To Heart
〜Through a year with セリオ〜




 第7章  心から心へ(12月19日)


 俺の嫌な予感は、最悪の形で当たってしまった。
 あの事件から1週間、セリオが全く学校に顔を出さないのだ。
 事情を聞こうにも、マルチはセリオと合わせるように1週間休みっぱなし、来栖川先輩とは運が悪い事に一度も会えずじまいときている。
 誰かに相談しようにも、あかりは余計な心配をするだろうし、志保は言語道断、唯一頼りになりそうな雅史はここ3日ほど風邪で欠席している。
 八方塞がりのこの状況で、俺が導き出せる答えは只1つだった。
『綾香にああ言った手前、会いに行くのは控えてたけど・・・よし、今日の帰りにでも研究所の方へ寄って行こう!』
 5時限目の授業が終了した時点で俺はそう決心を固めた。
 ガラガラガラーーー!
 その時、けたたましい音と共に教室のドアが開けられた。
「!」
 一瞬、教室中の視線がそちらの方に集中した。
 みんなと同様にそちらを見た俺の目の中に、正に『血相を変えた』という言葉にピッタリな表情のマルチの姿が飛び込んできた。
「浩之さん!!」
 俺の姿を見付けたマルチは、普段ののんびりした様子からは想像も出来ないような機敏な動きで、俺の側へ走り寄ってきた。
「どうした、マルチ?何があった?」
 そのただならない様子に不安なものを感じ、俺はマルチの肩をガクガクと揺すりながらそう訊ねた。
「浩之さん、セリオさんが、セリオさんが・・・・うう・・・」
 マルチは必死に何かを伝えようとしているが、それ以上は上手く言葉にならずポロポロと涙をこぼし始めた。
「セリオ!?セリオの身に何かあったのか!?」
 嫌な予感が益々強くなる中、俺は何とか詳しいことを聞き出そうとマルチに詰め寄った。
「グスッ・・・浩之さん、セリオさんを助けて下さい・・・セリオさんを助けられるのはもう浩之さんだけなんです」
 涙で顔をクシャクシャにしながら、マルチが必死にそう訴える。
 相変わらず事態は飲み込めないが、セリオの身に只ならない事態が起こってる事だけは俺にもハッキリと分かった。
「とにかく、セリオの所に行こう!」
 俺がそう言うと、マルチはコクリと頷いた。
「浩之ちゃん・・・」
 その時、俺とマルチの会話を聞いていたのか、あかりが不安そうな表情で声をかけてきた。
「あかり・・・」
 俺はそんなあかりを見て少し悩んでしまった。
 あかりの性格から言って間違いなく俺に付いてこようとするに違いない。しかし、今回は何故かあかりを連れていくべきでないと俺の直感が訴えているのだ。
『どうする?』
 俺が躊躇している間に、あかりの方が先に行動を起こして来た。
「浩之ちゃん、私も一緒に・・・」
 ポン
 あかりがそう言いかけた時、背後からあかりの肩を叩く人物がいた。
 それは、意外にも委員長だった。
「神岸さん、藤田くんは大事な用があるんで早退するんや。時には、笑顔で見送ってやるのも友情ってもんやないか?」
 委員長は今まで見たこともないほどの優しい笑顔でそう諭した。
「・・・そうだね。保科さんの言う通りだね。浩之ちゃん、私信じて待ってるから早く行ってやって」
 あかりは委員長の言葉に2度3度頷くと、吹っ切れた笑顔を浮かべてそう言った。
「おう!サンキュー、あかり、委員長!」
「別に礼を言われるような事をした覚えはないで。さ、はよ行き!早くせんと先生と鉢合わせになってまうで!」
 俺の謝礼を少し恥ずかしそうな顔で聞き流しながら、委員長が教室のドアを指差した。
「OK!行くぞ、マルチ!」
「はい!」
 俺は委員長の言葉に応えるように、マルチと連れだって教室を飛び出した。
「浩之ちゃん、気を付けて!」
「藤田くん、気張りや!」
 そんな俺の背後からあかりと委員長のエールが届いた。
 不安がないと言えば嘘になるが、そんな仲間達の言葉が俺に力と勇気を与えてくれているような気がした。

