【ヨーロッパツーリング回想録・東欧編(手記より)】

深 雅裕・祐子/ER−5 タンデム

<今回訪れた国々>スイス・イタリア・ギリシャ・トルコ・ブルガリア・
             ルーマニア・ハンガリー・オーストリア

<スイス〜東欧方面/1997.8.28〜9.24>

戻る北欧編西欧編英国&アイルランド編・東欧編

8/28 日本〜韓国経由〜スイス(雨のち曇り/16℃/走行距離0q)

関空にて予定通り出発だったが、荷物検査が厳しくなり?小さいスプレー缶が引っかかる。
しかし、そのために荷物を全部出せと言われた。かなり高圧的に強制されたので腹が立ったが、
このやり方はまるで海外の横柄な役人のように感じてしまう。

今回の飛行機は、初めてコリヤエアーを使う、いきなり出発が30分以上遅れ、更に乗り継ぎの韓国でも
出発が30分以上遅れる。しかし、やはりコリヤエアーだと他国の経由便にくらべてスイスまでの飛行時間が短い、
しかもソウル〜チューリッヒでも日本語アナウンスがあり、日本人のフライトアテンダントも乗務していたので
快適だった。チューリッヒも4回目だし気も楽だった。しかし出発前から少し気になっていたが、到着して
バイク店の向かいのいつものホテルに行ったら予約を頼んでいたにもかかわらず入っていなかったようである。
何とか部屋の空きがあったようで入れてもらえた。

 

8/29 スイス〜イタリア

(曇り時々雨のち晴れ/スイス16℃/イタリア29℃/走行距離551q)

10時バイク店へ行く。なんだか帰って来たような感じがする。しかしいきなりショック!いつもレンタルしている
KLE500がスイスでは販売終了になったらしく代わりに同じエンジンをつんだロードモデル「ER−5」と言うバイクに
なるとの事だった。どうせロードタイプになるのならゼファー750あたりが良かったが、ER−5はカウルも無いし
リアもドラムブレーキだし、燃費がましなのが唯一の救いかもしれない。今回は東欧なので足回りの柔軟な
KLE500が本来はよいのだが、販売中止ならこれもしょうがない。

なんだかんだと出発準備にかかり、お昼前の出発になる。高速で一気にイタリアへ入国するといきなり有料に
なったがリラをもっていなかったので。スイスフランで払ってみたら使えた。良かった。次のインターですぐに
換金所があったのでリラに換金する。しかし、インターのトイレは有料ばっかり、オマケにイタリアへ
入ったとたんにすごく暑くなる。

とりあえず走り出し初日なので早めに宿を探すが、高そうなホテルしか見つからず。疲れているので適当に
決めてしまう。一応4つ星で値段もそれなりだったが(と言っても日本の感覚では普通だと思うが)、
やはりレストランのパスタとワインはとても美味しかった。ビールとテーブルワインを飲んだあとに
さらにワインを一本飲んでしまったので酔っ払ってしまった。 HOTEL 20:15着

 

8/30 イタリア(晴れ/28℃/走行距離318q)

10時にホテルを出るが、いつも通り、バイクのハンドル周りなどポジションのマイセッティングのため
少し整備をしたので出発は11時過ぎになる。今回は、以前に訪れた時とは違いイタリアで出会う人達に
かなり親切にしてもらえている。前回はよほど運が悪かったのかもしれない。今回のバイクER−5は
思ったより快適でタンク容量が小さいのが気になる意外は結構いけるかもしれない。しかし、長年愛用している
一眼レフカメラの露出計が壊れているのが先ほど判明してちょっとショックだった。一応コンパクトカメラを
持ってきているが、一眼レフと比べようがなく仕方ないので、一眼レフの露出は勘で撮影して行くことにする
(帰国後現像したが殆ど失敗はなく勘の露出に狂いはなかった。やったね!)

