オーディオマニアの為のピアノ楽入門 その3

鉄骨の説明(続き)

 (その二)でご説明しましたドイツの三大名器の一つ、グロトリアンのフルフラット鉄骨の写真(写真1)を

掲載します。余談ですがこの写真のグロトリアンは横浜市磯子区にあります宝積寺内、テラノホールに設置

してあるセミコンサートグランドで、その音の美しさは絶品です。ウィーンの世界的ピアニスト、イョルク

・デームス氏のお気に入りで彼のサインが施されております。彼は大のグロトリアン好きで彼の師、ワルタ

ー・ギーゼキングが好んで使用していたこともコンサート会場でご説明されました。このような一般の人に

はあまり知られていない世界的名器が設置してあるホールがある、と言うこともお知らせしておく必要があ

ると思います。

 私は設計技師ではありませんので詳しく説明する事は出来ませんがここで鉄骨の設計で最も大切なポイン

トを説明いたします。ピアノを製作する上で最も基本になるのが鉄骨の設計です。約二十トンから二十五ト

ンに及ぶ張力計算をし、鉄骨のどの部分にどの位の力がかかっているのかを綿密に計算します。昔の製作者

達、メーカーは経験の蓄積でやっていたようです。チューニングピンの穴の位置決め、割り振り、弦を引っ

掛けるヒッチピンの位置決めなど、これらが決定されると木型を作り、流し込みの鋳物として鉄骨の原型を

作ります。これにヒッチピンの打ち込み用の穴を開けたり、アグラフ(三本の弦はこのアグラフを通過し、チ

ューニングピンに巻かれます。写真2)取り付け用のネジ切りをします。グラインダーで綺麗にバリ取りと面

出しをした後、パテを塗り、削り出しした後、つるつるの鉄骨面が出たところで金粉塗装をします。写真1に

掲載致しましたグロトリアンなどは見事なクラッキング塗装が施されております。金粉も各社独自の色、塗

装方法があり、色と仕上げを見ただけでどこのメーカーのものかが判ります。金粉塗装が仕上がったあと、

浮き彫り状になった文字、図柄に色をつけます。前回写真掲載致しましたスタィンウェーの1920年代の鉄骨

などは色々な文字が書いてあります。1900年前後に製作されたもので鉄骨の一面にぶどうの房が描かれ、そ

れらが全て丁寧に絵画ばりの色彩が施されたものなど、見ているだけで芸術品を見ているような美しいもの

も数多くあります。

 鉄骨のお化粧が終わった後、ヒッチピン、アグラフを取り付けます。現在はどうなっているか判りません

が1800年代後期のアグラフの取り付け方法は例の黒とかベンガラ色のピッチを熱で溶かし、鉄骨のメスネジ

を暖めて膨張させ、塗りこんだ後、取り付けてあります。こうする事によって鉄骨と真鍮製のアグラフは完

全に一体化します。これは弦振動によるビリ付き防止、もう一つ、弦振動の鉄骨への伝播効率を高める為か

と思われます。

 ここで鉄骨を設計する上で最も大切なことをご説明します。世界の名器と言われるピアノが世界には何十

社とありますが読者の皆さんはこれらの同一メーカーのアップライトピアノとグランドピアノの音色を聞き

比べた事がありますか。例えばスタィンウェー、ベーゼンドルファー、ベヒシュタイン、グロトリアン、ブ

リュートナーなど。不思議な事に鉄骨の形状、響板の形状、ボディーの形状が全く違うにも拘わらず同じメ

ーカーの物であれば同じ音の香りと同じ響きを持っています。よくもこれだけ同じ音色が作れるものだとほ

とほと感心してしまいます。

日本を代表するピアノ木工技術者、芝 清章さんの事

 芝 清章さんという、もとシュヴェスターピアノでお仕事をしておられた方が大田区糀谷にお住まいです。

温厚で誰にでも慕われるご老人で、我々調律師にとっては欠かせない木工技術者です。彼はピアノの精密な

部品一つ一つまで自分で作ってしまうほどの腕前で私はよくグランドピアノの駒の修理、鼠にかじられて真

っ二つになってしまった鍵盤などを作っていただきました。もう九十二歳位になられますが彼は日本を代表

するピアノに関する木工技術者として今だ最高峯に君臨しておられます。芝さんのような方が居られる事に

よって古いピアノの名器が命を吹き返してきたのだ、と言うことを我々調律師は忘れてはいけません。(残念

ながら芝さんは平成十三年に亡くなられました)

