つぶやきコラムのコーナー


今日のつぶやき(32)"クイーンをみるぞー!"(2005/8/30):
クイーン+ポールロジャースのワールドツアー、何と九州へもやってくるのだー。行きたいなー。いきたいなー。10年ほど前にイーグルスがやってきた。そして、僕の中でロックが蘇った。そしたら僕だけじゃない沢山の人々のロック魂が蘇ったのだった。今回のクイーンのツアー、絶対に何かの前兆だと思う。僕の中でもまた新しいロック魂が蘇り、生まれ変わり、エネルギーを与えてくれるにちがいない。今年こそは・・・と何かを思ってばかりだが、友人達も音楽を続けて頑張り続けている。僕も頑張り続けている。選考に一つ二つ三つ四つ・・・いくら漏れようとも全然関係ない。それはその人達の都合が悪かっただけだ。都合が悪いと良くないのはしょうがないことだ。そんなことでどおってことは全然ないのだ。自分で表現するものの中にどうやった新しい旬なモノを入れ続けることが出来るのだろうか。どうやったら表現することに自分の多くをぶつけられるのだろうかと思う毎日なだけであるのだ。今日、テレビの中で妖怪と出会った。水木しげるさんだ。かれは言っていた。「仕事」は戦いです。「仕事」をするということは戦争することと同じなのです。競争という戦争。大変です。妖怪は仕事をしません。だからお化けは死なない。・・<ここで間違ってはいけない彼は誰よりも多く毎日漫画の原稿を描いているのだ、ただし、それは仕事ではないのだろう>・・これで一つの謎が解けた。今まで仕事をしていた。そして人間に自分の仕事を理解してもらおうともしていた。だけど自分がしようとしているのは、創ること。造ること。作ること。仕事ばってん。ちょっとちがう。何かがちがってこちらの結果とあちらの結果はすれちがいばかり。その溝はどんなに頑張っても、どこへ行っても変わらないということは何かがちがうのだ。僕は体調を崩して早引きしていると会社の守衛さんが僕に言った。「今日は早かねー、いつもコウモリのごと遅くに帰りよっとに」おれはコウモリだ。コウモリ男だったんだ。そんな妖怪だったのだ。妖怪が人間の戦争に参加していたら妖怪でも死んでしまう。そんな仕事を人間に理解できるわけがない。鶴の恩返しの鶴の織物は人間にはできやせん。妖怪のやることだ。俺は妖怪だった。そうだったんだと。今日気が付いた。そんなこんなで、より妖怪らしい生き方を今後は模索していくことになるだろう。コンテストなども全部仕事の末端だー。仕事で惑わされたいかん、仕事は戦争だ。戦争的な暴力的な考えにいつの間にかなってしまう。無防備な妖怪は言葉の暴力に弱い「選外」とかね。使ってる方は武器を振り回しているのが全然わかっていないのだ。だから。・・・よかった。よかった。これでいいのだ。妖怪の友達諸君に大いなるエールを送りますー。フレー、フレー。ゲゲゲのゲー!

今日のつぶやき(31)"今日は酔っ払いたい"(2005/6/18):
くやしい、くやしいー、ラウンジコンサートの選考に漏れたー。「選外です」だそうだ。3回出演していたのに。ブランクを入れたから?下手くそになったから?ロットオブファンから名前を変えたから気付いてもらえなかった?頑張っていたのに。くやしー。もっとちゃんと録音すればよかったのかなー。最近ライブやってないから?曲は今までの中でもかなり良いと思っていたのに。変なやつ何だコリャーと言われたのかなー。薄ーい封筒が送ってくる恐怖症になりそうだ。自分から活動せずに虫が良すぎるんだろうな、きっと。だけどそこまでできない自分も真実だし・・。要領わるすぎ?理由を聞かせて欲しい...。初めて酔っ払って書くつぶやき。何とかこの気持ちを発散してプラスに持っていかなければ、きつすぎる。応募系の選考漏れ記録、現在、更新中、その他の選考漏れも多数。もうお断りのメールとか封書とかうんざりだ。お断り封書は厚ーくして欲しい、空ける前にわかるから開けたくない。そして、メールは色んな楽しいことを書いて気を紛らわして欲しい。・・・仕方がないさ。。。
今日のつぶやき(30)"はんだのまごやん踊らすばい"(2005/6/15):
無精者になって久しい、産まれてこの方無精者。だけどHPをわざわざ作るほどマメな男。だけど熱しやすく冷めやすい。その割にはHPをやめずにもう5年近く続きけている。いったい何なんだ。と思いきやブログが流行ると人生のフロクとか言ってブログを始めたがる。目立ちたがり屋なのにシャイすぎて疲れるし、目立たないと機嫌が悪くたってむくれてしまい、人と会話する直前までもう人生終わりだという気持ちでいっぱいになるが、話した途端に超元気だ。そんなこんなで、これぞつぶやきだと思う。そして、ふとこんなフレーズが頭をよぎる。・・・ばってらだそたい、みってきひこたい、はんだのまごやん踊らすばい、もうじき瀬戸はたるむとばい、たるめばほんにガラス絵たい。「・・・飛込みよったったい、魚ば網ん中に追い込むために飛び込みよったったい、そいが上手やった、どがん波ん中でも泳いで行きよった」・・・長崎んもんには懐かしいCMである。これを見るたびに僕はシュノーケルが欲しくなったものだった。
今日のつぶやき(29)"もってこーい!"(2004/10/10):
今年も長崎くんち(おくんち)がやってきた。今年はコッコデショが7年ぶりにあった。7年前は”にわみせ”を見に行ったものだったなー。そしたら知り合いがいて担ぎ手だって、他の知り合いの担ぎ手を知ってたりして長崎はやっぱい狭かばい。コッコデショのCMもこの時期になると現れる。修行の暢達も難しかですばい・・。毎年必ずあるのは”かさぼこ”かさぼこは全部の出し物の前に必ずある妖怪のような大きな傘のような物体。なんとも祭り気分を盛り上げてくれる。かさぼこは担ぎ手は先祖代々の組があって棟梁が継承していくらしく、あの妖怪のような無骨で贅沢な傘は踊り町の持ち物らしい。大学の先輩は何年か前に継承して棟梁になった。子供が産まれて親子で担ぎたいとテレビの解説者が紹介していた。僕ももう20年ほど前に誘われたが腰を悪くしそうだから断った。ところが最近になってその先輩の組で数年前からかさぼこを担ぎ始めたという人が知り合いの知り合いだったとわかった。その人は僕よりも年上、確かに担いでいるのをテレビで見た。ほんと長崎は狭かばい。先輩にたまーに会うたびに「そろそろ担がんやー」と言われるが年齢は言い訳になりそうにない。

今日のつぶやき(28)"ツェッペリンのDVD"(2003/8/22):
少し前の話だけど、ツェッペリンのDVDが発売された。ライブのCDもだ。待ちに待ったとはとても言えない、あきらめた頃の晴天の霹靂の逆。すごい話だ。ツェッペリンの伝説が最新の技術で蘇った。CDはオリコン3位に入っていたし、全米ヒットチャート1位だという。いったい何が起こったかわからない。はしゃいでいる自分が嬉しい。DVDのライブ映像は、すごい。カッコイイ。若い頃のツェッペリン、皆が現役ばりばり。見ない人は損だ。でも、いつか見ればいいさ。もう大丈夫。ちゃんと残っている。素晴らしいといえる演奏、音、気合、心意気。今もいるかのような。どこを切っても食べられる。無限に循環している永久機関のような音楽演奏という名のエネルギー発生器のようなもの。