今日は高速を降りてすぐによい感じのキャンプ場があったので、パスタを作ってビールを飲んで寝る。
キャンプ場18:30着 1泊二人20000Lire

 

8/31 イタリア(晴れ/31℃/走行距離428q)

10:00出発、ハイシーズンもラストになっているが、まだまだ人が多い。下道だとしんどいので高速を使うが、
安いとはいえやはり有料だと痛い。しかし、走るのが海岸線なのでキャンプ場も多くて宿泊場所には困らない。
しかし、どこでも同じだが物騒な(雰囲気の悪い)ところはどこにでもあるので気をつけたい。今日もよさそうな
キャンプ場があったので良かった。キャンプ場18:30着 1泊二人20000Lire

 

9/1 イタリア〜ギリシャ(晴れ/30℃/走行距離35q)

10:00過ぎに出発。今日はフェリーでギリシャへ向かう。港へ着いたらチケット販売店があり中から親切な
おじさんが声をかけてくれた(それもそのはずチケット販売の代理店だったので)スムーズにチケットを
購入する事ができた。しかし、出向が夜なのでそれまで港で時間を潰すことになる。

フェリーの指定座席についたがかなり最悪の席で、まるで夏の浜辺にあるプラスチックのイスみたいなので
4人向かい合わせの狭い席で、これだと着くまでに死んでしまいそうなので個室を確認すると空いている
そうなので、そちらに移動する。贅沢かもしれないが、この状況は勘弁して欲しい。

フェリー泊 出航20:45 オートバイFree二人100000Lire ルーム6000Dr(Dr=ドラクマ)

 

9/2 ギリシャ(晴れ 夜〜朝方雨/29℃/走行距離305q)

早朝にギリシャに入港する。北部と言う事もあるが、この場所はあのイメージするギリシャとは別である。
2000m級の山々の間を抜けて走るのでけっこう寒いが平地に止まると暑くなる。

途中、ギリシャに多くある昔のコンサートホール(石の広間)では、「すごい!」の一言で、ホールでは、
風の音などもなく真ん中で話した声が最上階まで響いて静かに聞こえてくる。不思議と言うか、
昔の人はどうやってこの場所を見つけて建築したのか。すごいとしか言いようが無い。

ギリシャではよくタベルナというフードショップを利用するが、これがまた旨い。圧をかけて焼いたパンに
好きな物をトッピングして挟んで食べるのだが、かなり美味しいかもしれない。

今日はkalamandakaの大岩を眺めながらのキャンプで、少し早めだったが洗濯しながらシャワーを浴びて、
ビールを飲んでゆっくり過ごす。

キャンプ場 16:30着

 

9/3 ギリシャ(曇り時々少し雨のち晴れ/20〜30℃/走行距離400q)

今日は10:00過ぎに出発して何となく走ったという感じだった。もう少し走るつもりだったが、海岸沿いを
走ったので交通量も多く疲れるので早めに泊まって休む事にした。やはりきょうは町が多かったので
バイクも多く特に日本車も多かった。でも東へ行くほど観光客は少なくなっているように思う。
シーズンが終わりになっているせいもあるかもしれない。KAVALAキャンプ場では、なぜか台湾や中国製の
ビールばかりだった。東西の文化の交わるイスタンブールが近いせいだろうか。 エーゲ海に乾杯!

キャンプ場 16:30着 1泊二人4000Dr

 

9/4 ギリシャ〜トルコ(晴れ/26℃/暑いが走ると寒さを感じる/走行距離372q)

10:00出発、ギリシャ最後の町、アレキサンドリアを過ぎてすぐにギリシャ側(国境)がある。スタンプをポンと
押してフリーパス。トルコ側入国は観光客が多く並ぶ。特に問題もなく入国する。オートバイもスイスの
レンタルバイクと言う事で書類記入のみでフリーパス。トルコなので早速必要分換金するがゼロの数が
凄まじく増えて大金持ちになったような銀行強盗でもやったような気分だ(笑)

しかし、札束でお金のやり取りをしなければならずガソリンの支払いでも(日本で言うと)数百万円分の
札束でやり取りするような感じで、とても面倒である。

それから周りの車の運転だが一段と荒くなった。イスタンブールまで行きたかったが手前のキャンプ場で
泊まる事にした。その夜、突然の下痢と熱、腹痛に見舞われる。原因は分からないが、たぶん疲れだと思う。
やはり長旅では1週間に一度は休まないといけないと反省する。

