恒例座談会 プロレスは格闘技か(4)

二〇〇二年 八月一〇日 (金)  下井草 村さ来

 

小林稔  (こばやし みのる) 一九六ニ年生まれ 

 趣味は漫画、ロック プロレス イラスト 現在は、新格闘経営塾「虚無道」主催

小山昌宏 (こやま まさひろ) 一九六一年生まれ        

 ヴォーカリスト  趣味は小林稔に同じだが現在は、人生塾「無軌道」を「無気道」に改名 

   プロ格よ 何処へゆく

小山  なんかプロレス、ますますつまらなくなったよね。最近。これは歳のせいか(笑い)

小林 前回の出だしと全く同じなんですけど(笑い)でもさ。今までなら、ビデオとったり、夜中でも新日、ノア中継みてたのに、まったく見なくなったんだよ

小山 そうそう。俺もまったくおなじ。なぜかな。面白くないんだよね。プロレスも格闘技も。WOWWOWのUFCはみてるけど。

小林 今までなら、めったに見られない対決が、簡単にみられてしまう。これって対決する闘技者にとったら、かなりのリスクを背負ってるんだけど。

小山 これって、やはり、K―1、プライドを中心にするマッチメイクに、最初は興奮していた感はあるものの、「話題づくり→対決→リベンジ→再対決」という図式に魅力がうせた証拠だよね。要するにプロモーター側の提示したマッチメイクが、選手をだめにしていくし、観客もだめにする。

小林 ガセねたのヒクソンvs長州戦はどこへいったのでしょうか(笑い)。

小山 危惧するのは、話題先行で、選手の身体管理、モチベーション維持、信頼関係をつぶしているかもしれないことですね。自分のしらないところで、だれかれと戦うとか、「逃げた」とか、もうかってな憶測でかかれるわけだ。

小林 今までは、プロレス週刊誌、東スポがそれをやってたけど、その影響が、格闘技界にもおしよせた。

小山 やはり、猪木がプロレス、格闘技界のプロモートの頂点にたったことで、弊害もかなりでできていますよね。本来武道は、人知れず対決し、敗者も勝者も、「勝負」という一点において、鍛錬と精進をかさねてきた成果を認め合うものだったはずです。

小林 プロレスと格闘技のボーダーレス化が、さらにすすみ、完全に格闘技も「プロレス化」したということでしょうが。それでいんじゃないの。

小山 しかし、みのがしてはならないのが、レスラーも格闘家もリングに支配されるっちゅうことだ。

小林 どういうこと。

小山 新日の連中が格闘技のリングにたつときと格闘技者がプロレスのリングにたったときの試合の差だよね。カシンがプライドでシウバにぼこぼこにされた試合。それと猪木ボンバイエで永田がミルコのハイキック一発で沈んだ試合。一方、新日のリングで永田がコールマンに袈裟固めで負けた試合と中西がグッドリッジのパンチ一発で沈んだ試合。ルールの違いはあれど、レスラーは格闘技のリング初参戦のとき、かならずKOか失神の洗礼をうける。永田vsコールマン、中西vsグッドリッジ戦は、プライド戦士がプロレス側のルールでやったので、試合いが長引いた。

小林 これって、プロレスラーはリングにたつとき、お客さんあってのリングだから、マサ斎藤的な矛と盾の攻防を十分に楽しませなければならない。ようするに物語プロレスをやる前に、瞬発力でつぶされるわけだよね。レスラーは。

小山 気持ちがプロレスのまま、格闘技のリングにたつ結果だよね。これって、逆の意味で、アンディがK―1で初戦敗退した頃とダブルよね。つまりプロレスと武道にある「間合い」が「格闘技」ではない。

小林 それは?

小山 プロレスは互いの交流、力と技のやりとりを繰り返していくわけでしょ。それで見せ場をもってくる。武道、空手や柔道は、小手しらべからつばぜりあいにはいっていく。そして業の報酬にはいる。そういう競技者に身についた「ルール」が「格闘技」にはない。

小林 間合いを殺したものが勝つということ?