 研究所に到着した俺は、そのまま中央のスタッフルームに通された。
「長瀬主任、浩之さんをお連れしました!」
 スタッフルームに到着すると同時に、マルチが中央モニター前の長瀬さんにそう報告した。
「ご苦労だったなマルチ・・・藤田くん、突然呼び出してすまないね」
 長瀬さんはそう言いながらペコリと頭を下げた。
「そんな・・・それよりセリオに何かあったんですか!?」
 俺は、周りから発せられる只ならぬ緊張感を感じ、慌ててそう訊ねた。
「うむ・・・まずはこれを見てくれたまえ」
 長瀬さんはそう言いながら、コントロールパネルのボタンを1つ押した。
 すると、中央モニターに1つの建物が映し出された。
 それは、白い壁で囲まれた立方体状の建物だった。
「これは?」
 一見すると只のコンクリート製の小屋にしか見えないそれを指差しながら、俺はそう訊ねた。
「うむ。あれは、『絶対環境試験室』なんだよ」
「『絶対環境試験室』・・・ですか?」
 俺は聞き慣れない言葉に、思わず首を捻った。
「君も知っての通り、電化製品は決して安定した気候の地でだけ使われる物じゃない。当然、極寒の北の地や灼熱の南の地で使われる事も考えなければならない」
 コクコク
 俺は長瀬さんの言葉に素直に頷いた。
「その為、こういった製品は、開発段階で極地での使用を前提とした温度試験が行われるのが一般的だ。だから、どのメーカーにも大なり小なり設定温度の環境を再現できるこういった試験室があるものなのだよ。一般的な電化製品では、この温度試験は大体マイナス10℃からプラス50℃程度の間で行われる。しかし、ウチの研究所ではメイドロボットという製品の特異性から、マイナス100℃からプラス100℃の範囲で試験が行えるような設備が整っている。それがこの『絶対環境試験室』なんだよ」
「それは分かりました。だけど、それとセリオとどういう関係があるんです?」
 俺は長瀬さんの真意を測りかね、思わずそう訊ねた。
「実は、この『絶対環境試験室』がセリオに占拠された」
「えっ!?何ですって!?」
 俺は予想もしてなかった出来事に絶句してしまった。
「見た目からは想像も付かないだろうが、あの部屋はハイテクの固まりなんだよ。それ故に、制御はこの研究所の中央コンピューターで行っている訳なんだが、今回はそれが完全に裏目に出てしまった。衛星を介してセリオとリンクしているコンピューターの一部が、セリオからのハッキングを受け完全に支配されてしまった」
「そんな!セリオが何でそんな事を!」
 俺は、到底信じられないような話に思わず声を荒げた。
「正直我々も正確な理由は分からない。ただ・・・セリオは自殺しようとしているんだと思う」
「自殺って・・・そんなバカな!?」
 あまりにショッキングな出来事に、俺は思わず長瀬さんの襟首に掴みかかっていた。
「君もセリオの生真面目さは知ってるだろ?先日の事件で一番驚き傷ついたのはセリオだったんだよ。ここ数日何とか我々も慰めようとしたんだが・・・セリオはロボットとしての使命を誰よりも強く感じ、そしてそれを遂行できなかった自分を許せなかったんだと思う・・・」
 長瀬さんはそう言うと、酷く辛そうな表情を見せた。
「そんな・・・そんな事って!!それじゃ、セリオは自分の考えを持っちゃいけないって事ですか!?それじゃ、セリオは何の為に生まれて来たんですか!?あなた達は、人間とロボットの新たな関係を目指して、セリオやマルチを作ったんじゃないんですか!?」
 俺はセリオを思うあまり、激昂してそう叫んだ。
「浩之さん、辛いのは皆さん同じなんです」
 そんな俺に向かって、泣きそうな表情でマルチがそう言った。
 その言葉に、俺はハッとした。
 マルチの言う通りだった。新たな人間とロボットの関係を目指してセリオ達を開発した研究員である彼等が一番辛い立場にいるという事を、俺はスッカリ忘れていた。
「す、すみません・・・俺、勝手な事ばかり言って・・・」
 俺は慌てて長瀬さんから手を放すと、深々と頭を下げた。
「いや・・・事実我々はこうして手をこまねいているだけなんだ・・・あまり大きな事は言えんよ」
 長瀬さんはそう言うと、少し自嘲気味に笑った。
「長瀬さん、『自殺』と言いましたけど、セリオはあの部屋で何をしようとしてるんですか?」
 俺は、何か行動は起こせないかとその糸口を求めた。
「・・・先程説明した通り、あの部屋はマイナス100℃の環境を作り出す事ができる。セリオはそのマイナス100℃の環境下で、自分の機能を完全に停止させようとしてるんだよ」
「そんな・・・セリオはその温度に耐えられないんですか?」
「一瞬ならば可能だろう。しかし、長時間は無理だ。仮に、セリオ自身が大丈夫だとしても、彼女の内部の電子部品・・・特にメモリーの類は保たないだろう。ボディーは無傷で済んだとしても、彼女が今まで蓄積してきたメモリーつまり『記憶』は永遠に失われてしまうだろう・・・」
「そんなバカな・・・」
 その言葉を聞いた瞬間、俺はそれまでのセリオとの思い出がガラガラと崩れていくような錯覚に陥った。
「何か手はないんですか!?」
