To Heart
〜Through a year with 葵〜



 第5章  決戦!エクストリーム(9月21日)


『おい、おい・・・本当に大丈夫なのか?』
 俺は、リングに上がった二人のあまりの体格差に愕然とした。
 片や小柄で細身のまだあどけなさの残る女の子、片や『これでも本当に高校生か』と思えるぐらいのふけ顔の大女。
 言うまでもなく、小柄な女の子は葵ちゃんである。
 エクストリーム決勝トーナメント一回戦、葵ちゃんの相手はとんでもない巨漢柔道選手だった。

 テレビ放映や会場の関係で、今大会は予選二試合、決勝トーナメント3試合を1日で行なうというハードものだった。
 幸いにも予選で相手に恵まれた葵ちゃんは、全くダメージを受ける事無く決勝トーナメント枠の8人に順当に入る事ができた。
 しかし、問題はその緒戦の相手だった。
 『阿久沢香織』、その可愛らしい名前から想像も付かないごっつい大女は、聞いた話によると去年の大会の準優勝者らしい。
 葵ちゃんを励ましフォローする為にセコンドに入った俺だったが、阿久沢本人を目の当たりにして正直ビビッてしまった。
 クルリ
 そんな俺の心中を察したのか、リング中央に立った葵ちゃんがクルリと俺の方を振り向き、ニッコリと微笑んだ。
『大丈夫、心配しないで下さい!』
 俺には、葵ちゃんの笑顔がそう言ってるように思えた。
「葵ちゃん、頑張れー!!」
 葵ちゃんの笑顔に励まされた俺は、大声でそう叫んだ。
 葵ちゃんはそんな俺の声援に笑顔で応えると、再び相手と対峙した。
「お嬢ちゃん、ケガしないうちにさっさと帰った方が良いよー!」
 中央でレフェリーの注意を聞いている葵ちゃんに、周囲からそんなヤジが飛んだ。
『このヤロー!!』
 俺は思わずそいつをぶん殴ってやろうと思ったが、リング上の葵ちゃんが全く動揺した様子がないので敢えてそうしなかった。
『葵ちゃん・・・答えは行動で示すって言うんだな?・・・よーし、こいつらに葵ちゃんの実力を見せてやれ!!』
 さっきまでの弱気はどこへやら、俺はギュッと拳を握り締め心の中で葵ちゃんにエールを送った。
「レディ・・・ファイト!!」
 その時、闘いを告げるレフェリーの声が辺りに響いた。
「ワーーーー!!」
 次の瞬間、全てを飲み込むような観衆の大歓声が沸き起こった。
 最初に動いたのは、阿久沢の方だった。その巨体に似合わない軽快な動きで葵ちゃんとの距離をみるみるうちに詰めていく。
 葵ちゃんとの体格差と柔道という格闘技の性格を考えると、葵ちゃんを捕まえようとしているのは明白だった。
 シュッ!
 間合いに入ると同時に、阿久沢が太く長い腕を素早く突き出した。
『捕まった!?』
 俺が一瞬焦ったその時、
 スカ!
 阿久沢の腕が見事に空を切った。
「!?」
 突然視界から消えた葵ちゃんに驚いて、阿久沢が周りをキョロキョロと見渡した。
 そして、葵ちゃんがすでに自分の背後に回り込んでいる事に気付き愕然とした表情になった。
『スゲー・・・』
 驚いたのは阿久沢だけではなく、俺自身も改めて葵ちゃんの実力に驚嘆していた。
 先程ヤジを飛ばしていた観客も、急に黙り込んでポカンとリングを見詰めている。
「避けるのだけは上手いみたいだね」
 慌てて振り返りながら、阿久沢が挑発するようにそう言った。
「・・・・・」
 しかし、葵ちゃんはその挑発には乗らず、軽いステップを踏みながら阿久沢との距離を保っている。
「なめるなよー!!」
 その葵ちゃんの態度が気に入らなかったのか、そう叫ぶと阿久沢が再び猛然と突っ込んで行った。
 ビュッ!ビュッ!ビュッ!
 右、左、右と鋭い阿久沢の指し手が飛ぶ。
 スッ!スッ!スッ!
 しかし、葵ちゃんは華麗な体重移動でそれらを全て避けて行く。
 こんな動作を数回繰り返した後、さすがに阿久沢の表情に焦りの色が浮かんできた。
「おい、あの子もしかして強いんじゃないのか?」
「ああ。阿久沢が何か子供扱いされてるもんな」
 それと同時に、観客席のあちこちからそんな会話が聞こえるようになってきた。
「グッ・・・うおおおおーーー!!」
 そんな声が聞こえたのか、阿久沢が烈破の気合で葵ちゃんに突っ込んで行った。
 ビュッ!
 スッ!
 猛然と突き出された阿久沢の右腕を、葵ちゃんは右にスライドするように見事に避ける。
 タン!
