しかし、それでもやはり何かを書くという段になると、いつも絶望的な気分に襲われることになった。僕に書くことのできる領域はあまりにも限られたものだったからだ。
「風の歌を聴け」/ 村上春樹



とりとめもなく身辺雑記のようなものを書き綴ってみようと思います。


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5月26日
 キース・ジャレット(1)をupしました。彼のソロ・アルバム以外で好きなものを紹介しています。(2)では、手持ちのソロ・アルバムを、短評を付けて紹介しようと思っています。『晩夏』の後、もう1冊、平静な本をということでヘッセの『ペーター・カーメンツィント(郷愁)』(英訳版)を再読しています。

『晩夏』(1857)

 
 オーストリアの国民的作家と言われるアーダベルト・シュティフター(1805-1868)の『晩夏』を読みました。2段組で500ページ近い彼の最大の作品です。個人的にはたいへん気に入りました。ただ、この作品については、当時ですら、劇作家ヘッベルから「この小説を終わりまで読み通した人にはポーランドの王冠を進呈しよう」と酷評され、有名だが読まれることの少ない書物として知られていて、まるで『失われた時を求めて』のようだけどプルーストのようには評価されていないのは、『失われた時を求めて』を始めとする世の傑作とされる作品が必ず持っている"毒"が、この作品には希薄だからだと思います。ただ、哲学者ニーチェは、「繰り返し読むに値するドイツ文学の宝である」と推賞していて、僕自身は、詩人リルケが、"世界でもっとも急ぐことがなく、もっとも均斉がとれた、最も平静な書物の一つ"と評しているのが、ぴったりくるような気がしています。
 主人公のハインリヒは、資力ある家に生まれ、特定の専門に偏らず様々な分野の学問(自然科学・文学・美術・語学など)を広く独力で学び、教養を積むことにより人間形成を行なおうとします。彼は旅行の途上で偶然立ち寄り、その後は頻繁に訪れることになる"薔薇の家"の主人リ−ザハ男爵より大きな感化を受けることにより、さらに人間的に成長していきます。薔薇の家には、かつてリ−ザハ男爵と深い関わりのあった婦人マティルデとその娘ナターリエも定期的に訪れ、やがてハインリヒとナターリエの間には、愛が芽生えるのでした。

 シュティフターの他の作品を読んだことはありませんが、彼は晩年に至って、自らの理想とする生活を作品の形として残したいと考え、その結果として生まれたのが『晩夏』なのではという気がします。ちょうど、ギッシングが、彼が夢見る理想の隠棲生活を『ヘンリ・ライクロフトの私記』として著わしたように。この小説の中では、様々な事柄に関する作者の見識が登場人物たちにより語られますが、ハインリヒの父とリーザハ男爵から繰り返し述べられる人生についての以下の見解が作者のもっとも伝えたい点なのではと思います。

 
 
人間はまず人間社会のためにではなくて、自分自身のためにあるのだ。そして各人が自己自身のために最良のあり方で存在するとき、人間社会のためにもまた最良の存在となる。(ハインリヒの父の言葉)

 人間は人生の道を、自分自身のために、自分の能力を完全に発揮するために選ぶべきであります。それによって、その人なりに全体のために最もよく奉仕する結果になるのです。(リーザハ男爵の言葉)

 
19世紀に生まれて、資産があって、時間も十分あるけど娯楽に乏しい田舎に暮らしたら、といったシュミレーション小説として読んでも面白いかもしれません。僕の場合、本が好きなだけ読めるのはいいけど(図書室と閲覧室まである)、好きな時に音楽が聴けないのは(エジソンの蓄音機の発明は1877年)音楽中毒者としてきついので、資産と時間がなくても現代の方がいいといったところでしょうか。


 
家の主人はマティルデの薔薇の部屋に案内して、この部屋にある絵を見せてくれた。小さな絵が4枚かかっているが、2枚はティツィアーノで、1枚はドメニキーノ、1枚はグイード・レーニである。彼が持っている絵の中でもっとも美しいものだった。見れば見るほどますます心をひかれた。

ティツィアーノ(1485-1576)の作品 : 画像をクリックすると拡大画像が見られます。


フローラ(1520年頃)
80×35cm 油彩

バッコスとアリアドネ(1520−23年頃)
175cm×190cm 油彩
 


5月18日
 
ペーパーバックに、「カズオ・イシグロ」の『Remains of the Day/ 日の名残り』と、最新作『When We were Orphans/ わたしたちが孤児だったころ』を追加しました。『日の名残り』の映画を観たので、これでやっと『ハンニバル』を観ることができます。といっても、近所ではもう公開が終わってしまったので、ビデオを待つしかないようです。久しぶりに、福永さんの短篇の紹介を進めました。図書館から借りてきたシュティフターの『晩夏』を読み始めています。

