公害怪獣は いったい何を叫んでいたのか!  小山昌宏

脳裏に焼きつく公害怪獣史

時代の痛み

戦後日本は、六〇年代の高度経済成長により、様々な歪みを生みだした。そのひとつが「公害」といわれる人体・環境破壊であった。人間が産みだした公害の被害者であり、被災した「憎しみ」「怒り」をもって暴れる怪獣たちは、いったい何を叫んでいたのか。     

「怪獣」のシンボル的存在であるゴジラ、ガメラもともに「核実験」が産みだした「公害怪獣」であったことを考えると、怪獣はまさしく人類の進歩が生みだした歪みであり、人間の影であることはいうまでもない。ブラウン管、スクリーンに登場した七〇年代の怪獣たちの歴史を掘り起こすことで、時代の忘れていた記憶を、一陣の痛みを再現したい。それは強者が弱者をくいつくす鏡としての復讐劇だ。

ヘドロ系

静岡県田子の浦港、製紙会社のパルプくずが直接、廃液となり海へ流された。ヘドロとなった海で、魚は奇形化し、死んだ。ヘドラは、そんな田子の浦から、廃液によって犯された水生動物となって現れた。おたまじゃくし状の生き物は、やがて形状のない身体と独特な赤い目をもつおぞましい姿となって上陸し、やがて飛行、巨大化しながら、人々を襲った。すでに著者が少年期の「トラウマ」となった怪獣であることは告白済み(笑)であるが、上陸期のヘドラが工場の煤煙を吸うシーン、路上をはいずりながら移動するシーンはあまりのおぞましさに、上映後しばらく「声」を揚げられなくなってしまったほど。自然の逆襲を体験した鮮烈な出来事であった。(『ゴジラ対ヘドラ』七一年 東宝)

円谷プロは、『帰ってきたウルトラマン』(七一年 四月)を放映開始した。第一話『怪獣総進撃』では、すでにヘドラを先駆けるヘドロ怪獣サザーンが登場した。このサザーン、東京湾でヘドロを主食としているせいか、オイルを飲んでいる凶暴な怪獣タッコングに、あっという間にかみ殺されてしまった。そのホームレスのおじさんのような風貌とあいまってかわいそうな、哀愁すらただよう怪獣だった。ヘドラもサザーンも、一見同類のようにみえて、その人柄(笑)の差は歴然である。「いい怪獣」は早死にするものだ(笑)。

交通戦争系

『帰ってきたウルトラマン』『スペクトルマン』を牽引者としながら、多数の巨大ヒーローを誕生させたのが、一九七一年・夏、ピークをむかえた第二次怪獣ブームだった。東宝、円谷プロのメジャーとは一線を画す怪獣たち。それがピー・プロダクションが生んだスペクトルマンと対決する公害怪獣たちだ。地球の美しさに、地球を欲しくなった「宇宙猿人ゴリ」が地球侵略のために、地球の「公害」を利用して産みだした。へドロン、ミドロン、ゴキノサウルス、モッグス…スペクトルマンも毎週公害に悩まされた(笑)。

クルマ二クラスは、子供心に強烈な自動車への恐怖を植え付けた。交通戦争とよばれた七〇年代初頭のモータリゼーションの悲劇を象徴し、交通事故死した少年勝夫の憎しみが実体化した怪獣であった。不気味な信号を象徴する赤・青・黄色の目、身体にはしる自動車の轍、引きちぎれ、かぎ状に折れまがった腕。この怪獣をみたときの衝撃は、自分の身体に轍がつく感覚であり、自動車が身体の上を走り抜ける痛みであった。引き逃げ犯が死ぬと、クルマニクラスも姿を消した。少年の魂がおそらく成仏したのだろう。

クルマ二クラスの未来ある少年の生命をうばったモータリゼーションへの憎悪。怪獣はその生命の魂の「復讐」劇を担うために誕生した。(『宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン』 七一年 ピー・プロダクション)

クルマ二クラスの風貌は、ひき殺された少年の怨念を直接具現しているのに対し、『ウルトラマン』に登場した高原竜ヒドラは、車にひき殺された少年アキラの魂が、鳥の姿となってあらわれたもの。おそらく、大空に羽ばたく少年の魂が具現化したものだろう。ウルトラマンもヒドラの首の上に魂の少年が乗っていることを確認し、ヒドラが飛び去るのを許し、殺さずにたちさった。

子どもにとって自動車とは走る凶器だったのだ。

ゴミ・毒ガス系

ゴキネズラは東京のゴミ埋立地「夢の島」に棲息するプラスチック怪獣だ。プラスチックを栄養とし生きていたので、鉄をも溶かす溶解液を吐くようになってしまった。たまたま郷秀樹に地中からひきずりだされたため、「帰ってきたウルトラマン」と闘うことになった。もともと闘う気もあまりないので、伊吹隊長とウルトラマンとの連携プレーに簡単に爆死した。人間が造ったゴミ捨て場に昔から住んでいたため、化合物まみれになったかわいそうなネズミ。それがゴキネズラだ。

