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2017 7月

2001年 7月〜

その 210 NHK行 2001年7月8日
少女  (1977年)

一、

テーブルに写る 童顔の
ねんごろの 猫のように
運が良かったとしか 言いようのない

戯れのように 振舞っても
生きるように 仕向ける何かが
ヘッドホーンに 浮かれている顔に

一つ二つと 生まれてくるのかも
二、

ハミングしている 歌声に
傾く猫の 耳のように
運が良かったとしか 言いようのない

若い日の一時で あっても
追憶のメロディー 流れてくれば
悲しいとまでは 言えない涙が

今日は一人で 過ごさせるのかも
三、

気紛れな午後の 陽射しの中で
伸びをする 猫のように
運が良かったとしか 言いようのない

何でもない日々の 繰り返しの中で
猫はいったん 起き上がってから
何をするのかが 決まるのかも

少女の膝の上で 猫は猫のように

その 211 NHK行 2001年7月15日
メール返信。 その18
●音楽業界への抗議文、読ませていただきました。
そのとおりであると思います。特に同じような音の使い方のJ-pop音楽、
それはすべてあちこちからの寄せ集めであり、
薄っぺらな音楽がもてはやされています。
 私どもも、本当に今の世の中に流れている音楽、
それをただ売れればいいというレコード会社。
音楽がどれほどの重要性を持ったものか。どれほど人々の心、
精神に奥深く影響を与えるものなのか。皆わかっていません。
本当に心を痛めています。
 そちらの主旨と、私どもの音楽に対する主旨は論点が違いますが、同じように、
今の音楽業界には抗議したいと考えていますがこちらが着々と力をつけてからですね。
いるのですよ。心から真剣に考え、行動をしている人が...
HP御覧いただけましたら幸いです。
★メールありがとうございます。
本当におっしゃるとおりで、痛みだけが、先行している状況です。
テレビ寄りの音楽というものが、どれほど偏った世界であり、危険を含んでいるか、
ということを声を大にして伝えています。
 あなた方のような開眼している人達が、より多く参加できるような
音楽世界にしていきたいものです。
これからも連帯して推移を見つめて行きましょう。          草々

その 212 NHK行 2001年7月22日
前略 ここまで書き進めてきて、何処を突っついても、ヒドイ話ばかりであるが、
言い訳というのも聞かなければならないのだが、多分もっとヒドイ話になるだろう。
 大体、金は出したくない、作曲は出来ない、で音楽を取り仕切っているのだから、
呆れてしまうのだが、暗黒街の世界なら5・6回はあの世に送られているだろう、
葉っぱこそ吸わないが、MADE IN LSDの世界なのである。
 何処のレコード会社も乱脈の末、弱みを握り、握られているものだから、
より悪質な者が出て来てもストッパーが利かず、為すがまま、流れるがままである。
 即興ライブを促しても誰一人、参加できる(音楽と向き合っている)者もいない。
百人のエセ作曲者のそれを維持させるためには、百曲の不正(幻覚)を行うことになるし、
たとえそれをストップしたとしても、滅茶苦茶が滅茶になるだけの事で、
どう償おうとしても無理な話である。
 まだまだ続きそうで、まとまりの言葉も浮かんでこないのだが、
もちろん我々は暗黒街の住人ではないし、参観者とて厭であろう、新しい発想、
自由な意見を許されている世代であり、その溝を埋めるのは業界の方である。
 新しい発想と滅茶苦茶な発想は違うのだし、自由な意見と脅しの意見も違うであろうから、
付け加えておくが、化け物に頭脳を弄くられていないか、自分チェック、他人チェックは、
欠かせない必須事項である。                                  草々

その 213 NHK行 2001年7月29日
前略 現在はどうなのか解らないが、当時は荷物など駅留めにしてもらえたので、
布団袋などは、和歌山駅留めである。
「ギターを抱いた渡り鳥」などと会社の人に冷やかされながら、小倉を後にしたのが、
75年の2月下旬の頃だった。
 3・4日ぶらぶらしながら和歌山に辿り着き、部屋を探し、荷物を受け取るという按配だ。
 荷物といっても、松山のおばあちゃんから譲り受けた布団と、ラジカセ、ギター位のものである。
それにしても広島、岡山と立ち寄っていて、姫路には寄っていないのだから、
私もどこか間が抜けているのである。
車窓で姫路城を見つけ、「あーっ」と声を出したような気がするのである。
 音楽の旅であったから、観光地を尋ねなくても苦にはならなかったが、
作詞・作曲が中断するのは辛かった。
であるから81年までの8年の間に200曲ほどであり、一ヶ月に2・3曲のペースなのである。
「ここよりほかの場所」へのアプローチであり、創作もまったくの未知数、
詞を作った後に気が向いたら曲をのせていたのでスローペースである。
 京都・大阪と巡り、天王寺に向かっている電車の中で、歯科医の薬袋を抱えたティーンが、
シクシクと泣いている姿を見て、大阪の人はあけっぴろげの人が多いのかなと思ったものだ。草々

