To Heart
〜Through a year with マルチ〜



 第4章  雪の想い出(1月25日)

 日曜日、朝(と言っても11時過ぎ)起きると、窓の外は一面の銀世界だった。
『ふえー、随分積もったなー』
 そんな事を思いながら、俺は急いでパジャマを脱ぎ、着替え始めた。
『雪が降った時のお楽しみは、誰も踏んでいない真っ白な雪に、足跡をつける事』と、常々考えている俺は、着替え終わると同時に外へ飛び出した。
 そこには、まだ誰も踏み入れていない真っ白な雪が・・・無かった。
 道路の雪には、大小様々な足跡がついていて、早くも黒く汚れていた。
 よくよく考えてみれば、もう12時近く、当然と言えば当然の状況だった。
「くっそー、もっと早く起きてれば!」
 『後悔先に立たず』、『後の祭り』、俺は朝寝坊した自分を呪った。
 と、その時、俺の頭にある考えが浮かんだ。
『そうだ!あそこだったら誰も行ってないだろう!』
 そう考えながら俺が向かったのは、学校だった。
 小学生ならいざ知らず、高校生ともなると、雪が降ったくらいで学校まで行く奴はまずいない。
 ましてや、うちの学校は、休日は校門を閉めてしまう。ほぼ間違いなく誰もいないだろう。
 我ながらグッドアイデアだ。
 しかし、校門の前まで来た時、俺は、自分の考えが甘かった事を思い知った。
『何だこりゃ?』
   俺はその光景を見て、思わず考え込んでしまった。
 校門の前の雪溜まりには、大きな穴が幾つも空いていた。
 問題はその形だった。
『これ、人型だよな?』
 それは、マンガで人が壁にぶつかった時に出来る様な、見事な人型だった。
 それも、1つや2つではなく、10個近くあった。
『誰がこんなもん付けたんだ?』
 俺は不思議に思いながら、門の上によじ登った。
 すると、門の内側にも、同じ様な人型があるのが見えた。
 更によく見ると、その穴の中に、人らしきものが、埋まって倒れているのが見えた。
「オイ!大丈夫か!」
 俺はそう声をかけながら、その人物に近付いた。
 緑色の髪に、金属製の耳あて、俺はその姿に凄く見覚えがあった。
「マルチ!」
 俺はそう叫ぶと、うつ伏せで雪の中に埋もれていたマルチを、必死に掘り起こした。
「マルチ!マルチ!マルチ!」
 俺は何度もマルチに呼びかけたが、マルチからの反応はまるでなく、目も閉じられたままだ。
 どうやらまた気絶しているらしい。
 こうなってはどうしょうもないので、そのまま待っていると、やがて、ブウーンというモーターの起動音と共にマルチが目を開けた。
「あれっ、浩之さん・・・?。私、何やってたんですか?」
 マルチの第一声は、ひどく間の抜けたものだった。
「そりゃ俺が聞きてーよ!お前こんな雪の中で、何やってたんだ?」
「あっ、そうだ!私、宿題学校に忘れて、それを取りに来て、門を乗り越えようと思って、何度も落っこちて、やっと門の上に登れたと思ったら、足踏み外して、そのまま転落して気絶しちゃったんだ。あっ、あのですね、私が何してたかって言いますと・・・」
「もういいよ。マルチの独り言聞いてたら、全部分かったよ」
「えっ?あっ、そ、そうですよね・・・ハハ・・・」
 マルチはそう言って、照れ臭そうに頭を掻いた。