 十五年程前、私は芝さんの造ったピアノを詳しく検証させて頂き、弾かせてもらった事があります。但し

鉄骨とアクションの部品は彼の作ではありません。鉄骨はスタィンウェーのものです。鉄骨の形状からすべ

て駒の位置、弦の割り振りなどを彼自身が算出し、自分で製作されたものです。見事な素晴らしいピアノで

した。そして私が最も驚いた事はスタィンウェーの音色そのものだった事です。鉄骨の形状が決定されてし

まうと音色も八割方決定される、と言うことを私は何かの本で読んだ事があり、また私の先生からも話には

聞いておりましたが、その時初めて体験いたしました。

弦の太さ、長さ、張力、倍音の関係について

 ある太さの鋼鉄弦があったとします。ある長さを指定された場合、ある一定のピッチ(音の高さ)を指定さ

れた場合にはおのずとその張力は決定されてしまいます。同じ長さで弦の太さを細くすると音は高くなり同

じピッチにする為には張力を弱めます。また逆により太い弦を張った場合には同じピッチを得るにはより張

力を大きくしなければなりません。弦振動と言うのは理論的には二倍音、三倍音、四倍音と単純計算が出来

ますが、この理論は実際とは大きくかけ離れており、弦が細くなり、弦の長さが長いほど理論値に近づきま

す。ピアノの鉄骨の設計で最も大切な事は88キーの弦一本一本についてどのキーに於いて、どの位の太さ

の弦を張るかということで、また逆にどの長さの弦に対してはどの位の太さの弦を張ればよいのか、そして

どの位の張力になるのか、ということです。鉄骨の構造上といいますか、張力バランスと言いますか私には

良くわかりませんが大変複雑で難しい問題があるのです。

 ここで一本の弦について少し考えてみましょう。実際には二倍音と言っても各節の部分とブリッジの部分

でロスがあり、理論どおり周波数は倍になる事はありません。必ず「×2+α」となり、弦長が決定した場合、

弦が太くなるにつれてこのαのズレの値は大きくなります。このズレを伴ったまま高次倍音まで振動するの

でこの弦の倍音構成周波数は α の値で決定されてしまいます。ここがピアノの音色とか香りを決定付ける最

も重要なポイントだそうです。このαの値をどの位に設定し、また各音の高さの違うキーに対するαの値をど

うすればよいかと言う事が鉄骨を設計する上で最も重要な事柄だそうです。アップライトピアノ、グランド

ピアノ、共に同じ考えのもとに鉄骨を設計すれば形状が違っていても同じ香りの音色が出て来るという訳で

す。世界的名器はこれを経験的に知っており、音の香りの種類を頑固に守り続けております。また守り続け

る事でブランドに対する責任を負っている、と言うことであります。

 古いピアノの音色の解析、つまり先ほどのαの値を調べる事によって現在では計算機を用いて鉄骨の設計

をしている、と言うことを聞いた事があります。私は工場で設計をした事がないので詳しい事はわかりませ

んが、音色の決定には本当に深い経験が必要なんですね。掲載致しました写真3 は一本の弦の「張力」と「

長さ」と「音程」の関係を調べる機械で、現グロトリアン社社長、クヌート・グロトリアンさんのお爺様の

時代まで新しいモデルの開発にあたって実際にこの機械で実験を繰返して張力計算、その他をやっていたそ

うです。

    (写真1) グロトリアンセミコンサート クラッキング塗装が施されたフラット鉄骨

>

        (写真2-1) 総アグラフ 低音部 ペトロフ、アップライト

        (写真2-2) 総アグラフ 最高音部 ペトロフ、アップライト

    (写真3) 弦の太さ、長さ、張力に対する音程を調べる機械(グロトリアン社所有)

                                           その4へ

 HOME Voicing VoicingTheory PETROF Announce Space of Terra Shopping Tea Room Used Piano Profile Order E-mail