それからきょうは、途中のレストランや売店で、偉そうなオーナー?が地元の人をよく使っている風景を
多く見かけた。あとで聞いた話しではこの辺りではヨーロッパ人のオーナーが多いらしくいい商売?を
しているらしい。と地元の人が言っていた。

キャンプ場 18:00着 1泊二人150000TL(TL=トルコリラ)

 

9/5 トルコ(晴れ/18〜30℃/暑いが風があるので寒さを感じる/走行距離200q)

昨日の体調不良が朝になっても残っており11時近くに出発する。

イスタンブールへ向かうが周りの車の運転はめちゃくちゃ悪い。ある信号では「赤信号を無視しろ!」と
怒鳴る後ろの運転手と前の車が言い争っていたり、クラクションはあちこちで鳴りっぱなしで、人は場所など
気にせずお構いなしに道路を横断している。おまけに道も悪い。今年からレンタルバイクがER-5になったので
仕方ないが、今年こそ昨年までのKLE500の方が悪路は走り易かったと思わずにいられなかった。

実にアバウトで新鮮味あふれる町だと思った(笑)

 

町でインフォメーションを探したが見つかり難く、また体の調子もかんばしくなかったので、少し手前のGSに
入ったところ隣接するホテルやGSの人達にやいのやいのと囲まれチャイに誘われ身振り手振りの
バイクと旅の話となった。丁度となりのホテルも居心地よさそうだったので泊まる事にする。

オーナーは案の定、値段をふっかけて来たが、祐子が撃退し民宿素泊まり以下の料金となった。
しかし、夕食で外に出るのも面倒だったのでホテルのレストランへ行ったが、ラク(トルコの酒)を飲み過ぎた
せいか二人ともお金の計算が麻痺していてちょっとボラれたようだった。宿泊費の復讐かもしれない(笑)
ちなみにレストランの食事代は5000000TL

HOTEL 1泊二人 20USドル

 

9/6 トルコ〜ブルガリア(晴れ/20℃前後/走行距離327q)

朝9:00過ぎにホテルの表に出るとチャイを御馳走してくれた。GSの人やホテルの人が出発の見送りに
来てくれた。朝なので全員いないが皆で記念写真を撮って気持ちよく出発する。本当に気さくでよい人達だった。

きょうはいよいよブルガリアへ行く。トルコの出国は役所仕事と言うか偉そうな所長が出て来て
気に入らなかった。面倒になるといけないのでうやうやしく対応していたら、愛想もよくなり
「わしが王様じゃ良きにはからえ」とでも聞こえて来そうな感じですんなり。形式的な手続き(儀式)が終わる。

ブルガリアの入国では以外とすんなりOKになり、少し緊張して構えていたので拍子抜けの感じも少しあった。
しかし、ここでとんでもない事が発覚する。祐子がトルコ出国の再に換金したトルコリラの間に120USドルを
紛れて挟んだまま相手に渡してしまっていたようで、その分はやはり換金されておらず。今更気づいても
英語の下手な二人がブルガリアとトルコの役人に事情を上手く説明できるはずもなく。
二人で落ち込みつつ気を取り直して走りだす。

最初の町へ着くが、幼い頃の町の風景が蘇って来るような懐かしい感じがした。車やバイクは旧ソ連製?の
物なのか、もちろんヨーロッパ車や日本車もあるが極少数しか走っていない。でも車自体が少なくバイクは
稀にしかいないようだった。

なんとか現地地図も手に入りキャンプ場も見つかったので泊まることにした。

 

キャンプ場は黒海に面しており、入り口に数件ならぶ売店や露店では周辺国の人々も多く、物騒な雰囲気も
あるが、逆に活気も感じる。キャンプ場のオーナーの店の中でお金を払ったら「○○消防団」と書かれた
日本製のスクーターのメットインの中から財布が出てきた。金庫代わりらしく僕らではなく窓の外を
警戒しながら取り出していた。

露店でビールと旨そうなソーセージとチキンを買って、黒海を眺めながら乾杯する。

初めてみる黒海は、本当に黒くて、その向こうにある紛争が伝わって来そうな気がしていた。
キャンプ場 17:00着

 

