6月25日 「指輪物語」3部作の完結篇「王の帰還」の紹介を追加しました。「王の帰還」に付いている補遺(Appendix)の年表によると、「ホビットの冒険」、「指輪物語」は、ミドル・アースの歴史上、第3紀(The Third Age)の2941年(ガンダルフがビルボを旅に誘い、旅の途中でビルボがゴクリから指輪を奪う)から3020年までの出来事であることがわかります。年表には、仲間たちのその後についても載っていて、たとえばサムは、その後7期にわたる長い期間(最後は96歳になっている)、ホビット庄長を務めています。 次回紹介のトールキンの「シルマリルの物語 Silmarillion」は指輪戦争より数千年以前の第1紀(The First Age)を舞台にしているようです。 ○「明暗」/夏目漱石 ![]() 漱石の死によって中断された彼の最後の長編小説です。久しぶりに読み返したのだけど、今回は未完の部分を書き継いだ水村美苗さんの小説「続・明暗」を読む前段階として、自分でも小説の今後の展開を推理してみようと思いながら読んだこともあって、とても面白かった。 会社員の津田と妻のお延は結婚してまだ半年あまりだった。津田には、お延を知る前に、突然彼から去っていった恋人、清子がいたが、津田はまだ彼女に未練があった。夫の気持ちが自分の上にはないことを感じとったお延は、そんな夫の過去の秘密を知ろうと躍起になる。津田は痔の手術のため入院することになり、入院中の彼のもとには、津田と清子の過去を知る妹のお秀や会社の上司である吉川の夫人や、友人の小林などが訪れ、それぞれ波紋を残していく。そして吉川夫人の画策により津田は養生の名目で、温泉で療養中の清子に会いに行くことになる。再会した二人は、午後一緒に滝への散歩に出ることになった(ここで中断)。 漱石は女性を描くのがこんなに上手かったんだろうか。お延にしろ、お秀にしろ、実に生き生きと行動したり、しゃべったりで、とりわけお延の個性が際立っていて、この小説を "若妻お延の奮闘記"といったものにしています。 夫の津田は30歳、インテリではあるが、手前勝手な男として描かれています。お延は7歳下ですが、彼女には、恋愛で一緒になったのだから、周囲に対しても自分自身にとっても幸せにならずにはおくものかといった決意がみなぎっています。 「誰でも構わない、自分のこうと思い込んだ人をあくまで愛する事によって、その人にあくまで自分を愛させなければやまない」 彼女は此所(ここ)まで行く事を改めて心に誓った。此所まで行って落ち着くことを自分の意志に命令した。 実にお延は意志の人なのでした。津田の妹のお秀は器量がいいのを見込まれて資産家に嫁いでいますが、子どもがいて、舅や姑やらがいて、夫も外で遊んでいたりして、兄貴夫婦が二人きりで仲良くしているように見えて、しゃくにさわるらしい。 「嫂(ねえ)さんをお貰(もら)いになる前の兄さんと、嫂さんをお貰いになった後の兄さんとは、まるで違っています。誰が見たって別の人です」 「嫂さんと一所になる前の兄さんは、もっと正直でした。少なくとももっと淡泊でした。...」 「兄さんは嫂さんに自由にされています。お父さんや、お母さんや、私などよりも嫂さんを大事にしています」 などと津田に八つ当たりするのですが、彼女の真の標的はお延なので、お延は津田の秘密を知って彼の気持ちを自分に向けさせることだけでなく、お秀や吉川夫人が代表する世間とも戦わなくてはなりません。 「今日解決が出来なければ、明日解決するより外に仕方がない。明日解決が出来なければ明後日解決するより外に仕方がない。明後日解決が出来なければ......」 これが彼女の論法(ロジック)であった。また希望であった。最後の決心であった。 思わず「風と共に去りぬ」のヒロインを思い浮かべてしまいそうだけど、漱石はジェーン・オースティンを理想と仰いていたようで、お延には「高慢と偏見」のエリザベスに重なる部分があるようです。彼女は才知の点ではエリザベスに及ばないにしても、それを補って余りある情熱的な意志で、自ら信じる幸福への道を切り開いて欲しい。 ○「明暗」の結末の推理 有名な作品であり、多くの作家、批評家により、その結末について議論されていますが、手元にある本でチェックしたみたところでは以下のようでした。