その 214 NHK行 2001年8月5日
前略 時を駆け過ぎたおばさんが、逆戻りしたような、松任谷由実の歌がBGMで聴こえてきていたが、
同じく槙原・ミスチルの歌もそうだが、魂を持たない手の者にゆだねると、同じようなポジションに聴こえ、
夜のヒッパレあたりで唄うとそれらしくハマッてゆくのではないか。
 東芝という会社もソニーに負けず劣らず、滅茶苦茶な発想をする会社である。
60年代、お隣の国に「リムジン河」という憂国を歌った曲があるが、やっていい事と、悪い事があるのだが、
それを勝手に編曲をし(逆回転の逆戻し)、詞を足して、お隣からクレームが来て、発売直前に停止になった。
 何故か、ラジオで聞き比べなどをやっていて、私も両方聞かされたのだが、それはさておき、
この話にはまだ尾ひれが付いているのである。
 つまりクレームが来たから、今度はその曲を逆回転して「悲しくてやりきれない」という曲で一儲けである。
ダシに使うのもいい加減にしろ、と勘ぐられるような事をやってのけているのである。
 聞き比べをやっていて、原曲を聴いたが、思慮深いメロディーである。
映画でも言えるのだが、いわゆる「映画の理論」調になってしまうと、種明かしされたようで、
つまらなくなってしまい、アジアにはアジア映画の手法があっていいのであり、当たり前のことである。
そこのところも解っていないから、聴視者の好奇心をダシに聞き比べなどという事もやってのけるのだろう。
 若い人達のメールなどを見ると、以外に生き様に敏感であり、それが同じ世代なら尚更で、
それで十分なのであるが、兎に角ゴールドディスクが好きな連中である。                 草々

その 215  NHK行 2001年8月12日
きの子 (1975年)

一、

許されていいのなら
お庭のこの樹を切りたいの
私が生まれたお祝いに
桜の苗を植えたのに
私の名前はきの子なの




二、

産声とともに
空ではキノコの雲咲いて
桜がきの子に変わり果て
私が悪戯するたびに
キノコの事を語り出す

月に行くには帆を張った
船で行くと思ってた
そんな小さい頃から
三、

許されていいのなら
桜のこの樹を切りたいの
母がきの子と呼ぶたびに
近くの子供が笑ってた
私の名前はきの子なの







私の歳を見るために
桜のこの樹を切りましょう
きの子きの子と呼ばれるたびに
幸せになるなと聞こえるの
丸い年輪は私なのに

お空のキノコでない為に
生きているきの子である為に
お空のキノコでない為に
生きているきの子である為に

その 216 NHK行 2001年8月19日
20××年。 ともかく3日後。
◇情報19280…調整19280◇情報19281…調整19281◇セキュリティー報告
           ………[異星人の安全性10パーセント]………

キャスター 随分突っ込みが入っていますが、それにしても解せないじゃないですか、
       これまでに何百臆、何千臆という人間が生まれてきて、そして死んでいき、
       そうしてこれからも何百臆、何千臆という人間が生まれて死んでいく中で、
       我々は何を求め、何を勝ち取り、何処へ行こうとしているのですか?
化学者  ですからこれまでに何百臆、何千臆という人間が生まれ、そうして死んで
      いき、これからも何百臆、何千臆という人間が生まれ、死んでいく中で、
      偶然に偶然が重なり、偶然から偶然が生まれるということも、ままある、
      ということで、今回の事件はまさに意中の意。
キャスター 異星人ソニーに来訪ですね?
化学者  ソニービルから何十メートルも離れたところです、悪しき現象です。
キャスター 偶然というより、むしろ唖然といったところですか、そろそろタイムアウトで、
       手入れも入りそうですが。
化学者  それよりも目撃者の総ての人が、「そんな気がした」というのですよ。
キャスター と、いいますと?
化学者  つまり見世物には見えず、異星人であるという、断固とした覚醒、
      ニューロン操作が行われたという進化の新しい段階。
キャスター ニューロン操作?進化の新しい段階?…どういうことですか?
化学者  我々の頭脳というのは、恐怖心というラベルの付いた容器のようなものです、
      長い間そのイメージから抜け出せず、呪縛の渦の中に取り残されてきた
      ようなものです、国境を築いたり、戦争を始めたがるのもその為です。
      しかし今、この頭脳という宇宙の中で、ニューロンが新しい旅立ちを
      始めたといってもいいでしょう。異星人が導いてくれたのです。
キャスター 馬鹿笑いの異星人がですか?
◇情報092…調整…調整…調整………◇情報092…調整…調整…調整………