今日のつぶやき(27)"時間があれば"(2003/5/21):
時間さえあればできるのに、時間があればやるのに。とよく思っていた。ゆっくりした時間がたくさんあったことがあったが、そのときに思ったことは何だったか。時間があっても地味なことしかできなかった。時間がある理由にとらわれ、好きなことをやる理由が欲しかったし、あまりなかった。周りの目が気になって妥当なことしかできなかったのだ。時間があればという漠然とした時間は優先順位の高いものが使うことができることになっている。「そんなことをやっている暇があったら・・・」「そんなところを人にみられたら・・・」などという悪魔のささやきが聞こえる。自由な時間なだけに回りに提供しなければならない。自分の時間という宣言がしにくいのだ。だから自分の時間は自分で作らなければならないようだ。自分で宣言するのだ。否応でもやりたいことをやらなければならない状況に自分をおく。まわりを固めるのだ。仕事を持つとかプロであるとは、その時間は周囲に認められた自分の時間を確保できる資格みたいなことなのだろうなー。だから時間があればというのは・・・。なぜなら自分の時間は元々ないのだから。

つぶやきコラム(26)"争いが絶えない"(2003/4/24):
あー、世の中争いが絶えない。久しぶりに今日は家で一人音楽を聴いている。クラプトン・BBキング、葉加瀬太郎、ミーシャ、次は何にしよう。ボブ・ダイランって誰だっけ。ボブ・サップが評判になってからかMDのメモ紙に書いた”BOB DYLAN”の綴りをボブダイランと読んでしまった。プレイボタンを押して音が鳴るまでの間に、気が付いたのでよかった。ボブディランのファーストネームってボブだったっけ?ボブディランの声を聴いたら、戦争のことを思い出した。僕の友達同士がお互いに口論になって、わだかまりのまま、戦争になって決裂した。悲しい知らせだ。イラク戦争、SARS、殺人事件、株価暴落、会社の倒産、遠くで聞こえているバッド・ニュースに追い討ちを掛けるような友人の破局。ミュージシャンは戦争反対ではないのですか?ミュージシャンはつらい。けんかは避けたいがぶつかることも多い。多く知らない方がいいことだってある。つかず離れずも大事だ。歌で発散することだってできる。完全に清廉潔白な人間はありえない。日本に生まれたからには、表と裏を使いこなす人に対するためにそうすることだってある。僕は生きるためにそうする。愚痴だったこぼす。愚痴は発散のため。本当のことは歌の中にある、照れくさくていえないことも・・という歌もある。とても言えそうにないことを匿名の歌で発散することもある。戦争は遠くで起こってるんだけじゃない。近くでもごく小さなものはある。小さくても人間対人間に変わりはない。身体的な傷は受けなくても心の傷を多かれ少なかれ誰かが受けている。それは、本人達は勿論のこと周辺の人間も。自分の面目や、プライドがずたずたになることやそう感じるようなことがたまに起こる。こんな世の中に元気がない時期には特に身に染みるものだ。どこか病んでいるのかもしれない。だから余計にけんかになりやすいのは本当だろう。だから、もっと仲良くしようよ。助け合おうよ。時間を置こうよ。晴れた天気の日に話そうよ。

つぶやきコラム(25)"ツェッペリンのDVD"(2003/2/14):
ツェッペリンのDVDを見つけたのだ。もちろん新品、しかも950円(980円だったかな?)某Y電気屋さんのCDコーナーにあった。昔高校3年生の頃にインスルージアウトドアがリリースされて、しばらくしてジョンボーナムが死んで解散。リアルタイムの音はもう聴けなくなって約20年。その頃長崎の映画館(2番館)でプリンスのパープルレインと同時上映で狂熱のライブ永遠の詩が上映された。それがツェッペリンの映像との初めての出会いだった。ジミーペイジがこんないに動き回ってギターを弾いていたなんて、すごい衝撃を受けたものだった。写真ではわからない、レコードでもわからない。その頃、ビデオは贅沢品で家にあるわけがないし、ビデオソフトも高くて手に入らない。始めて部活をさぼって行ったツェッペリンの映画。遅かったけど今にして思えば十分早い出会いだった。それがDVDになって1000円を切って目の前に現れた。小遣いも少ないし安すぎて複雑な心境だが、当然迷わず買った。そしてノートパソコンでその映像を見る。誰かがビデオテープの出現でロックの神秘性がなくなったと言っていた。その通りだ。ジミーページが黒魔術をやっていたからジョンボーナムは祟られてたと死んだとどこかで信じていたし。ツェッペリンの不気味な音楽に漂う黒魔術の雰囲気が何だか怖かった。どんなスーパースターでも素に戻れば普通の人間だと最近のテレビなどを見れば暴露するのが商売になっている気がする。ただ、見たり聞いたりするのと自分がやるのは大違いだ。誰かがやり遂げたことを自分もやるには形から入っていけば同じようなことはできるだろう。しかし、感動を与えられるかは疑問だ。自分が思い描いていることをあらゆる方法を組み合わせて実現する。方法は、既に世の中に存在するのであって、見つからないだけ知らないだけなのだ。それは探しながら作り上げていくのは本物に違いない。この本物なことを経験できれば人生はきっと素晴らしく思えるだろう。すばらしく思う方法も授かるだろう。その途中で味わう地獄を乗り越える強さは、強さという言葉だけでは片付けられない。”弱者”は強かったりするし、強いものは折れる。その秘密はタイガーウッズのリカバリーショットにある。人間誰でもミスはする。その後にすごいショットが飛んでくる。そこが一番大事なのだ。ミスしたものでなければ乗り越えられない。ジミーペイジのギターはミスだらけだ。しかし彼は動じない、自分のミスをかばうこともしない。それよりも観客の喜ぶことをたくさん用意している。その中の一つがギターに過ぎない。ギターを弾くのはピッキングと運指だけではないのだ、ボリュームやトーンの変化、のり、リズム、勢い、スピード感、ジェスチャー、たたずまい、そして何よりも心意気、気合なのだ。ミスのチェックは誰でもやれる。もっとすごいものを感じていたい。そんなこんながいっぱいに詰まったDVDが1000円以下とは嬉しくもあり何だか少し悲しい。そんなことは言ってられない。デフレ時代の恩恵に与ろう。

つぶやきコラム(24)"おくんちと共に1年ぶりの復活"(2002/10/07):
気がつけば一年ぶりのつぶやきコラム更新。誰かが読んでいるかもしれないし、誰も読んでいないかもしれない。でも書きたいから書けばいい。今日は、長崎くんちの初日だった。今年の蛇踊りは3匹出てくる。大人の蛇が一度に3匹踊るのはなかなか見られない。そして、迫力があった。今の不況を吹き飛ばそうとする蛇の気迫があった。辰年の私は同胞が頑張っているように思えて嬉しかったのだった。一年更新しないうちに、私は転職した。転職のほとぼりが冷めた頃とうか、仕事に慣れた頃というか、そんなタイミングで漸くホームページを更新する気になったようだ。何事もその気がなければどんなことだって出来はしない。その気になることが一番大事なのだ。その気にさせて、環境が整えば誰だってがんばれる。その気のない人には絶対に蛇は担げない。担ぐわけにはいかないし、すぐに交代させられるし、その気のない人が存在していることはあり得ないのだ。だから見た人を感動させるほどの舞を披露することができるのだ。今日長崎駅のアミュプラザで前の会社の人と出会った。今日は会社を休んで朝から長坂でくんちを見ていたそうだ。その人の笑顔を見たのはもう何年ぶりだったかなー。祭は人間の原点を教えてくれるような気がした。