それに較べ、岸田隊員の祖父が戦時中に開発した猛毒イエローガスを吸いながら生きてきたモグネズンは強かった。モグネズンは、「お前ら人間が、勝手に地中にうめたものを吸っていただけだ」と無実の主張を繰り返し抵抗した。モグネズンの吐くイエローガスは、日本軍が殺人兵器として開発したもの。そのガスに今人間が被害をうけているのだ。MATのマットジャイロから投下された大量のガスに帰ってきたウルトラマンが、スペシウム光線で引火させた炎で焼き殺された。先住者があとからきた人間に脅かされ、有害物質まみれになって死に絶える。公害はまさしく現実問題なのだ。

(『帰ってきたウルトラマン』七一年 円谷プロ)

『ウルトラマン』のゲスラも、海洋汚染のため巨大化し、ただ大好きなカカオをたべるために工場地帯の食品倉庫をめざし、上陸したために殺された。おとなしく目立たない怪獣で、「ウルトラマン」史上、ほとんど取り上げられないが、その丸い目と分厚い唇、南洋生まれという出自が、差別感すら浮きぼりにした。

お笑い系

深刻になりがちな公害怪獣にも、いいかげんな怪獣たちがいる。自分たちの不幸を楽しむ怪獣。それが『スペクトルマン』のゴキノザウルスだ。そのまんまゴキブリだけど(笑)。おなじゴキブリ系のゼットンの美しさとは程遠い。ゴキブリのくせに人間の動きだし。

妙に平たく、つやがあるのがいやだ(笑)。スペクトルマンをバックからクラッチし、ジャーマン・スープレックスにもっていこうとするあたり、映像が真面目なだけに笑える。 しかし、もっとすごいのが、「まぐま」の怪獣特集で紹介されかかったが、あまりのばかばかしさに却下された「パーティ・ビーチの怪獣」だ。ビキニギャル(死語か)が海岸で酔っ払ってスストリップしているところに、間抜け顔の怪獣が海から現れる(笑)。

水死体にとりついたプランクトンが、水爆で放射能にさらされ、怪獣化したという嫌な出自だ。結局いかれたサーファー連中に殺される哀れな末路。

(『パーティ・ビーチの恐怖』六四年 未公開)

水質汚濁系

日野原村に出現した超獣ハンザキランは、農薬や除草剤を使う村人を嫌い、村八分にされた坂上老人と孫娘のサユリによって飼われていた山椒魚が巨大化したもの。水が化学物質によって汚染されるのを嫌い村人と対立。村を追われ、洞窟に住まざるをえなくなった。村八分にされた坂上老人の哀れないでたちの中にみせる意思の強さは、ハンザキランを笛であやつり、村人を皆殺しにしようとする邪悪さに変わってしまった。サユリの笑顔と偏屈な老人が好対照。

地底人アングラモンは、人間がが地下水をくみあげたため、地底の生態系が狂い、悪化したのに怒り、超獣ギダギダンガを地底から呼び覚ました。超獣は地下水をふんだんに吸い上げる京浜工業地帯の工場を破壊する。アングラモンの怒りはもっともなのだが、物語はギダギダンガによって父親を殺されたダン少年と北斗星児の男同士の約束に収斂され、アングラモンは出汁にされていく。地底を破壊され、物語上からも疎外されたアングラモンはウルトラマンエースの緑色光線の前に絶命。水棲人ノンマルト同様、ヒーローへの思い入れはできず。(『ウルトラマンエース』 七三・七二年 円谷プロ)

大気汚染系

『帰ってきたウルトラマン』でその伝説が語られるようになったのは、『怪獣学入門』(旧JICC出版 現宝島社)で切通理作が言及したメイツ星人(金山十郎)の物語(怪獣使いと少年)である。メイツ星人は、大気汚染をはじめとする地球環境が悪化したために、メイツ星から環境調査にやってきたのであった。だが、その大気汚染のために身体をこわし、北海道から炭鉱夫だった蒸発した父親を探しにきた少年と出会い、お互いに父と子のいない境遇から一緒に暮らしはじめた。少年は金山が宇宙人であり、宇宙船が埋められていることを信じていた。少年が同級生に泥水を頭からかけられ、金山が市民に暴行され、警察官に射殺されるシーンは、同じく『帰ってきたウルトラマン』の「悪魔と天使の間に」で、身障者の少年に化けたMAT壊滅をたくらむゼラン星人を伊吹隊長が射殺するシーンとともに、少年期の心に爪あとを深くのこしている。

激しい雨のなか、殺された金山が念動力で封じ込めていた巨大魚怪獣ムルチ(ウチナーグチで魚のこと)が白煙をあげて復活。郷はウルトラマンに変身する。だが、ムルチは、あっという間に息絶えてしまった。少年(蝦夷)、怪獣(琉球)、星人(在日朝鮮)という民族差別を抱え、物語は公害問題を超えていく。民族差別が私たちの心からなくなる日はくるのだろうか。

「まぐま」 10号所収 2002年 studio zero