その 217 NHK行 2001年8月26日
前略 夏休みには、ビデオショップや、ペイントソフトを買いに外に出歩いていたが、道筋、
「吉田拓郎」とデカデカと名前だけの入った宣伝バスが、目の前を通り過ぎていった。
 70年始め、「旅の宿」(※竹田の子守唄の逆回転・作曲者不明)を引っさげて登場してきたが、
この人は、よほど現存を維持したいらしく、徒党を組みたいらしく、
昔からマスコミに出てきては誰それとなく、誘い込みをやっていた。
 近年、フジのレギュラー番組に出る前の、顔出しでは
「昔、女遊びを散々やったからもういいの」などと奥さんに言わせていたが、暇な人である。
 ヘイヘイヘイのトークで、今まで何やってたんの質問に、「婦女暴行で刑務所に入ってた」であり、
私は頭を抱えてしまった。
 映画、青春グラフィティー「竜馬」では、酒を飲み、女を抱いて、ゲロを出す晋作の役である。
何故にそんな事を言うのか、演ずるのか、宣伝するのかは、定かではないが、
一つだけ言えるのは、若い頃、業界の裏事情を嗅ぎ取り、眠っていた悪玉菌が、
目を醒ました、といったところだろう。
 一年ほど前の、ポップジャムで伊勢正三氏が「逆回転など簡単に作れるんだ」「そうなんですか」
「拓郎が間違っている」と、きっぱりと言い放ち、久保アナが受け答えしていたが、
ふざけすぎた季節のあとで、なのである。
 業界にも伊勢氏、浜圭介氏、のように、自覚している者もいれば、吉田氏のような、
宝者もいるのである。
 NHKのど自慢出身のキロロは、同じくヒーローとかいう番組で作曲法、
ハーモニーなどを紹介していたが、今回、ビデオショップのBGMでは盗んだ原曲を唄っていて、
吉田氏の御親戚なのであろうか?NHKに聞いてみたいものである。             草々

その 218 NHK行 2001年9月2日
サリー君は (1974年) 20××年ミュージック版

一、

芝生はお祭り騒ぎ
黒ん坊マー坊はとくに凄い
コーヒーのお代わり何杯目
海苔のおにぎり食べようよ
海苔のおにぎり食べようよ
ゆっくり座ってさ

サリーの君は風に揺れたら
サリーの君は風に揺れたら
ハレルヤ君は世界一

二、

バイオリンの音色が聴こえる
ミマちゃんは歳を取りたくないと
リュックを背負って山に行っちゃった
僕はダンスの仲間入り
僕はダンスの仲間入り
お手を拝借

サリーの君は風に揺れたら
サリーの君は風に揺れたら
ハレルヤ君は世界一

三、

ロケットを飛ばそうよ
僕には星が見えるんだ
お別れさ地球を離れてみたいんだ
さぁみんな退いててよ
さぁみんな退いててよ
みんなさようなら

サリーの君は風に揺れたら
サリーの君は風に揺れたら
ハレルヤ君は世界一

その 219 NHK行 2001年9月9日
前略 ちょっと一息・ちょっとお知らせ。
 マイクロフォンに駆け上ったアリが、こうつぶやいた。
   ゜´`¨^''′″
 セミのお腹に入り込んだアリが、もがき始めたのを外から聴くと。
   ミーーーン・ミーーン・ミーン・ミ  ゜´`¨^  ミ  ゜´`¨^  ミ。
 子供の頃、トンボを捕まえていたら複眼のへこんだトンボを見つけた。
   見づらいだろうと治そうとしたら、もっとへこんでしまった。
   知らないふりして放してやった。
 鈴虫が鳴いているから、鈴をチリーンと鳴らした。
   リリリーン………。チリーン………。リリリーン………。チリーン………。
   チリーン………。………。………。気にしているらしい。
 ポケットでつまづいた指先の痛いのなんのって。
   今では考えられない事だけど、何故って子供の頃のポケットはメンコにビー玉、
   お菓子に十円玉、そして何故か、テストの答案用紙。
お知らせ 待ちくたびれた10000アクセスには、
  ちょっと笑える画像をその前後にトップにデカデカと載せます。
  どうせ猫だろうって?異星人の似顔絵かも。やっぱ猫かな。
お知らせ ヤフー掲示板のカテゴリ・音楽の、作詞、作曲のトピックに
  「作曲に対する音楽業界の姿勢、私の姿勢」で抗議文を紹介していますので、
  つぶやきでも感想でもカキコして下さい。 (※URLを入れるのを忘れて、
慌てて削除申請をしてしまい、もう少しお待ち下さい。※13日夜、「音楽が音楽で在り続ける為には」で、載っています)          草々

その 220 NHK行 2001年9月16日
前略 小学六年生の頃、耳打ちで戦争はもう終わったと聞いて、ホッとしたのを覚えているし、
戦争をやっているというのを聞いて、暗い気分にもなった。
どうしてそんなに一喜一憂したのかは、さておき、子供というのはやはり、
真っ白なキャンパスなのであろう。
 当時は水害、災害も多く、子供等の耳にも聞こえてきていた。
先生が「着る物も家も流されて困っているお友達に」と援助を求め、私はそのまま間に受けて、
セーターを差し出したが、新潟台風の時に誰か、セーターを着てくれただろうか。
 鉛筆やノートが大半で先生も戸惑った表情で受け取っていたが、
母にも「自分の着る服無くなったじゃない」と言われ、あぁそうかと気づいたものである。
 ある日「大学まで進もうと思っている人、手を上げて」と先生に聞かれ、
そんな私も釣られて手を上げてしまったが、母にその事を伝えると
「一生懸命勉強すれば大学だって行けるんだよ」と熱心に答えてくれた。
決して「家は貧乏だから」、とか「行かしてあげる」という表現ではなかった。
それに両親とも子離れは早く、小学校に上がった頃だったと思う。
 勉強嫌いの私には、中、高、大と3、3、4年間のお努めは、辛い未来であった。
そんな頃、2000年に生きている自分等を想像したことがあったが、まったく想像の域を越えず、
逆に2000年代を生きている今が、当時の事を懐かしく思い出されるのである。
 ベトナム戦争が本格化しだす頃であり、ジミヘンが楽団のツアーに飽き飽きして、
自分のバンドを作り、唄い出す頃である。                            草々