 それと同時に、反動を使って葵ちゃんは反対方向へ飛ぶように移動した。
「なめるなよーー!」
 自分の目の前を横切られる形になった阿久沢は、そう叫ぶと右足を支点にして強引に体を回転させ、突き出していた右腕を再び葵ちゃんへ向けた。
 次の瞬間、
 ビシッ!!
 鋭い音を発しながら、この試合初めての攻撃である葵ちゃんのローキックが阿久沢の右足脛部に炸裂した。
「グエーーー!」
 只でさえ自分の体重がかかっているところに葵ちゃんの蹴りを食らっては、さすがの阿久沢も堪らなかった。
 グラッ
 痛みに耐え兼ねその巨体が傾く。
 ビシッ!
 その一瞬のチャンスを逃すことなく、葵ちゃんの回し蹴りが阿久沢の側頭部を捕らえた。
「グッ・・・・・」
 バタ
 短く悲鳴を発した阿久沢は、そのまま白目を剥いてマットに沈んだ。
「ワン、ツー・・・」
 すぐさまレフェリーのカウントが入る。しかし、阿久沢が立てないのは誰の目にも明らかだった。
 シ〜ン・・・
 レフェリーのカウントが進む中、会場は水を打ったように静まってしまった。
 それも無理ない事だろう。優勝候補の一角が、自分の半分以下の体重の選手にたった2発の蹴りでKOされてしまったのだから。
『見たか、これが葵ちゃんの実力だーーー!!!』
 そんな観客とは対照的に、俺は興奮を隠せなかった。
「テン!勝者、松原葵!」
「うおーーーーーー!!!」
 レフェリーの勝利者宣言が終ると同時に、会場が大歓声で包まれた。
「ど、どうも・・・」
 そんな大歓声の中、照れたよう頭をペコペコ下げながら葵ちゃんがリングから降りて来た。
「葵ちゃん、やったね!」
 俺はスポーツタオルを手渡しながら、葵ちゃんに祝福の言葉を送った。
「ありがとうございます。こんなに上手く行くなんて・・・何だか運が良かったみたいです」
 そのタオルで汗を拭いながら、葵ちゃんが少し恥ずかしそうにそう言った。
「何言ってんだよ。葵ちゃんの実力だよ、実力!よーし、これで綾香との決勝戦が楽しみになって来たぜ!」
 俺は拳をギュッと握り締め、興奮したようにそう語った。
「せ、先輩、まだ準決勝もあるんだし・・・綾香さんはともかく私はどうなるか・・・」
 少し苦笑いをしながら葵ちゃんがそう答えた。
「大丈夫だって、なんたって去年の準優勝者を倒したんだぜ!もっと自信を持って行こうぜ!」
「はい!私、頑張ります!」
 俺がそう言いながら背中をポンと叩いてやると、葵ちゃんは嬉しそうにそう答えた。
 その笑顔には、控えめだが確実な自信が含まれていた。

 その後、一旦休憩室に入った俺達は、しばらくして再びリングに戻って来た。綾香の1回戦を見る為だ。
「今日の綾香さんの調子どうなんだろうな?」
 リングを見渡せる位置にやってきた葵ちゃんが、ボソリとそんな事を呟いた。
 葵ちゃんの言う通り、実は俺と葵ちゃんは今日の綾香のコンディションを全く知らなかった。
 というのも、今日綾香が闘うのはこれが初めてだからだ。
 予選の2試合、綾香は相手選手の棄権と負傷欠場で闘わずして上がって来ているのだ。
「しっかし、ずりーよな。去年の王者が闘わずに決勝トーナメントに上がってくるなんてよ」
 リング上で軽いストレッチをしている綾香を見ながら、俺は思わずそうぼやいた。
「先輩、運も実力の内ですよ」
 葵ちゃんがクスクスわらいながらそう言った。
「まあ、そうなんだけどさ・・・。えーと、綾香の対戦相手は・・・『勝木茜』か。それ程体格が言い訳じゃないけど、何の格闘技やってるんだろ?」
 俺は綾香の対戦相手を眺めながら、隣の葵ちゃんにそう尋ねてみた。
「『勝木茜』・・・何だかどっかで聞いたような名前なんだけど・・・」
「キックボクサーよ」
 葵ちゃんがそんな事を言いながら首を傾げた時、背後から突然そんな言葉が投げかけられた。
 バッ!
