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〜Through a year with 琴音〜 |
第1章 始まり(5月2日) その時、俺は本当に『死』を覚悟した。 辛うじて金網を掴んでいる右腕の握力はもう殆ど残っていない。それに反比例するかのように、宙ぶらりんの俺の足を引っ張る見えない力は益々強くなっていく。 「藤田さーん!」 振り絞るような琴音ちゃんの叫び声が、誰もいない学校の屋上にこだまする。 「こ、琴音ちゃん!自分を、し、信じるんだ!」 俺は、残りの全ての力を振り絞ってそう叫んだ。 「だ、駄目です・・・私には出来ません・・・」 しかし、帰ってくるのは弱々しい琴音ちゃんの泣き声だけだった。 『駄目なのか!?』 俺は思わず歯噛みした。 確かに勝算の薄い賭けだった。 琴音ちゃんの超能力が、予知ではなく念動力である事を証明する為、俺は敢えて危険に身を晒した。 誰もいない学校の屋上、破れた防護網、強く吹き付ける風、それらマイナス要素が合わさった時、案の定琴音ちゃんに予知が浮かんだ。 即ち、俺の転落死である。 「これは、予知なんかじゃない!君の不安がきっかけになって、能力が暴走しているだけなんだ!強い心で信じれば、きっと能力をコントロールできる筈だ!」 見えない力に引っ張られながらも、俺は必死に琴音ちゃんにそう訴えた。 正直多少の自信もあった。 誰にも見せない笑顔を俺だけに見せてくれる、俺の為だったら琴音ちゃんも・・・そんな自惚れが、俺にこの行動をとらせたのかもしれない。 悔しかった。琴音ちやんが能力をコントロールできない事にではなく、このまま琴音ちゃんの力になれずに死んで行く自分に対して無性に腹が立った。 ビン! その時、辛うじて金網を掴んでいた俺の右手の親指が、金網を弾くように外れた。 『ここまでか・・・』 俺はそう覚悟を決めた。 しかし、このまま死ぬ訳には行かない。俺は迫り来る死の恐怖を必死に払いながら、残る全ての魂を込めて叫んだ。 「琴音ちゃん!」 「藤田さん!」 俺の声に反応して、泣き顔の琴音ちゃんが俺の側に駆け寄ってきた。。 「琴音ちゃん・・・君は以前自分の事が嫌いだって言ったよね?だけど、俺は君の事が大好きだよ!だから、もし俺に少しでも好意を持ってくれてるなら、俺の大好きな琴音ちゃんの事を、琴音ちゃん自身も好きになって欲しい、信じて欲しい!・・・約束・・だよ」 そこまでが俺の限界だった。 「藤田さーーーん!!」 叫びながら伸ばした琴音ちゃんの手が空を切り、俺の体が重力に引かれるように落下して行く。 そこで俺の意識はブラックアウトした。 「・・・さん、・・・田さん、・・・藤田さん」 遠くから自分の名前を呼ばれた気がして、俺は薄っすらと目を開けた。 「藤田さん!藤田さん!」 そこで俺が目にしたものは、大粒の涙をこぼしながら俺の名前を呼び続ける琴音ちゃんの姿だった。 「琴音ちゃん・・・?」 「ふ、藤田さん!?」 俺の呼びかけに、琴音ちゃんは驚いたように目を見開き、一瞬ピタッと動作を止めた。「ここは・・・?」 俺は、まだハッキリしない頭を軽く振りながら、辺りを見回した。 そこは、学校の屋上だった。 その時俺は、何が起こったのかをようやく理解できた。 「そうか、能力をコントロール出来たんだね。おめでとう」 「藤田さん・・・うわーん!」 俺が笑顔で祝福の言葉をかけると、琴音ちゃんは全てを吐き出すような泣き声をあげながら、俺の胸に飛び込んできた。 「う、う、ごめんなさい、ごめんなさい」 琴音ちゃんは、泣きながら何度も何度も俺に謝った。 「琴音ちゃんが謝る事なんかないよ。俺が好きでやった事なんだし。第一、琴音ちゃんのお陰で俺は命拾いしたんだから」 そんな琴音ちゃんに、俺は優しくそう囁いた。 「う、うわーん!」 俺の言葉に、琴音ちゃんの泣き声が更に大きくなった。 それは、琴音ちゃんが今まで見せていたような低い鳴咽ではなく、ごく普通の女の子と同じ大きな泣き声だった。 奇妙な事に、俺は自分が助かった事よりも、そんな琴音ちゃんの泣く姿が嬉しくて堪らなかった。 この時、俺は感じていた。 彼女『姫川琴音』の普通の生活が、今から始まる事を・・・。 |