ヤフー掲示板2001年9月19日掲載
米国の同時多発テロのピッツバーク近郊に墜落した乗客の一人が、
携帯電話で同時進行のハイジャック情報を聞き、それによって、
犯人を取り押さえる決断に踏み切ったようで、ホワイトハウスが無事であったということは、
アメリカのみならず、人類にとっても最悪から逃れえる唯一の灯火ではないだろうか。
飛行機の操縦以上にズレを許されない情報によって、
近代テロに近代情報手段がまさったということは、2000年代の今を感じずにはいられない。
被害に遭った方々に敬意と哀悼の意を表します。

その 221 NHK行 2001年9月23日
前略 家の近くに「ポケット」という小劇場ができて、何時も賑わっているが、また一つ、
MOMOという小劇場ができた。
 遠い昔、増村ひろし氏(漫画家)のコメントに「唐十郎の芝居を見て泣けた」というのがあって、
「ほぅ、芝居ってそんなに面白いものなのか」という感想をもっていた。
二つも劇場ができたという意外性にひかれ、始めて、夏休みにMOMOのほうにでかけた。
作品はともかく、あのなんとも言えない空間、舞台と客席の空間を感じることができた。
 和歌山にいた頃(75年)、荒井由実のコンサートがあり、同世代ということで、
最初で最後のつもりで見にいった。
東芝独特の宣伝効果もあってか、ほぼ満席であり、私も前列中央に座っていた。
 しかしこの図式は非常に奇妙な図式なのだ。
兄から逆回転曲の話は聞かされていたが、まさか私の曲をひっくり返して、私の前で、
ご披露していようとは。
 少し説明しておくが、転がして転がして転がしたような曲を転がしても、
たかが知れているのだが、しかしここでも腕前というのがあり、そこに吉田氏が居るのであり、
こだわっているのだが、私のような転がした事もない曲を作っているものから、いただくとゆうことは、
棚から牡丹餅なのであり、いわゆる東芝独特の宣伝でいえば、ニューミュージックとなるのである。
 世に流れている転がした曲をいじっているうちは、私は口を挟まないのだが、
しまいには作曲者(音楽)を生殺しにするほどの欲を出し始めるのである。
 妙に長い視線を向けていて、目をそらしたのを憶えているが、
自分のペットを殺してはいけませんよ、松任谷さん。                        草々

その 222 NHK行 2001年9月30日
前略 NHKから「具体的にどうすればいい」という声が聞こえてきている。
 抗議文を提出しだした頃には「歌手が主役です」などと言っていて、私はガクッときてしまったが、
話が長引く事を覚悟したものである。
 それは歌手が主役でも、作詞家が主役でもどちらでもいいのだが、
つまり公共のみんなが利用する場で、「私は悪い事をする人間ではありません」であるところから、
盗作曲で、愛だの、恋だの、勇気を出して、頑張りましょうというのは、
それは少し違うのではないか、という事だ。さださん。
 4チャン、8チャンは異常であり、6チャンは、何に対してビビッているのか、定かではないが、
「追求しない、ごめんなさい」といっている。
10チャンは過激な面があり、12チャンの音楽番組は見ていないが、
ソニーと組んで大ポカをやっている。
1チャンは10に一つは理解してくれているようである、
つまり「テレビッ子はテレビを食い尽くす」に対して「それは言えてる」という具合である。
 頭をつるぼんにして、尻の穴にローソクを立て、ファンの一人に点してもらい、
総てを許しますという企画をたてれば、視聴率も記録的になり、丸く収まりそうだが、
そうはいかないようである。
やはり吉田氏のように前科を貰わなければ、理解できないのである。
ちなみに吉田氏のライブラリーは逆回転と作曲のごちゃ混ぜであるが、
松任谷由実は総てが逆回転である。
 正道、王道というのは、厳しい一つの道のようであるが、これが非常に広い道であるということを、
みなさんは余りよく知らないのではないのだろうか、
歴史に名を残す人達はみなこの広い道を歩んでいるのである。
みなさんも一刻も早く、正直者は得をする正道を歩んで下さい。                 草々

