しかし、それでもやはり何かを書くという段になると、いつも絶望的な気分に襲われることになった。僕に書くことのできる領域はあまりにも限られたものだったからだ。
「風の歌を聴け」/ 村上春樹


とりとめもなく身辺雑記のようなものを書き綴ってみようと思います。

過去の雑記
'00 11月 12月 
'01 1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月  '01 8月  9月  10月  11月 12月
'02 1月  2月  3月  4月

全画面表示  フレーム表示
'02 5月


5月18日
 いらさんの映画と音楽のサイト「のうてんき いらるん」のリンクを追加しました。いらさんの文章が醸(かも)し出している親密な雰囲気がとても心地よくて、映画の好みの傾向もそうだけど、ビル・エヴァンスザ・バンドが大好きということなど、僕の趣味に共通点が多くて、うれしいサイトです。

 70's J-POP アルバム紹介第1弾として、井上陽水の『センチメンタル』('72)と『氷の世界』('73)をアップしました。ユーミンの『ひこうき雲』('73)と『MISSLIM』('74)とともに、僕にとって、J−POP(あの頃はニューミュージックと呼んでいた)を聴き始めるきっかけとなったアルバムで、それぞれが70年代でとくに好きなJ−POP アルバムの1枚です。'73年〜'74年は、ジャズ喫茶に入り浸っていた時期でもあったんだけど、同時代のジャズ・シーンは、主流派は停滞気味で、フュージョンへと向かい、'75年にはマイルスが活動を休止してしまうということもあって、徐々にジャズ黄金期だった'50〜'60年代に僕の関心が移っていった時期でした。

 ペーパーバックでは、指輪物語の最終巻「王の帰還」とロアルド・ダールの「チョコレート工場の秘密」を読み、今は「In the Penny Arcade」/スティーヴン・ミルハウザー を読んでいます。国内作家では、先月の「裏庭」に続き、梨木香歩さんの「西の魔女が死んだ」と「からくりからくさ」を読みました。梨木さんも、お気に入りの作家となりました。


○「西の魔女が死んだ」(1994)/梨木香歩
 
 
「おばあちゃんが死んだら、まいに知らせてあげますよ」

 まいは感受性が強く "扱いにくい子"で、"生きにくいタイプの子"だった。中学に入ったばかりのまいは、学校に行けなくなってしまう。困ったママは、まいを田舎のおばあちゃんのところにしばらく預けることにします。おばあちゃんはイギリス人で、おばあちゃん自身の言によれば、代々の魔女ということだった。
 "生きやすい"よう、魔女になりたいと願うまいに、おばあちゃんはまず精神を鍛えなければと言い、そしてそのための修行として、まいは規則正しい生活を始めることとなります。山の中で自然に囲まれ、ジャムを作ったり掃除をしたり、おばあちゃんの手伝いをしながら、まいは次第に傷ついた心を回復していきます。
 まいが何年もの間ずっと考え続け、恐れ続けてきたこと、人が死んだらどうなるんだろうという問に、おばあちゃんは「人には魂っていうものがあると思っています」と言い、死後も魂は身体を離れ、旅を続けるのだ、と語る場面がありますが、「裏庭」、「からくりからくさ」まで読んでみて、これは梨木さん自身の死生観でもあるのだろうと思いました。

 
「成長なんて」
 まいは、なぜだか分からなかったが腹が立ってきた。
 「しなくたって、いいじゃない」
 おばあちゃんは困ったようにため息をついて、
 「本当にそうですね。でもそれが魂の本質なんですから仕方がないのです。春になったら種から芽が出るように、それが光に向かって伸びていくように、魂は成長したがっているのです」

 この世に生を受けるとは、身体をもつことによって物事を体験し、体験を通じて魂を成長させる機会が与えられること、そして死は全ての終りでは決してないんだというおばあちゃんの言葉は、簡単に納得できるものではないけれど、心休まるものがあります。
 おばあちゃんは本当に魔女なんだろうか、おばあちゃんのところにいる間、まいには結局わからずじまいでした。2年後、まいは転校先の学校の授業中に、おばあちゃんが倒れたとの連絡を受け、ママの運転する車で田舎に向かいます。
 おばあちゃんは本当に魔女だったんだろうか.....。
 

