2000年 5 / 15 〜 5 / 19 南国ツーリング in Florida 

中島


5/15(Mon)

バイク屋には、朝9:00に到着した。 既にレンタル手配してあったので、スムーズに借りることができた。
バイク屋には、ドイツ人グループがいて、テキサスの方に向かうらしく、 わずか5日間のツーリングとは、
くらべものにならない位の休みで来てると言う。

はじめてのハーレーの咆吼に、ちょっと びびりながらも10時には出発した。 とりあえずOrlando脱出である。
50号を東にひた走る。 昨日通った道だ。 そのあと I−95にでて順調に南に向かう。 あとで教えてもらったが、
奇数の国道は南北に、偶数の国道は東西に走ってるというのだ。 うーんむ わかりやすい。 関心!

昼飯は 95沿いのバーガーキングで軽く喰うことにした。 今日は一気にMiamiに行くのだ。 まだまだ200 mile
もあるんだ! パーキングで休みながら行くと、行き先の方で 雷の音が聞こえ、黒い雨雲がみえた。
ヤベ〜 ヤダナ〜初っ端の日から、これかよ! と独り言いいながら、一応レインウエアーをきこんだ。

バイクなんか1台も走ってやしないよ。 そう思いつつ、そいつは やってきた。 突如激しく 目の前から
針が突き刺さるがごとく バンダナで覆った顔を攻撃してきた。 前の車なんて 全然みえない!
なんてこった! しかも Fort Lauderdale の町に近づき、夕方の渋滞に巻き込まれた。 もう半べそである。
ようやく雨との格闘のすえ、Miamiに着くころは、小降りとなっていたが、道には木が倒れてたり、

タイヤ半分まで水が貯まってたりと、悲惨な状況であったのだ。
Miamiのユースホステル(YH)に着いたのは6:00ごろになっていた。
ブーツからメットからずぶ濡れ 不快指数150%だった。

すぐにシャワーを浴び、落ち着いたころには7:00すぎで、
腹減ったことに気付きはじめた。 ちょうど同部屋には
まじめな2人のスウェーデン人と 陽気なアホなイタリー人がいて、
そのイタリーナポリ出身のやつが、飯でも食いに行こう!
とさそってきた。

ついでに買い物もあるし、いっちょ くりだすか!と ちょっと
拍子抜けなのは泊まってる地域は、Art Deco District と

呼ばれるところで、1960年代のなつかしい(当時はみてないが、たぶん)アメリカの町並みが残っている所で、
道を外れると寂しいところであった。 まあ 食うとこは いっぱいある。 お金のない俺らは、汚い食堂に入って、
安い飯を食った。 でも うまかった。 彼はトマソ君22歳だ。 なかなかオモシロイ奴で、これからクラブ行くとか
いってたが、俺は遠慮した。 初日からトばしちゃいかん! でも半分行きたいような、って感じではあった。

バラのtattooをいれてたりするが、英語は完璧で、スペイン語まで話せるインテリでもあったのには、驚いた。
そうここMiamiは、かつてのキューバ難民が入ってきた所なので、町はいたる所でスペイン語がきこえる。
あいさつは Hola!である。 スーパーで朝飯買って、夜寝るのは11:00ごろと早かった。
きょうは結構走って疲れただ!ZZZZzzz…

 

5/16(Tue) 

朝心地よく7:00起床、皆よく寝てるのでソッとSouth Beachに朝の散歩にでかける。

ジョギング姿の人以外まばらな砂浜。 帰ってきても、まだ皆寝てるので、外で買ってきた朝ご飯を、ほおばる。
きょうの予定は、前から行きたいと思ってた世界遺産で危機遺産の一つ Everglades国立公園に行くことにした。
外は、すごく暑い! 皮ジャンが重く肩にのしかかる。 Miamiからは、ひたすら湿地帯の中の41号を西に向う。
途中ワニがひかれていたのには、驚いた。 ツアー会社は、この道沿いに何軒もあり、結局老舗の

Coopertownにした。 目指していたAir Boatツアーには10:00に着き、
さっそく約40分のツアーの開始だ。 メンバーは他におじさんが3人、
耳栓してカメラスタンバって爆音とともに湿地帯の葦の上を快走するのだ。