その 223 NHK行 2001年10月5日
彼方彼女 (1978年)  ヤフー掲示板2001年9月17日掲載

一、

街で連れ添った あの人の
口紅は彼方の好みの 色で
素敵に優しく動いていたわ
「自己流のダンスを3人で 踊ると
滑稽でしょうね」だって

笑えなくって胸をおさえて
屈んでしまえば
涙がこぼれそうだった









二、

街で偶然に逢った時
お姉さんかと思ったのに 紹介で
彼方と彼女と私と解った
二人だけのデートが3人で そして
悲しみはいつも一人で

暗い部屋での独り言なのよ
誰もテレフォン
テレフォンかけないで

細く しなやかな指先
ターンする時の睫毛の細さ
素敵に優しく動いていたわ
素敵に優しく動いていたわ
素敵に………優しく………



その 224 NHK行 2001年10月10日
マッチ擦り人形 (1978年) ヤフー掲示板2001年9月28日日掲載

マッチ擦り人形を作って君にプレゼント
君は夜の静けさの中で一服 
そして眠る・・・・・

夜中に壊れたマッチ擦り人形は
ひとりでにマッチを擦り続け・・・・・

君は生死をさ迷い 
ネグリジェ一枚の文無しになり
僕のところに転り込んで来る

そして君は僕好き人形になって
長い年月を優しさで満たしてくれる

僕は充分心得ていて 僕は
君好き人形に なる

74年から毎年4月頃になると、新しいノートを買ってきて、新たな気持ちで作詞を続けていたが、
何冊かになって、未使用ページが気になりだして、そこで書き始めたのが、「酔日記」
その中の一つで憶えていたので、載せました。
作詞となると、かなりの日数を確保して、その中で除除に精神を集中していくのに対して、
「酔日記」はまるで逆で、一口でいえば酔った勢いで一気に書きなぐっていくという感じで、
フラストレーションの解消にはなったかな。                          草々

その 225 NHK行 2001年10月14日
前略 「言っとくぞ」「プロに任せろ」「身の程わきまえろ」「大人になれ」
抗議文提出の頃、ビクターの声であったと思うが、こういうのがあり、
もちろん私は笑ってしまった。
 ビクターといえば、ほっといても売れるアイドルグループを抱えていて、ソニー、
東芝より遠慮がちだが、鼻息だけは、凄いのである。
「ビクター・アイドルグループ」ということで、
「パラダイス銀河」を調べてみたらキャニオン(ポニー・フジ)であった。
レコード会社間の協定もへったくれもあったものではないのである。
 3年ほど前、NHKで「ざっくばらん」というバラエティー番組があってNHK側の
確認であったのだろうか、小椋佳氏にちゃんと作曲した曲を唄わせていたが、
ざっくばらんに言わせてもらえば、素人でも作らないような記憶の羅列で、
改めて逆回転曲との落差を認識したのではないか。
これと同じような事を桑田(ビクター)がやっているが、こちらは私の未発表曲のである。
 今現在、この落差が露呈するのが偲びがたいのであろうが、逆回転曲というのは、
もともと、あるいは、いずれ作曲者等がどういう形であれ、作曲されるものなのである。
それを作曲されなくしているのは、言うまでもなく作曲者の作品を盗んでいる、
ゴルフ焼けした、セックス焼けしたオジさん達の顔と仕事振りを見比べてみれば、
おのずと見えてくるというものである。
すくなくとも作曲者か優先的に発表できる体制であるなら、これほどの過ちに
はならなかったであろう。
 今、世界中が世の中を不安定にさせているものへのチェック、再チェックが行われている中で、
70年後半から音楽が安定した輝きを見せている事と、
日本の音楽に大きな動きがある事を掲示しておきたいのである。              草々

その 226 NHK行 2001年10月21日
前略 楽曲が見つかったのでホームページに載せるのに
色々調べてみた。
 先ずはカセット曲をパソコンに取りこむ為にオーディオ
ケーブルを買ってきた。
パソコン付属のアプリケーションソフトも調べてみたら
「AudioRack32」「MP3 BeatJam」などがあったので
インストールして色々いじって見たが、やはり
「Easy CD Creator 3.5J」で一度デスクトップに曲を
取りこんでみた、WAVE サウンドファイルである。
42MBもあり変換が必要なのが理解できた。
 CD−Rに焼付けをしておいて、WAVEファイルをMP3に
変換したらMP3フォルダ内にMP3ファイルとして保存されていた、なんと4MBになっていた。
ついでに焼き付けをしようとしたが、途中で止まってしまい、何故なのか分からないけど進めている。
 あらかじめ「WMAS」というフリーソフトをダウンロードしておいたので、
これをインストールしてWMAに変換しようとしたがリストボックスにMP3ファイルを表示してくれない。
仕方なくデスクトップのWAVEファイルをフォルダに入れ、開いたら表示された。
何故なのか分からないけど進めている。
変換ボタンを押したら無事終了。
 ここからが大事で、この間のバソコンのリカバリーの時には、バックアップで修復したが、
最後に保存ボタンを押したら「アクセス権がありません」と出て、一体何処がどうして、
どの角度からなのかが分からなくて、
あせったが、つまりファイルが読み取り専用になっていたからであり、かなりの時間を割いてしまった。
 タグ編集ボタンを押して、保存文字を見つけたので、押して保存、WMAフォルダ内にWMAファイルを確認、
何と1.94MBにまで変換されていた。
MP3から変換するともっと軽くて済むのだろうか、これからお勉強ではあるが、
私も少しはパソコンを使いこなすコツを身に付けただろうか、そうでもないか。草々

新たな企画。ヤフー掲示板2001年10月23日
1万アクセス時には急にカウンターが増えて、慌てて画像の仕上げに取りかかったりしていたのですが、このキリバン時に新たな企画。
即興曲の醍醐味というのをみなさんに知っていただく為に、用意しますので、楽しみにしていてください。
ところで、明日から三日続けて、早だし抗議文の一気書きを載せます。即興ライブもこんな感じかな、ってところです。