○「からくりからくさ」(1999)/梨木香歩

 「裏庭」、「西の魔女が死んだ」の両作品では、いずれも祖母から母へ、祖母・母から娘へと伝えられるもの、そして時には三代にわたる葛藤が、重要なモチーフとなっていますが、この作品において娘の蓉子が祖母から受け継いだものは、蓉子が9歳の誕生日に貰(もら)った市松人形のりかさんと、祖母が生前住んでいた家でした。
 染織家に師事している蓉子は祖母の家で、三人の下宿人(美大で染織を専攻している紀久と与季子、アメリカから鍼灸(しんきゅう)の勉強に来ているマーガレット)と共に暮すことになります。
 最初に蓉子は三人にりかさんについて話します。りかさんは、蓉子が祖母から貰ってから7日目の夕方、蓉子に語りかけたこと、この不思議は祖母と蓉子だけの秘密となり、以来りかさんの存在は蓉子にはかけがえのないものとなったこと。

 
命は旅をしている。私たちの体は、たまたま命が宿をとった「お旅所」だ。それと同じようにりかさんの命は、人形のりかさんに宿をとった。それが祖母の説明だった。りかさんの命はまだ働いている。
 
 三人にとって、蓉子の話は理解を超えたものでした。とくに合理主義者のマーガレットには蓉子の話を受け入れることは、とても出来ませんでした。でも次第に皆はりかさんの存在に馴染み、親しみを感じるようになっていきます。そして、物語が進むにつれ、りかさんを作った人形師、澄月を介して紀久と与季子は先祖がつながっていることもわかってきます。
 染織という共通項で結ばれた女性たちの織りなすストーリーですが、絵画の色の溶け合う世界でなく、縦横の異なる色彩の糸が屹立し集合する染織が象徴しているように、蓉子を始め、四人の女性の個性が鮮やかに書き分けられている事もこの作品の魅力です。創造のための手仕事に心身を傾注する女性たちの姿は、僕の敬愛する作家、芝木好子さんの作品の主人公達を思い起こさせました。

 
伝えること 伝えること 伝えること
 大きな失敗小さな成功 挑戦や企て
 生きて生活していればそれだけで何かが伝わっていく

 私はいつか、人は何かを探すために生きるんだといいましたね。でも本当はそうじゃなかった。
 人はきっと、日常を生き抜くために生まれるのです。
 そしてそのことを伝えるために。

 伝統というものが大げさなことではなく、日常的な生活のレベルでも考えられるのではないかという気がしました。
 蓉子とりかさんの交流を描いた「りかさん」もぜひ読んでみようと思っています(発表は、後日談の「からくりからくさ」のほうが先です)。

 (追記)染織については、こちらのサイトが大変参考になります。 
      http://homepage2.nifty.com/frannel/index.htm



西の魔女が死んだ/梨木香歩
新潮文庫 '01初版


からくりからくさ/梨木香歩
新潮文庫 '02初版


5月8日

 連休もとうとう終ってしまいました。ピアノもがんばったけど中途半端だったし、本はほとんど読みませんでした。我が家に無線LANを導入したりして、パソコン関連で結構忙しかったような気がします。
 久々に本邦詩人紹介の第3弾として中原中也を取り上げました。掲載写真は、またまたJKさんに提供していただきました。次回、萩原朔太郎の分もよろしくお願いしますね。
 「ボーイズ・イン・ザ・シネマ」にスウェーデン映画「日曜日のピュ」紹介と関連するマザーグース唄1篇を追加しました。
 本のプレゼントにつきましては、2名の方に当選の連絡を差し上げています。また貯まりましたら、次回はCDのプレゼントを予定しています。