ところどころ止まってはアリゲーターが餌付けされていて、いろいろ説明して
くれる。 でも、ホントに近くまで来るのだ。 カメや珍しい鳥もいた。

あっという間で終わったツアーであったが、楽しめた。 13$の価値は、あったかな? 今度はもっとジャングル
深い南側からツアーに参加したいもんだ。 軽く昼飯をとり、いよいよ 最も行きたかったKey Westにむかう。
行くにふさわしいむちゃくちゃ暑い快晴なのだ! I−1号を南に、走るだけだ。 対向車線からは、恐らくは

Key West帰りのツーリングライダーが、手をあげて挨拶する。
所変ってもライダー同士の挨拶は共通だ! 特に同じハーレーは、
皆笑っている。

こっちも7mile Bridgeは まだか まだかと顔が、にやけて
しまってるのだろう。 左右見渡せばコバルトブルーの海の中を、
突き進んでいくと、数々の橋を渡ることになる。

なにせ大小42もの橋が、延々とつながっているのだ。 「わ〜っつ!」
とか「お〜っつ!!」とか はたから見れば アホのように大声あげて
走っていた。それだけ 感動した。

長年(といっても3年くらい)思い続けて、やっと来た。 しかもバイクで!
映画「True Lies」でも記憶に残っていた。 7mile Bridgeは、
気付いた時には、目の前に現れた。 ううううっつ! 長いっ!
かっこいい橋だ! 真ん中だけ盛り上がっていて!

ここここっれがああ〜!終始笑顔の自分! わずか 5分たらずの
満足感で、橋を渡る。 さらに、いくつもの橋を通り 目指すKey West
へは夕刻ついた。 

町は、こじんまりして メインのDuval Stはやけに人通りが多い。 これでも、オフシーズンなのだから
冬ともなれば、避寒地としてむちゃくちゃ混みそうだ。

本日のお宿のYHは、勘を頼りに行くと、簡単に見つかった。 みんな遊びに行って帰ってこないのか、
静かである。 とりあえずシャワー浴びて、町に出て行った。

Duval Stには 土産屋が建ち並び、南国だと思わせる建物が多い。 Stの突き当たりは海で、
Mallory Squareという 夕日のきれいな広場に出る。 今日はもう夕日は終わり、見終わって帰る多くの人と
すれ違う。 明日来てみよう!と思いながらStに戻りブラブラする。

「おおっ! インターネットカフェがある」 なかなか繁盛してるみたいだ。
ちょっくらメールでも送るか。 飯くってないので、10分くらいで切り上げて
Hard Rock Caféが見つかったので、入ってみた。

場所によって違うなと思いながらビールとパスタを頼んだ。
時間は10時くらい、もう1軒で飲もうかとも思ったが、今日は、長旅だったと
言い聞かせて YHに戻った。

部屋は、もう暗くて 同室の1人はもう 寝てたみたいだ。

今日は、盛りだくさんだった。 う〜っ疲れた! ZZZZzzz…

 

5/17(Wed) 

今日は 6:30起床 というより 同室の北欧人に起こされた感じだ。 どうやら バスは朝早く出るらしい。
せっかくなので、近くのビーチまで1時間ほども(結果として)散歩してしまった。 YHに戻ると、
中庭で早起き組が朝ご飯を食べていた。 俺も 昨日買っておいたヨーグルトとパンを食べ、くつろいだ。
今日のメインは久々のダイビング!  昨日の夜 infoで9:00に予約した。 今日もここで泊まるので、
のんびりだ。

8:30すぎ、ウエットスーツとマスクを簡単にバイクに積み、早めに出る。 港の近くのダイビング船は、
すぐ見つかる。 平日でオフでも ほぼ定員の10人以上はいた。 暑い日ざしを浴びながら、いざ出発!!
どことなくヒスパニック系のスタッフの楽しい説明を聞きながら、かれこれ40分くらいで、沖にでる。

ここはメキシコ湾。 途中 イルカやトビウオが飛んだり、あたり一面コバルトブルーの海で、緑の島が所々に
見える。 ポイントは、ちょっと浅め(水深15−20mくらい)で、これならスノーケリングでもOKな場所である。
俺はドイツから来た2人組の、年は20代前半のダイバーと組んで潜ることにした。 うち1人は、タンクを前後
逆につけようとしてた。 おいおい大丈夫かよと 注意してやる。 ドイツでは、なかなかダイビングの機会が
ないから、忘れたと、とぼけたような事を言ってた。

スタッフから地形の説明があり、各組で自由に潜ることになった。 もう一人のドイツ人が、先頭で
ブランクダイバーの一人をはさんで、 俺が最後についていくことになった。 地形は、手のような形で
指の間を縫うように、行ったり来たりしてすすんだ。 まめに気を使ってくれるのか、なんかいると合図してくれる。