「でもよマルチ、今日学校に来ても、校舎には入れないぞ」
「えっ?」
「もしかして、知らなかったのか?」
 俺の問いに対して、マルチは恥ずかしそうにコクンと頷いた。
「私って本当・・・ドジですね・・・」
「ま、まあ、誰にでも失敗はあるし・・・、そうだ、お前これから暇か?」
 落ち込んでいるマルチを慰めようと、俺は咄嗟に話題を変えた。
「はい、特に用事はありませんけど・・・」
「それじゃ、俺と一緒に遊ばないか?それとも嫌か?」
「いいえ!全然そんなことありません!でも浩之さんお忙しいんじゃ?」
 俺の言葉にブンブン首を振りながら、マルチはそう言った。
「忙しかったら、こんなこと言わねえよ。どうだ?」
「ハイ!喜んで!」
 さっきまで暗かった顔を、パッと明るくして、マルチが言った。
「せっかく雪があるんだ、『雪合戦』でもするか?二人しかいないけど」
「『雪合戦』って、雪の玉を作って、お互いにぶつけ合って遊ぶんですよね?私、一度やってみたかったんです!」
「マルチ、お前よく『雪合戦』なんて知ってたな?」
 俺はちょっと感心しながらマルチに言った。
「ハイッ!私を開発していただいたスタッフの方々の中に、『ゆきぐに』出身の方がいらっしゃいまして、以前聞いたことがありますから」
「へー、なるほど。どうりで知っているわけだ」
 マルチの言葉に、俺は納得した。
「それじゃ、早速やってみるか!俺は、向こうで自分の陣地を構えるから、お前はここで陣地を張れ。分かったな?」
「ハイ!何だかドキドキしますね!」
 マルチはそう言って、雪玉を作り始めた。
 俺もそこから10メートル程離れた場所に陣地を張り、雪玉を作り始めた。
 約5分後、
「よーし、用意はいいか?そろそろ始めるぞ!」
「ハーイ!いつでもどうぞ!」
 俺の問に対して、マルチの元気な声が帰ってきた。
「では、スタート!」
 俺はそう言って、第1投を投げた。
「ていっ!」
 ビュン!ビシャ!
「きゃっ!」
 小気味よい音を立てて飛んで行った俺の雪玉は、見事にマルチに命中して、悲鳴を上げさせた。
 続けて第2球。
「えりゃ!」
 ビュン!ビシャ!
「ひゃっ!」
 第3球。
「うりゃ!」
 ビュン!ビシャ!
「やん!」
 第4球。
「せいやっ!」
ビュン!ビシャ!
「ウプッ!」
「・・・・・おいマルチ、お前もちゃんと投げ返せ!これじゃ、俺が一方的にいじめてるみたいじゃねーか!」
 俺はそう言って、投げるのを一時中断した。
「わ、分かりました!」
 マルチはそう言って、慌てて雪玉を掴んだ。
「では、行きます!それっ!」
 そう言って、マルチは大きなモーションから雪玉を投げた。
 ヘロ〜・・・ポトッ
 マルチの雪玉は、俺の手前5メートルの地点にポタリと落ちた。
「・・・・・おい!お前、やる気あるのか?もっとしっかり投げろよ!」
「ハイ!では、行きまーす!」
ヘロ〜・・・ポトッ
 意気込んで投げたマルチの第2球も、俺に届くことなく地面に落下した。
「・・・・・よーし、こうなったら、実戦でその力を引き出すしかないな。行くぞ、マルチ!」
「ハイッ!」
 俺の言葉に、マルチは大声で答えた。しかし、
「てい!」
 ビュン!バシャ!
「きゃっ!」
「そらっ!」
ビュン!バシャ!