つぶやきコラム(23)"草の根運動的なピース!v(^_^)!"(2001/10/11):
長崎くんちも終わってもう10月11日になってしまった。個人的な希望が叶うように毎日を過ごしている今日この頃だが、なかなか世の中は、じれったい。もう少しだ頑張ろう。
ところで、米国の”同時多発テロ”から今日で早くも1ヶ月が経つという。あれから世界が変わったようだ。生活の中で何か現れているかと思っても具体的には見当たらないが、みんなの心境が変わっているだろう。テレビは毎日テロのニュース。1ヶ月前から事件の映像を何度も何度も繰り返し報道している。見てると気持ち悪くなってくるから、同じ内容のものは何度も見ないようにしている。子供にもあまり見せない。アメリカでは報復に賛成する人が約9割で、1割の人が反対しているという。この数字が本当なのかが疑わしく思えてしまう。ミュージシャンなどのアーティストは自分達に何が出来るかと自問自答して苦しんでいる。国歌などの音楽で報復意識を高められるのに反発し、それに音楽で対抗することは、また同じ音楽の使い方だと他の方法を模索して苦しんでいる。報復の支持率が9割だとするのは解釈が粗っぽいのではないかと疑問に思う。
久しぶりに草刈をした。家の裏の袋小路の道路は、だれも草を刈る人がいないので2年越しのつる草がガードレールを覆っている。(2年前に草を刈ったのは私です。)長いこと体調を壊していたのでそんな元気も無かったが、久しぶりにやってみた。2年前に培ったノウハウで二日間かけて刈り終わった。つる草は、鎌で刈るより、はさみがいい。植木バサミの大きい奴でつるをチョキチョキ切り離していくと身包み剥がすように取れてしまう。ガードレールは支柱に巻きついているので、そこを集中的にやる。意外と面白いから2時間みっちりやれる。刈ったつるは、丸めていくと雪だるまのように大きくなっていく。今回は軽自動車くらいの大きさに丸まった。草刈をやりたい人には、つるから入るのがオススメだ。根元を切って丸めると量が稼げるのでやりがいがある。それでもへとへとになる。2,3時間の二日間で100〜200mのガードレールが姿を現した。草が生えていると夜な夜な車がやってきてエンジンをかけっ放しで長時間停まっていた。何をしているのかは、不明だが・・・。それからゴミが草の中に捨てられていたのは刈ってみてわかった。明らかな不法投棄なものもあった。最近の世の中を物語っているようにも思える。
最近、草を刈る人がいなくなったのではないかなー。雑草の生命力はものすごい。人間が草を刈らなければ、どんなに舗装されていても草が生えてくる。草が生えると虫が住み着く、ゴミが不法投棄され、密会の場所にもなる。車で行ける場所はキチンとする必要がありそうだ。車で行けない場所は普通の人は行かない。草を刈るだけでも、あやしい車の数は減った。1ヶ月前から平和の敵はテロであることがはっきりと現れてきた。生活に密着したものだ。道端の草を刈る気持ちが大事だと思う。雑草を識別できる目とそれを刈っていく草の根運動的な行動が、システムの力では取り繕えない秩序を作っていくもんだなー思った。

つぶやきコラム(22)"秋の雨:パート2"(2001/09/19): 前回のコラムで秋の雨について書こうとしていたら、秋が好きだ、という内容になっていたのでした。途中でむきになって夏だってすきなんだけど、それより秋が好きなんだと書いているうちに題名のことを忘れていた。秋の雨は、最近長崎では降っていないが、秋雨前線がやってくると梅雨みたいによく降る。台風が来た時にもよく降るが台風の雨とは違って風情がある。夏の初めと終わりに前線が日本列島の上を南北へ移動する時に雨を降らす儀式みたいなものだ。暑くなっていく時はかなり憂鬱な梅雨だが、秋の長雨となると、暑さに慣れた体に肌寒く感じて梅雨ほどの憂鬱さはなく、夏の終わりの切ない気持ちが湧いてくる。テレビのワイドショーで言っていたが、夏の暑さはストレスとして体にたまっているそうで、秋になって現れてくるそうだ。それが、秋の寂しさの原因なのかもしれない。この憂鬱さを風情として味わう一種の前向きさは、昔の人の知恵かもしれない。秋雨は、春雨のように爽やかな響きもある。ただし、濡れていくにはドシャ降りも多いので風邪には注意しよう。
つぶやきコラム(21)"秋の雨"(2001/09/06): 暑かった夏はさっと姿を隠して、秋になったようだ。秋は昔から好きだ。一番好きな季節はいつですか?と聞かれるといつも秋だと胸を張って答えていたが。いつ頃からか秋というと暗い性格のように言われてやな思いをしたことがあって、夏っという人が尊重されるようなそんな雰囲気を感じていた。俺だって夏は好きだよ。スイカがうまいし、泳げるし、夏休みは楽しいし、花火が出来たり、誰よりも夏を楽しむ方だ。でも、夏の暑さはきついから。秋はとても気持ちいいし、大好きな果物がたくさんだし。いいじゃない。最近の夏は特に暑いよ。昔はクーラーが無くてもなんとかなった。緑が少なくなったから涼しい風がなくなったのだ。森からは涼しい風が出てくる。子供たちにクーラーの冷たい風を直接あてたくない。少しぬるくしてからあてたいが、クーラーの風の温度は冷たすぎる。ベランダには熱風が吹いている。もの作りのやり方を考え直した方がいいよ。部屋の中は一応天国だが、必ずしも天国でもなく、ベランダの外は灼熱地獄だ。だから、最近は夏が嫌いの人も増えてきたのじゃないかな。私は昔から秋が好きです。でも夏もすきなんだよ。
つぶやきコラム(21)"バイクと蜂の関係"(2001/08/26): 今日も暑い中、俺の相棒のポンコツ90ccスクーターをキックする。いつもなら10回くらいすればブルブルとようやく目を覚ますのだが、今日はおかしい。途中何度かプスプスとなりはしたが、かからない。だんだん汗が出てきて、足がだるくなってくる。蜂まで飛んできてまとわりついてきて、口笛で追い払う。何度キックしたことだろう結局あきらめて車で出かけた。Tシャツは汗だく、脛はすりむく、けだるい足、萎えてしまった。中古で買ったこのポンコツ今までに何度とないトラブルばかり、バイク屋の兄ちゃんの顔が浮かぶ。だが、今回は少し違っていただが・・。さきほどの蜂がこの事態に関わっているとは思いもしなかったのだった。
今から、このバイクに乗ってコンサートを見に出かけようとしていたのに、いらいらしながら、だけど平静を装って「取りに来てと」バイク屋へ電話した。そして、妻に任せてでかけた。コンサートから帰ってみるとバイクは定位置に置いてある。もうエンジンは直ったのかなあ。妻に聞いてみた。ささっと直してバイク屋は帰っていったらしい。「よくわからんけど、マフラーに巣が張ってあったんだって」「最近多いんだって」何を言っているのかまったくわからない。「巣が張ってあった?」バイク屋さんはマフラーを棒で突付いていたと子供が証言した。マフラーの排気口の小さな穴の中に何かが巣を作っていたという。そして、思いついたのだ、あの蜂だー!。あの蜂は俺のバイクにしかもマフラーに巣を作っていたのだ、だから、しつこく纏わりついてきていたのだ。まさかそんな事情だったとは夢にも思わなかった。今の時期は確かに蜂が巣をはる場所を探している。あしなが蜂やスズメバチが家には行ってくることもあるなー。なるほど。バイク屋はこの時期はこのトラブルは多いという。バイク屋って人の知らないことを知っているのだなー。と感心したのだった。予想だにしないことが起きて、なんか嬉しいトラブルだった。