「坂下ー!?」
「好恵さん!?」
 驚いて振り向いた俺達は、そこに意外な人物を見て二度驚かされた。
「葵、1回戦は勝ったみたいね。取り敢えずおめでとうと言っとくわ」
「ありがとうございます」
 坂下にそう声をかけられ、やや緊張気味に葵ちゃんはペコリと頭を下げた。
「坂下、お前何でこんな所に・・・ははーん、さては何だかんだ言っても葵ちゃんや綾香の闘いが気になるんだろ?」
 俺は思わずニヤ〜と笑いながらそう尋ねた。
「そ、そんな事はどうでも良い!それより、綾香の対戦相手の事を聞きたくないのか?」
 どうやら図星だったのだろう、坂下は顔を真っ赤にしながら必死に話を誤魔化した。
「そうだな。お前、さっき『キックボクサー』とか言ってたよな?」
 実際俺も気になっていたので、俺は素直にそう尋ねた。
「そうよ。『勝木茜』今年の春先にデビューしたプロのキックボクサーよ」
「ああっ、思い出しました!確か現役高校生プロって事で一時期話題になった。・・・確か戦績は・・・」
「4戦4勝、オールKO勝ちよ」
 葵ちゃんの言葉を引き継いで、坂下がそう補足した。
「おいおい、プロがこんな大会に出て良いのか?」
 俺は2人の会話に驚いて思わずそう尋ねた。
「大会規定では、『参加資格は高校生であること』となってますので、問題無いと思います」
 俺の問いかけに、葵ちゃんがそう答えた。
「ちなみに、あの子って強いのか?」
 俺は、今度は坂下に向かってそう尋ねてみた。
「さっきも言ったでしょ、4戦4勝だって。掛け値なしに強いわよ。綾香はこれが事実上の緒戦なんだし、もしかしたら・・・」
「負けるってのか!?」
 俺は少し驚きながらそう尋ねた。
「可能性の問題よ。もしかしたら・・・」
「綾香さんは負けませんよ!絶対に!」
 そんな俺と坂下の会話を、葵ちゃんの強い声が遮った。
「葵・・・」
 坂下が少し驚いたように葵ちゃんの方を見た。
 一方、そう断言した葵ちゃんは、リングの綾香を真っ直ぐに見つめている。
 その目は、一途に何かを信じてる目だった。
「・・・・・」
 俺も坂下もそれ以上は何も言わず、葵ちゃんと同じくリングを見つめ試合開始を待った。

「レディーファイト!」
 試合が開始したのは、それから数分後の事だった。
 レフェリーの合図と共に両者がめまぐるしく動き出す。
 ビシッ!
 最初に攻撃を仕掛けたのは勝木の方だった。
 鋭いローキックが綾香の左足を襲った。
「あっ、やられた!」
 その様子を見ていた俺は思わずそう叫んだ。
「大丈夫です。ちゃんとブロックしてますから・・・一見当たったように見えるけど、受けたのは堅い膝の部分です」
 すかさず葵ちゃんがそう説明してくれた。
「それにしても、あの綾香にブロックさせるなんて・・・やっぱり侮れない実力ね」
 勝木の攻撃を見ていた坂下がそう言って唸った。
 確かに勝木のローキックは、先程の葵ちゃんの蹴りにも優るほどのスピードとキレを持っていた。
『こりゃ、本当に分からんぞ・・・』
 口には出さなかったものの、俺は心の中でそんな事を思い始めていた。
 ビシッ!ビシッ!ビシッ!
 その間にも勝木の猛攻は続いた。
 先程の攻撃で良い感触でも掴んだのか、ローキックの嵐を綾香に浴びせ掛けている。
 綾香も何とかそれをブロックしているが、そのせいで防戦一方になってしまっている。
「おかしいわね・・・」
「はい」
 その攻防を見ていた坂下と葵ちゃんが、不意にそんな会話を交わした。
「おかしいって・・・何が?」
 話が見えない俺は、思わず坂下にそう尋ねた。
「攻撃が単調すぎるわ。あれほどの蹴りがあるならもっと効率の良い攻めができる筈よ。・・・まさか!?」
「危ない!!」
 その時、葵ちゃんが悲鳴に近い声を上げた。
 咄嗟にリングを見た俺は、その言葉の意味を理解した。
 それまで執拗にローキックを繰り返していた勝木の蹴りが、その瞬間ハイキックにスイッチしたのだ。
 しかも、繰り出すまでのフォームが全く同じだったせいなのか、自分の側頭部に迫ってくる蹴りに綾香はまるで反応出来ないでいた。
 次の瞬間、
 ガシッ!ドサ!