「ワッ!よーし、私だって!えいっ!」
ヘロ〜・・・ポトッ
「・・・・・・・」
 結局、マルチの雪玉が俺に届くことはなかった。
 しかも、最初のうち俺が3球投げ、マルチが1球投げ返していたが、数分後には俺の10球に対して、マルチは1球しか返せなくなった。
「ストップ!もう止めようぜ、マルチ」
「えっ、どうしてですか?」
 マルチが俺の発言に対して、訝し気な顔で言った。
「どうしても、こうしてもあるかよ。お前、自分の格好よく見てみろ!」
 俺は、マルチを指差しながらそう言った。
「えっ?あっ・・・」
 マルチも自分の格好を見て、ようやく状況が理解できたらしい。
 マルチは俺の投げた雪玉で、全身真っ白になっていたのだ。(幸い、マルチがウインドブレーカーを着ていたお陰で、余り悲惨な状況にはなっていなかったが)
「これじゃ、俺が一方的に苛めてるみたいで、余りいい気分じゃねーし」
「す、すみません・・・」
「い、いや、別にマルチが悪い訳じゃないぞ!むしろ、俺の方がちょっとやり過ぎちまったな」
 俺は必死に弁明したが、マルチはまだ少しシュンとしている。
「そ、そうだ、何か別の事しようぜ!何がいいかな?」
「それなら私、『雪だるま』作ってみたいです!」
 マルチが、パッと顔を明るくして言った。
「雪だるま?」
「ハイッ!スタッフの方に聞いたんです。雪が降ったら、必ず誰もが『雪だるま』を作るって!」
『確かに、当たらずも遠からずってところだな』
 興奮して話すマルチを見ながら、俺もそんな事を思った。
「よーし、いっちょう作るか!」
「わーい!」
「いいか、雪だるまの作り方ってのはな・・・」
「ハイッ!」

   俺の説明が一通り終わり、俺とマルチは、二人で雪だるま作りを始めた。
 俺が胴体、マルチが頭を作ることになった。
「よいしょ!よいしょ!」
 俺達は黙々と雪玉を転がして、大きくしていった。
 やがて、
「浩之さーん!これ以上は重くて転がせませーん!」
 マルチからギブアップの声が上がった。
「よーし、マルチ、お前はそこで休んでろ!後は俺がやってやるから!」
 俺はそう言いながら、マルチの側に近づいた。
「で、でも、それじゃ悪いです」
「大丈夫だって!楽しみに待ってろよ!」
「ハイッ!」
 俺は、マルチの嬉しそうな声を聞いて、やる気が倍増した。
「よーし、やるぜー!」
 一声叫んで、俺は胴体部分をもっと大きくすることから始めた。
「よいしょっと!」
「スゴーイ!浩之さんて力持ちなんですね!」
 いつの間にか横に来ていたマルチが、感嘆の声を上げた。
「何の何の、まだまだ!」
 そう言って、俺は更に雪玉を大きくした。
「スゴイ!スゴイ!」
「まだ!まだ!」
「スゴイ!スゴイ!スゴイ!」
「まだ!まだ!まだ!」
「スゴイ!スゴイ!スゴイ!スゴイ!」
「まだ!まだ!まだ!まだ!」
 マルチの声に躍らされて(勿論、マルチの前でいいカッコしようとした俺も悪いのだが)、いつの間にか雪玉はかなり大きくなっていた。
『こりゃさすがに重い・・・』
 そろそろ限界だと思った俺は、マルチに言った。
「なあマルチ、そろそろ・・・ウッ」
 そこまで言って、俺は言葉を切ってしまった。
 俺の目を向けた先に、両手を胸の前に組むいわゆる『お願いポーズ』で、期待に目をキラキラさせているマルチがいたからだ。
「そろそろ、何ですか?」
 マルチが、目をキラキラさせたまま聞いてきた。
「いやその、そろそろピッチを上げようかなーと思ってさ」
「スゴーイ!まだ本気じゃなかったんですか?スゴ過ぎます!」
 最早後戻りはできない。俺は、自分のバカさ加減を呪った。
 結局俺は、その巨大な雪玉を更に2回り程大きくしたところで、ギブアップした。
 さすがに、俺は声を出すこともできず、その場に座り込んだ。