つぶやきコラム(20)"お盆を過ぎたら"(2001/08/19): お盆を過ぎると涼しくなる年がある。今年はどうだろうか。今年はさっそく台風がやってきた。遠くを通る台風は風だけを運んでくれる。お陰で今日は涼しい。昨日は、雲の形が変わっていた。秋の雲の形をしていた。朝晩まだ暑いのだが、夜になると虫の合唱も始まっている。暑い暑いといいながらも秋の気配はやってきている。盆を過ぎるとやっぱりそうだ。天気はその年それぞれだけど、太陽の高さは毎年同じだからやっぱり盆を過ぎると夏が終わり始める。精霊流しが見えますか空の上から・・・と夏が終わり始める。
ところで、アラスカでは8月の終わりごろからオーロラが見え始めるそうだ。白夜が終わり夜が暗くなり始めるとオーロラが見えるようになる。坂本昇久さんというオーロラ写真家のHPにすばらしい写真がたくさんある。珍しい秋のオーロラも載せてある。最近はオーロラツアーも多いが、真冬にオーロラを好んで見に行くのは日本人が多いらしい。この季節はまだオーロラツアーはまだないだろうから、自分で行かなければならない。私が5年前に見たのは3月の中ごろのオーロラツアー、3月の春分の日の前で暦の上でもまだ冬、気温もマイナス20度位に下がることもありまだ冬だった。夏の終わりのまだ雪のない景色の中のオーロラは、また格別なものだろう。

つぶやきコラム(19)"陸上競技の醍醐味"(2001/08/12): 今、世界陸上が開催されている。男子400メートルハードル、為末(ためすえ)の銅メダルにブラウン管に釘付けになって涙を流した。(液晶テレビで見たかった)選手達の喜ぶ姿を見ると、こちらまで癒されて自分のことや自分の子供のことのように嬉しくなって声が震えてしまう。子供はまだ小学生ですが・・。
ところでこの陸上競技の迫力を一度だけ体験したことがある。16年ほど前に神戸で開かれたユニバーシアードの陸上競技を観にいった。その年は阪神タイガースが優勝した年で、ダフ屋でチケットを買って優勝前の甲子園も体験した。たまたま2週間ほど大阪に滞在する機会があってあちこちと見て回ったのだった。そのとき初体験だった陸上競技はすごかった。
ふらりと出かけたので、試合進行などは全くわからなかったが、男子400mを間近で見た。それが予選だったか決勝だったかわからないが、すごい迫力だ。走る足音と風を切る音か息づかいか音がすごい、飛ぶように駆けていく。馬のようだ、人間じゃないって感じ。驚いた、驚いた。当時(今も?)田舎者の私はすごいショックをおぼえた。砲丸投げ、ソフトボールのように4kgの鉄球が飛んでいく。ちょっと地味だがよく考えるとすごい。そして槍投げ!これがまたすごい。人間業とは思えなかった。投げるというより発射するという感じ。テレビでは距離しかわからないが、高さがすーごい。競技場のスタンドの頂上近くまで上がっているのじゃないかな。とても人間が投げたとは思えない高さでやりが放物線を描いて飛んでいく、70mくらい飛ぶには50mくらいの高さが必要ではないだろうか。(最高90m以上も飛ぶ)その中でもよく飛ぶ槍は一味違う。おっ、これは、違うと、イチローの打球のようによくとぶ。野球でも好打者の打球は全然違のと同じで、きたきたっー!て感じで思わず声が出てしまう。
ハンマー投げは見れなかったけど、槍投げの迫力から想像すると、またすごそうだ。2001世界陸上では室伏は80mを超えた。室伏のあの吠えた1投は会場全体を驚かせて一つにしたに違いない。
走り幅跳びもすごい、スタンドの上の遠くでぼんやりしていると、何か視界にピョーンっと入ったなと思ったら人だったという感じで、スタンドの遠くから見るとノミがジャンプしたかのようなだった。(ちょっとおおげさかなー)身長の4,5倍は跳ぶからやっぱりすごい。3段とびも見た。遠くから見ると1段目がとても目立っていた。
なかなか機会のない世界レベルの陸上競技、また見てみたい。16年前の一度きりの経験だけどあの時見た人間たちの業は、ビジュアル的に脳裏に焼き付いていて、鈍くなった脳みそを刺激してくれる。

つぶやきコラム(18)"プロペラ模型飛行機を飛ばす"(2001/08/06): 竹ひごで作るプロペラ式の模型飛行機をもう何十年ぶりに作ってみた。女房と子供達が留守のうちに近所のホームセンターに行って何か工作をしたいと物色していた時に見つけたものだ。昔と同じように細長い袋に入ってぶら下がっていた。どれにしようかと迷ったが子供のときには決して買えなかっただろうB級最上級者向の一番高いやつを買った。袋が他のよりも長く優越感をおぼえる。
さっそく家に着いてから中を広げてみた。原寸大の設計図に竹ひご、ニューム管、角材、プロペラ、ゴム、薄紙など材料は昔のままで、見てるだけで嬉しくなってくる。今でも作ることが出来るだろうかと、ちょっと不安になりながらしばらくの間設計図とにらめっこしてじっとしていた。すると体が勝手に動き始めたではないか、先ず工具を揃えて材料を分別して寸法をあたって、しるしをつける。曲がった竹ひごの曲線をお湯につけて修正すると書いてあるのでお湯を準備した。なかなか難しい。そして格闘すること3時間。格闘というよりも静かな時間を満喫した。好きなFMを聴きながら、天気のいいベランダの戸を空けて風にあたりながら、時間の無駄遣いをする贅沢さ。という感覚を感じたのも何十年ぶりのことかもしれない。気がついたら出来てたというのは、まんざら本当かもしれない。完成して現実に戻ったという感じだろうか。ちょーど、家族も皆帰ってきて、サザエさんもはじまった。
完成してから数日後に飛ばす時間ができた。炎天下の中を隣の小学校のグランドへ一人で行き先も言わず出かけていった。飛ぶイメージしか頭にない。飛ぶとしか思ってなかった。しかし、飛ばない。滑空テストとテスト飛行の仕方が書いてあって、翼の位置とか反りの角度を調整する。突っ込んで落ちるから翼を後ろに、上昇して急降下するから翼を前にとするが、なかなか決まらない。突っ込んでばっかりだ。まあこんなもんだろうと、次にテスト飛行、ゴムを巻いて軽く飛ばしてみる。上昇しない。上昇しようとすればするほど、足を引っ張る力が発生しているように上昇せずに落ちてしまう。おかしい。これは翼の角度が悪いのだろうと思い確か設計図の角度はこんなだったかなあと山勘でニューム管の角度を調整する。少しよくなってきた。でも飛ばない。何度かやっているうちにかっこよく滑空するようになってきた。やればできるじゃないか。飛行機が愛らしく思えてきた。理屈よりも気持ちだあ。どうも浮力が出ない。うまくいくように翼の反りを見直してみるが、センスのみだ。何度となくなっていくうちにポイントが絞れてくる。何だかいいぞー。そしてついに。
よーし飛んだ!ゴムをいっぱいに巻いて約45度の角度に思いっきり投げ上げた。ブルブルブル!っとすごい勢いで急上昇する。なんて気持ちいいんだ!迫力がある。急上昇の後は滑空飛行に移るする。すると坂を滑るように降りてきて着陸。完璧だ。思わず拍手を送る。夏休みで誰もいない校庭でおじさんがサングラス掛けて飛行機を飛ばしている。いいじゃないですか。こんなふうに遊んでいるおじさんが、たくさんいたら街は楽しくなるかもしれないと思ったりもした。校庭の上の土手を見上げると娘が見ていた。行き先を読まれていた?どうだ、飛んだだろう。もう飛ぶようになったから来てもいいよ。おいでおいでと呼んで一緒に飛ばした。娘は何度も何度も飛んでいく飛行機を追いかけて持ってきてくれる。楽しそうだ。子供って無欲だな。だけどジュースとお菓子には貪欲だな。この飛行機の名前はミサイルボーイという、ちょっとダサいな思っていたが、飛び方を見て納得した。ミサイルのように急上昇する飛行機なのだ。それがわかったことが嬉しかった。
じゃー最後ね、と何度も飛ばしたが、ほんとに最後に飛ばしたときに校庭の脇の木の頂上付近に引っ掛かった。どうしようかと思ったが、迷わずに登った。登りやすい木だったので意外と簡単に取ることができた。お茶の葉っぱのようないい香りのする木だった。なんという名前なんだろう。木の中はとても涼しかった。この飛行機は僕を少年の気持ちを思い出させて、そして最後に木登りまでさせてくれた。飛びたかったんだな。