 鈍い衝突音と人が倒れる音が会場に響いた。
「・・・・・嘘・・・だろ?」
 俺は次の瞬間信じられないものを目の当たりにした。
 何と、マットに横たわっているのは蹴りを繰り出した勝木の方だったのだ。
 しかも、スリップしたとかそういうレベルではなく、完全に白目を剥いて失神している。
「おい、一体何があったんだ!?」
 訳が分からなかった俺は、隣で呆然とリングを見つめている坂下にそう尋ねた。
「回し蹴りよ・・・綾香の回し蹴りが決まったのよ・・・」
「蹴りって・・・何言ってんだ、キックしてたのは勝木の方だろうが!?」
 坂下の言葉で益々訳が分からなくなった俺は、思わず声を荒げた。
「後から放った綾香さんの蹴りが、勝木さんの蹴りより早く相手を捕らえたんです」
 そんな俺に向かって、憮然とした声で葵ちゃんがそう言った。
「何だって!?そんな馬鹿な!後から放った蹴りの方が先に当たるなんて・・・」
「私だって信じられないわよ。素人相手ならともかく、相手はプロのキックボクサーだってのにね・・・。ここから見てたから蹴りだって分かったけど、実際にリングで対峙してたら何が起こったかも分からないでしょうね」
 坂下が冷や汗を拭いながらそう言った。
「坂下、お前が以前倒されたのも・・・」
「ええ、多分あの蹴りだったと思うわ。あの蹴りがあるからこそ、敢えて勝木の誘いに乗ったのね。スピード、パワー、テクニック・・・どれをとっても今の綾香は完璧ね」
「勝者、来栖川綾香ー!」
「うわーーー!!」
 坂下が呟くようにそう言った時、綾香の名前がコールされ観客から大歓声が飛んだ。
 リングの中央で手を上げてそれに応える綾香・・・そんな綾香を、葵ちゃんが見つめている。
『葵ちゃん・・・君は本当にあの綾香に勝てるのか?』
 俺はそんな言葉を押さえるだけで精一杯だった。

『対戦相手の戦績から考えても、葵と綾香の決勝進出は間違いないわ』
 そんな坂下の予想通り、葵ちゃんと綾香は何の問題もなく準決勝を勝ち上がった。
 そして決勝を5分後に控えた今の控え室には、俺と葵ちゃんの2人だけしかいなかった。
「・・・・・」
 緊張してるのか、葵ちゃんは先程から一言も話さない。また、俺もかけるべき言葉が見付からないでいた。
『くそー、一体何て言えば良いんだ・・・何を言っても嘘になっちまいそうだ・・・』
「先輩、綾香さんてやっぱり強いですね」
 苦悩している俺に向かって、葵ちゃんが呟くようにそんな事を言った。
「葵ちゃん!?」
「正直、さっきの試合を見て改めて綾香さんの強さを思い知らされました・・・そして、まだまだ自分が力不足だって事も・・・」
 葵ちゃんはそう言って少し俯いた。
「葵ちゃん・・・」
 俺は葵ちゃんが泣き出すような気がしてオロオロしてしまった。
「だけど、私は勝ちます!!」
「えっ!?」
 次の瞬間、葵ちゃんがガバッと顔を上げ笑顔でそう言ったので俺は思わず驚いてしまった。
「先輩・・・先輩に出会う前の私の目標は『綾香さんと闘う事』でした。だけど、今の私の目標は『綾香さんに勝つ事』です!先輩が、私に勇気と自信を与えてくれたから・・・先輩が私を応援してくれるから・・・私は絶対に負けません!」
 葵ちゃんは少しだけ頬を染めた後、真っ直ぐな瞳で俺を見つめそう断言した。
『俺は馬鹿だ!なにが『綾香に勝てるのか?』だ・・・葵ちゃんはいつでも自分を信じてそして俺の事を信じてくれてるじゃないか!・・・それなのに』
 俺は心の中で自分の弱気を叱咤した。
「葵ちゃん、それじゃ俺からの餞だ!少し恥ずかしいかもしれないけど、黙って聞いててくれ」
「えっ?」
 俺はキョトンとしている葵ちゃんから少し離れると、スーッと大きく息を吸い込んだ。
「葵ちゃんは強い!!」
 ビクッ
 俺の突然の大声に、葵ちゃんの体が少し震えた。
「葵ちゃんはやれる!!葵ちゃんは負けない!!」
 そんな葵ちゃんにお構いなく、俺は声の限りに叫び続けた。
「葵ちゃんは勝ーーーーーーーつ!!!」
 部屋全体がビリビリと震えるほどの叫びで、俺は応援のエールを締めくくった。
「せ、先輩・・・」
「へへへ、俺にはこんな事ぐらいしか出来なきけどな」
 俺はポリポリと頬を掻きながら苦笑いをした。
「いいえ!最高の餞でした!私・・・私、頑張ります!!」
 葵ちゃんはそう言って瞳を潤ませた。
「葵ちゃん、泣くのは勝ってからのうれし泣きにしようぜ!さあ、行こう!!」
「はい!!」
 俺がそう言いながら肩をポンと叩いてやると、葵ちゃんはグイと涙を拭って立ち上がった。
 カチャ
「全く、恥ずかしい事を大声で言うわね。外までまる聞こえよ」
 控え室を出た俺達を待っていたのは、腕を組んでニヤニヤと笑っている坂下だった。
「な、お前には関係ないだろ!大体、何でお前がここにいるんだよ!?」
 俺は恥ずかしさも手伝って、わざとぶっきらぼうにそう尋ねた。
「セコンド2人までOKなんでしょ?私も少しくらいならアドバイスを与えられるわよ」
 坂下はそう言うと、彼女にしては珍しく軽くウィンクしてみせた。
「坂下・・・お前」
「好恵さん」
 葵ちゃんがそんな坂下の言葉に再び瞳を潤ませた。
「ほらほら、涙は勝ってからのうれし泣きだって誰かさんも言ってたでしょ?」
 坂下はそう言いながら、葵ちゃんの背中をポンと叩いた。
「はい!分かりました!」
 葵ちゃんは手の甲で涙を拭うと、表情を引き締めグイッと胸を張った。
「よし!行こうぜ決戦の地へ!」
 俺の言葉に葵ちゃんと坂下は力強く頷き、俺達3人は暗い通路から光溢れるリングへ向かって歩き始めた。

「ワーーーー!!」
 大歓声の中、遂に葵ちゃんは憧れの綾香と対峙した。
 その瞳には一点の曇りもなかった。
「良い顔してるわね、葵」
 そん葵ちゃんを見て、綾香が嬉しそうにそう言った。
「はい!綾香さん、今日は勝たせてもらいます!」
 葵ちゃんは、大胆にも綾香に向かって勝利宣言までしてのけた。
「久々に良い勝負ができそうね」
 そんな葵ちゃんの言葉を聞いてニッコリ笑うと、綾香は満足そうに頷いた。
「葵、呑まれてないみたいね」
 2人のやり取りを見守っていた坂下が、嬉しそうにそう呟いた。
「ああ、今の葵ちゃんなら大丈夫さ」
 俺は力強く頷きながらそれに答えた。
『頑張れ、葵ちゃん!』
「それでは、レディー・・・ファイト!!」
 俺が心の中で応援を送るのと同時に、レフェリーの掛け声と共に闘いの火蓋が切って落とされた。
 ビュッ!スッ!シュッ!ガシッ!