その 227 NHK行 2001年10月28日
前略 化け物は出るわ、曲はどんどん盗まれるわで、
日本の国はどうなっているのか、という一般常識から
の説明を求めているのであり、変わらない、変わらな
いと、出来あがっちゃっているおっさんの営業方針を
聞いているのではないし、ソニー、東芝のやっている
裏仕事自体、化け物にはお見通しであり、作曲者の
みならず、国民の信頼を裏切っているどころか、危う
いものにしているのであり、国民への謝罪をして、そ
ういうものを断ち切っている姿勢が今、必要なのであ
って、東芝内のエセ作曲者は何時から歌姫さんにな
ったのでしょうと、言いたいほど、つまりこちらを表に
引っ張り出さないかぎり、宇多田2号、3号は出てくる
仕組みなのであり、音楽の安定ではなく、会社の安
定などであって、ソニーのように、同じようなジャンル
のレコード会社を幾つも作って、儲かってしようがあ
りませんと言い触らしているようなもので、側から見
れば馬鹿じゃないのかと思われるほどに音楽を追求
せずに利益を追求している、究極の形が今行われて
いる、一番金のかからない子供を使って、一番金の
かからない社内で詞を書かせ、一番金のかからない

盗んだ曲で、次から次へと金のかからない情報を流し
続け、本当の時代を蔑ろにし、挙句は消耗品などと吐
き捨ててはいるが、もって生まれたスケベ根性だけは
抜け出せず、金払いの悪さを露骨に見せて、そんな曲
には金は出せないのだろう、エセ作曲者にはフェラー
リ8台目であり、金払いの悪さに吉田氏が腹を立て、レ
コード会社を作ったようで、それに加担したフジと不通
が生まれ、ポニーからソニーへ中村あゆみの盗作曲
が流れたものとおもえ、テレビ、ラジオがそのもの達
の温床であっても、音楽が犯罪者を養って行けるほど、
柔軟な世界ではないのだし、原曲はない、などと言っ
ている、音楽に携わっている人間にあるまじき行為は、
音楽世界から一切手を引かせ、トランジスタでも作っ
て頂く前に、唯一養っていただける、私、推薦のBGM
付きのミュージックボックスへ直行する事を切に願うも
のであり、逃げるの、逃げないの、逃げるのと忙しい
事だが、逃げおおせる事件ではないのだし、逃げると
いう事は腐り続けるという事であり、迷惑ここに極まれ
り、私にとっても一般人にとっても、舌を巻くような業界
の強烈なケツの青さの一例なのである。     草々

その 228 NHK行 2001年11月4日
二十四時間のブルース (1979年) 

一、

青空をひた隠しに隠した部屋で
宙に浮きそうな長い 夢を見た
辛い夢だったとは 言わない

ただ口笛だけが妙に
手がかりになりそうな
そんな暗い部屋で
二十四時間のブルースを
吹き鳴らす


二、

風景のある思い出を辿るような
そんな旋律がほしい 気分に
昨日が無かったとは 言わない

ただ口笛さえ妙に
途切れちまいそうな
そんな暗い部屋で
二十四時間のブルースを
口ずさむ


三、

もう二度とは注文したくはない
一日だったとしても それはそれ
何も無かったとは 言わない

ただ夢でもいいから
逢っときゃ良かった
そんな君の為に
二十四時間のブルースを
書きたてる


その 229 NHK行 2001年11月11日
前略 和歌山にいた頃は一週間が六日しかなかった。
と言うのも久し振りの自由な時間を得て、何時までも起きていて、
何時までも眠り続けていたものだから毎日が少しづつズレていき、
そうなったのだ。
 夜中に目覚めた時などカップヌードルで間に合わせていたが、
みるみる山のように空カップが増えていった。
 そんな変則的な、不規則な暮らしであるから、てき面に体力が衰えた。
私の場合、体力を使う仕事をしているから、一週間位、身体を使わなくても平気、
とはいかず、2・3日でもう、虚脱感でぐったりとなるのである。
 子供の頃からの飛んだり跳ねたりの習慣からの以外な変化でもあった。
それで充実していたのかというと、充分幸福であったし、
何よりも音楽でやっていける自信のようなものが芽生えつつあった。
 であるから遠出の時は、睡眠不足の身体で、
奈良に出かけては途中で戻って来たり、大阪の映画館(ビートルズ3本立)が、
込んでいては直ぐに帰ってきたりとふらふら、ブラブラしていた。
 ソロアルバムの「マッカートニー」というのを兄の部屋で旅立つ前に(74年)
聴かせてもらったが、「Junk」と言う、もの悲しい曲がある。
「サビが一番と二番が違うね」「同じだよ」「違うよ…♪…ほら」などとチグハグな
会話をしながら、「…何か…東洋的な」という感想を述べたが、
実際ブリテッシュロックから程遠い日本的なと言いたかったのだが、
私の耳もまんざらではないようで、これをひっくり返してみると面白い結果が得られます。
 80年の日本公演ではコンサート会場へは行かず、
拘置所へ向かってしまったが、ポールなりのケジメをつけたのであろうか。
 逆回転曲など推奨している国家などある訳がないのだから、
日本も早くケジメを付けてもらいたいものである。                 草々

その 230 NHK行 2001年11月18日
 脈打つ心は突っ走れT  (1975年)