6月16日 "児童文学の名作をペーパーバックで"のコーナー第2弾は、「チョコレート工場の秘密/ロアルド・ダール」で原作と映画化作品の紹介を追加しました。次回はこれも名作の「トムは真夜中の庭で(1958)/ フィリッパ・ピアス」の予定です。 ○「風のジャクリーヌ A Genius in the Family」/ヒラリー、ピアス・デュ・プレ共著 ジャクリーヌ・デュ・プレ(1945−1987)の実姉・弟の共著で、多発性硬化症という進行性全身麻痺の不治の病により42歳で亡くなったイギリスの天才女性チェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレの短い生涯を身近な家族の視点でとらえた作品で、とくに姉の夫を巡るエピソードがスキャンダラスな話題になりました。 ジャクリーヌ・デュ・プレには関心があったけど、このエピソードにうんざりして、ずっと読みませんでした。"うんざり"とは、ジャクリーヌ本人に対する幻滅ではなくて、何で家族である著者がそういうことを白日の下にさらけ出さなければいけないんだろうという憤りの気持ちです。図書館にあったので思い切って読んでみて、そういった気持ちは拭いきれませんでしたが、原題の「A Genius in the Family 家族に天才がいたら」が示すように、常人には測りがたい天才性の発露とか、身近な天才を目の前にしての自分の才能に絶望する姉の姿などが印象的でした。 才能あるピアニストである母と、音楽には無縁の会計士の父の間には2人の娘(姉ヒラリー、妹ジャクリーヌ)と息子ピアスがいました。姉は小さい時からピアノの才能を発揮しますが、ジャクリーヌが5歳でチェロを始めるや、周囲は彼女の才能に圧倒され、母はジャクリーヌにつきっきりとなり、残された姉弟は母の愛に飢え、"特別な"妹に比較され、とくに姉は同じ音楽に自分の未来を託そうとしていたので絶望感は深かったのでした。 ヒラリー11歳、ジャクリーヌが8歳の時に参加したフェスティバルで、姉妹そろってピアノ、チェロ部門で優勝しますが、その披露コンサートで、聴衆の注目はジャクリーヌに集中します。 その場のすべての視線、すべての注意がジャッキーひとりに向けられていた。それまでジャッキーと私はなんでも一緒にやってきたのに、今、ふたりはこんなに隔てられている。悲しみで胸が張り裂けそうだった。 (中略) あの日以来、ジャッキーのことを以前にも増して意識するようになった。それは同時に、私自身の才能の限界に気づくことでもあった。私は羨望と落胆の攻撃から身を守る方法を学びつつも、『私は成功できないのではないか、上手になれないのではないか』と恐れるようになった。しかし心の奥底では、すでにジャッキーが私より遥かに先を行っていて、けっしてもう追いつけないことを知っていた。 1961年、ジャクリーヌは16歳でプロの演奏家としてデビュー、圧倒的な成功を収めます。しかし、ジャクリーヌと同じく天才のピアニスト、ダニエル・バレンボイム(8歳でモーツアルトのピアノ協奏曲をオーケストラと共演している)と '67年に結婚するころから彼女には発病の兆候があったようで、それもあってか精神状態が極度に不安定となっていきます。 病気の進行に伴い、次第にチェロを弾けなくなってしまうジャクリーヌの苦悩を思うと胸が痛みます。しかしながら1973年に演奏活動を断念した後も、彼女自身は最後まで病気に屈することなく積極的に生き抜く強靭さがあり、その生き様にも感銘を受けました。 私は弾きたい曲はすべて弾き、尊敬する人々と共演しました。そういう意味で、やり残したことはないのです。だから、ふり返って「あぁ、どうしてまだスタートもしてないのに、こんなことになってしまったの?」と悔しがらなくてもすむのです。