『密やかな結晶』(1994)/ 小川洋子

 
あなたの心を両手にのせて眺めることができたらどんなだろうって、時々想像するんです。

 物の実体と記憶がひとつずつ消えていく島に暮らす小説家の女性により語られる物語です。島の住民は、朝、起きたときに、いつもとは違う感覚があり、またひとつものの記憶が消えていることを感知します。消えていったのは、バラの花であり、鳥であり、カレンダーであったりします。バラの花が消えた時には、花びらがいっせいに落ち川を下って海に流れて行きました。

 
花びらはどれもまだ枯れてはいなかった。それどころか、冷たい水に濡れたせいで、バラの花だった時よりもつやつやと鮮やかに見えた。そして香りは、川面を漂う朝霧に溶けて、息苦しいくらいに立ち昇っていた。
 見渡せる限り、全部が花びらだった。すくい上げたところだけ、一瞬水面がのぞいたけれど、すぐにまた花びらが押し寄せてきた。一枚一枚が催眠術にかかって、海に吸い寄せられているかのようだった。

 住民の中には、失われたものの記憶を失わずにすむ人たちもいて(彼女の母がそうだった)、秘密警察は彼らを捜索し、連行して行きます。彼女の小説の編集者が、そんなひとりであることがわかり、彼女は彼をかくまうことになります。このメインのストーリーと並行して彼女が書きつつある小説が語られますが、こちらのほうは声を奪われたタイピストの物語です。
 現実の物語にせよ挿話にせよ、ものとか記憶とかが失われていく世界が描かれていますが、人々は諦念をともなった悲しみを感じながらも表面上は穏やかに周囲の変化に対応しているようで、小川さんの小説に特有のひんやりとした感覚が印象的な作品です。イメージとして最近気に入っているクノップフの風景画が合うのでは。この機会に『余白の愛』を、読み返してみようと思っています。

 
あなたの心が感じるものには、ぬくもりと安らぎとみずみずしさと音と香りがあふれているけれど、わたしの心はどんどん凍りついてゆくだけ。いつか粉々に砕けて、氷の粒になって、手の届かないところで溶けてしまうの。




講談社文庫 '99初版


みすてられた町(1904)/ クノップフ
画像クリックで拡大画像を参照できます。


5月10日
 
ペーパーバック紹介に「アン・タイラー」を追加しました。リンク集に「演劇企画集団 Toshizouプロデュース」とろすちゃさんの「世界の果ての図書館」を追加しました。『Kitchen』/吉本ばななをペーパーバックで読んで、Kazuo Ishiguroの最近作『When We were Orphans』(2000)を読んでいます。

○『西行花伝』(1995)/ 辻邦生

 
風になびく富士の煙(けぶり)の空に消えて行方も知らぬわが思ひかな

 辻さん晩年の畢生の作品です。歌人西行(1118-1190)の73年の生涯を描いた作品ですが、歌を媒介として語られる西行の芸術観、世界観は西行自身のものというよりは、西行に託した辻さんのそれと言ってよく、この作品は間違いなく辻さんの創作活動の集大成として位置づけられるのでは、と思います。
 西行は23歳で出家する前は佐藤義清(のりきよ)といい、鳥羽院の北面の武士に任ぜられた当時のいわばエリートであり、同時期に平清盛も仲間だったとの事。北面の武士となるには、武術に秀でていることは勿論、眉目秀麗で詩歌管絃に堪能であることが条件でした。西行が出家した時、彼には妻子があり、その出家の理由が色々と推測されていますが、辻さんはその大きなものとして、歌への専念、従兄弟の突然の死による無常観、そして鳥羽院の寵愛を受けていた中宮の待賢門院へのかなわぬ愛の為としています。出家したといっても全くの隠棲というわけでもなく、晩年に至るまで時の権力者とも交流があったようで、戦乱時のライフスタイルとしてなかなか興味深い人物です。
 西行の(辻さんの)歌に対する考えが述べられた個所から引用してみたいと思いますが、まず鳥羽院に北面の勤務の退任を申し出る際の言葉から;