つぶやきコラム(17)"禁読のすすめ"(2001/07/29): 今読んでいるある本のエクササイズに1週間活字を読まないというのがあって、活字と名のつくものは一週間読まなかった。新聞、雑誌、マニュアル、目から入ってくる文章(その本だけは読んだけど)は一応全部禁止にした。子供の夏休みの注意事項とかそういうのは女房に読んでもらった。そこで、まず何が起ったかというと、禁断症状。新聞を読まない、ホームページも読まない、本も読まないでいると、何か落ち着かずとても特別な業をやっているような気持ちになってきた。一切の言い訳はないというのが原則だ。ふと気づけば、目が字を追っていたということは何度かあった。このエクササイズの目的は、外の情報を活字として取り込んで精神安定剤的に自分を安心させているところがあるので、それを自覚して自分の中から出てくるものを外へ表現するきっかけを作るというようなものだった。だから、テレビもなるだけ見ないようにした。数日経つと、何となく読んで安心していた部分というのがわかってきて、落ち着かなかった気持ちを乗り越えるに従って、少し精神的に強くなったような気がしてきた。いろいろ聞き耳を立てていたことも別に知らなくても大したことないということがわかった。それでも、何かいらいらしたりする日が続いた。いよいよ明日解禁という日はには、これでこの束縛から解放されるという気持ちと裏腹に、また色んな情報に振り回されるのかという両方の気持ちが湧いてきた。そして解禁になり、今まで見ていなかったものを約一週間分見てみた、それで何が変わるわけでもなく大してことはなかった。何だかやっぱり、どこか情報に振り回されていた自分がいたのだと実感した。そしてまた、知らなくても大したこと無いのかと、また強くなった自分がいた。ただ知っているだけの情報はタバコの煙のようだ。吸わなければ、無性に吸いたくなり、吸うことに希望すらおぼえる。吸ってみると大したことはなく、また次に吸うための重荷を背負ってしまう。毎日の生活に追われていると何かを知っていることで自分を確認しているようなことがある。人が知っていることよりもう一段上の情報を一つだけ知っているという優越感がタバコの煙のように毎日毎日それを吸収させる。一週間の禁読がそんな世界を見せてくれた。何だか嬉しいので、ここに書いた。(この本とは、友人に薦められた本で「ずっとやりたかったことを、やりなさい。」サンマーク出版、原題:The artist's wayという本です。自称アーティストは必読です。)
つぶやきコラム(16)"たまむし色の玉虫"(2001/07/29): 今日は選挙の投票日だった、小泉政権になってからはじめての大事な選挙といわれているが、大事な選挙という割りには選択肢の少ない選挙だ。タレント議員があちらこちらで名を連ねているが、きちんとやってくれるのならば、色んな政党に均等にばらばらになってほしい気もする。政治家が大臣になっても官僚組織を動かせないのなら、タレント議員でも同じかもしれない。たまたま、役職にミーハーな官僚がいたら、ほいほいと動いてくれるかもしれない。タレント議員のいいところを考えるに、やっぱり元気が出そうな気はする。今まで十数年同じ顔ばかり見てきた人たちよりも、顔を見ると元気の出る人たちというのは、今の息切れ日本には必要なのかもしれない。
ところで、近くの公民館で投票を済ませて自宅へ歩いて帰る途中に、久しぶりに玉虫が飛んでいるのを見た。子供の頃は、真夏に虫かごをぶら下げて野山を走り回ると綺麗な玉虫が羽を重そうにして、縦になって飛んでいくのを見かけたものだった。もう何十年ぶりだ。昔のアニメみなしごハッチでは乱獲されて絶滅しそうな玉虫が登場していた。いかにも悪そうな男が、玉虫の美しい羽を満遍なく貼り付けた綺麗なつぼを、売りさばいていた。そんなような、悪いイメージで玉虫を記憶しているわけではなく、真夏の太陽にキラリと光る玉虫の羽、ほんとうに綺麗だ、という子供心の憧れと、悲しい運命の昆虫だから捕まえたら可愛そうだけど捕まえたいという思いだ。そんな玉虫を久しぶりに見つけた。山に近い団地の中だから、きっと山から迷って出てきたのだろう。この付近は最近猿もでるそうだから。玉虫は住宅の植え込みの木を探るようにふらふらと飛びながら団地の中へ姿を消していった。
その夜に選挙速報が始まった。今ふと思えば、玉虫色とは政治でよく使われる形容詞ではないか。ちょっとした偶然ではないか。昼間の玉虫は、頼りなくふらふらと飛んでいたが、今後の政治を占うものなのか?ふらふらとさ迷っていた玉虫、どこかへ飛び去っって姿を消した玉虫か、どちらを取ればいいのだろうか。いずれにしてもわかりにくい。