「先程も言った通り、あの部屋は完全にコンピューターで制御されている。外部からの連絡もその支配下に置かれている為、セリオに占拠された今となっては、彼女からアクセスしてこない限りそれも不可能だ」
「それなら、外壁を破壊して強制的に外部に連れ出すとか?」
「それは無理な話だ。あの施設の建設には、途方もない額の資金が費やされている。それを一介のメイドロボットの為に破壊したとあっては、来栖川の上層部も黙ってはいないだろう。無事に助け出したとしても、セリオが廃棄処分にされることは間違いない」
「それじゃ、セリオを見殺しにするっていうんですか!?」
 長瀬さんの言ってる事が正論だけに、俺の中のやるせない思いは今にも爆発しそうだった。
「たった1つだけ、内部のセリオとアクセスを取る方法がある」
 その時、長瀬さんの口から意外な言葉が出た。
「えっ!?」
「これを見てくれたまえ」
 驚く俺に向かって、長瀬さんはモニターに映し出した画像を提示した。
 そこには、『絶対環境試験室』の内部立体図が示されていた。
「これは・・・」
 俺はそれを見て、この部屋の特異な構造に気付いた。
 先程まで見ていた立方体状の建物の中に、二周り程小さい立方体の部屋が収納されているのだ。
 丁度、大きな箱の中に小さな箱が収められている感じだ。
「見てもらえば分かる通り、この部屋は二重構造になっている。マイナス100℃という自然環境ではあり得ない状態を作るため、まずこの大きな立方体Aゾーンをマイナス50℃まで冷却し、その後中央の立方体Bゾーンをマイナス100℃まで冷却するという形をとっているためだ。こうする事によって、マイナス100℃という超低温を持続する事が出来るんだよ」
「それと、セリオと連絡を取る方法が関係あるんですか?」
 俺は率直な疑問を長瀬さんにぶつけた。
「うん。セリオが立て籠もっているのはこのBゾーン。そして、AゾーンとBゾーンの間には、超低温でも耐えられるよう、潜水艦などに使われている伝声管が配備されている。つまり・・・」
「Aゾーンに入れば、Bゾーンのセリオと連絡が出来る」
「その通りだ」
 俺の言葉に、長瀬さんが頷いた。
「だけど、システムはセリオに支配されているんだから、Aゾーンへ入るのは無理なんじゃないですか?」
「ところが、1つだけ方法があるんだ」
 長瀬さんはそう言いながら、1枚のICカードを取り出した。
「これは?」
 俺はそのカードを眺めながらそう訊ねた。
「これは、不測の事態が起こった場合を考えて作られた『セキュリティーカード』なんだよ。万が一今回のようにコンピューターシステムを占拠されても、このカードをカードリーダーに通す事によって一時的にプログラムを遮断する事ができる。今回の件に当てはめて分かりやすく言えば、『絶対環境試験室』の外扉にあるカードリーダーにこのカードを通せば、一時的に外扉を手動で開く事ができるようになるはずだ」
「そうか!その隙に内部に入るんですね!?」
 僅かに見えた希望の光に、俺は思わず気色ばんだ。
「ただし、これには問題が2つある」
「問題?なんですか?」
 俺は出鼻を挫くような長瀬さんの言葉を聞いて、思わずそう聞き返した。
「まず1つは、システムを掌握しているのがセリオだと言うことだ。プログラムが遮断されるという異変を察すれば、セリオはすぐにでも対策用のプログラムを用意してくるだろう。そうなると、扉が開くのはほんの一瞬だと思った方が良い。それから、第2の問題点はAゾーンの温度だ。Bゾーンより遙かに高いとはいえマイナス50℃の世界だ。正直な話、中に入った人間の安全の保証はできない」
 その言葉が嘘や冗談でない事を、長瀬さんの真剣な表情が物語っている。
 ゴクリ
 緊張から、俺の喉が鳴った。
 しかし、その時俺は既に決心を固めていた。
「その役目、俺に任せてもらえませんか?」
「!!」
その言葉に、その場に居合わせた全研究員の視線が俺に集中した。
「・・・・・」
 長瀬さんはすぐには俺の言葉には答えず、眼鏡を白衣の裾でキュッキュッと擦っている。
「勿論出過ぎたまねだって事は良く分かってます!だけど、これだけはどうしても俺にやらせて欲しいんです!!」
 俺はそう言いながら深々と頭を下げた。
「よろしくお願いするよ」
 意外な事に、長瀬さんはアッサリと俺の願いを受け入れてくれた。
「えっ?」
「情けない話だが、セリオの説得は我々ではもう無理だろう・・・。今セリオを説得できるとしたら君以外にはないと思っている。勝手な事を言うようだが、セリオをよろしく頼みたい」
 長瀬さんはそう言うと、俺以上に頭を深々と下げた。
「長瀬さん、本当に俺で良いんですか?」
 長瀬さんの申し出が信じられなかった俺は、思わずそう確認した。
「勿論だよ。ただし、先程言った通り安全は保証できない。やるもやらないも君次第だ。もう一度良く考えて・・・」
「やります!!やらせて下さい!!」
 俺は長瀬さんの言葉が終らないうちに、キッパリとそう答えていた。
「そうか・・・ありがとう」
 長瀬さんはそれだけ言うと、もう一度深々と頭を下げた。
 何故かは分からないが、俺はその姿に娘を託す父親の姿を見たような気がした。

