ミュージカル異国の丘
2006年3月10日(金・昼) 京都劇場

「昭和3部作」が連続上演されている京都劇場 「シベリアの荒野に命を奪われたものおよそ6万人、太平洋戦争の戦死者155万人、米軍による無差別空襲などの死者30万人、広島・長崎の原爆の犠牲者35万人、沖縄戦の住民の死者15万人…」。『ミュージカル異国の丘』のクライマックスで、客席に向かって静かに語りかけられる一節です(2004年1月3日にBSで舞台放映されたものから聞き取り抜粋)。

 「少なくとも」、と前置きをされた犠牲者の数は、とてもイメージできる範囲のものではありません。また、今の日本の平和や繁栄がこんなにも多くの犠牲の上に築かれていることを考えると、観劇後には何ともやり切れない気持ちでいっぱいになりました。


  『ミュージカル異国の丘』 は、日本国首相・九重菊磨の息子、秀隆(ひでたか)の壮絶な人生と、「シベリア抑留」がいかに残酷で理不尽だったのかを描き出した作品です。秀隆は泥沼化する日中戦争を阻止するため、中国人の恋人で、蒋介石の義姪にあたる愛玲(あいれん)とともに和平工作を図るも失敗に終わります。その後、懲罰召集で満州に配属されると、敗戦直後に多くの日本兵と共にシベリアに抑留。「元首相の御曹司」という立場を利用して、ソ連のスパイになる事を強要されるも拒み続け、11年にも渡る抑留に耐えながら、日本に帰る事無く殺害されてしまいます。

※補足:登場人物の九重秀隆は近衛文隆(ふみたか)を、その父親である九重菊麿は近衛文麿(ふみまろ)元首相をモデルとしています。終戦の3ヶ月前、腹心と共に密かに和平工作を進めていた近衛元首相の直筆文書が、ご家族が受け継いでこられた「鏡台」のカラクリ部分から新たに発見されたと報道がありました(平成18年3月25日JNN)。

 劇団四季会報誌『アルプ251号』の中で、秀隆を演じるに当たり、「演劇という形を使って、若い世代にもこの事実を伝えていく。」と話されている石丸幹二さんは、気高くて真っ直ぐな貴公子のイメージそのものでした。平和な世の中と、人を愛する事を何よりも尊重し、日本人としての誇りを最期まで持ち続けた秀隆の壮絶な生き様は、石丸さんの熱演を通して客席へも十分に伝わってきました。許されない恋人・愛玲役の木村花代さんは、見るからに「令嬢」にふさわしい立ち居振る舞いと愛らしさで、やわらかい歌声は逆に悲しい運命を予感させているかのようでした。危険を承知で和平工作に身を投じるも、友人の裏切りによって短い生涯を終えるヒロインのひた向きさを、全身全霊で演じていらっしゃる印象でした。2人を引き合わせることになるアグネス・フォーゲル夫人役の久野綾希子さん、秀隆を学生時代から知る親友・神田役の深水彰彦さんをはじめ、シベリアに抑留された元日本兵を熱演された皆さんの思いがずっしりと伝わってくる舞台に客席からはすすり泣きの声も聞かれ、カーテンコールではスタンディングオベーションも起こりました。
この日の観劇では、ご年配のお客さんも沢山見受けられました。

 私事ですが、以前に小冊子の取材で、「広島市平和記念資料館」に伺ったことがあります。館内のガイドや解説をされている、「ヒロシマ ピース ボランティア」の皆さんをご紹介するという内容でした。準備の為、何度も資料館に足を運んだり、原爆に関する書物や映像と向き合っていく中で最も驚いたのは、広島市民でありながら、自分自身がその被害や歴史的背景にどれほど無知で無関心だったのかを改めて思い知ったことでした。昭和に起こった一連の出来事を風化させることなく、しっかりと次の世代に受け継いでいくためにも、『李香蘭』、『異国の丘』、『南十字星』といった戦争をテーマとしたミュージカルの上演はとても重要な手段の1つであることを実感しました。

 今年も間もなく本格的な春が訪れようとしています。マイナス40度という極寒のシベリアで重労働を課せられていた抑留者の皆さんは、どんな思いで春を待ち焦がれていらっしゃったのか…。シベリアで無念の最期を遂げた数多くの日本人が託した思いをしっかりと受け継ぎ、後世に伝えていくことは、今を生きる私たちの使命であるように感じています。(2006年3月12日)

九重秀隆 石丸 幹二 宋愛玲 木村 花代
吉田 中嶋 徹 神田 深水 彰彦
西沢 神保 幸由 大森 江上 健二
杉浦 香川 大輔 平井 維田 修二
宋美齢 武 木綿子 李花蓮 団  こと葉
青山 祐士 宋子明 山口 嘉三
蒋賢忠 中村 啓士 九重菊麿 武見 龍麿
アグネス・フォーゲル婦人 久野綾希子 クリストファー・ワトソン 志村 要
メイ総領事 高林 幸兵 ナターシャ 西田 有希
抑留兵士/学生/パーティ客/軍人/憲兵/看守
遠藤 敏彦 阿川建一郎 井上 隆司 中島 淳治
小島 良太 小林 遼介 嶋崎 孔明 鈴木 聡
鄒 靖宇 田井 啓 稍浩然レックス 中村 巌
奈良坂 紀 村澤 智弘 戸田 真美 松田 英子
田村 圭 西田 桃子 楠見 朋子 青島 倖



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