つぶやきコラム(15)"今日の日よ、さようなら"(2001/07/10): 人間は1日に一回は必ず寝るから起きている時間が切れる。当然のように今日を終わって明日になったらまた、今日が始まる。「明日があるさ、明日がある。若い僕には夢がある。」サッカーの中田は今や世界の中田になった。中田が記者会見でイタリア語で答えていた。僕は長くても2,3週間先のことまでしか考えていないと。何かすごい。自分などはマンションのローン30年払いをどうやって払っていこうとか、子供が大きくなったらもっとお金がいるだろうとか、金のことなどは随分先まで約束してしまっていることに最近気づいた。借金なんて体一つだと割り切ってしまえ。中田のように目の前のことに全力で力を注げば世界に通用するようになれるのだろう。おまけに、借金などは無縁の世界へ行ってしまっている。明日のことを考えて不安になるか、明日のことを考えると元気になるか。人それぞれ抱えてるものとかで違うのでしょう。今日が大丈夫、今生きているから、今が大丈夫だから。明日も大丈夫だ。明日になれば、明日が今になる。今日描いた明日が、今日になる。今やれるから明日もやれる。今日が終わるから生きていられる。今日の日はさようなら、じゃあ、また明日と今日は終わる。そして明日生き返って今日が来る。続けることが一番大事。寝る前に嫌でも一度諦めなくちゃ死んでしまう。だから、起きてる時は諦めないで続けることが一番大事。
つぶやきコラム(14)"雲の出来る場所"(2001/07/05): 雲の出来る場所を見つけた。夏近くになると山の中腹の小高い場所にある我が家の上空は雲が多くなる。トンネルの向うは晴れているのにうちの近くは雲に覆われて、なかなかお日様が顔を出さない。雲が降りてきて霧になることもある。洗濯物が干せないという女房の困った顔を見るのがいやなので、雲の出来る場所を探してみることにした。山のふもとから見ると、確かに頂上付近はねずみ色の雲がかぶっている。ふもとは日が差している。隣の山の上に農場・公園があるのでそこに行って観察することにした。そこからの景色は最高だ。南から西のほうを見ると海が広がって、海岸から直ぐに山へと駆け上る地形がダイナミックだ。その途中にうちの団地も見える。雲を見た。海岸の漁港あたりから徐々に雲が厚くなり、山に近付くにつれて厚い雲に変わり山を覆っている。三角定規のような形だ。動きはゆっくりだが、海から山に向かって静かに動いている。動いているのに同じ形。海の上でふわふわと浮いている小さい雲に注目してサングラスを掛けてじっと雲の動きを追った。うん、うん、陸に上がるにつれて大きくなている。雲が成長している。ならばどこで生まれている?何もない海の上をじっと見た。うん、うん、雲が出来ている。そうかー雲があそこで生まれているのか。うちの上空の雲も同じようにできたんだな。あんなに近くで出来ていたのか。なんだか遠くの存在だった雲が身近に感じられて、上空の雲も許せるような気がしてきた。なんだか地元産のアンコウを食べたような気分だった。今日は幸いあの分厚い雲は隣の山を覆っている。うちの上空はからっと晴れいていた。女房にも雲の出来る場所を教えてあげよう。
つぶやきコラム(13)"自分のやりたいことと”好きな人”"(2001/07/04): 本当に自分がやりたかったこととか、自分の夢だとか、今でも実は諦めていないことは、なかなか人にはっきりと言えなかったり、いざ言おうとすると大人気なく感じたりする。恥ずかしい、照れくさい、秘密にしたい。これは好きな人に対する気持ちとよく似ているなーっと、ふと思ったもんだった。好きな人の前では、緊張して上手く話せないし、失敗して駄目だと思って自己嫌悪に陥ってしまう。それだけ大事にしたい気持ちが大きいがために、つたない自分自身では気に入られるわけがないと自分から諦めてしまう。自分の駄目な部分にばかり目が行って、自分のいいところに気づかないまま通り過ぎてしまう。告白しようとしても言えないままに悲しく終わってしまった初恋のように、自分の夢や本当の気持ちを抱えている人は意外に多いかもしれない。職業を恋愛にたとえてみると、サラリーマンは会社と恋愛結婚をするが、その後は仕事とお見合いをしなければならない。仕事と恋愛させてくれる会社も中にはあるだろうが、日本では少ないんじゃないかな。それに、結婚していた仕事が実は誰かと既に結婚していたとか。自分は単なる愛人レベルだったとか、辛い目にあうこともあるようだ。会社の組織にはかなわない。結婚の方は恋愛結婚が普通なのだから、今から仕事を選ぶ若い人達や中途退社する人たちには、是非、本当にやりたい気持ちを自分自身に打ち明けて、自分の愛する仕事について欲しいと願う、今日この頃です。そしたら、今よりもっと夢のある世の中になると思う。
つぶやきコラム(12)"スプーンが曲がった"(2001/06/29): 先日、ミスターマリックと小柳ゆきが歌番組に出ていて、ミスターマリックにスプーン曲げを習うという企画だったので、自分も慌ててスプーンを用意して一緒にやってみた。最初に持つ場所は、首の付け根の一番細くなっている付近を利き手じゃない方の人差し指と親指で軽く持つ。スプーンの膨らんだ方を自分に向ける。スプーンをゆっくり振りながら、スプーンは柔らかいというイメージ想い描(鉛筆を軽く振ると曲がって見えるような感じ)、その時スプーンの背に写った自分の顔を見ながら集中する。曲げると決めたら、利き手の人差し指でスプーンの先端を向うから手前に向けて「曲がれ!」という気合のと一緒に上から下へ振り下ろすとグニャっと曲がる。小柳ゆき以外の人は全部曲がった。私も曲がりました。厚手のスプーンだったけど、女房の許可を得て、普通に曲げると曲がらないけど、簡単に曲がってしまった。
つぶやきコラム(11)"最近は便利になったもんだ"(2001/06/28): 先日、NHKの特別番組などを久々に見てしまった。立石電気(今のオムロン)が世界で最初に自動改札機を開発した話だった。技術者って大変なんだよね。そういう私も技術者で開発をやってました。バブルからバブルの終わりに掛けて、世界で最初という部類の開発を3つ担当して3つともモノになったという筋金入りだけど、自分はモノにならなかったという落ちがついてますね。どうしてモノにしてくれなかったのか。世の中そう甘くないというものです。自動改札機の苦労話を物語りのようにして見てると自分が頑張っていた頃とダブルものがあって、俺もあれぐらい、命を燃やして頑張った!と胸を張らしてもらえたので、ありがたい番組だった。「痛みをこらえて、よく頑張った!感動した!」という言葉も率直で涙モノだったけどね。やっぱり最近世の中、回りくどくって、あんなに率直な表現を聞くと嬉しくなる。世の技術者はみな照れ屋ですから、あのような番組で技術者いい気分にさせて欲しいものです。あんまり調子に乗って欲しくない人達もいますけどね。
そうそう、何が便利かって自動改札機ではないですが、自動便所。わたしら男にとって最近のトイレは便利ですよ。全部片手で済んじゃう。買い物帰りにスーパーでトイレに行きたくなって、荷物で片手がふさがっていても、先ず、世界の窓(死語かな?)を空けて、小便をして、世界の窓を閉めて、トイレの水が流れて、蛇口から水が出てきて手を洗って、手を乾かして、終わり。世界の窓を閉めた後、自動水洗はもう常識、自動蛇口もほぼ常識、自動乾燥のジェットの風での手を引くだけで乾く。すべて片手でOK。左手に荷物を持ったままトイレをクルーっと回って出てくる感じ。すみません、女性のみなさん。この感覚は男にしかわかりません。便利な世の中です。