 カシャ!プシュー!
 長瀬さんの言葉通り、セキュリティーカードを通す事によって外壁のドアのロックが解除された。
『今だ!』
 俺はその一瞬のチャンスを逃さずに、渾身の力を込め外扉を手で開いた。
 ガシャン!
 俺が自分の体をドア内部に滑り込ませた瞬間、これまた長瀬さんの予想通り外扉が音を立てて閉じられた。
「フー・・・間一髪だったな。・・・ん?」
 俺はそう安堵の息を漏らすのと同時に、周囲の異常な寒さを感じ始めていた。
「さ、寒い・・・」
 それが俺の正直な心情だった。
 マイナス50℃という少なくとも日本では絶対に味わえない冷気が、俺の体を容赦なく蝕んで行く。
 シッカリと着込んだ防寒着がなかったら、とっくに凍り付いてしまったかもしれない。
「と、とにかく、伝声管までいかなくちゃ・・・」
 俺は早くも言う事を聞かなくなり始めた体にむち打ち、必死にBゾーンの外壁にある筈の伝声管に向かった。
「セ、セリオ!」
 足を引き摺るように中央に設けられたBゾーンに辿り着いた俺は、霜の張った耐熱ガラスの向こう側にセリオの姿を見つけた。
「よし!」
 その姿に勇気づけられ、俺は最後の力を振り絞るように伝声管の側に倒れ込んだ。
「ハーハーハーハー・・・」
 俺は真っ白な息を吐き出しながら、必死に呼吸を整えた。
「セリオ、随分寒い所が好きなんだな?」
 伝声管ヘの俺の第一声は、そんな言葉だった。
「浩之さん!?」
 突然聞こえてきた俺の声に反応して、セリオが悲鳴に近い声を上げた。
「ようセリオ、久しぶり」
 俺はこちらに振り向いたセリオに向かって軽く手を振りながらそう答えた。
「浩之さん、どうしてここへ?」
 カッと目を見開きながら、セリオが訊ねてきた。
「なーに、お姫様が少し駄々をこねてるって聞いてね・・・迎えに来たんだよ」
 俺は上手く回らなくなり始めた口を必死に開きながら、努めて明るくそう言った。
「浩之さん、すぐに戻って下さい!こんな所に居たら死んでしまいます!」
 セリオが泣きそうな顔でそう訴えた。
「帰るならセリオも一緒だ。な、こんな寒い所はこれぐらいにして、そろそろ戻ろうぜ」
「・・・それは出来ません・・・」
 少しの沈黙の後、セリオが俯きながらそう答えた。
「どうして?」
「私は、存在すべきロボットではないんです・・・」
「何言ってんだよ。セリオは優秀なメイドロボット・・・」
「浩之さんも見た筈です!!」
 俺の言葉を、セリオの絶叫が遮った。
「セリオ・・・」
「私は、事もあろうに人間の方を傷付けてしまいました・・・私のようなロボットがいては、周りの方に迷惑が及びます」
 セリオはそう言いながら顔を上げた。
「だから浩之さん、私の事は構わずに今すぐ戻って下さい」
 懇願するような眼差しで、セリオは更にそう続けた。
 俺にはセリオの気持ちが痛いほど分かった。
 その優しさから、セリオは自分を責め、自分を許せなかったのだろう。
 だからこそ、俺は退く事は出来なかった。
「それなら、俺はここでセリオと一緒に人生の幕を下ろすよ」
「えっ!?」
 俺の言葉に、セリオが絶句した。
「セリオ、男ってのは女の子を見捨てちゃいけない生き物なんだよ。・・・セリオがここで死ぬって言うなら、俺もここで一緒に死ぬってのがスジってもんだよ」
「そんな馬鹿な!そんな事は、何の根拠もない詭弁です!」
 俺の言葉に、セリオはそう反論した。
「それなら、セリオが今死のうと思っている理由は、何処に根拠があるんだ?」
「そ、それは・・・『ロボット3原則』を元に・・・」
「そんな昔の提唱なんて俺は知らないし、知りたくもない!セリオがそんな物に縛られる理由なんて何処にあるんだよ!?」
 俺はセリオの言葉を途中で遮り、一気にそう捲くし立てた。
「浩之さん・・・お願いです・・・これ以上困らせないで下さい」
「セリオこそ俺をあんまり困らせるなよ・・・ハーハー・・・そろそろ俺も限界みたいなんだからさ・・・」
 俺はそう言うと、ガクッと右手を地面に付いた。
 余りの寒さに体が麻痺し始め、こうしてないと上半身を起こしていることさえ出来なかった。
「浩之さん、戻って下さい!!お願いです・・・何で、何で私なんかの為に・・・」
 セリオはそう言いながらポロポロと涙を流し始めた。
 しかし、あまりの寒さに涙はすぐに凍り付き、セリオの目の周りに付着して行く。
「セリオ・・・俺のさっきの言葉な・・・1つだけ訂正があるんだ・・・」
「?」
 俺の言葉に反応して、セリオが不思議そうな表情で俺の方を見た。
「本当はな、男が見捨てられないのは、好きになった女の子なんだよ・・・。俺はお前の事が世界中の誰よりも好きだ。・・・だから、俺にはお前だけここに置いて行く事なんて出来ないんだ」
「浩之さん・・・」
 俺の言葉に、セリオの目の周りの氷塊が増えて行く。
「お前が、人間を傷付けた事を苦にしてるなら、俺がその苦しみを半分もらってやる。・・・だから、自分がいない方が良いなんて思うなよ。お前がいない方が良いなんて思う人間が何人いるか分からないけど、少なくともお前がいなくなって死ぬほど悲しむ男はここに一人・・・いるん・・・だから・・・さ・・・」
 そこまでが俺が意識を保っていられる限界だった。
 俺の意識は、燃え尽きるロウソクのように徐々に薄らいで行った。
「浩之さん!!」
 意識が途切れる寸前、俺はそんな叫び声を聞くと同時に、温かい抱擁を感じていた。

