オーディオマニアの為のピアノ楽入門 その18
前回はハンマーヘッドについてお話致しましたが今回はそのハンマーヘッドがどのようにして弦に当たれ
ば最も美しい音が出るのか、と言う事についてすこし考察してみましょう。
打弦ポイントについて
鉄骨の形状が決定されればおのずと駒の位置も決定され、ある音の高さに対する弦の長さが決定されます。
この長さを専門用語で「スピーキングレングス」と呼んでおります。ハンマーヘッドがこの「スピーキング
レングスのどの部分で叩けば最も美しい音色で、しかも音量が出るのか」、言い換えれば「ハンマーヘッド
がスピーキングレングスの何分の一のポイントで叩けば最も効率良くハンマーヘッドの運動エネルギーが弦
振動エネルギーに変換されるのか」この問題はピアノを設計する上で極めて大切な事で、弦振動の倍音の出
方にも大きく関わりがあり、音色、音量に大きく影響します。
弦を叩く位置の事をその弦に対する「打弦ポイント」と言い、この理想的な「打弦ポイント」に関する研
究は各ピアノメーカー独自に行っております。創業時から現代に至るまで世界的名器を作りつづけているブ
リューツナー社(ライプツィヒ)の初代ブリューツナー氏がこの打弦ポイントについて深く研究した、という
記録が残っており、「ブリューツナー社のピアノは打弦ポイントが理想的」と云われております。そう言え
ば1900年頃のアリコートシステムを備えたブリュートナーのピアノは極めてブリリアントで、そのブリリア
ントさは他社を寄せ付けません。アリコートシステムだけの影響ではない何かを以前より感じておりました
が、もしかしたらこの打弦ポイントが影響しているのかもしれません。極めて高次の倍音が出る理想的なポ
イントを打弦しているのかもしれません。
低音域に比べ最高音域は「打弦ポイント」が音量に大変影響を及ぼします。理想的なポイントから1ミリず
れただけでも殆ど音が出て来ません。ただでさえ高音域の響きがもっと欲しいところなのに1ミリもずれてし
まいますとカチカチというアクションノイズばかりになってしまいます。従い製造時点でアクションを本体
にセットする際、最高音における打弦ポイントに関しては相当の神経を使います。アップライトピアノの場
合にはアクションブラケットの下に大きなネジがあり、上下に微調整できるようになっております。(写真1)
1800年代から1920年頃までの木製ブラケットの時代にはこのような打弦ポイント調整機構はついておりませ
んでした。(写真2)従って微調整するにはアクションが乗る台に紙を貼ったり剥がしたりの作業を行います。
写真1 写真2
グランドピアノの場合には一般的には鍵盤の両側に装着されている横木(俗称拍子木)に取り付けた金具でア
クションの前後を調整し、打弦ポイントを調整します。(写真3)
写真3 拡大図 (ネジはアクション筬の浮止め)
このほか1920年から30年代のスタィンウェーは横木の前面に太いネジが付いており、これをドライバーで
廻す事によって高音部のアクションの前後調整が出来るようになっております。このメカニックは素晴らし
いものです。現在のベヒシュタインはアクションを取り外すと高音部の奥に太いボルトが入っており、これ
がアクションストッパーの役目をしております。このネジを調整することによって打弦ポイントを調整する
ことが出来ます。いずれにしても古い物から現代物まで、メカニックを調べてみますと最高音部においては
打弦ポイントが如何に重要であるか、と云う事が良くわかります。グランドピアノにおいては大きなものに
なると低音弦が長くなります。従ってセミコンサートグランド、フルコンサートグランドなどは低音部に行
くほどアクションの前後の距離が長くなり、全景が長方形にはなっておりません。これは低音弦における打
弦ポイントを考慮に入れているからに他なりません。現代のスペクトルアナライザーはプロット数も精度も
良くなりましたので基音に対する何倍音がどのくらい出ているのかを精密に解析することが出来るようにな
りました。私個人的には最も美しい音色が得られる打弦ポイントを耳で探し、そのポイントにおける倍音構
成をこの測定器を用いて解析してみたいところです。
ハンマーヘッドの先端と弦の関係
ピアノの弦は低音部は最低音部の一本弦以外は2本、中音部から最高音部にかけては3本で鳴らしておりま
す、と言うよりハンマーヘッドで叩いております。ハンマーヘッドが弦に接触するとき2本、あるいは3本の
弦が完全に同時でなくてはなりません。(図-1)に良くない状態を示しました。
図-1
弦の水平がバラバラ、またはハンマーヘッドの上面が歪んでいたりしていると以下のような良くない現象が
出てきます。