一、
昨日の夕べ僕の好きな 十五夜なのに
どうして 何時までも丸くはないのだ
ちょっと待ってだなんて 待っちゃいられない
どうして 何時までも丸くはないのだ
吃驚するほど驚いているんだ 僕は
吃驚するほど驚いているんだ 僕は
夜空にポツポツ 穴開けてさ
夜空にポツポツ 穴開けてさ
誤魔化そうたって駄目さ
脈打つ心は 脈打つ心は 脈打つ心は ンンン

二、
満月がもう直ぐ其処に 来てるというのに
どうして こんなに白けちゃっているんだろう
お待たせしましただなんて ケチ臭いんだね
どうして 何時までも丸くはないのだ
がっかりするほど飽きちゃってるんだ 僕は
がっかりするほど飽きちゃってるんだ 僕は
煙草をスパスパ 吸ってさ
煙草をスパスパ 吸ってさ
隠れようったって駄目さ
脈打つ心は 脈打つ心は 脈打つ心は ンンン

三、
ほらもうそれっぽっちで 丸くはないんだね
それは 空耳にしか聞こえないし
正直そらし切れない 鋭さは 
僕は とても苦手なんだ
脈打つほどに楽しみだったんだ 僕は
脈打つほどに楽しみだったんだ 僕は
誰かさんに 頬染めてさ
誰かさんに 頬染めてさ
全くなっちゃいないよ
脈打つ心は 脈打つ心は 脈打つ心は ンンン


輪ゴムを持っているんだ 一本だけど
意外と 痛いんだよねこれは
脅迫してるだなんて 言わないでくれ
伸ばしてる だけなんだからさ
お祈りなんて出来ないんだ 僕は
丸くなあれだなんて さぁ
御伽のように 落っこちれ
御伽のように 落っこちれ
腹立てて丸くなれ
脈打つ心は 脈打つ心は 脈打つ心は ンンン
脈打つ心は 脈打つ心は 脈打つ心は ンンン

(73年に元曲があり、陽水「夢の中へ」の原曲・つまり作曲者の作曲過程に手を出すと、こういう事が起こりうるという事例、今はもう滅茶苦茶)

その 231 NHK行 2001年11月25日
前略 ペイントを始めて2年近くになり、ペイントは線画を仕上げるのに、
欠かせないものになっていて、先ず最初に開くソフトでもある。
 鉛筆書きの挿絵をスキャナーから拡大してフォトソフトに呼び込み、
ペイントで開き、構図を整え綺麗な線にドットを仕上げていくのである。
 なんと言ったらいいのか、オブジェっぽく仕上げたいのに、
キャラクターっぽくなってしまうし、原色っぽいのは避けようと思ってても、
派手な色合いになってしまうしで手探り状態である。
であるから少し直しては「名前を付けて保存」をして、
画像ビュアー(Linar)で見比べ、行きつ戻りつで完成させて、
線画だけでも2・30ファイル、色づけでもその位になるものもあり、
画像スクラップとして山のように保存しているのである。
 私は何かにつけ憶えるのが遅い性質なので、
その分ペイントとは結構長いお付き合いなのである。
 最初の頃はペイントオンリーで、その 3その 21などは、
「伸縮と傾き」を利用したものであり、スプレーをよく使い、
その 88などは放射線状に線で区切り、中を塗りつぶし、
スプレーをかけたのであり、なるべく効果処理を使わずに、模様などは自分で作るように心がけたつもりである。
 そういうこだわりは後々きつくなってくるのを抑える効果があり、長続き出来るコツでもある。
 その 146は蜜柑の拡大であり、その 159はテキスト文字のデザイン化であり、その 171はイメージングを使用してみた。
えっ?その 161が怪しいって? えっ?えっ?スフィンクスの肌が?
と、と、とんでもありません、お宝画像の乙女の柔肌などコピー・ペーストなど使っていませんですとも。
誘惑には勝ちました、自分で色を作りました。
技術がおっつかなくてだんだんしんどくはなってはきましたが。                   草々

その 232 NHK行 2001年12月2日
前略 何年か前、フジの正月番組(午後・単発)のバラエテイーで、
業界風の青年が羞恥の顔でダンボールを引っ張り出して来て、
そのあとパフィーが画面に向かって吠えていたが、まるで番組のつながりがなく、
一体あれは何だったのだろうか?
 ダンボールはカセットが入っているのを連想させるし、盗み出した事の意思表示であり、
天下に承知の事実と丸め込みたかったのであろうか。
それからはソニーの盗作曲が恥じらいも臆面もなく続き、現在に至っているのだが。
 このように書き記しても読者の方達にはチンプンカンプンであろうが、つまり、
レコード会社もテレビもラジオも変な団体もみんな承知の事で、
知らぬはファンの方達ばかりなり、と言えば少しはまとまりが見えてくるだろうか。
それほどレコード会社というのはお話にならないほどシビアなのである。
「自分の曲ぐらい自分で作ったら」というメールがあったが、まさにそれに尽きるのであり、
金融業界でもあるまいし、音楽のインフレ、デフレを引き起こして、素人以下である。
 私が彼等の自作曲を盗むという事は天地が引っ繰り返っても有り得ない事であり、
その逆もまた理屈なのである。
 人の顔写真を自分のだと言い張ってもムリが続くだけなのであり、
曲を書き替えるようにと言ってあるのだし、未練があるのなら毎年、
何百人と音楽学校から輩出しているのであるから、頼めばいいのだが、
もっともそんな詞ではイメージが浮かばないと言われればそれまでであるが。
 ホームページに名前を掲げた人達、一人一人を事情聴取していけば、
大番頭さん等から馬鹿殿様へと絞り込めるところまで辿りついたのである。
 そろそろ録画した1年半分の音楽番組もチェックしなければならないのだが、
既に安上がり歌手、5・6人が耳に入って来ている。
「ドーナツ盗んだ奴は誰だ」と聞いたら、口の周りに砂糖を一杯くっ付けて、
とぼけているのが、テレビの歌番組だ。
放送権を与えると、日本人というのはこういう事もやりだすという見本である。  草々

