オーディオマニアの為のピアノ楽入門 その2

 今回からはいよいよ本題のピアノについての講義に入ります。暫くの間はピアノの構造と各部分の役割に

ついてご説明していきたいと思います。 ピアノの構造全体像を捉えて頂くためにピアノの構造を階層図で

示してみまた。

 

 この図はアップライト、グランド、共に共通しています。この階層構造は七月号に掲載致しましたアップ

ライトピアノの断面図と一緒に眺めて頂くとよく理解できます。今回は構成図の一番上に書かれている「鉄

骨」についてご説明します。

鉄骨について(歴史と雑学)

 初期のチェンバロの時代は弦が極めて細くしかも真鍮で出来ていたため、鉄骨を必要としませんでしたが、

チェンバロも後期のものになりますと鋼鉄弦も出現し、構造も複雑化し、総張力も増してきました。フランス

のプレイエル社のチェンバロなど、鉄骨が使用されているものもあります。ピアノも初期のものは弦も細く、

鍵盤数も少なかったため、チェンバロとそっくりの無鉄骨ピアノが作られていました。これらのピアノはも

はや巷で見かけることはなくなりましたが、明治30年代生まれの我々の調律師の先生方の間では俗称「だ

るまピアノ」と言われておりました。弦も真鍮です。違うのは発音機構です。チェンバロは「タンジェント

」という鳥の羽の茎の部分を使用し、弦をはじくのに対し、ピアノの場合、鹿皮とか目の詰まったフェルト

を何層にも巻いて丁度「うずらの卵」程度の大きさのハンマーフェルトを作り弦を叩いていました。ピアニ

ッシモもフォルテシモも出せると言う事で当時フォルテピアノと言う名前で呼ばれていましたが、どう云う

訳か、フォルテだけがとれてしまい「ピアノ」と呼ばれるようになりました。

 科学技術が発達してくるにつれピアノ線も張力に耐えられるものが出来るようになり、従い弦も長くなり

総張力が増したため鉄骨の出現に至ったわけです。もっとも出現初期のころは一体成型技術がなかったため

鉄骨はすべて組み立て式になっています。1800年代の中期までのものは殆どがこの形式を採用しています、

というよりこれしか出来なかった、という事です。そしてこの頃のものはまだ低音弦と芯線部分の中音部が

交叉しておらず、ピアノ内部を見るとまるでハープのようです。この形式のピアノは日本では長老達の俗称

で「雨だれ式」と呼ばれていました。

 1800年中後期頃からいよいよ一体成型技術が出来るようになりピアノの音色、音量に革命をもたらし

ました。一体成型式鉄骨の中には大きく分けて三種類の形状のものがあります。ピン板の手前で終わってい

る「半鉄骨形式」のものが主流でしたが成型技術が発達するにつれて、ピン板の部分だけが刳り貫かれた「

刳り貫き鉄骨形式」へ、更に発達し、ピン板も覆ってしまう「フル鉄骨形式」へと移行し、現在では殆どの

メーカーがこの形式を採用しています。

 

    HARF// 「半鉄骨式」で「平行弦」          HOLLOW] 「刳りぬき鉄骨式」で「交叉弦」 

 

FULL] 「フル鉄骨式」で「交叉弦」(現代のピアノは総てこの方式を採用) 

 余談ですが私たち調律師がヨーロッパから古手の名器を買い付けるとき、あちらの中古業者はまず在庫リ

ストを送ってきます。その中にピアノのブランドと共に必ず「フル鉄骨」RAHMEN(FULL)か「半鉄骨」RAHMEN

(HALF)か、また先にも述べました「非交叉弦」RAHMEN(//)であるのか「交叉弦」RAHMEN(X)であるかを表

示してきます、これはアップライトもグランドも同じです。これを見ただけで私のように復元をやっている

調律師はピアノが何時代の物でどんな内部構造をしていてアクションがどのようなメカニックの物であるの

か大体の想像がついてしまいますのでそれをもとに色々と検討します。

  話を戻してオーストリアのベーゼンドルファー社製フルコンサートグランド、通称「インペリアル」と

言う機種は普通のピアノが88鍵であるのに対し97鍵もあります。このピアノの鉄骨を見るとその形といい色

といい正に芸術品とも云うべき素晴らしい物であります。この鉄骨がベーゼンドルファーインペリアルの音

色を作り出し、構造的に25トンの張力にも堪えているのです。もう一つ、変わった形状をした鉄骨を採用し

ているメーカーとしてこれまたドイツの世界的名器、グロトリアンがあります。「フルフラット鉄骨」と云

い、鉄骨がまっ平です。十数年前に今までの中央へもり上がった一般的な形状から一新したがグロトリアン

独特のあの極めて濃厚な高級なバターの香りがする音色がちゃんと受け継がれていて嬉しいかぎりです。世

界的名器のセミコンサート、フルコンサートグランドの鉄骨をワイヤーで吊るして叩くと、智恩院の梵鐘の

ような凄い響きがします。

 ピアノの鉄骨というのは正に科学の結晶とも云うべきものであって、ほんの少しのクラックとか巣が入っ

ていると巨大な張力に耐え切れず、そこから亀裂が進行して行き、遂には鉄骨が割れてしまいます。鋳型に

流し、冷えた時の全体のゆがみ、内部応力、内部歪の問題など、相当難しい課題をクリアーしていなければ

ならないのです。古いヨーロッパのピアノなどでは「鉄骨の折れ」がよく見かけます。

忘れられないショックな出来事

 話は反れますが苦い経験をした事があります。 ヨーロッパの100年以上も経った蜀台付きのアップライト

を調律していたときです。チューニングピンは別にルーズになっているわけではないのに何度音を上げても

上がらず何かおかしいなと思っていた矢先、突然「ボコン」と言う鈍い音がしたのでアクションをはずし点

検してみると鉄骨が完全に二つに割れてしまっていた事がありました。そのとたんに張力バランスが崩れて

しまい、全く調律が出来なくなってしまいました。

 既に亀裂が進行していた物と思われますが、もうこのピアノは使い物になりません。鉄骨を外し、溶接し

てもダメです。弦を張った後、同じ所からまたじわじわと亀裂が入ってきます。初めて訪問したお宅でした

のでいくら専門的なことを説明しても解ってはくれないだろうと思い、思い切って弁償する事にしました。

仕方なくわたしが大切にしていた彫刻入りのヨーロッパの世界的名器とお取替えしたことがあります。今で

もあの私の動転した時の思い出が蘇って来ます。

 今までメインテナンスをしていた調律師が製造年代を考慮に入れずピッチを現代のピッチで調律してきた

為か、もしくはもともと鉄骨に巣か亀裂が入っていた為、高張力の原因も重なって破損事故につながったも

のと思われます。私は大損をし、お客様は世界的な名器をタダで手に入れた、という訳です。長い間多くの古

典ピアノの調律をしているとこんなこともあるのですね。生涯二度と経験することの無い出来事だと思いま

す。運が悪かったとしか言い様がありません。

 今回はこの程度にして次回は音色を決定づける最も重要な「鉄骨の設計」について簡単に述べてみたいと

思います。

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