 開始早々、観客が見たものは高度な技と技との応酬だった。
 葵ちゃんが放つ突きを綾香が避け、綾香が放つ蹴りを葵ちゃんがガードする。
「葵、左よ、左に回り込んで!その蹴りはフェイントよ!」
 坂下から的確な指示が飛ぶ。
 その甲斐あってか、序盤まで2人の実力は全く互角だった。
『いける!これなら勝てるぞ!』
 その展開に俺は喜び勇んだ。
 しかし、綾香の実力は俺達の想像以上だった。
 ビシッ!ビシッ!シュッ!
「ハア、ハア・・・」
 中盤に差し掛かるにつれ綾香の攻撃する時間が長くなり、葵ちゃんの息があがって来ていのが、俺からも見て取れた。
「まずいわね・・・葵と綾香の差が出て来たわ」
 そんな2人の闘い方を見ていた坂下の口から、そんな言葉が漏れた。
「2人の差?」
「ああ。1つはスタミナの差、小柄な葵の方がスタミナ的に不利なのは明白でしょ。そして、もう1つは攻撃の『質』の差よ!」
「『質』?そりゃ一体どういう意味だ?」
 俺は聞きなれない言葉に首を傾げた。
「蹴りにしても突きにしても、自分のウエイト(体重)を乗せられる物が最良とされてるのよ。そして、今闘ってる両者は完璧にそれを実施してる・・・だけど」
「そうか、葵ちゃんと綾香の体重の差か!」
 俺の言葉に、坂下がゆっくりと頷いた。
「葵と綾香、2人の体重の差は明らかに5キロ以上あるわ。1発1発の差はさほどなかったとしても、それが蓄積されて今大きな差になって現われてきてるのよ」
 タラリ
 坂下の言葉を聞いて、俺の額に冷や汗が流れ落ちた。
「葵、気を付けてー!綾香はこの機を狙ってくる筈よ!!」
 坂下が必死に闘う葵ちゃんに激を飛ばした。
「葵ちゃん、頑張れー!!」
 俺も負けじと大声で声援を送った。
 その後、一進三退のような闘いを続けながらも、何とか葵ちゃんは踏ん張っていた。
 葵ちゃんの本来の体力から考えても、それは驚異的な粘りだった。
『葵ちゃん、頑張れ!』
 俺は祈るような気持ちで闘いを見守り続けた。
「ハア、ハア、ハア・・・」
 葵ちゃんが息を整えようと一瞬動きを止めたその時、
 ギュッ
 綾香が珍しく大きなモーションで溜めを作り、腰を僅かに後ろに引いた。
「葵、回し蹴りが来るわ!!上段よ!!」
 すかさず坂下から葵ちゃんへの指示が飛んだ。
 ガシッ
 葵ちゃんもそれは承知していたらしく、咄嗟に頭のガードを固めた。
 ビュン!!
 それとほぼ同意に、凄まじい風切り音を立てながら綾香の蹴りが放たれた。
 その蹴りは坂下や葵ちゃんの読み通り上段に放たれ、葵ちゃんのガードに阻まれる筈だった。
 ビシッ!