イセエビ(日本のよりでかい)、 エイ(これも座布団2枚くらいの)、あと見たかった1.5mくらいある ハタも見れた。
50分くらいで潜り終え、船で休んで20分くらいで 2本目のダイビングとなった。 本当は1時間位水面休息が
必要では??と思いつつ潜っていった。 今度は浅い5mくらいのところを、小魚やサンゴを観察した。

しかし、世界的規模のサンゴの白化現象は、ここでも起っていた。 一説ではエルニーニョの影響か、かなり
深刻で、海水温度が平均2℃あがるだけで、きれいなサンゴ礁が全滅らしい。 そのうち見れなくなると思うと、
悲しくなるものだ。 もっとも 起因は 人間にあるのだから自業自得であるが… そんな感じを 思いつつ
帰りの船では 気持ちよい日差しの下で しばし昼寝をしてしまった。

スタッフとドイツ人2人と、皆と別れ、とりあえずシャワー浴びにYHにひとっ走り。 さっぱりして、だれもいない
中庭のベンチでまた昼寝。 3時ごろようやく起きて、バイクで Southernmost Point U.S.A. ( アメリカ最南端 )に、
向かった。 YHからは バイクなら わずか 1分。 観光客が、代わるがわる写真をとってる。

もちバイクと一緒にとってもらう。 向かいの家の人は、どう思ってるのかなと 余計なことを考えつつ、
ヘミングウェイの家に行った。 ここは、観光地らしく入場料を8$とって、足早の日本人観光客が結構いた。
庭のベンチでくつろいで、観光客をやりすごしてから、ゆっくり見学。 思ってたより、質素な感じがする。
猫好きのヘミングウェイの家らしく、子孫らしい猫がたくさんいる。

一通りみて、昼ご飯にしては遅い Early Bird dinnerを食べに行く。 もうこんな時間なのだ。 4〜7時までの
限定メニューで、安い。 魚介のパスタを、食べて腹いっぱい。 そうだ、ちょっと夕日を見に行こう! 一人で
行くのもさびしい限りだが、まあ たまにはいいかもしれない。 Mallory Squareには早めに着き、夕日までの
暇つぶしには、もってこいの、大道芸人の技に見とれていた。 綱渡りに、ジャグリング、子犬の芸など
見てるうちに 夕日が沈みはじめた。 カメラで何枚か撮ったあとは、ブラブラしながらお土産屋を見ながら、
YHにもどっていった。 

すでに9:00になっていた。 中庭のテーブルで、音楽聴きながら、絵葉書をまとめて書いた。
近くに居た日本人の、会社をリタイアしたおじさんが、話し掛けてきた。 彼は、バスでアメリカ各地を旅してる
みたいだ。 しきりに広いと言って、日記を書いていた。 この日も、結構ダイビングやなんだかんだで
忙しかったなあと 思いつつ寝てしまった。 ZZZZzzz… 

 

5/18(Thu)

朝はバッチリ7:30には、目がさめた。 Miamiまで戻る日だ。 短かったKey Westでの休日は、楽しかった。
海岸通りから帰り、再び橋を渡って帰る。 ちょっと寂しい。 今度はいつ来るんだろうか?と思いながら
走りつづける。 と、走っていると見かけたことのある看板が、目に付いた。 灯台の看板だ。
俺の会社の机に飾ってある、お土産にもらった灯台の置物の実物があるのだ。

なんと偶然。 フロリダには、あるとは知っていたが、こんなとこにあるとは… さっそくよってみる。
そこは、リゾートホテルの敷地にあり、フロントで見てみたいとお願いした。 灯台そのものが、今はホテルの
部屋と、なっていた。 鍵を借りて、お部屋拝見。

なかなかゴージャス。 豪華なクルーザーから、おりてきたおじさんたちは、「ここに泊まるのか?」と、
びっくりした顔をしていた。 まさか!と返事をして、ぐるっと1周して帰った。 すぐ走り出し、 近くの食堂で、
ランチメニューを頼んで腹ごしらえ。 まだ、先は長い。

途中、来るときチェックしたマリングッズショップに寄る。 日本では考えられない、大きいショップというより、
スーパーみたいだ。 う〜ん 日本で買うより全然安いぞ!!