9/7 ブルガリア(晴れ/24℃前後/結構暑い/走行距離357q)

今度は祐子の体調が悪く11:00出発になる。

今日は、トルキア人の墓を見学に行って、有名なバラ園に向かう。バラ園は祐子が見学に行ったが
僕はバイクが気になったので表で残る事にした。そしたら年季の入ったバイクに乗っているおじさんが
僕を見つけ声をかけてくれた。何処でも同じだがバイク好きに国や言葉は関係ないのが嬉しい。

 

ひと段落したので、町へ向かうがブラユダリアの町の道は結構ややこしい。道も悪い。きょうはホテルに
泊まるつもりで探すが、道が分からず右往左往してポリスに連れて行ってもらったり、おじさんに連れて行って
もらったりで、やっと目的のホテルを見つけたら、今度は変な奴が現れて「1泊80USドルでうちのホテルに
どうだ!」としつこくつけまわされ。あげくにだんだんと値段を下げて来て20ドルまで下がったが、うさん臭いので
やめた。しかし、予定にしていたホテルの中にまで付けまわしてきて、そのホテルにチェックインさせない勢いで
喋って来るので、そのホテルにも泊まる気もしなくなりとりあえず町を出る事にした。仕方なく地図にある
キャンプ場をダメもとで探すが、キャンプ場は見当たらずそこにはレストランがあり聞いて見るとキャンプ場は
無いとのこと。でもレストランのオーナーが「うちへ泊まらないか?」と声をかけてくれて(ちなみに1泊1人1ドル)
思いがけず泊まる事になる。雨降って(ないけど)地かたまるですかね。

レストランのディナーでは常連客の皆さんと楽しい食事のひと時を過ごし、ブルガリアと日本の親善宴会となる。
僕はご馳走になった地元ワインで酔っ払いとなる。食事もワインも旨すぎる!

レストランの部屋(個室) 1泊二人2USドル

 

9/8 ブルガリア(晴れ/28℃/走っても暑い/走行距離276q)

朝は、自分達で放牧しているヤギの乳とヤギのチーズ、自家製のパンとサラダの朝食で、祐子はハイジに
なった気分で満足していたが、僕は二日酔いで頭が痛くせっかくのご馳走が少しか口に届かず残念無念。

11:30出発。ゆうべから色々な事を話して楽しく出発がとてもつらく「帰らなくてはいけないの?もっと泊まって
行けないの?」と言うオーナーの親切な言葉に後ろ髪を引かれつつの出発となった。

走りながら昨日の宴会での話しが思い浮かんで来たが、ブルガリアは、国全体の観光もその他、何もかも
これからのように思った。平均月収も50~80USドルだと昨日言っていた。バイクに乗った外国人は
札束の塊みたいな物なので「ジプシーには気をつけろ!」と何度も言っていた。それにキャンプ場も
昔の物が多く殆どやっていないと言っていた。キャンプ場、観光、インフォメーション、詳細な道路標識など
案内標識が無い。とにかく看板も何も無い。これからを期待したい。

しかしブルガリアの人は道を聞くと誰もが親切に教えてくれる。それによく自ら案内してくれる。
ここでは、とても親切な人が多いように感じる。

 

きょうの行き先は、ルーマニアとの国境方面だったので、だいたい地図に載って助かった。
モーテル&キャンプ場が見つかったので値段だけ聞いて、この先にある国境をとりあえず見に行ったが
何もないので引き返して泊まる事にした。しかし、キャンプ場の地主一家は泊まるとなると足元を見て
値段をつりあげてきた。さっきは2ドルだったが5ドルとは二倍以上だ!交渉したが無駄だった。
今更走るのも疲れたし仕方なく泊まる事にしたがキャンプ場とは名ばかりでトイレも水場も廃墟となり
キャンプサイトは荒地になっていた。荒れ果てた場内の道路がましだったので、そこにテントを張る。

「ボッタクリだぁ!」と祐子と怒りながら夜は更けた。

キャンプ場 1泊二人5USドル

戻る 次へ


RINSEISHA