 しかし、実際に綾香の蹴りが捕らえたのは葵ちゃんの脇腹だった。
「う・・・ああ・・・」
 ドサ
 全く無防備な脇腹に強烈な一撃を受け、葵ちゃんは声を発する事も出来ずにその場に崩れ落ちた。
「葵ちゃん!!」
 俺は倒れる葵ちゃんを見て、悲鳴に近い叫びを上げた。
「そんな・・・上段から中段へ軌道を変えるなんて・・・信じられない・・・」
 俺の横では、坂下が呆然とそんな事を呟いている。
 だが、俺の意識は完全に葵ちゃんに向いていた。
「葵ちゃん、葵ちゃん!!」
 俺は必死に葵ちゃんに呼びかけた。
「う、う・・・」
 葵ちゃんは俺の言葉に僅かに反応するものの、起き上がる事は出来なかった。
「スリー、フォー・・・」
 その間にもレフェリーのカウントが進んで行く。
 誰の目から見ても、致命的な一撃である事は明白だった。
『ここまでやったんだから充分じゃないか・・・』
 一瞬そんな考えが俺の脳裏を過ぎった。
 しかし、次に俺が取った行動は自分でも意外な物だった。
「葵ちゃん、立て立つんだ!!まだやれるだろ?まだ立ち上がれるだろ?立ち上がって闘うんだー!」
「藤田、お前何言ってんだ!?葵はもう限界だ!!」
 マットをバンバンと叩きながら無茶な事を言う俺に驚き、坂下が止めに入った。
「まだだ!葵ちゃんはまだやれる!あれだけ一生懸命練習して来たんだぞ、俺が信じてやらなくてどうするんだ!立てー葵ちゃん!!」
 我ながら無茶な事を言ってると思った。だけど、ここで言わなければ何故か後悔するような気がした。
「エイト!ナイン!テ・・・」
 バッ!
 俺の声に応えるように葵ちゃんが立ち上がったのは、正にレフェリーがテンカウントを取り終えようとしたその時だった。
「大丈夫か?やれるか?」
「やれます!」
 試合続行の意志を確認するレフェリーに、葵ちゃんはハッキリとそう答えた。
「オオーーー」
 その葵ちゃんの姿に、観客から『信じられない』といったような声が飛んだ。
 坂下も綾香も、葵ちゃんを少し驚いたように見つめている。
 立ち上がった葵ちゃんが、一瞬俺の方をチラッと見た。
 俺は敢えて声はかけずに、静かにゆっくりと頷いた。
 葵ちゃんは、その俺の仕種を見て少しだけ微笑んだ。
『頑張れ、葵ちゃん!』
『はい!』
 口にこそ出さなかったが、その瞬間俺と葵ちゃんはそんな会話を交わしていたのだと思う。
「ファイト!」
 程なくして、レフェリーの掛け声と共に試合が再開された。
 ダッ!ビシッ!バシッ!
 試合再開と同時に、猛然と突っ込んで来た綾香が容赦ないラッシュを浴びせ掛ける。
 それは、格闘家としての綾香の最大限の礼儀なのだろう。
 ビシッ!バシッ!
「グッ!」
 只でさえダメージが残っている葵ちゃんは完全に防戦一方になってしまった。
 それでも綾香のスピードについて行けず、体のあちこちにダメージを受けている。
『葵ちゃん・・・』
 俺は正直目を逸らしたかった。しかし、俺には葵ちゃんの闘いを見届ける義務があった。
「葵ちゃん、頑張れーー!!」
 俺は渾身の力を込めて葵ちゃんに声援を送った。
 ビシッ!
 葵ちゃんの蹴りが綾香にヒットしたのはその時だった。
「くっ!」
 ガードしきれず脇腹にその蹴りを食らった綾香の顔が、一瞬苦痛で歪んだ。
 最初、俺は綾香がちょっとしたミスでガードし損なったのかと思った。
 しかし、それは違っていた。
 その証拠に、徐々にではあるが葵ちゃんの攻撃が綾香に当たり始めて来た。
「何て子なの・・・ここに来て蹴りも突きもスピードアップしてる」
 俺の隣で試合を見守っていた坂下の口から、感嘆の声が漏れた。
 坂下の言うように、目の錯覚ではなく確かに葵ちゃんのスピードが上がって来ていた。
 その予想外のスピードに、綾香が段々と反応できなくなって来ている。
「葵ちゃん、頑張れーー!!」
 俺は矢も楯も堪らずに、再び大声でそう叫んだ。
 死力を振り絞って闘う葵ちゃんと、その挑戦を真っ向から受けてたつ綾香・・・二人の闘いはやがて防御をかなぐり捨てたショートレンジでの壮絶な打ち合いへと変わって行った。
「ワーーー!!」
 観客はその姿に酔いしれ、惜しみない歓声を送っている。
 バッ!
 そんな歓声の中、不意に両者の距離が開いた。
「いよいよ決着の時ね・・・2人とも最後の一撃を出すつもりだわ」
 それを見ていた坂下がそう呟いた。
 シーン・・・
 2人の緊張感が観客にも伝わったのだろう、不意に辺りが水を打ったように静まった。
 ゴクリ
 俺が小さく喉を鳴らしたその瞬間、
 ダッ!
 バッ!
 両者が一気に距離を詰めた。
 ズン!
 ビシッ!