『ここは天国か?』
 目を開ける直前、俺はそんな事を考えていた。
 先程までの極寒地獄とは打って変わって、そこはとても温かく心地良い場所だった。
「浩之さん・・・浩之さん・・・」
 心地良いまどろみの中、俺を呼ぶ声が聞こえる。
 パチッ
 その声に導かれるように開いた俺の目の中に、真っ先に飛び込んで来たのはセリオの泣き顔だった。
「セリオ・・・?」
「浩之さん!!!」
 ガバッ!!
 目をパチパチさせながらそう呟いた俺に向かって、歓喜の表情でセリオが抱き付いてきた。
「浩之さん!浩之さん!浩之さん!!」
 あのセリオが、泣きながら一も二もなく俺の名を連呼してくる。
『そうか、俺は助かったのか』
 それを見た時、俺は自分があそこから救い出された事を実感した。
「ありがとうセリオ、お前が助けてくれたんだろ?」
 俺は、泣き続けているセリオの頭をそっと包み込みながらそう訊ねた。
 コクリ
 セリオはひどく済まなそうな顔で、小さく頷いた。
「私のせいで、浩之さんを酷い目に合わせてしまいました・・・申し訳ありません」
 続けて、セリオが消え入りそうな声でそう謝った。
「あれは俺が勝手にやった事だよ。セリオは俺の命を助けてくれたんだし、むしろ礼を言わなくちゃな」
 俺は少しでもセリオの罪悪感を除こうと、おどけた感じでそう答えた。
「浩之さんの心遣いには感謝します。・・・ですが、私が浩之さんを生命の危機に立たせたのは事実です。やはり、私はいない方が・・・」
 しかし、俺の行動の甲斐もなく、セリオはそう言って目を伏せた。
 セリオの性格からすれば、これも仕方ない事なのかもしれない。
 俺はやれやれと思いながら、小さく深呼吸し口を開いた。
「セリオ、俺は2回セリオに命を助けてもらってるんだぜ。1度目は落ちてきた鉄骨、2度目は不良のナイフからな。だから、今回の事を差し引いたとしても、俺はまだお前に1回借りがあるって事になるよな?」
「浩之さん、それとこれとは話が別です」
 俺の言葉に、戸惑った表情でセリオがそう答えた。
 ギュッ!!
 俺はそのタイミングを見計らって、セリオを力一杯抱きしめた。
「キャッ!?」
 そんな俺の突然の行動に、セリオが可愛い悲鳴を上げた。
「それ以上何も言うなよ。何だかんだ言っても、俺の言葉は全部言い訳なんだからさ。とどのつまり、俺はお前に惚れていて、お前が側に居てくれないと寂しくて仕方ないだけなんだからさ」
 俺は、思いっきり赤面しながら、本心をセリオの耳元で囁いた。
「ひ、浩之さん・・・」
 俺の言葉に、セリオの顔が俺以上に真っ赤に染まった。
「セリオ、さっきも言ったけど、お前の苦しみは俺が半分引き受ける!お前がもし迫害を受けるような事があれば、俺が絶対に守り通してやる!だから・・・だから・・・お前がもし俺の事を・・・俺の事を誰よりも大事に思ってるなら、俺の言う事を聞いてくれ!俺の言う事がお前にとっての真実だと信じてくれ!」
 恥ずかしいを通り越して真っ白になりそうな頭で必死に考えた言葉を、俺はセリオにぶつけた。
 それが、今の俺に出来る精一杯の行為だから・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・本当に私で良いんですか?」
 長い沈黙の後、消え入りそうな声でセリオがそう言った。
 俺には最初その言葉の意味が分からなかった。
 しかし、真っ赤になって俯いたセリオの姿を見た時、セリオが全てを受け入れてくれたのだと言う事を俺は知った。
「勿論さ!俺にはお前だけだ!」
 俺は飛び上がらんばかりに歓喜し、セリオを力一杯抱きしめた。
 ムニュ
 その瞬間、俺は自分の胸に柔らかい物が当たるのを感じた。
「ん?」
 不思議に思った俺は、おもむろに視線を胸の辺りに向けた。
「でえええええええっ!?」
 そこで俺が見た物は、あまりにもショッキングな物だった。
 何と、そこにはセリオの豊かな胸があったのだ。
 しかも、それは衣服やブラジャーに隠されることなく、完全にむき出しの状態だった。『何だ、何だ!?』
 半分パニックに陥りながら上半身を起こした途端、俺とセリオを覆っていた毛布が滑り落ちた。
『ゲッ!?』
 そこで俺は、再度飛び上がるぐらい驚かされた。
 何と、毛布の下のセリオは一糸纏わぬ姿だったのだ。
 良く良く見てみれば、俺自身何も身につけたいなかった。
『て、事は・・・誰もいない部屋のベッドの上で、俺はセリオと裸で抱き合ってたのか!?』
 そう考えた瞬間、俺は頭にカーッと血が上って行くのを感じた。
「セ、セリオ、これは一体どういう事なんだ?」
 俺は慌てて大事な所を隠しながら、冷静を装ってそう訊ねた。
「はい・・・実は浩之さんの手当てをする為にこの医務室に運び込んだのですが、その際長瀬主任が、人肌で温めるのが一番効果的で尚且つ一番浩之さんが喜ぶ方法だとおっしゃっるものですから・・・」
 胸と大事な所を隠しながら、少し恥ずかしそうにセリオが答えた。
『長瀬さん・・・何て嬉しい事を・・・もとい、なんてとんでもない事をしてくれたんだー!?』
 俺は、感謝半分恨み半分の複雑な心境で、心の中でそう絶叫した。
 それまで気付かなかった俺にも非はあるが、この状態はひじょ〜に際どい物だった。
 2人っきりの部屋、一糸纏わぬ姿のセリオ、そして先程のセリオの言葉・・・ハッキリ言って、俺の煩悩を後押しするような条件が揃っていた。
 しかし、無理矢理関係を迫ってセリオに嫌われたりしたら・・・俺の心は大いに揺れた。
『うおー、俺はどうしたら良いんだー!?』
 巨大なジレンマに襲われ、俺は思わず頭を抱え込んでしまった。
「クスクスクス」
 そんな俺を見て、突然セリオが笑い始めた。
「えっ?」
 あまりに意外なセリオの態度に、俺はセリオをマジマジと見つめてしまった。
「浩之さん・・・長瀬主任が言ったというのはあくまでも建前です。こういう状態になった時、男の方がどういう気持ちになるかぐらいは私も充分に理解しています」
 セリオはそう言って、ポッと頬を赤らめた。
『えっ?知ってて、敢えてこういう行動を取ったっていう事は・・・』
 俺は自分の予想が正しいかどうかを確かめるべく、再びセリオに視線を向けた。
 コクリ
 セリオは真っ赤な顔で俯くと、静かに無言で頷いた。
『やったーーーーーーーー!!!』
 その瞬間、俺は人生最高の喜びを感じていた。

