To Heart
〜Through a year with マルチ〜




 『春』

 それは新しい出逢いの季節。

 この春、オレはいったい、どんな出逢いをするんだろう・・・・・?




 第1章  出逢い(4月12日)

 昼休み、階段を上っていた俺の目に一人の女生徒の姿が飛び込んできた。
 ショートカットで小柄な彼女は、その体には不釣り合いな程巨大なダンボールを2つも抱えてよたよたしながら階段を上っていた。
『危なっかしいな・・・・ありゃいつか落っこちるぞ』
 と思った刹那、彼女が足を滑らせた。
「きゃっ!」
 そう悲鳴を上げながらダンボールと共に落ちてくる彼女を、俺は間一髪のところでキャッチした。
 プヨ・・・
 彼女をキャッチした時そんな感触が手に残った。
 よくよく見れば、俺の手は見事に彼女のちょっと小ぶりの胸を包み込んでいた。
『や、柔らけー・・・、このまま揉んじゃおうかな・・・』
 場所柄もわきまえず俺がそんな事を考えていると、唐突に彼女がバッと俺の手の中から離れた。
『こりゃ怒鳴られるなー』
 そう覚悟しながら俺が待っていると、彼女の口から出たのは意外な言葉だった。
「す、すみませーん!お怪我はありませんか?グスッ、私ったら本当にドジで・・・、本当にすみません」
 確かに落ちてきた彼女を助けたのは事実だし、感謝されても不思議ではないが、不謹慎な事を考えていたこともあって、何回も頭を下げて謝ってくる彼女に対して良心が痛んだ。
「も、もういいよ、俺は大丈夫だったから。それよりそっちこそ大丈夫?」
 後ろめたさを隠すように俺はそう言った。
「はい、有り難うございます!私も大丈夫です!」
 そんな俺の問に対して、余程嬉しかったのか、彼女は満面に笑みを称えて答えた。
『可愛いな・・・』
 口にこそ出さなかったが、俺の心の中にそんな感情が湧いた。
 今まで俺は、女の子に対してそんな感情を抱いた事は無かったのに、彼女の『天使の微笑み』に対してそんな事を思った自分に驚いた。
「お、俺は二年の藤田浩之、君は?」
 別に彼女と知り合いになりたいなどという下心があった訳ではないが(多少はあったと思うが)、俺は自然と彼女の名前を聞いていた。
「あっ申し遅れました。私、1年A組にテスト編入させて頂いているHMX―12型です。覚えにくいようでしたら『マルチ』と覚えてください。それがコードネームですから」
「へっ?」
 一瞬彼女の言葉が理解できなくて、間抜けな声で聞き返してしまった。
「ですからマルチと・・・」
「いや、そうじゃなくて」
 名前を聞き取れなかったのだと思いもう一度名乗ろうとするマルチの声を遮り、俺は続けた。
「君ってもしかして『来栖川』の・・・」
 俺は、朝志保から聞いた事を思い出しながら言った。
「はいっ!メイドロボットです!」
 俺の言葉に続ける様に、マルチが明るく言った。
『うそーっ、これがロボットー!?』
 本人からのはっきりとした返答を聞いても、俺は俄にはそれが信じられなかった。
 確かに耳の部分に変な金属のカバーがついているところなど、おかしなところもあった。
 しかし、透き通る様な肌、キラキラと光る目、愛らしい口、そして何よりも先程の胸の触りごこちが、俺にそれが事実だということを認めさせるのを妨げていた。
『しっかし科学の進歩ってなスゲーな!こりゃまるで本物の女の子だぜ。あの胸だって・・・』
「あの、どうしました?」
「わっ!」
「きゃっ!」
 またもや邪まな事を考えていた俺は、思わず自分でもびっくりするぐらいの大声を上げてしまった。
 俺の声に驚いたマルチは、俺以上の大声を上げて尻餅をついてしまった。
「お、おい大丈夫か?」
 俺は慌てて彼女に手を差し伸べ引っ張り上げた。
 すると彼女は目をうるうるさせ、再び謝り出した。
「返す返すもすみません・・・、私って本当に・・・」
「ストップ!今のは明らかに俺が悪かった。だからこれ以上謝るのは無しだ。いいな?」
 マルチを手で制しながら、俺はニッコリと言った。
「はい・・・」
 そんな俺を見て、マルチが呟くように言った。
 マルチの頬が少し赤らんでいる様に見えるのは、気のせいだろうか?
「これ何処まで運ぶんだ?」
 一通り騒ぎが収まったので、俺は床に散らばっているダンボールを指さしながら言った。
「あっ、はい。えーと、教室までです」
 マルチが遠慮がちに答えた。
「よしっ、それじゃ俺が運んであげよう!」