その 233 NHK行 2001年12月9日
 脈打つ心は突っ走れU  (1975年)


一、
いけない事をしてしまい
穴があったら隠れたい
白い蒲団と掛け布団
僕は便箋で中に入る
明日はきっとお月さん

あー 僕は持て余し過ぎている
だから
諾い諾いましょうとねんねこせ


二、
風が頬を切り裂き
足はズタズタすり減らし
稲妻が僕を焦がし
闇が僕を孤独にする
月に行くまで尽きるみたい

あー 僕は夢の中で洒落を言う
だけど
余りの不味さにあちこち痒くなる

三、
目が覚めると月だった
我 お月に佇まん
流れ星が飛んできて
我 お月に戯れん
逃げても逃げ切れないで

あー 僕は穴の中にいるみたい
だけど
夢の中で落ちがついてあちこち蒼くなる



流れ星に刺された
ところが赤くなって
痛くはないのにと
つねって試してみる
よく見ると輪ゴムの痕が

あー 「御伽のように落っこちれ」などと
僕の
声が聞こえてくるけどもう落ちは付きました

その 234 NHK行 2001年12月16日
メール返信。 その19
●始めまして。
ホームページを興味深く拝見しました。
気になる点がありメールします。
サザンについてのコラムでいとしのエリーの後に女呼んでブギというのがあります。
これは明らかに間違いです。
女呼んでブギはサザンがデビューコンテストで演奏した曲であり,
いとしのエリーのはるか前に出来た曲です。
そうなるとあのコラム自体信憑性に欠けると思うのですが…いかがでしょうか。
★メール有難うございます。
「信憑性に欠ける」それも言えなくもありませんね。
私の抗議文に、付いて回っているのは信憑性に欠けるですから。
 私の名前を知らないレコード会社など、モグリか素人と言いたいところですが、
何処もここも勝手な事ばかりやっていて、気が付けば大事になっていて
音楽業界から私の曲を引いたらスカスカになります。
 あの文の焦点は「いとしのエリー」の経緯であって、「女呼んでブギ」は実際、
次の次の曲であった気がしたのですが、調べもせずに書き進めました。
私はよくそういうまとめをしてしまうので、私も気になる点でもあります。
その 221 に、もう少し突っ込んだ説明をしています。
 という事はつまり、「女呼んでブギ」を聴いてビクターは、サザンを拾ったという事ですよね。
大手レコード会社というのは既に曲を手に入れてあるか、
企画が立てられる状態でしか動きませんから、御眼鏡にかなったといったところでしょうか。
 彼のトークなどを見聞きしていると、ビクターのお人形路線をまっとうしているなと思えるのです。
近々キリバンに曲を載せるのですが、桑田(ビクター)がちょっとつまみ食いをしていて、
困ったものですが、少しは信憑性が増すでしょう。
気になる点がありましたらまた宜しくお願いします。                     草々

その 235 NHK行 2001年12月23日
前略 この頃はノートパソコンがテーブルを独占していて、下へ降ろす事もなく、
隅にやったり、その上で文字を書いたりとノートテーブルにもなってきている。
 必要なものがあれば直ぐにでも揃えたくて、
DVDRAM・DTMなどはパソコン情報などで覗いているのだが、
さぁ買おうという気になっても、何の為にサブノートを買ったっけ、とか、
その前に容量のあるパソコンに買い換えなければ変換できないとか思い出し、
しょぼんでしまうのである。
 であるから目当てのマシンが値下がりするのを待ちながら、
周辺機器のDVDROMを覗き、買ったらダブっちゃうしなぁと、
またまたしょぼんでしまうのである。
 結局のところ引越しでもしない限り部屋の整理が覚束ず、
何か買うにもグズグズしているのである。
もっともリトルタイガー(虎の子)に余裕があれば、
アコースティックギターやエレクトリックギターを購入したいところでもある。
 私のミニアンプは時々ラジオ放送を受信する優れもので、
足で揺すると勝手にデストーションが効いてくれるというお気に入りの中古品なのである。
 エレクトリックギターもチョーキング用にと改造したのがあるが、
そろそろおニューがほしい気分である。
 整理といえば、カセット曲の確認・歌番組録画のチェックも滞っていて、
何よりも今年は動くと書いておきながら、果たせなかった事をお許し下さい。
お詫びのしるしに曲を載せました、クリスマスプレゼントです。
 83年頃から日本の音楽業界を意識しなくなり、
自分の音楽世界だけを追求していた頃の曲で、まさに息をするように唄っていた頃である。 草々

その 236 NHK行 2001年12月30日

20××年。

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