「カメラで監視されてるって事はないよな?」
 再びセリオと同じベッドの上に戻った俺は、ふと不安になりそんな事を訊ねた。
「大丈夫です。先程チェックしましたが、監視している様子はありませんでした」
 仰向けになり俺を見上げる体勢になっているセリオがそう答えた。
「あれ〜、随分と用意が良いね?もしかして、セリオは最初からこうなる事を望んでたのかな?」
 俺はわざと意地悪くそんな事を訊ねてみた。
「そ、それは・・・意地悪言わないで下さい・・・」
 俺の言葉を聞いて、セリオは真っ赤になり俯いてしまった。
「ゴメン、ゴメン。冗談だよ」
 俺はそう言いながら、セリオに軽いキスをした。
「あっ・・・」
 セリオはうっとりした顔でそれを受け入れてくれた。
「セリオ、その手を退けて」
 キスを終え再びセリオとの距離を取った俺は、おもむろにそう命じた。
 ピク!
 一瞬、セリオの体が揺れ、胸と脚の付け根を覆った手に力が入るのが分かった。
「ひ、浩之さん・・・これは・・・」
「ダーメ!これは命令!」
 俺はセリオの反論を許さず、間髪入れずにそう言い切った。
「う・・・」
 セリオは一瞬恥ずかしそうにうめいたが、観念したのかオズオズと手を退けた。
 ゴクリ!
 自分でも無意識の内に喉が鳴った。
「キレイだ・・・」
 俺が恥ずかし気もなくそう言ってしまう程、セリオの裸身は掛け値なしにキレイだった。
 白くきめ細やか肌質、形良く盛り上がった胸、未知なる女の子の秘密の部分・・・全てが人工的に作られたとは思えないほど神秘的で美しかった。
「さ、触っても良いかな?」
 スッカリ緊張してしまった俺は、間抜けにも大真面目な顔でそう訊ねてしまった。
「は、はい・・・」
 セリオは消え入りそうな声でそう言うと、真っ赤になって頷いた。
 ゴクリ
 俺はもう一度大きく喉を鳴らすと、恐る恐るセリオの胸に手を伸ばした。
 ムニュ
「あん!」
 その瞬間、マシュマロのような心地良い柔らかさと、何とも色っぽいセリオの喘ぎ声が俺の本能を刺激した。
 パクッ
 気付いた時には、俺はセリオの胸を口に含んでいた。
「ふああーーー!」
 同時に、セリオの体が激しく仰け反る。
「ゴ、ゴメン!痛かったか?」
 俺は慌てて胸から口を離し、セリオの顔を覗き込んだ。
「ハーハー・・・ち、違うんです・・・あ、あんまり突然だったから・・・」
 セリオは激しく息継ぎしながらそう答えた。 
「悪かった。今度はゆっくりやるからな・・・」
 セリオの体の敏感さに少し戸惑いながら、俺は優しくそう囁いた。
「は、はい・・・お願いします」
 セリオは上気した表情でそう懇願した。
『可愛いな・・・』
 俺はそんなセリオを心から愛しく感じた。
 チュッ
 そんな想いを込め、俺は今度は優しくセリオの胸を口に含んだ。
「ふっ!」
 先程と同じように、一瞬セリオの体が痙攣したが、今度はギュッと口を結んで必死に耐えている。
『やっぱり可愛いな・・・』
 俺はそんな事を考えながら、ゆっくり優しく愛撫を始めた。
「ふあ・・・うん・・・」
 俺の舌が肌に当たる度、セリオのギュッと閉じた口から吐息が漏れる。
 俺はそんなセリオの姿が堪らなく可愛くて、胸を初め、うなじ、背中、脇腹と体中を隈なく愛撫していった。
 そんな事をどれぐらい続けただろう、セリオの肌がほんのりと桜色に染まる頃、俺の我慢が限界に達した。
「セ、セリオ・・・そろそろ良いかな?」
 俺は早鐘のように鳴る心臓を必死に押さえながら、少し震える声でそう訊ねた。
「・・・はい」
 短い沈黙の後、セリオが真っ赤な顔でそう答えた。
「ふー・・・・・」
 俺はそれを確認し大きく深呼吸した後、セリオの腰をグイと抱え込んだ。
「ん?」
 その時、俺はセリオの体が小刻みに揺れている事に気付いた。
 よくよく見てみると、セリオは迷子の小犬のような目で俺を見ていた。
「恐いのか、セリオ?」
 俺は静かに優しくそう訊ねた。
「も、申し訳ありません・・・は、始めての経験なもので・・・」
 セリオは震える声で、申し訳なさそうにそう答えた。
「良いんだよ。それが当たり前なんだから」
 チュッ
 俺はセリオの耳元でそう囁きながら、うなじにそっとキスをした。
「あっ・・・」
 それで安心したのか、不意にセリオの体の震えが止まった。
「優しくするからな」
「はい・・・」
 俺の言葉にセリオは小さく頷き、全てを委ねるように全身の力を抜いた。
 俺はセリオと1つになるべく、ゆっくりと腰を押し進めた。
「うっ・・・」
「くっ・・・」
 僅かな抵抗を感じた後、俺はセリオと1つになる事に成功した。
「セリオ・・・スゲー気持ち良い・・・」
「わ、私もです・・・」
 俺の言葉に、額に薄っすらと汗を浮かべたセリオが答えた。
 いつまでもこの心地良さを楽しんでいたかったが、限界はすぐそこまで迫っていた。
「セ、セリオ!」
 俺は真っ白になりそうな快感の中、必死にセリオの名前を呼んだ。
「浩之さん!浩之さん!浩之さん!!」
 セリオも俺の名前を連呼しながら、絡めた俺の手をギュッと掴んだ。
「ぐっ!」
「ああっ!」
 次の瞬間、俺とセリオは同時に絶頂を迎えた。
 それは、『至福』という言葉を実感した瞬間だった。