 マルチが心配そうに覗き込んできたが、手で、大丈夫だと合図した。
『しっかし、我ながらでかいの作ったなー!こりゃ間違いなく、過去作った中で最大だろうな。完成したら俺よりでかいぞ・・・アッ!』
 俺はそこまで考えて、ある重大な事実に気付いた。
 マルチも同じ事に気付いたのだろう、心底申し訳なさそうなな顔で呟いた。
「あの浩之さん・・・頭・・・」
 そう、俺は胴体をでかくする事ばかり考えて、マルチの作りかけの頭の事をすっかり忘れていたのだ。
『やっべー、もう体力残ってないぞ。どうしよう?いっそ、作りかけの頭乗っけて、済ませちまおうかなー。いや、だめだ!それじゃ、初期のドラ〇もんみたいで、余りに不格好だ。う〜ん・・・』
「あのー浩之さん。私もう充分ですから、これで完成にしちゃいましょう」
 俺が悩んでいると、マルチが気を利かせてそう言った。
「駄目だ!俺はマルチと約束したんだ!『ちゃんとした雪だるまを見せる』ってな!」
「浩之さん・・・」
 俺にも意地があった。それ以上に、マルチの願いを叶えてやりたかった。
「そ、それじゃ浩之さん・・・私と2人で作って下さい」
「えっ、2人で?」
 珍しく、マルチが自分から意見を言ったので、俺は驚いて尋ねた。
「ハイッ。2人掛かりなら、何とかなるんじゃないでしょうか?駄目ですか?」
 マルチが遠慮がちに言った。
「いやっ、駄目じゃないけど・・・マルチ、お前だって重いの嫌だろ?」
「いえっ!浩之さんと一緒だったら大丈夫です!あっ、すみません、つい・・・」
「マルチ・・・」
 俺は、マルチを抱き締めたい衝動に駆られたが、真っ昼間からそんな事ができるはずもなく、必死にこらえた。
「よしっ、それじゃ一緒に作るか?」
「ハイッ!やりましょう!」
 そんな気持ちをごまかす様に俺が言うと、マルチは無垢な笑顔で答えた。
 それから俺達は、作りかけの頭を作り始めた。
 疲れ切っている俺と非力なマルチ。2人でやっても、雪玉はなかなか思うようには大きくなってくれなかった。
 それでも、それが不愉快だとは思わなかった。
「大丈夫かマルチ?」
「ハイッ!浩之さんこそ大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫だよ」
 そんな会話をしながら、ゆっくりゆっくりと雪玉は大きくなっていく。
 まるで、俺達2人を除いて、周りの時間が止まってしまった様な錯覚を起こす程ゆったりとした時間の流れ。
 俺は、この瞬間がとても大切で、暖かいものに思えた。
 西の空が赤くなり始めた頃、雪玉は希望の大きさまでになった。
「できましたね・・・浩之さん・・・」
「ああっ・・・」
 やり遂げた満足感と2人だけの時間が終わってしまった様な寂しさの中で、俺とマルチは呟いた。
「よーし、最後の仕上げだ!ちょっとどいてろ、マルチ!」
 そんな雰囲気を振り切る様に、俺はマルチを下がらせ、最後の力を振り絞り、完成した頭を先程作った胴体の上に乗せた。
「後は飾り付けだけだ。マルチ、校舎の脇に行って、頭に被せるバケツ取ってきてくれ。俺は、目鼻になる石と手足になる木の枝を探すから」
「ハイッ!」
 俺の指示に従い、マルチはバケツを取りに走った。
 途中でこけたのが、いかにもマルチらしい。
 暫くすると、
「浩之さーん、取ってきましたよー!」
 元気な声を上げながら、マルチが帰ってきた。その手には、しっかりと金属製のバケツが握られていた。
「ご苦労、ご苦労」
 俺はそう言いながら、戻ってきたマルチの頭を撫でてやった。
「エヘッ」
 マルチは嬉しそうにそう言うと、少し顔を赤らめた。
 マルチからバケツを受け取った俺は、バケツを雪だるまに被せ、自分で拾ってきた石を目鼻として、木の枝を手として、雪だるまに付けた。
「よーし、これで完成だ!できたぞ、マルチ!」