 間合いに入ると同時に、葵ちゃんの放った突きと綾香の放った回し蹴りがお互いの鳩尾と側頭部を捕らえた。
「崩拳!」
 葵ちゃんの技を見て俺は思わず叫んでいた。
 そう、葵ちゃんは毎日かかさず練習して磨きに磨いた必殺技をここで繰り出したのだ。
 ドサ
 2人の技が激突して十数秒後、先に倒れたのは綾香の方だった。
「ぐっ・・・」
 ガックリと片膝を付き痛みに打ち震えている綾香の姿は、俺が初めて見る姿だった。
「やったー!勝ったー!」
 それを見た瞬間、俺は葵ちゃんの勝利を確信した。しかし、
 ドサ
 葵ちゃんが力なくマットに沈んだのは、その僅か数秒後だった。
「葵ちゃん!?」
 俺にもそれが先程のダウンと違う事はすぐに分かった。
 葵ちゃんは完全に失神していて、ピクリとも動かないのだ。
「勝者、来栖川綾香ー!」
 それを確認したレフェリーが綾香の勝利を宣言した。
「うおおおーー!!」
「綾香ー!」
「綾香さ〜ん!」
 勝利者宣言が出された途端、観客から綾香に対する大声援が飛んだ。
 そんな中、俺と坂下は担架で運び出される葵ちゃんに付き添い会場を後にした。

 幸い、葵ちゃんの受けたダメージは大した事はなかった。
 医師曰く、蹴りを放った相手が的確なポイントを突いてくれたので、ダメージが少なかったそうだ。
 俺はこの点に関してだけは、綾香に感謝した。
 結局、葵ちゃんは様々な検査を受けた結果問題なしと判断され、帰り支度をすべくロッカールームに消えて行った。
「葵、何ともなかったみたいね」
 外で葵ちゃんを待っている俺と坂下の所へ、そう言いながら綾香がやって来た。
 その手には、つい先程終了した表彰式でもらった優勝トロフィーが握られていた。
「ああ、お前のお陰だよ。下手な相手だったら、葵ちゃんももっとダメージを受けてたと思う。ホントにサンキューな」
 俺はそう言いながらペコリと頭を下げた。
「止めてよ。あくまでも結果論なんだから、お礼を言われる筋合いはないわよ」
 綾香がクスクス笑いながらそう答えた。
「それより綾香、葵に会って行く?」
「・・・今日は止めとくわ」
 坂下の問いかけに少し考えた後、綾香はそう答えた。
「今度日を改めて会いに行くからって葵に伝えておいて・・・。それじゃ・・・あっ!」
 そう言って去ろうとした綾香の体が不意に傾いた。
 ガシッ!
 それをシッカリと支えたのは坂下だった。
「好恵・・・」
「まったく、あのままポイント狙いで闘っていればこんなダメージを受ける事もなかったのに」
 坂下が少し呆れたようにそう言った。
「フ・・・そんなの私の流儀じゃないわ。第一、葵に失礼じゃない!それに、あんただってあの場にいれば私と同じ事をした筈よ」
「フ・・・」
 そんな綾香の言葉に、坂下は苦笑いで答えた。
「藤田、私は綾香を医務室に連れて行くから、葵の事は頼んだよ!」
「分かった。葵ちゃんにはよろしく伝えておくよ!」
 坂下の言葉にそう答え、俺は去って行く2人を見送った。
 クルリ
 数メートル歩いた所で、不意に綾香が振り返った。
「?」
 何事かと思い視線を向けた俺に向かって、綾香が口を開いた。
「浩之、葵に伝えといて!最後の一撃、強烈だったって!また来年も決勝で闘おうって!よろしくね〜!」
 綾香はそれだけ言うと軽く手を振り、何事か文句を言っている坂下と一緒に通路に消えて行った。
『何かこういうのって良いな・・・』
 俺はそんな2人の後ろ姿を見送りながら、何とも言えない爽快感を味わっていた。
 ロッカールムから出て来た葵ちゃんは、信じられないぐらい明るかった。
「すみませんでした先輩、約束守れなくって・・・だけど、次は頑張りますからー!」
 どうやって慰めようかと頭を痛ませてた俺は、その態度に正直面食らってしまった。
 葵ちゃんが明るい態度をとったのは、そこだけではなかった。
 疲れてるだろうから早めに家に帰ろうと提案する俺に向かって、『全然大丈夫ですから少し寄り道して行きましょう!』と言いながら、俺の腕をグイグイと引っ張って連れ回す始末だった。
 そんな訳で、俺は葵ちゃんに色々な場所へ引っ張り回された。
 気付いた時には日もとっぷりと暮れ、俺達はいつのまにか夕べ指切りを交わした公園にやって来ていた。
 ここでも葵ちゃんはひたすら明るかった。
「先輩、あんな所でワッフル売ってますよ!私一つ買ってきますね!」
 目敏くワッフル売りの屋台を見つけた葵ちゃんは、スキップしながら屋台に向かって行った。