「浩之さん・・・申し訳ありません・・・そろそろバッテリーが切れてしまいそうです」
 生まれたままの姿で寄り添いながら絶頂の余韻を楽しんでいた時、セリオがふとそんな事を漏らした。
「そうか、それならすぐに着替えて充電に入るか?」
 フルフル
 俺の言葉に、セリオはゆっくりと首を横に振った。
「このまま、浩之さんの側で眠らせて下さい・・・だから・・・」
「ああ、セリオが眠るまで見守っててやるよ」
 俺はそう言いながらセリオを抱き寄せた」
「ありがとう・・・ございます・・・」
 セリオはそう言って一瞬ニコリと微笑んだ後、静かに目を閉じた。
 その姿は、どこから見ても普通の女の子だった。
「おやすみ、俺のセリオ」
 俺はセリオの耳元でそう囁くと、そっとセリオの髪を撫でてやった。
 正直、この先何が起こるかは分からなかったが、その寝顔を見ているとどんな困難にも立ち向かえそうな気がしてくる。
 セリオと本当の意味で心を通わせる事が出来た今の俺に、恐れる物など何もなかった。




 エピローグ


「フフフ〜ン♪」
 高校3年生として迎えた最初の放課後、俺はいつになく上機嫌だった。
 勿論、天気が良い事や無事3年生に進級できた事、いわんや後ろから付いてくるバカ女と同じクラスになった事がその原因ではなかった。
「ハックション!うー・・・何よヒロ、鼻歌なんて歌っちゃってさ、随分とご機嫌じゃないの。何か良いことでもあったの?」
 俺の心の声でも聞こえたのか、大きなクシャミをした後、志保がそう訊ねてきた。
「べっつに〜」
「え〜、だって浩之ちゃん本当に嬉しそうだよ?」
 惚ける俺に向かって、今度はあかりが口を挟んできた。
「私にも、浩之さんがとっても嬉しそうに見えるんですけど・・・」
 その場にいた最後の一人であるマルチも、不思議そうな顔でそう言った。
「えっ?そうかな?」
 そんな面々に対して、俺はもう一度そう惚けて見せた。

 セリオが起こしたあの事件は、大変な問題に・・・ならなかった。
 研究所で起こった一連の事件はセリオを庇った所員一同が口裏を合わせ誤魔化し、セリオが起こした最初の暴力事件に到っては、俺達と警察以外はセリオがロボットである事に全く気付かず、問題にもならなかった。
 この時ばかりは、セリオを刺した男の注意力のなさに俺は感謝したものだ。
 そんな訳で、本来ならばセリオとマルチは無事テスト運用を終える筈だったのだが、今回のようなケースに将来的に対応するため、長瀬さんはより多くのデータ収集と称し(半分は本当なのだが)、セリオとマルチのテスト運用期間の延長を上層部に申し出た。
 結局、メイドロボット開発の第一人者の意見を無視する事も出来ず、来栖川の上層部もそれを認める形になった。
 勿論、陰で綾香が暗躍していたのは言うまでもない事だ。
 そんな訳で、テスト期間が伸びたマルチは、こうして俺達と下校しているのだ。
 そして、セリオはと言うと・・・。

「そうか、今日からセリオさんが浩之さんのお家に行くんですよね?」
 マルチが『分かった』という表情でポンと手を叩きながらそう言った。
「あ、そう言えば!」
「なーるほどね・・・それでやたらとニヤついてた訳ね」
 マルチの言葉を聞いて、あかりは納得したように頷き、志保は呆れたようなジト目で俺を見た。
 そう、マルチの言う通り、セリオは今日から俺の家に来ることになっているのだ。
 これは、より実践的なテストを行う為の個人宅でのモニターと称する、長瀬さんの粋な計らいだった。
 勿論、俺はこの申し出を一も二もなく受け入れた。
 モニターの謝礼が、テスト運用終了後のセリオ永久使用権というのだから、俺が断る理由は何処にもなかった。
「ヒ〜ロ〜、あんたセリオに変な事する気じゃないでしょうね?」
 尚もニヤニヤとしている俺に向かって、志保が興味津々といった表情で訊ねてきた。
「な、何言ってんだお前は!?そ、そんな事する筈ないだろ!」
 俺は志保の勘の鋭さにドギマギしながら、必死にそう弁明した。
「どうだか?セリオってムチムチッて良い体してるもんね〜」
 志保はそう言いながら、手でボディラインをなぞるような仕種をした。
「志保・・・その言い方なんだかオジサンっぽいよ・・・」
 そんな志保を見て、あかりが少し呆れたようにそう言った。
『確かに良い体してるぞ!』
 俺は釣られてそう言いそうになり、慌てて口を噤んだ。
「ヤッホー、浩之〜!」
 そんな俺に向かって、背後から聞き覚えのある声が投げ掛けられた。
「綾香、お前って奴はホントに神出鬼没だな」
 俺はフーッと溜息を吐きながら、振り向きざまにそう言った。
「まあまあ、そんなに邪険にしないの。それより、セリオ今日からでしょ?」
 綾香はそう言って、悪戯っぽく微笑んだ。
「お、おう!」
「私達、これからセリオさんに会いに、浩之ちゃんの家にお邪魔するんです。良かったら綾香さんも一緒にどうですか?」
 僅かに赤面して答えた俺に続いて、あかりが綾香にそう声をかけた。
「ありがとう。せっかくのお誘いなんだけど、私これからヤボ用があるのよねー。また今度寄らせてもらうわ」
「そうですか」
 綾香の言葉に、あかりが少しだけ残念そうな表情をした。
「それより浩之、あの子のこと大事にしてやってね」
「んなこたー言われるまでもねーよ」
 綾香の言葉に、俺は照れ隠しの意味も含めてわざとぶっきらぼうに答えた。
「フフ、それもそうね。それじゃ、私はそろそろ行くわね!あ、そうそう、セリオはもう家で待ってる筈だから、楽しみにして帰んなさいよ!」
「お、おう・・・」
 俺は、綾香の何か含みのある言い方を気にしながらそう答えた。
「それじゃ、またね〜!」
 そんな俺を満足気に眺めると、綾香はそう言い残してその場から走り去って言った。
「言いたいことだけ言ってくなんて、何か騒々しい子ねー」
 そんな綾香の後ろ姿を見ながら、志保がそう呟いた。
『綾香もお前にだけは言われたくないと思うがな・・・』
 その言葉を聞いて、俺は、多分あかりやマルチも思っているであろう事を考えていた。