「やりましたね、浩之さん!私、感激です!」
「そうだな!」
 俺達は、そう言って手を握りあって喜んだ。その時、
「あっ、浩之さんの手冷たい・・・」
「ご、ごめん。ずっと雪いじってたからな。冷たかったか?」
 マルチに言われて、俺は、マルチの手を包み込む様に握っていた自分の手を引っ込めた。
「あっ、そういう意味じゃなくて・・・。ごめんなさい、私が我が儘言ったから・・・」
 マルチは、自分のせいだと言わんばかりに、真剣に謝ってきた。
「いいんだよ別に。そのうち直るからさ。気にするなよ・・・マ、マルチ!?」
 俺が話している最中に、マルチは俺の手を包み込む様に握って、自分の胸の上に当てた。
 先程まで着ていたウインドブレーカーはすでに脱がれていて、俺の手はマルチの制服越しの胸にモロに当たった。
「マ、マルチ!?」
「どうですか、浩之さん。暖かいですか?」
「えっ?」
「人間の方だったら、自分の息を吹きかけて暖かくして差し上げられるんでしょうけど、私、そんな事出来ないから・・・、これでも暖かいですか?」
「ああ・・・」
 実際、俺の全身は、暖かいというのを通り越して熱かった。
 心臓は、さっきからドクドクと早鐘の様に鳴っている。
 日が沈み始めたこの時刻、2人だけしかいないこの場所、そしてこのシチュエーション。
 条件は全て揃った。
「マルチ!」
「きゃっ!」
 俺はマルチの手を振りほどき、両手でマルチの肩を掴んだ。
「ひ、浩之さん・・・?」
 マルチが、上目遣いで俺を見た。
「マ、マルチ・・・俺・・・その・・・」
 俺は気の利いた台詞を必死に探したが、気が動転していたので何も思い浮かばなかった。
 しかし、そんな俺を見て、マルチは女の子特有の勘で、俺が何をしようとしているのか察したらしい。
 そのまま黙って目を閉じ、唇を少しだけ前に突き出してきた。
 ドクン!ドクン!ドクン!
 心臓の鼓動が更に早くなる。もう何も考えられなかった。
『マルチ!』
 俺は意を決して、マルチの唇に自分の唇を近づけていった。
 あと10cm、5cm、2cm、1cm。
「あれっ、浩之、こんなところで何やってんの?」
「ヒャーッ!」
「キャーッ!」
 比喩的表現ではなく、俺とマルチは、実際1mは飛び上がった。
「ま、ま、ま、雅史!」
 雪の上に尻餅をつき、半分腰を抜かしたまま、俺は声の主の名前を呼んだ。
「どうしたんだよ一体?そんな大声出したら驚くじゃないか」
 状況が飲み込めていない雅史が、マイペースで言った。
「お、お前見たのか?」
 俺は、一番気になった事を聞いてみた。
 俺の隣では、やはり尻餅をついたマルチが、真っ赤な顔をしていた。
「何慌ててるんだよ?確かに見たよ。でも、それがそんなに悪い事なの?」
 理解できない、といった顔で雅史が答えた。
「み、見たのか・・・」
 俺は、それだけ言って絶句した。隣では、マルチが全身を真っ赤にして俯いていた。
 そんな俺達2人を、雅史は『?』という顔で見た。
「ま、雅史、さっき見た事は誰にも言わないでくれ!頼むよ!」
 俺は、懸命に雅史に頼み込んだ。
 そんな俺を見て、雅史は更に『??』という顔をして言った。
「べ、別に構わないけど・・・。雪だるま見たって事が、そんなに悪い事なの?」
「へっ、雪だるま?」
 俺は意外な雅史の答えに、オウム返しで聞き返した。
「うん。あんまり大きな雪だるまが見えたんで、来てみたんだ。そしたら、浩之とマルチちゃんが見えたから声をかけたんだ」
「な、何だよー」
「良かったー」
 雅史の答えに、俺とマルチの口から安堵の息が漏れた。
「それならそうと、もっと早く言え、このヤロー!」
 俺の安堵はやがて怒りに変わり、気が付くと雅史にヘッドロックをかけていた。
「い、痛いよ浩之。何怒ってるんだよ?」