つぶやきコラム(10)"若い頃の勘違い"(2001/06/22): 若い頃に色んな勘違いをしていた。今でもまだ若いが、勘違いをしていたと思うことが沢山あって、穴にでも入りたい気分になることがある。でも、その勘違いがその頃のエネルギー源になっていたのは、皮肉のような事実だ。そんなものなのか。その勘違いが夢だったのかもしれない。”いい年して”という言葉があるが、いい年した大人たちは、僕が勘違いして張り切る姿をどう思って見ていたのだろうかと考えると、今の自分も時々若い者を見て思うことが頭に浮かぶ。一度地に落ちた僕は、また勘違いをしたくなった。くそまじめに勘違いをしてそのままずーッと勘違いしたまま一生を終えたい。そしたら、それは勘違いじゃなくなるだろうから。きっと、そういうのを夢というのだろうな。
つぶやきコラム(9)"金持ち父さん、貧乏父さん"(2001/06/19): ”金持ち父さん、貧乏父さん”を何ヶ月か前に読んだ。常々思っていたこと、なぜお金は出て行くばかりなのか?サラリーマンは金の入り口は1つだけで、出て行く先は、無限大という不条理さ。勤めの時間で手一杯、頭一杯になって働いてストレス解消に金を使って、また別のストレスを作るような嫌悪感。金のパイプになって働くしかないのか?これがいつまで続くのだろうと考えると気が遠くなりそう。この本では、お金の使い方について書いてある。消費する使い方とお金を価値に変える使い方。せっかく得たお金を消費するだけならば、”お金の消費+時間の消費+体力の消費=汗”となり残るのは汗だけでそれも蒸発してなくなる。金を価値へ変える使い方をすると、”お金の投入+時間の消費+体力の消費=汗+価値”となり汗といっしょに価値が残る。価値に変わったものは必要な時にお金にも変えることができる。価値が上がればその金額も上がる。汗をともなうのでストレス解消にもなる。成長、消費、右肩上がりの20世紀に終わりを告げて、低成長、リサイクルの21世紀と変わってきたが価値を生む金の使い方はお金のリサイクルだ。必要なのは情報、アイディア、価値のわかる心。もうそろそろ人間の個人の質を問われる時代に変わりつつあるのかもしれない。
つぶやきコラム(8)"雨降りの日には"(2001/06/18): 昔の記憶の中に断片的に覚えていることがある。5,6才の頃の幼稚園くらいの頃の記憶とか、ほとんど覚えていないけど、憶えている部分は記憶が鮮明だったりする。雨の日の昼に部屋の中で蛍光灯が点いていることが、何か楽しかった記憶があるす。ちょっと薄暗い外に比べて明るい部屋。”カタツムリの歌”か何か聴きながら窓の外の雨を明るい部屋から見ている、とても安らかで安心して気持ちいい感じ。雨で濡れた後に乾いたタオルで拭いた後の、風呂上りとはまた違う心地よさなのか。遠い幼稚園から雨に降られてようやく家に着いたときの安堵感、母の温もりみたいなものかもしれない。明るい家の中から土砂降りの外を見るのは、台風接近のそわそわした感じのような。そんな時の蛍光の白い光が好きなのです。だから、時に梅雨は楽しい。
つぶやきコラム(7)"足跡の無い雪の上を歩くように(その2)"(2001/06/15): いったいこれはなんだろう。と思うことがよくある。マスコミが毎日報道している田中外相のこと。マスコミは国民の代弁者だとばかり思っていたがそうではないようだ。政治家が信用できないから、敢えて辛い立場でものを言っているのか?支持率の高い小泉首相や田中外相の足を引っ張る取材やコメントの数々。司会者、担当記者、アナウンサー、解説者みんなが裏を取った話ばかりだ。マスコミの価値観が国民の価値観と違いすぎではないだろうか。政治や経済の立て直しのために国民が喜ぶ改善がされようと期待しているのに、なぜその人達の揚げ足を取るような取材に精力を傾けるのか、「この人達は裏で何をするか分からないよ」と言いたいのか、それともマスコミと現体制は表裏一体で心配なのか。さっぱり分からない。
最初の一歩の勇気、初々しい気持ちで、雪の上を歩いていった人の後にドヤドヤと汚い足跡をつけて追い回しているように見えてならない。数字と言葉の端々を主題であるような変な解釈はもう聞きたくない。そんなチャンネルは直ぐに変える。
最初の一歩の喜びや感動を味わいたい。最初の一歩を踏み出した人の気持ちを分けてもらって同じ感動を味わえればいい。金と頭脳だけで結果だけを量産してもその感動は伝わらない。旬なモノの味はその時々に何かがあるもので、その旨みを分かり合いたい。オリジナルを大事にしよう。オリジナルは進化の一部だ。二番煎じがスペックを凌駕するのは当たり前だ。だけど、オリジナルには味がある。その味を味わいたい。雪の上の美しい足跡をドヤドヤと消して、どれもこれも泥まみれにしてしまって「皆同じだバンザーイ!」といって安心しているように見えてならない。

つぶやきコラム(6)"足跡の無い雪の上を歩くように"(2001/06/14): スキーは一度しかしたことがないけど、最初に付けるシュプールは何ともいえないようで、子供の頃に雪が積もった朝に最初に足跡をつけた時の快感と同じようなもの。今年の2月頃の大雪の時に大人になってもその快感が味わえたが、まったくの自己満足の世界だ。つけた足跡は、次第に他の人の足跡で消えていく、最初の2,3人目のときはまだ残っているが、そのうちにわからなくなってしまう。人通りのない場所につけた跡は誰に発見されずに残っている。マニアックな足跡は、レアモノとして珍重される。狙いは良くても人気がなかったものは注目のないままに解けてなくなる。
先人の足跡を思い出した。最初に作った人、最初に考えた人、最初に実行した人達。いつも歩いている道ならば兎も角、勇気の一歩、人を助けるアイディアを実現した人たちの一歩も労力を忘れてしまう程の快感に違いない。その足跡の上を沢山の人たちが通ることもあれば少数の人しか通らないこともある。沢山の人が通り始めるころには、最初の一歩は忘れられてしまう。だから人間は記録を残し、賞賛して忘れないようにしている。日本ではそれも形式化しているように感じる。最初の一歩の人の記録よりも、最初の一団体の記録が残こる場合が多いようだ。最初の一団体が通り過ぎるときに小さな一歩の足跡は踏み潰され記録にのこらない。こんな笊のような目でいいのだろうかと思う。
名曲は音源として残っていく。レコード、CD、テープで残っていく。音楽は目には見えない。最近は映像に残すことも簡単になった。音楽は人のエネルギーの結晶のようなものだ。音源はそのエネルギーを残す貴重な足跡だ。