 
この世の花は虚妄の花でございます。この世の月も虚妄の月でございます。それを知らずに月花を歌に詠んでみても、虚妄な文字をそこに加えるにすぎません。歌詠みはこの世の花が虚妄に咲き、この世の月が虚妄に輝くことを知りぬかなければなりません。すべては虚空の中に、はかなく漂うにすぎないのでございます。それを思い窮(きわ)め、虚空を生き切るのでございます。すると、そこに、漂うものとして、この世が見えて参ります。花があり、月があり、雪があるのが見えて参ります。これはただの雪月花ではございません。懐かしく、やさしく、この世を慰めるものとして現出(あらわ)れてきた真如不壊(ふえ)の実在(もの)でございます。歌詠みが花と言い、月と言うとき、それは真如の花であり、真如の月なのでございます。

 そして別のところでは、西行が説いたのは、"真に己を捨て、己が透明になるとき、己は花であり、月であり、海なのである。それは言葉で言うことではなく、全身で、実際に、そうなることであった。"ということだけともいえる、と書いています。
 歌の働きとは何かについて;

 
私は花散る哀傷に深く親しんだし、月の澄む冬の夜の凄さに地の果てに立つ荒涼とした孤独の思いを噛みしめた。歌とは、そうした懐かしさ、晴れやかさ、喜び、花への憧れ、恋の切なさ、夕暮の寂寥感(さびしさ)、憂愁(うれい)、幽玄、遠白い静寂、掾iろう)たけた優婉(ゆうえん)さ、時間(とき)の悠久な思いなどを心に喚(よ)び起し、それを現実以上の、色濃い心の事実として、この身に体験させるものなのだ。人の心の萎(な)えたとき、望みを失った夜、無感動の中で鈍く心が生命力(いのち)を低下させてゆく日々、人は歌に触れ、その中に色濃く秘められた物の歓喜(よろこび)に、新鮮な山風に吹かれるように、はっとして、生命を取り戻すのである。

 ここでは、歌と言っているけれど、辻さんは歌に託して、あらゆる美なり芸術についての思いを述べているのだと解釈していいと思います。
 

○『西行』(1942)/ 小林秀雄
 この機会に久しぶりに小林さんの批評を読み返してみました。文庫本でほんの15ページほどの短いものだけど、中身はもちろん濃いし、なんといっても小林さんのイキのいい文章は読んでいて、とても気持ちがいいです。たとえば西行の出家に関するこんな個所;
 
西行は何故出家したか、幸いその原因については、大いに研究の余地があるらしく、西行研究家達は多忙なのであるが、僕には、興味のない事だ。凡(およ)そ詩人を解するには、その努めて現そうとしたところを極めるがよろしく、努めて忘れようとし隠そうとしたところを詮索したとて、何が得られるものではない。保延六年に、原因不明の出家をし、行方不明の歌をひねった幾十幾百の人々の数の中に西行も埋めて置こう。彼が忘れようとしたところを彼とともに素直に忘れよう。僕等は厭(いや)でも、月並みな原因から非凡な結果を生み得た詩人の生得の力に想いを致すであろう。

 どの個所を読んでも小林さんの慧眼に触れないではいられないほどだけど、大胆に切り取ってみると小林さんの捉えた西行像が浮かび上がってくるのではないか;

 
心理の上の遊戯を交えず、理性による烈しく苦い内省が、そのまま直(じ)かに放胆な歌となって現れようとは、彼以前の何人も考え及ばぬところであった。彼の様に、はっきりと見、はっきりと思ったところを素直に歌った歌人は、万葉の幾人かの歌人以来ないのである。

 即興は彼の技法の命であって、放胆に自在に、平凡な言葉も陳腐な語法も平気で馳駆(ちく)した。自ら頼むところが深く一貫していたからである。さすがに芭蕉の慧眼は、「其細き一筋」を看破していた。「ただ釈阿西行のことばのみ、かりそめに云ひちらされしあだなるたはぶれごとも、あはれなる所多し」

 僕は彼の空前の独創性に何等曖昧なものを認めない。彼は、歌の世界に、人間孤独の観念を、新たに導き入れ、これを縦横に歌いきった人である。孤独は西行の生得の宝であって、出家も遁世も、これを護持する為に便利だった生活の様式に過ぎなかったと言っても過言ではないと思う。

 
西行の歌については、"とても好き"というくらいしか言えないけど、自らが求めるものを見究め、その目的に向かって、周囲の状況に惑わされずに邁進したその生き様にはインパクトを受けます。



『西行花伝』
 / 辻邦生
新潮文庫 '99初版

『モオツァルト・無常ということ』
(『西行』を収録)/小林秀雄
新潮文庫 '61初版



西行作の好きな短歌については、
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5月3日
 
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