私はすでに数年間、充実した音楽家の生活を経験しました。もちろん、もうチェロを弾くことができないのはとても悲しいのですが、教師として新しいキャリアに踏み出す心の準備は整っているのです。 (「風のジャクリーヌ」より。1976年6月、BBCラジオ制作のジャクリーヌについてのドキュメンタリーでの言葉) 以前BSで放映された「ジャクリーヌ・デュ・プレ エルガーを弾く」というドキュメンタリー番組を録画していて、久しぶりに見直しました。このドキュメンタリーでは、絶頂期だった '67年当時のジャクリーヌ本人と彼女の周囲の人々(両親、バレンボイム、指揮者バルビローリ、師のウィリアムス・プリースなど)へのインタビューとエルガーの協奏曲の全曲の演奏(指揮はバレンボイム)、'82年車椅子のジャクリーヌが生徒のためにエルガーの協奏曲の運指を口述している様子、それに少女時代に母のピアノと共演しているシーンなどが収録されていて興味深いものでした(ヒラリーとピアスの姉弟は一度も登場しなかった)。とりわけ、彼女の最も重要なレパートリーだったエルガーのチェロ協奏曲の急速パッセージでの躍動、緩徐楽章での悲哀を全身で表現している彼女の演奏から受ける感動は比類がないものです。 「風のジャクリーヌ」の訳者である高月園子さんが、あとがきの中で、'98年に原作者ヒラリーと夫のキーファーにインタビューをする機会を得て、ロンドンで会ったときの印象について述べています。ヒラリーについては、"実に暖かい素朴な印象を与える女性"で会うなり好きになったのに対し、一方キーファーは"どうしても好きになれなかった"と書いていますが、本書を読んだときの僕自身の印象もそれに近いものだったこともあって、スキャンダラスなエピソードの取り扱いについてはキーファーの意志が強く働いているのではないかという気がしています。ちなみにキーファー自身もかつて王立音楽院で学んだチェリストであったとのことです(その後、指揮に転向)。 ○(映画)ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ/Hilary and Jackie '98 英 原題が示すように、ヒラリーとジャッキー、精神的に強い絆で結ばれた姉妹の生き方を対照させ描いた作品です。邦題からはジャクリーヌ・デュ・プレの伝記映画のようにみなされそうですが、原作とも事実とも異なる部分が結構あるので、原作にインスパイアされた独立した映画作品として考えたほうがいいのではないかと思います。 ヒラリーは妹の圧倒的な才能を目の前にして、フルート演奏家としてやっていく自信を無くし、キーファーから求婚された事を機に、プロの道を断念し、キーファーとの家庭を築くことを選択します。一方のジャッキーは大成功のデビュー・リサイタル以来、着実に演奏家としてのキャリアを積み重ね、忙しい海外公演の日程を消化していましたが、家族と離れて暮らす日々に孤独感をつのらせていました。そんな折、パーティーで知り合ったピアニスト、ダニーとの恋に落ち、結婚します。結婚後も変わらないハード・スケジュールと発病の兆候にジャッキーは精神のバランスを崩し、ダニーにも告げずにヒラリーが夫、子供たちと住む田舎の家に逃避します。そして心の回復のために夫の愛を求めるジャッキーにヒラリーは苦悩の決断をします。 体の自由が利かなくなる病の兆候にジャッキーは、自分の才能ゆえに愛してくれた人々が自分から去ってしまうのではないかという恐怖に独りでは打ち勝つことができず、今まで無条件に自分を愛してくれた姉に最後の救いを求めたのだと思います。ヒラリーの夫の愛を求めたのも、無意識にヒラリーの自分への愛の深さを試そうとしたものなのかもしれません。ヒラリーが、キーファーに求婚された事をジャッキーに告げる場面で、姉が奪われることを望まないジャッキーがヒラリーに冷たい口調で、"You're not special."と言っていますが、ジャッキーが自身の持つ才能の故に、"special" であることが愛される条件であると信じたための悲劇だと言えるのではないかとも思えます。 