つぶやきコラム(5)"メイド・イン・ジャパン"(2001/06/13):最近メイド・イン・ジャパンが少なくなってきた。一番多いのは、メイド・イン・チャイナ。キャラクター製品、電気製品、おもちゃ、衣服などなど、殆どという位に中国製が目立つ。日本製が貴重に感じてくる。4年ほど前に買ったエレキギターのエフェクターも中国製だったが、すぐに調子が悪くなった。気に入っていたのに、気に入った頃に壊れてしまった。トラブり方が神出鬼没だったので異常なしということで返ってきた。でも最近買った○○クロのTシャツ中国製だけど生地もよくて丈夫でなかなかいい。中国製の大人向けの仮面ライダーを買ってしまった。でもちょっと不満。作りが雑だった。バンダイにクレームしなければ。だけど、メイド・イン・ジャパンを見つけると安心して買える。日本製が貴重になってきた。少し飛躍して、日本のご先祖様は中国だ。中国から来たもので直ぐに思いつくのは漢字、お箸、宗教など。箸は中国人も使う。日本人だけじゃない。中国語にはひらがなが無い変わりに漢字の略字が発達している。例えば、業の字は5画で書ける。欧米には、日本に侍がいると思っている人がいると数年前に聞いて笑ったことがるが、日本でも、中国ではまだ人民服を着ていると思っている人がいるかもしれない。隣の国の事がはっきりとよく分からない。モノの流通だけじゃなく人の交流でお互い分かり合えればと思う。音楽はいいね。ロックに言葉はいらないさ。
つぶやきコラム(4)"音楽は楽しい"(2001/06/12):音楽の世界はやればやるほどわからない。試験勉強で育ってきた僕たちには何かの指標や点数がないと落ち着かないせいなのか、自分が上手いのか下手なのか(下手なんだけど)は、点数じゃない。人に何かを伝える時に上手くやろうとすると、上手くやろうとしてることが伝わっているようで、気持ちを伝える域にはなかなか行けない。坂本龍一の地雷撲滅CDのドキュメンタリーテレビを見て驚いたのは、アフリカのダンスとのセッションだった。始めはニューヨーク最先端のリズムがしょぼい顔されて困っていたが、試行錯誤の末にダンサーに笑顔が飛び出して完全に打ち解けた。そして音楽で分かり合えたとき喜びが生まれた。喜怒哀楽という感情をきちんと伝えられることは人間にとって楽しいに違いない。暗黙のタブーの殻を剥いで幸せを感じたいな。
つぶやきコラム(3)アナログな音の再発見
最近フリーマーケットでレアもの探しが趣味になってしまった。すぐに音楽関係に足が向いてレコードを一枚ずつチェックする。中学高校と寮生活だったので音楽を聴きたくても聴けなかった。その時の欲求が満たされずにまだ残っているよだ。昔買えなかったレコードを見つけたときの快感はたまらない。レアものを見つけたときにはオークションに出品してコレクターに譲っている。
レコードといえば、アナログなのであるが、家に残っているレコードプレイヤーで鳴らしてみると、CDとはやはり別物の音がしてくる。昔、初めて洋楽のレコードを聞いたときに感じた静寂の闇。闇の向うに魔物が住んでるような不気味さを感じたものだが、音と静寂の間が限りなく深いような、それを思い出す。CDを始めて聴いた時に感じた闇は、箱の中に閉じ込められたように閉ざされたものに感じた。音作りも含めて今のデジタルの音色に慣れてしまった耳にはレコードは繊細に聞こえる。
アナログと言えば、レコードだが、もう1つ忘れてならないカセットテープがある。これならば今でもカセットデッキで簡単に聴くことができる。それが、またいい音がする。レコードからダビングしたテープとは訳が違う。そう思ったときにカセットテープがとても貴重なモノに思えてきた。カセットテープは磁気の劣化で音が悪くなるというが、10年、20年位はどうってことないっじゃないかな。レコードやCDに隠れた存在のカセットテープは貴重なアナログ音源だなと思う今日この頃でした。(2001/06/09)
つぶやきコラム(2)ひどい事件が起ってしまった。
大阪の小学校で無差別に教師と児童が殺害されるという凶悪な事件がまた起きてしまった。可愛い子供たちの写真が痛ましかった。胸が傷むばかりだ。こんな事件は、沢山の人たちの運命を巻き込む。被害者とその家族や周辺の人たち、加害者とその家族知り合いそして周辺の人たち、学校関係者、警察官、検察官、弁護士、マスコミ、病院で治療する医師、看護婦、病院関係者、子供たちの精神的ケアをする医師や専門家、近所の人達、テレビ局の番組スタッフ、番組出演者、新聞関係者、出版社、テレビを見る人達、新聞を読む人達、週刊誌を読む人、人伝いに聞く人達。事件を中心にして波紋が広がるように人伝いに影響を受けていく。中心近くににいる人々は、傷ついたり、心労を強いられたりその影響を強く受ける。中心地点で発生した波紋は弱まりながら周辺へ広がって最終短までたどり着く。そして、今度は静かな波が、中心へ向かって逆行し始め、遂には再び中心でピークを結ぶ。法の裁きだけでない、人間の心の叫びが中心で像を結び、その反動の大きさによる裁きを加えて欲しいと願うばかりだ。(2001/06/08)
つぶやきコラム(1)迷い犬がやってきた
先日、迷い犬が近所にやってきた。「クイーッ!」と、どこからともなく犬の頼りない遠吠えが聞こえてくるので、家族でいって見ると林の中に犬がいた。病気しているらしかった。おとなしかったので犬の苦手な私でも大丈夫だった。蚊がたくさん寄ってくる。味噌汁めしをやってみた。ガタガタ震えて痩せているくせによく食べる。猫飯が好き?これは、飼い犬だったに違いない。撫でてあげるとじっとする。しばらく何も食わず、さ迷っていたようだ。相当臭い。でも憎めない。毛が抜けて病気のようだ。けど、よく見ると、かわいいのだ。飯を食べさせてほおっておいたが、近くをうろうろするばかり。

直に姿が見えなくなったが、昼過ぎにまた姿を現した。どうやら目が見えないらしい。子供たちはもう名前を付けていた。何か事情があるに違いなかった。こんなに大人しくて、人を怖がらず、警戒心のない犬を見過ごせなかった。でも、どうしようもなかった。獣医にも電話したが、動物センターに頼むしかなかった。だけど、その日は5時を過ぎても預かりにとうとう来なかった。困りに困った。うちはマンションなのだ。夕ご飯も食べさせた。けど落ち着かず、仮家のダンボールにも大人しく入らない。目が見えないのにクンクン嗅ぎまわって、何かを探している。飼い主か自分の家か。可愛そうだけど山へ放そうと、山に近い原っぱへ連れて行った。でも、かぎ回った歩き回るばかり。遠くへ行ってくれ、そして、そのままバイバイしよう。だめだめ、そっちは崖だぞ。落ちるぞ。こっちへ来いと引き戻す。遠くで見ると益々可愛い犬だ。毛が抜けていてわからないが、きっといい犬に違いなかった。残った毛の首もとに首輪の後があるような。30分ほど見てたけど、結局は、また、かかえてうちの前に戻ってきた。

ああ、どうしよう。一応ダンボールとタオル新聞紙だけは用意してある。子供たちの目は率直だ、そういえば「ゴミステーションで買えば」と言っていた。家内に聞いた「燃えるゴミ、燃えないゴミのごみ出し日はいつ?」燃えないごみの方にした。ゴミステーションはきれいだ。ダンボールにバスタオル新聞紙、おもちゃのボールを持って檻のようなゴミステーションへ入る。ちょうどいい広さだ。ダンボールを置いて犬を入れてみた。今度は大人しく入って丸くなって寝る体勢。お前は、散歩に言ってきたつもりだったのか。俺と一緒に。犬の生活のリズムが掴めた気がした。掴んでどうする。俺はこの犬を動物管理センターに預けるしかないのだ。だけど、もう今夜は大丈夫だ。明日の朝また散歩に行こうな。妻の心配をよそに、案の定無事に夜を越した。ワンちゃんに朝食を、昨日と同じ猫まんまをペロリ。ガタガタ震えてはいるが、すっかり元気になったなおい。じゃー、散歩に、行こう。今日はちょっと近い公園を歩いたが不満足のよう。じゃ、また昨日と同じ広い原っぱへ、ちょっと遠いけど、かかえてでっこらしょ。いっしょに歩き回ること20分程度、もう満足したのか、犬があの頼りない遠吠えを始めた。そうか、そうか、帰るか、のどがわかいたろう。また、かかえて戻る。ワンちゃんを”おうち”に置いて家へ水を汲みに行った。

さあ、飲ませようと戻っていると、白い車に見慣れぬ人たち。あー、来たか。犬を預かりに。「ちょっと待ってくださいと、今散歩から帰ったとこなので、水をあげてから」でも、飲まなかった。あー、あの遠吠えは。あんたは、わかっていたのかい?何とも悲しいお別れだった。悲しくて、切なくて、妻に涙は見せられぬ。

そうです。続きがあるんです。私が預けたその先は、数日間のお預かりの後に犬の処分が待っている。あずけた翌日のこと。近所の奥さんが尋ね犬の張り紙を見たらしく「○○犬と書いてあったけど、あの犬は違ってたよね。」と言っていたと妻が言う。毛が抜けていたし、犬に詳しくないので種類がわからない。「○○犬かー?」インターネットでとにかくその犬の種類の写真を調べた。「これだー!」似ても似つかないけど、耳の形や顔の形。遠くから見た感じこれに間違いなかった。「これだ間違いない。○○犬だー!」他の特徴、老犬、目が見えない、毛が抜けている。全部一致した。直ぐに動物センターに電話。1日2日の間では絶対に処分しないとのこと。間に合った。力が抜けて、涙が出るのをこらえていた(子供や妻に見せられるものか)。よかった。あんなに人になついて、かわいい犬を処分するしかなかった状況がとてもつらかったから。飼い主に電話したら涙がでそうだったので、妻にしてもらった。連絡が取れて、ワンちゃんは、翌日に無事に家にもどったとわざわざ挨拶に来てくださった。もう長く病気していて病院にかかっていたらしく。目が見えないのでいつの間にか迷子になってさ迷っていたらしい。人騒がせな、人泣かせな、ハッピーエンドな犬騒動だった。よかった。よかった。(2001/06/07)