思わず顔が、ほころぶ。 マスク、ラッシュガードを買った。 満足げに店をでて、そのまま Miami のYHに
向かった。 午後4時くらいには、YHに無事到着。 まだ、日が高いので、着替えてビーチに行って、

2時間半ぐらい昼寝(夕寝)して焼く。 そうだ!そろそろYHに戻って連泊組に
合流しよう! そう思い、3日前に泊まった部屋に行った。 そこには
アルゼンチン出身の2組も、加わって あのトマソもいた。

スウェーデン2組も皆日焼けして、赤い顔してる。 「夕飯は?」トマソが
「BBQにしよう!」と提案。 よしっ!とアルゼンチン2人組と近くのスーパーに
肉と野菜、ビールなどなど 買いこんだ。 YHに戻ると、すでに どこから
調達したのかBBQ台で、既にあったチキンを焼いていた。

火はジョンが担当。 サラダは俺とイワン(スイス人)でつくり、肉の下ごしらえは
トマソとヨハン(スウェーデン人)がやった。 YHの中庭には、香ばしい焼肉の匂いが
充満して、まわりの宿泊客も こちらに興味深々である。 かれこれ1時間で準備は
整った。 本当はアルコール禁止のYHだが、皆気にしてない。 「いただきま〜す」
と各国の言葉で、食べ始めた。 総勢 9人。

「う〜ん うめえ〜!」 ちょっと肉はウェルダンだが、いけるし。 レモンのきいたサラダも好評だ。
焼きたてのポテトに、チキンと盛りだくさん。 ビールも入り、出身国やアメリカの話になった。 驚いたのは、
ほとんど皆2ヶ国語以上を話せるのだ。 俺なんか英語すら、ろくにしゃべれない っていうのにだ。

特にスイス人のイワンは英、独、スペイン、イタリア語4カ国語もしゃべる若干19の学生だ。 不思議とドイツ人は
今回いなかった。 中国人のフォンは 若いが2つの店を持つ、華僑の実業家で、最終的に彼はBBQ代を全部

もってくれた太っ腹であった。 きっと周りの宿泊客には、迷惑だった
のかもしれないが、夜11時頃まで旅や国、仕事の事など話をしてた。

俺は最年長のほうだが、みんな しっかりして、仕事探してる奴、
まじめな学生、将来俳優希望の奴など、話していて、俺なりに、
かなりの刺激になった。

明日は、ここを出ることを告げたら、皆、気の毒そうな顔をしたが、
気持ちよく挨拶してくれた。 明日の朝には会えないだろうからと、
旅用につくった名刺を、皆に配り別れた。
久々に騒いだ楽しい最後の夜だった。

 

5/19(Fri) 

軽くヨーグルトで朝飯をすまし、皆寝てる横で静かに、支度する。 

「ああ〜あ! 今日で最後かあ〜」と思いながら、YHをあとにする。 9時には出発し、 また、ひたすら
I−95を北上するのだ。 スピードにも慣れて、時速は平均80mile。 夕方にはOrlandoでホテル決めて、
バイクを返さなければいけないが、時間がありそうなので、話に聞いてたCocoa Beachにある
大型サーフショップのRon Jonに寄ってお土産を買うことにした。 昼過ぎには店に到着して、
その店の規模に驚いた。

Tシャツやら いろいろ買いこんで、ビーチにいってみた。 今日は穏やかなのか満潮なのか、波は比較的
小さく、なんかボディボードをやりたい衝動にかられた。 あまりの暑さに食欲もない、下からの熱風を運んでくる
バイクに乗るのは異常だ。 見かけよりは、快適そうでないのがバイク乗りなのだ。

再び50号線でOrlandoに戻ったのは、2時ごろであった。 なんか、なつかしく思える。 ダウンタウン近くに宿を
求めようかと行ったが、安そうなホテルは見つからなかった。 しかたなく、来るとき泊まった
International DriveのDays innに行った。

前に泊まったからと ディスカウントを頼んだら、小さい声でOKしてくれた。 バイク屋へは4:00ごろ着いた。
予定通りだ。 バイク屋のおばさんとおやじさんは笑顔で出迎えてくれた。 Fantastic! の連発で、
旅のこと、出会った人の事を話した。

無事何事も無く終えた今回の旅は、駆け足でいろいろ欲張ったので、後悔は残るものの、
また次回の楽しみに取っておこうとも思いながら宿までのタクシーの中で、ぼんやり景色を見ていた。
全行程 1,010 mile(1,616km) 我ながら良く走ったもんだ!   

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M O T O R C Y C L E S