 ドクドクドクドク
 我が家を目前にして、俺は柄にもなく緊張していた。
『あの中にセリオが居るんだよな・・・何て言って入ってくかな?』
 玄関のドアの真ん前で、俺は一瞬動きを止めそんな事を考えていた。
「自分の家に入るのに何躊躇ってんのよ?さっさと入んなさいよ!」
 ドン!
 そんな俺の繊細な思いをぶち壊すような事を言いながら、志保が俺を突き飛ばした。
 ガチャッ!ドサッ!
 その勢いで、俺は玄関のドアを押し開け玄関に突っ込んでしまった。
「バカヤロー!何しやがる・・・」
「浩之さん・・・お帰りなさい」
 俺の志保への文句は、最愛の女神の言葉で遮られた。
「ただいま、セリ・・・いっ!?」
 そう言いながら顔を上げた俺は、そのまま言葉を失ってしまった。
 バタン!ベキッ!
 次の瞬間、俺は反射的にドアを蹴り玄関と外界を遮断した。
 鈍い音がしたから、ドアの向こうの志保が鼻先を痛打したに違いない。
 ガンガンガン!!
「くぅおらーヒロー、一体どういうつもりよ!!」
 案の定、志保が怒り狂いながら俺が足で押さえ込んでいるドアを激しく叩いてくる。
『どういうつもりも何も・・・』
 俺は困り果てながら、チラリとセリオを見上げた。
「浩之さん、何かあったのですか?」
 少し不安気に言葉をかけてくるセリオは、清楚な白いエプロンを付けている。
 それは良いのだが、問題はその下だった。
 何とセリオはエプロンの下に何も着けていないのである。
 いわゆる『裸エプロン』とういやつである。
「セ、セリオ、その格好は?」
「これは・・・その・・・綾香さんが、この格好をしていれば浩之さんが喜んでくれるとおっしゃったものですから・・・」
 俺の質問に、セリオが頬を赤らめて答えた。
『あのヤロー・・・こういう訳か!』
 俺は先程の綾香の含みのある言葉を思い出し、歯をギリギリと噛み締めた。
「あのー・・・お気に召しませんでしたか?」
 そんな俺を見て、セリオが少し寂しそうにそう訊ねてきた。
「気に入らないなんてとんでもない!!出来ればいつもその格好が良い・・・」
 俺が表情を緩ませそう言った瞬間、
 バン!!
 ドアに体当たりをぶちかました志保が、玄関に雪崩れ込んで来た。
「どわっ!?」
 その衝撃で、俺はセリオの足下まで吹っ飛ばされた。
「ヒーロー・・・よくもやってくれたわね!!覚悟・・・」
 赤くなった鼻を押さえながら、般若のような形相でそこまで捲し立てた時、志保の言葉がピタリと止まった。
「ん?」
 嫌な予感に襲われながら志保に目を向けると、大きく見開かれた目がセリオに向けられている事が分かった。
 志保だけではなく、その後ろのあかりとマルチも食い入るようにセリオを見つめている。
『あっちゃー・・・』
 俺が思わず天を仰いだ瞬間、女性陣が一気に噴火した。
「し、信じられない!?『裸エプロン』なんて!!このスケベーーー!!」
「こ、こ、こ、これが『裸エプロン』ですか?何だかとてもHっぽいですー!」
「志保もマルチちゃんも声が大きいよ!!『裸エプロン』なんて大声で言ったら、浩之ちゃんの世間体ってものが・・・」
『この声、隣近所に筒抜けだろうな・・・』
 俺はそんな事を考え、手で顔を覆った。
「浩之さん、もしかして私ご迷惑をおかけしたのでは?」
 騒ぐ志保達を見て、セリオが泣きそうな顔で訊ねてきた。
「セリオは悪くなんかないさ」
 俺はそう言いながら、セリオの頭を撫でてやった。
 そうこうしている内に、女性陣の喧噪がピタリと収まった。
「とにかく、いたいけなメイドロボットに『裸エプロン』を強要するなんて許せん!私が成敗してくれる!!」
 如何にもの結論を導き出したらしく、志保がそう言って身構えた。
『もう何とでもしてくれよ・・・』
 俺は半分諦めながら、志保の前に身を晒した。
 スッ!
 すると、セリオが俺と志保の間に立ちはだかった。
「セリオ、退きなさい!これは命令よ!」
「嫌です!私に命令を出来るのは浩之さんだけです!私の身も心も浩之さんの物なんですから!!」
 セリオはそう言いながら、ギュッと俺に抱き付いてきた。
「えええええーーーー!?」
「み、身も心もって・・・ヒロ、あんた既にやっちゃったの!?」
「し、志保、やっちゃったなんてストレート過ぎるよ!」
「ひーん、大人の世界ですー!」
 セリオの一言は、女性陣に新たな火種を起こしてしまったようだ。
「私はまた余計な事をしてしまったのでしょうか?」
 そんな女性陣の姿を見て、セリオがしょんぼりと訊ねてきた。
「そんな事ないさ。今のセリオの一言は最高に嬉しかったよ。だから、これは俺からの返答・・・」
 チュッ
 俺はそう言いながら、セリオに軽くキスをした。
 ピタ!
 突然の出来事に、志保達の動きがピタリと止まった。
「浩之さん?」
「俺の身も心もセリオのもんだよ!」
 俺は軽くウィンクしながらそう囁いた。
「はい・・・私は幸せです!」
 セリオは真っ赤な顔でそう言いながら、俺を抱き締める手に力を込めた。
「あああーーー!?」
 それを見ていた女性陣が再び吠えた。
 どうやら、また新たな火種を与えてしまったらしい。
 だけど、そんな志保達の喧噪も、穴があったら入りたいような自分のこっ恥ずかしい台詞も今の俺には気にならなかった。
 こうして、セリオと『一心同体』で歩んで行けるのだから。
『今の俺は世界一の幸せ者に違いない!!』
 胸を張ってそう言えるような、桜満開の4月・・・俺とセリオの本当の生活がここから始まって行く・・・。
「俺も幸せだよ」
 セリオの耳元でそう囁き、俺はもう一度セリオを強く抱き締めるのであった。


 




 最後の後書きのような物


 皆さん、どうもこんにちは。
 北極圏Dポイントの教授です。
 長きに渡ってお届けしてきたセリオ本も今回が最後になりました。
 紆余曲折を経て収まる所に収まった2人ですが、皆さんはどう感じられたでしょうか?
 最後がご都合主義でちょっと・・・と思われた方も多いと思いますが、私はこのラストは自分では気に入ってます。
 やはり、最後はヒロインの笑顔で終わるのが私のポリシーですから。(笑)
 よろしければ感想などをお聞かせ下さい。
 それでは、また次の作品でお会いしましょう。

 2001年5月25日 教授
 

<<<前の章へ

「教授の部屋」に戻る