冒頭に書いたように、この映画の中でのジャッキーは、演奏家としてのキャリア、発病から晩年の闘病の表面的な経緯は概ね"ほんとう"であるにしても、他の部分はあくまでフィクションとみなすべきだと思っています。晩年、勇気をもって病に立ち向かい、同じ病と闘う多くの人々にとって大きな精神的な支えとなったジャクリーヌ・デュ・プレの姿を見失ってはいけないと思うから。現役演奏家を引退後の彼女は、後進の指導に注力し、4等勲章、5つの大学の博士号を授与され、'80年には最も活躍した音楽家の候補に挙げられています。 6月7日 「からくりからくさ」/梨木香歩 のところで紹介したサイト「染織フランネル」にリンクさせていただきました。管理人さんも、大の福永武彦ファンで、そしてハリー・ポッターもお好きとのことで、うれしい符合でした。 ポッターは、第3作「アズカバンの囚人」を追加しました。今までの中では一番面白かった。ミステリー要素も強いシリーズなので紹介に苦労してます。翻訳版が10月に刊行される予定の第4作「炎のゴブレット」の紹介も今月中にはアップしたいと思っています。 ペーパーバックでは、ミルハウザーの「In the Penny Arcade」を読み、ヴォネガットの「Cat's cradle 猫のゆりかご」を再読し、クリスティの「Death on the Nile ナイルに死す」を読んでいます。 オースティンの「説得」の映画化作品「待ち焦がれて」の紹介、70's J−POPでは石川セリの3アルバムを紹介しました。セリさんのAORカヴァー・アルバム「Never letting go」などおすすめです。次回はYMOを紹介の予定ですが、気が変わるかもしれません。 発表会に向けてのピアノの練習で更新が遅れ、紹介する本が溜まってしまったので、この機会にずっと積読だった「続・明暗」/水村美苗 を読もうと思っています。夏目漱石最後の未完の長編「明暗」を書き継いだ作品で、発表当時には随分と話題になりました。まず漱石を読み直してからと思っていて、今までなかなか手がつかなかったのでした。 水村美苗さんは帰国子女作家で、僕は昨年読んだ英語混じりの横書き小説「私小説 from left to right」にすごく感銘を受けて、いっぺんにファンになったんですが、日米の文化をクロスオーバーする感覚は実に新鮮でした。 「私小説」の語り手である美苗は12歳で渡米し滞在20年目を迎えた大学院生ですが、やはりアメリカで暮している姉の奈苗との電話での会話の中で、美苗は日本語で小説を書きたいのだと話します。 ― Well, have you ever tried writing things in Japanese? 奈苗は今は真剣な声で訊いた。 ― ないけど書けると思う。 ― 書いたことがなくて書けるものなの? ― 書けると思う ― 漱石みたいにだって書ける。 ― Jesus. 烟(けむり)をはく長い息の音がまた受話器の向こうに聞こえた。 だって文学などというものは、つきつめれば、今ここに見えないものへのあこがれる心の深さで書くものなのではないのだろうか。あこがれる心の深さだけなら、私は山を動かすくらい持ち合わせているように思えた。 「私小説 from left to right」/水村美苗 そういえば、J−POPでもザ・ブリリアントグリーンの智子さんやラブ・サイケデリコのKUMIさん(こちらも帰国子女)などが英語オンリーや英語混じりの自作の歌詞で歌っているけど、英語に限らず言葉を操る能力はやはり女性のほうが優れているんだろうな。彼女らにがんばってもらって、文学でもポップスでも世界を席捲してもらいたいものです。 文学が面白く読めるというのは、「幸福」を知るということと同じです。... 「手紙、栞(しおり)を添えて」/水村美苗(辻邦生との共著) 文学だけでなく、音楽でも何でも面白く味わえれば、それだけで僕は幸福なんです。 |
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