@ 叩いたときの音の立ち上がりが悪く、音像がボケてしまう。
A 各キーで接触時間のばらつきがあるために同じタッチで弾いても極く弱いピアニシモの音量にばらつき
がある。従い、演奏表現上、意図した表現が出来ない。
B 極端にずれている場合(図-2)、強打した時に先に接触した弦の振幅の方が後に接触した弦のそれよりも
大きくなるために極くわずか張力が上がります。ピッチがほんの少し高くなるため、同音の調律がほん
の少し狂ってしまいます。この現象も困ったものでピアニシモで合っていてもフォルテで狂ってしまう、
という不都合が生じます。
図-2
我々調律師がピアノを調整する場合、これらの弦の水平調整(ハンマーヘッドの弦に対する同時打弦)は整
調まえに必ず行わなくてはならない作業なのです。これらの整調のことを専門用語で「準備整調」と言いま
す。
ハンマーヘッドの重心について
(図-3)のようにハンマーヘッドの重心がずれている場合、強打するといくら弦の水平調整がされていても
三本同時に叩かなくなってしまいます。ひどい場合にはハンマーヘッドが弦を叩いた瞬間大きなブレが生じ
ます。このような現象が出ているピアノを時々見かけます。強打しますとやはり空ろな音色になってしまい、
また「ひねり」の力が生じますので蝶番、つまりフレンジのセンターピンが「片効き」と言って片方だけが
緩くなってしまいます。この状態のままにしてピアノを弾き続けるとついにはフレンジがグラグラになって
しまい、ハンマーヘッドの先端の弦に接する部分が左右にぶれ始め、一定しなくなります。従ってタッチ、
音色はだんだん劣化して参ります。
図-3
ハンマーヘッドの走りについて
グランドピアノにおいて、ハンマーシャンクのフレンジのセンターピンが水平でなく、左右どちらかに傾
いていた場合にはハンマーヘッドもそれに従い左右どちらかに傾いて弦を叩きます。つまりハンマーヘッド
が左右に走り出します。理想的には真上にハンマーヘッドが上がらなくてはなりません。ほんの少しでもセ
ンターピンの水平がずれているとフォルテで叩いたときに走り方向の力が働く為、叩いた時点でハンマーヘ
ッドの尻尾が左右にぶれてしまいこれまた弦の当たりが一定しない、と言う事になります。現象としては重
心がずれている場合と同じ症状が出てきます。アップライトピアノにも同様のことが言えます。
これらの調整はフレンジをレールに取り付けたあと、各ハンマーヘッドに走りが生じているかいないか厳
密に調べ、もし走りが出ているようであればそのフレンジの下に巾1.5ミリほどの紙を貼り、修正致します。
紙は薄手のものから厚手のものまで色々と用意し、完全に走りが無くなるまで調整します。アップライトピ
アノも全く同様です。これらの調整は部品取り付けの際の基本作業として絶対に省いてはならない作業工程
なのです。
打弦時のハンマーヘッドと弦の角度について
グランドピアノにおいて(図-4)のごとくハンマーヘッドが弦に当たる角度は弦に対し「直角」でなくては
なりません。フォルテで叩く事によってシャンクの「しなり」が加わり、ほんの少しだけ角度がずれます。
最初から極端に角度がずれていたりするとシャンクとハンマーヘッドの接合部に負担が掛かり、ズレがひど
い物では強打をした際にハンマーヘッドが首から折れてしまいます。
図-4
ハンマーヘッドの弦に対する取り付け角度について
弦が角度を持って張ってあるため、つまり二重交叉弦になっている為、ハンマーヘッドも弦に対し平行を
保つべくシャンクに対して斜めに植え付けなくてはなりません。グランドピアノでは低音部は真上から見て
右向き、中低音部は左向きです。しかし完全に平行に植え付けてしまうとシャンクに対し、ハンマーヘッド
の重心はトータルで中心点に来るものの、シャンクの左側と右側で分離して考えた場合、重心点が左右対称
にはなりません。この状態はハンマーヘッドが弦を叩く角度として、明らかに「おかしな状態」です。理想
的にはシャンクそのものを弦の角度に平行になるように取り付け、あくまでもハンマーヘッドと弦が平行に
なるようにする事でしょう。理論的にアクションの設計が出来たとしても実際に作るとなったら大変複雑な
構造になってしまいます。したがって現代のアクションのハンマーヘッドの取り付けはその矛盾点を持ちつ
つ、お互いにこれらの問題を譲り合っている、と言う事なのです。その点、昔の所謂「雨だれ式」ピアノは
理想的な取り付け角度を確保する事が出来ました。
次回はハンマーヘッドに刺さっている棒、、、腕と言ってもよいでしょう、専門用語では「シャンク」と言
いますが、この大切な部品について考察してみましょう。
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