 連休中に遊びに行った妹宅で『GO』のレンタル・ビデオを見ました。国内各賞を総なめにした映画ですが、これはいい映画でした。次回あたりに紹介したいと思います。
 '70年代J−POPのコーナーを新たに作り、とっかかりに1970年代の年表を作成してみました。タイミングのいい事に、3日にBS2で5時間半ぶっ続けで、懐かしのJ-POP大特集を放映していました。1960年代から1980年代までをカバーしていたようで、当方で対象にしていない'80年代のライブ映像では、好きだったレベッカの「フレンズ」と徳永英明の「壊れかけのRadio」がとくによかった。司会の佐野史郎さんもレベッカの大ファンだということだけど、NOKKOのひたむきさが感動ものの素晴らしいバンドでした。
 現時点のJ-POPアーティストでは、椎名林檎とブリリアントグリーンがとりわけ好きです。林檎さんは本当にすばらしい才能を持っているアーティストだと思います。彼女の2つのライブ映像を見たけど、とても良かったので取り上げてみました。
 
椎名林檎ライブ映像
  • 下剋上エクスタシー
     初のホールでのライブを収録したもの。手術室を模したステージで、手術着のユニフォームのバンドの面々と、血染めの包帯を巻いたコスチュームの林檎の組み合わせ。アルバム「無罪モラトリアム」、「勝訴ストリップ」からの曲を中心に演奏していて、もともとライブに定評のある実力派のバンドだけど、すごい迫力。一見(聴)の価値のあるすばらしいライブ演奏です。
     全曲の作詞・作曲(恐らくは編曲も)を林檎自身でやっていて、60年代ロックと現代の Radiohead をミックスしたようなサウンドは、アレンジはハードだけど、動と静の絶妙なコントラスト、それに意外とメロディアスだったりします。サウンドがどんなに高揚しても、ステージでの林檎は冷静で醒めていて、音楽に知的にアプローチしようとする姿勢が伝わってくる。ものすごく頭のいい人なんだろうな、というのも見た時の印象でした。
     
     "昔 描いた夢で あたしは別の人間で ジャニス・イアンを自らと思い込んでいた"
     「シドと白昼夢」より/『無罪モラトリアム』収録
     
     ライブでは必ずジャニス・イアンを演奏するそうだけど、ここでも名曲「Love is Blind」を見事なアレンジで披露しています。
     いつかジャニス・イアンみたいなミュージシャンになりたいと憧れていた少女が、ジャニス・イアンのメロディー感覚を持ちつつ、現代を反映した日本的オルタナティブ・ミュージックを実現したのが椎名林檎の独自性なのではないかな。
     
  • 発育ステータス
     スタジオで林檎が仲間のミュージシャンと一緒に曲作りをする過程と、その結果のライブ演奏とを映像として記録しようという企画で、スタジオとライブ・ハウスの映像が半々くらい(各約30分ずつ)となっています。バンドは、ベース・ギターの一人を除く全員(ドラムス、リード・ギター、ベース・ギターと林檎)が女性となっているのが特徴的ですが、リード・ギターの人など相当の実力の持主のようでした。
     この企画の為に作曲された曲が11曲、それぞれが3分程度の短い曲で、全体が組曲風になっていました。何だかんだと言いながら、結局のところ曲も詩も林檎が一人で作っている風で、曲作りやアレンジにかける時間が短かった為だろうけど、完成度はいまいちのようでした。それぞれ、モチーフだけで出来上がっているような曲なので、いずれ発展させていくのではないか。
     ともあれ、林檎さんの素顔をばっちり見る事ができるという点で、大変価値ある映像だと思います。これを見ると、どうしたってファンになってしまう。復帰作を楽しみにしています。


下剋上エクスタシー
/椎名林檎 Live

発育ステータス
/椎名林檎 Live
'00年7月 at ライブハウス

Afterrones '75
/ Janis Ian
「Love is Blind」を収録
「愛の回想録」と共に名盤



 


ページTOPへ              HOMEへ