『ふー・・・どうなってるのかね?』
 俺には今一つ葵ちゃんの真意が分からず、小さく溜め息を吐きながら手近なベンチに腰を降ろした。
「先輩、どうぞ!」
 程なくして戻って来た葵ちゃんが、ホカホカのワッフルを俺に手渡した。
「ありがとう」
 俺がそれを受け取ると、葵ちゃんは嬉しそうに俺の隣へ腰を下ろした。
 俺達が腰を下ろしたベンチからは、沈み行く夕陽が良く見えた。
 俺達は、しばらく無言のままワッフルを食べ続けた。
「私・・・負けちゃったんですね・・・」
「えっ?」
 不意に葵ちゃんがそんな事を言ったので、俺は驚いてしまった。
 ポタポタポタ
 それと同時に、葵ちゃんのワッフルに水滴のような物がポツポツと降り注いでいる事にも気付いた。
 そして、それが葵ちゃんの瞳から零れ落ちる涙だと気付くのにさほど時間はかからなかった。
「葵ちゃん・・・」
「あれ、変だな・・・夕陽が目に染みたのかな?」
 葵ちゃんは涙声でそう言いながら、何度も目を擦った。
 しかし、涙は次から次へと流れ落ちてきた。
「葵ちゃん、良いんだよ、無理しなくても」
 俺は葵ちゃんの肩にそっと手を置いて優しくそう言ってやった。
「う、ううう、せんぱ〜い!!」
 最初は懸命に堪えていた葵ちゃんだったが、我慢の限界を超えたのだろうそう叫びながら俺の胸に飛び込んできた。
「うわーーーん!!」
 葵ちゃんは、ひたすら俺の胸の中でむせび泣いた。
「葵ちゃん・・・葵ちゃんは良くやったよ。何も恥じる事なんかないさ」
 俺は葵ちゃんの背中をさすりながら、優しくそう囁いた。
「でも、でも・・・私先輩と約束したんです・・・必ず勝つって・・・それなのに・・・約束守れなかった・・・うっ、う」
「あれだけやってくれたんだ充分だよ。俺は大満足だよ」
「でも、でも・・・私ここまで先輩にしてもらったのに、応援だって一杯してもらったのに・・・だから先輩の為にも勝ちたかったのに・・・う、うう」
 一向に泣き止む気配を見せず、葵ちゃんは鳴咽混じりにそう訴えた。
『この子は何て一途で可愛いんだろう・・・』
 俺はそんな葵ちゃんを見て、これまでにない胸が締め付けられるような愛しさに襲われた。
 チュッ
 次の瞬間、葵ちゃんを思いっきり抱きしめその唇を奪っていた。
「えっ・・・!」
 突然の出来事に驚き葵ちゃんは目をカッと見開いた。しかし、すぐに目を閉じそっと俺に身を委ねた。
 俺と葵ちゃんのファーストキスは10秒程度で終りを告げた。
「ゴメン・・・突然こんな事して・・・」
 キスが終ると同時に、俺は開口一番そう言って謝った。
 ブンブン
 葵ちゃんは、真っ赤な顔で押し黙ったまま首を横に振った。
「葵ちゃん、俺本当に嬉しかったんだ・・・葵ちゃんが俺との約束を守る為必死に闘ってくれた事が・・・だから、そのお礼にこれからも手伝わせてくれないか?」
「えっ?先輩?」
 俺の言葉に驚いて、葵ちゃんが顔を上げた。
 ドクンドクンドクン!
 その顔を見て、俺の心臓の鼓動が跳ね上がった。
「来年エクストリームの舞台で綾香に勝つ為の手伝いを・・・俺、今まで以上に頑張るからさ!その・・・正直言えば、もっと親しい立場で葵ちゃんを応援したい・・・なって」
「先輩、それって・・・」
 俺の言葉を聞いて、涙が止まった瞳が大きく見開かれる。
「只の部員としてじゃなく・・・その・・・葵ちゃんの恋人として葵ちゃんをサポートして行きたい・・・駄目かな?」
「先輩・・・」
 俺の言葉を聞いて、葵ちゃんの瞳から再び涙が溢れ出して来た。
『駄目だったのか?』
 それを見た時、俺は一瞬奈落の底へ突き落とされたような気分になった。
 しかし、次の瞬間、
「せんぱーい!!」
 葵ちゃんが再び俺の胸に飛び込んできた。
「先輩、嬉しい、嬉しいよー!私も先輩の事大好きです!先輩にずっと、ずっと、側に居てもらいたいです!」
 葵ちゃんのその言葉を聞いた時、俺は天にも昇らん気分だった。
「葵ちゃん、俺も放さないよ!葵ちゃんの側にずっといる!だから、今度こそ本当に2人の力を合わせて綾香に挑もう!」
 俺は葵ちゃんをギュッと抱きしめながらそう言った。
「はい!先輩と一緒なら、私なんでもできそうな気がします!」
 葵ちゃんは涙を溢れさせた笑顔でそう答えた。
「葵ちゃん・・・」
「先輩・・・」
 沈み行く夕陽の中、俺と葵ちゃんは誓いのセカンドキスを交わした。


 

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