 雅史が悶絶しながら言った。
「うるせー、このっ、このっ!」
 俺はそう言って、そのまま暫く雅史の頭を締め上げた。

「いたたたた・・・、全く浩之は乱暴だな」
 数分後、俺のヘッドロックから解放された雅史は、頭をさすりながらそうぼやいた。
「フン!お前が悪いんだよ!」
 俺は少し悪いと思ったが、あえて突っぱねた。
 雅史のせいで、一番いいところを逃してしまった訳だし。
 そんな雅史に、マルチが『大丈夫ですか?』と声をかけていた。
「そ、それにしても、よくこんな大きな雪だるま作ったね」
 まだ少し割り切れていないようだったが、雅史が話題を変えてきた。
「ハイッ!私と浩之さんの合作なんです!」
 マルチが嬉しそうに答えた。
「へーすごいね。でも折角作ったのに、明日の昼頃には溶けちゃうね」
「ああ、そうだな。明日は少し暖かくなるって、天気予報で言ってたからな」
「えっ、溶けちゃうんですか?」
 俺と雅史の会話を聞いていたマルチが、悲しそうに言った。
「当たり前だろ。雪は、時間が経てば溶けちまうものなのさ」
「そうなんですか・・・残念ですね」
「マルチ・・・」
 マルチがあんまり寂しそうな顔をしたので、俺は何とかならないかと、頭を捻り始めた。
 その時、俺は雅史の首にぶら下がっている物に気付いた。
「雅史、それカメラじゃねーか?」
 俺は、雅史の首にかかっている一眼レフカメラを指差しながら尋ねた。
「うん!雪景色でも撮ろうかと思って持ってきたんだ」
 雅史がニッコリ笑って答えた。
「そういや、お前そういうの好きだったよな。あっ、そうだ、雅史フィルム余ってねーのか?」
 俺は、身を乗り出して雅史に尋ねた。
「余ってるよ。あっ、そうか!良かったら撮るよ?」
 さすがに長い付き合いだ。雅史は、俺が次に言おうとした事を察してくれた。
「サンキュー雅史!よしっ、こいマルチ、写真撮るぞ!」
「えっ?」
「写真だよ、写真!実物残すのは無理でも、記念写真なら残せるからな!雪だるまと一緒に写真に写るぞ!」
「ハイッ!」
 ようやく俺の意図を理解したマルチの手を引っ張り、俺は雪だるまの前に向かった。
 俺達は雪だるまの前に、寄り添うようにして並んだ。
 俺はさっきの事を思い出して、思わずマルチを見つめた。
 見つめている俺に気付いたのか、マルチも俺を見つめている。
 マルチの顔が少し赤い。
「それじゃ、撮るよー!」
 雅史の声にハッとして、俺とマルチは正面を向いた。
「ハイ、チーズ!」
 パシャ
 夕焼けの空に、シャッターが落ちる音が響いた。


 数日後。
 俺は、早足でマルチの教室に向かっていた。
 先日の写真を届ける為だ。
 案の定、雪だるまは、雪という宿命から逃れることはできず、1日で溶けてなくなってしまった。
 でも、2人で作ったという証しは、この写真にあった。
「おーい、マルチー!」
 俺は、教室の入り口でマルチを呼んだ。
「浩之さん!」
 俺に気付いたマルチは、子犬の様に走りながらやってきた。
 本当に可愛い奴だ。
「この間の写真できたぞ。ほれっ!」
 俺はそう言ってマルチに写真を渡した。
「うわー、私と浩之さんが写ってるー!私これ大事にします!宝物にします!」
 マルチは、その写真をしっかりと握って言った。
「そんな大袈裟な物かよー。まいっか」
 口ではそう言ったが、俺も、この写真を自分の部屋の写真立てに飾ろうと心に決めていた。
「マルチ」
「はいっ?」
「いや・・・何でもない」
「変な浩之さん?」
 そう言って首を傾げるマルチに向かって、俺は心の中で言った。
 さっき言えなかった言葉を。
 『俺も宝物にするぜ』という言葉を・・・。


 

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