ」を写真1、写真2に掲げます。この「フレンジ」は極めて巧妙

に出来ております。この写真はグランドピアノのハンマーシャンクをメインレールにとり付ける部分です。

フレンジの中心部には「センターピン」と言って真鍮の棒にクロムメッキを施したピンが入っております。

  

  写真1 アップライト用 バットフレンジ      写真2 グランド用 ハンマーフレン

 新品のピアノを買うと、このフレンジの中のピンは最も細いものが入っております。使用しているうちに

ピンの周りの「ブシングクロス」の毛足がだんだん無くなってきて「ぐらつき」が出てきます。こうなった

時にはセンターピンを太い物に取り替え、丁度良い堅さに調整します。センターピン(写真3)は細いものか

ら太いものまで0.25ミリずつの段階で十種類ほど用意されております。センターピンを取り替えず、そのま

ま使用しておりますと部品が左右前後にガタが出てきて所謂古いピアノのタッチになってしまいす。このま

ま弾いておりますと加速度的にハンマーヘッドをはじめその他のフェルト類の磨耗が進行し、取り返しのつ

かないことになりかねません。

       写真3 一般的なセンターピン

 ピアノアクションの修理、修復はまず「フレンジ」の修理がちゃんと出来ているかどうか、ここがポイン

トとなります。「フレンジ」は各部分にありますが、それぞれの部分で理想的な「硬さ」というものがあり

ます。一つの部位にそれぞれ88個ありますのでそれらが総て同じ硬さと感触を持っていなければタッチが揃

いません。いま「感触」という言葉を使いましたが、これがとても大切なことなのです。古いブシングクロ

スで毛足が寝てしまっている状態における面と面の摩擦によって生ずる「フレンジの硬さ」と新品のブシン

グクロスを使用したときの毛足が立とうとする力による「フレンジの硬さ」は例へ測定器で測って同じ力で

あっても、それはタッチの善し悪しの差として大きく出てきます。

 ピアノの修理はセンターピンに始まってセンターピンに終わる、と言っても過言ではありません。調律学

校では一年生で入学しますとまずセンターピンの修理を学びます。数分で出来るようになる人も居りますが、

本当の意味で出来るようになるには十年掛かるとも言われております。やればやるほど深いものが見えてき

ます。事実、わたしは何人もの弟子を指導して来ましたが私の思ったとおりの修理「理想的な感触を持った

フレンジの硬さ」が出来るようになるまで数年間を要します。

 写真4はドイツの工場で用いられているセンターピンで長さが60センチもあります。日本ではセンターピン

が少々硬すぎるときにはフレンジ修理用のクロスを削るリーマを用いますが、ドイツのピアノメーカーでは

この長いセンターピンをあらかじめ穴に刺しておき、一気に抜きます。その時に発生した摩擦熱でクロスに

アイロンを掛け、毛足を寝かせます。そうすることによって毛足を削り取ることなく、丁度良い「理想的な

フレンジの硬さ」を作り出します。合理的と言えば合理的ですが、この修理方法に馴れるまで少々時間を要

します。

         写真4 長いセンターピンはドイツの工場で使用しているもの

 フレンジ部分以外にピアノのメカニックには以下のごとく多くの摩擦部分があり、それぞれ理想的な硬さ、

摩擦の感触と言うものがあって、総てが理想的である場合にのみタッチ調整によって良いタッチ、美しい音

色というものが得られます。

鉄(クロムメッキ)とブシングクロス

鉄(クロムメッキ)と革

木とブシングクロス

木と革

木とバネ類

革とフェルト

など

次回は手に触れる部分として最も大切な鍵盤についてご説明いたします。

                                           その14へ

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