 驚かせてしまった事に対する謝罪の意味もあって、俺がそう言うと、
「えっそんな、いいです!悪いです!」
 マルチが慌ててそう言った。
「いいから、いいから!ヨイショッと!」
 遠慮するマルチを制しながら、俺は2つのダンボールの内の一つを持ち上げた。
『うっ、重い・・・』
 俺は思わず心の中でそう呟いた。
 日頃から俺が運動不足である事を差し引いても、そのダンボールは十二分に重たかった。
『マルチの奴、よくこんな物2つも持ってたな?ハッ、もしかして体は小さいが、実は100万馬力だとか・・・』
 そこまで考えて、俺は自分の推理の馬鹿馬鹿しさに気付いた。
 大体そんな力が有るのなら、階段でよろよろして落っこちる事など有り得ないのだから。
 そう思うと、急に腹が立ってきた。
「マルチ、こんな重い物お前1人に持たせて、他のクラスメートは何やってんだ?」
 少し怒った声でマルチに尋ねると、
「いえ、あの、私メイドロボットですから皆さんのお役に立ちたくて、その・・・」
 しどろもどろしながらマルチは必死に弁明したが、他のクラスメートがマルチ1人に仕事を押し付けたのは明らかだった。
「・・・・・」
 俺が怒りでブルブルしていると、マルチが付け加えるように言った。
「あっ、でも私本当に皆さんのお役に立ちたいんです。だから本当に大丈夫です!」
 そう言ってニッコリ微笑むマルチを見て、俺はそれ以上詮索するのを止めた。
 これ以上のことはマルチを傷付けるだけだと思ったからだ。
「よし、分かった。それじゃもう一個のダンボールもこの上に乗せな!」
 抱えたダンボールを前に差し出しながら俺がそう言うと、
「えっ?そんな、悪いです!これ以上のご迷惑はかけられません!」
 案の定マルチは遠慮した。
「でも、昼休みあと5分だぜ。早く運ばないとまずいんだろう?マルチが持つより俺が持った方が絶対早いぞ」
 腕時計を見せながらそう言うと、マルチはハッとした後、少ししょんぼりしながら言った。
「すみません・・・、お願いします」
 結局、ダンボールを2つ抱えた俺の横を、手ぶらのマルチがついて来る形になった。
「どうしたマルチ、元気ないな?」
 マルチの教室に向かいながら、俺はマルチに声をかけた。
「すいません。私本当にドジだから、ご迷惑をおかけして」
 俯いたまま、マルチは消え入りそうな声で答えた。
「そんな事気にするなよ!それより、俺マルチの事が聞きたいな。歩きながらでいいから聞かせてよ、いいだろ?」
 俺がそう言うと、マルチはお菓子を貰った子供の様に嬉しそうな顔をした。
「わ、分かりました!それじゃ・・・」
 そう言ってマルチは、自分を作ってくれた人達の事、人間との区別をつけるために耳の飾りを付けているという事、性能テストを兼ねてこの学校に1年間通うのだという事、それがとても楽しみであるという事等々、たどたどしくではあったが本当に嬉しそうに語った。
 そんな事をしているうちに、俺達はマルチの教室に到着した。
 俺は荷物を教卓の上に置いた後、教室を出て言った。
「それじゃ、またなマルチ!」
「はい!どうもありがとうございました浩之さん!あっ!」
 マルチはそこまで言うとハッとした顔になった。
「す、すみません。気安く名前で呼んでしまって・・・」
 そう言って、恥ずかしそうに下を向いてしまった。
「いいんだよ、その方が俺も嬉しいから」
 マルチの仕草が余りにも可愛かったので、俺は思わずそう言いながらマルチの頭をナデナデした。すると、
「う、嬉しいです・・・私も・・・」
 マルチは一言そう言うと、両手を口の前にあて真っ赤になって首をすくめた。
 キーンコーンカーンコーン
 その時、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
 俺は名残惜しかったがマルチの頭から手をどけて、マルチに言った。
「それじゃなマルチ!またな!」
 それだけ言って、俺は自分の教室に向かって駆け出した。
「ま、また会いましょー、浩之さーん!」
 そんな俺に向かって、マルチは嬉しそうに手をブンブン振りながら叫んだ。
 マルチは、俺が教室に入るのを見届けるまでそうしていた。
『フフッ、可愛い奴だな。またな、マルチ・・・』
 俺はそんな独り言を呟いた。
 これが俺とマルチの出逢いだった。


 

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