「間合い」なき「格闘技」の未来

小林 そういえば、前回、ノゲイラとコールマンの試合で、ノゲイラの柔術が直線的なコールマンの力を封じたと話してましたよね。

小山 力と技ってよくいうけど、プロレスは本当は業ではなく、力を誇示し、体力、腕力、胆力をみせるものだったはずです。馬場さんが身体の大きいものしかレスラーにしなかったのは、レスラーは「でかい」というだけで、強かったからです。

小林 でかいだけで強い。長州がいくら全日で頑張っても、鶴田の体力にはかなわなかった。高田がいくら頑張っても前田の体力にはかなわなかった。身体がでかいと強い。確かに。

小山 いろいろな評論家の方も語っておられるように、身体がでかいから強い。だから身体が小さいものが、大きいものを倒す。「能柔制剛」(じゅうよくごうをせいす)こそが、武道の基本であり、そのために技をみがく。技で力を制すのが武道のはじまりでした。嘉納治五郎がいっておられるように、身体の小さいものが大きいものに勝つためには、「崩し」と「間合い」が必要だったのです。

小林 あっ。今のプロレスは、もしかすると、「力」を誇示する本来のプロレスが、レスラーが小型化したために「技化」した。それで、本来技で力を封じる武道が、「力化」した。

小山 そうだと思います。力道山のころのプロレスをビデオでみると、力で殴る蹴るですよね。投げるのも力を感じさせる。それで、極真の大山倍達は、「武道にも力が必要」「筋力がなければ強くなれない」と考えて実践した。空手で「筋トレ」をがんがんやったのは、極真がはじめてでしょう。三瓶・中村時代の極真はまさに力全盛の時代でした。その中で小さな巨人、緑健児選手が世界大会でみせた炎のバックステップは、身体のでかい、力の強い選手の間を崩すまさに武道精神にみちた戦いでした。

小林 そうか、「格闘技」のリングは、エンターテイメント以上に、「プロレス」と「武道」を知らぬ間に吸いとったのか。

小山 だから、今のプロレスが面白くなくなり、武道もルール化された「格闘技」のなかで、「誰が一番強いか」という答えを求めないショーマンシップとしては、武藤の答えは正解だと思います。プロレス本来のあり方に帰りながら新しいプロレス、格闘技化しないプロレスをもとめていく。

小林 力のプロレスと技の武道を「格闘技」という名のもとに集約しようとする「猪木=石井」路線こそが、エンターテイメントとして指示されるのは当然だね。

小山 だけど、そこが、私は「危惧」を感じるのですが。

小林 別に感じないけど(笑い)

   スポーツ化かプロレス化か

小山 おまけにプロレス、武道、格闘技の概念に、スポーツが加わってきたものだから。

小林 前田がめざす方向ですよね。

小山 ボクシングと同じように、階級、ウエイト制で、WBAやWBCのようなきちんとしたコミッションがあって、ルールも確立されている。ボクシングはオリンピック競技ですよね。そして空手はだめで、テコンドーはオリンピック種目になった。このスポーツ化とUFCやプライドの「総合格闘技」とは、全く方向性がちがうと思います。

小林 客は結局「誰が一番強いかをみたい」

小山 そうそう。だから、いろいろなジャンルを吸収している「総合格闘技」で、前田のめざす方向は、大変な荊の道なんですよね。整理すると、まず武道とスポーツが相反する原理でできてますよね。そして、スポーツとプロレス、これも矛盾する。そして武道とプロレス、これも全くちがう。その頂点に「総合格闘技」があると考えたらえらいこっちゃですよ。

小林 その対立概念を簡単に…。

小山 武道は簡単にいえば、矛の力を技で止める。武力を力として発現させない道として発想されたわけですよね。究極的には、相手に闘わずして勝つ。スポーツは、力と技をみがき一定のルールのなかで、闘うことを前提にしている。そしてプロレスは、力の応酬を「見せる」ことで、ショウとしてエンターテイメント(商売)にかえた。これをいいかえると、武道は現実の「殺し合い」のなかにあっても、互いの人間の人格と精神性を尊んだ。スポーツは勝ち負けを超えた「戦い」そのものに価値をみいだし、プロレスは勝ち負けをこえた戦いのストーリーにそのものに価値をみた。でも。

小林 そうじゃない。

小山 そうそう。武道であれ、プロレスであれ、一定のルールで戦う以上、現代ではスポーツ化の道をたどらざるを得ない。これはすべて「勝ち負け」が基準になる。たとえば、スポーツとしてのサッカーは、日本でもあった。それがプロスポーツとしてのサッカーになったのは最近ですよね。アマチュアサッカーとプロサッカーのルールは違いますか?ちがわないでしょ。

小林 そうだよね。でもアマチュアレスリングとプロレスリングのルールはぜんぜんちがう。

小山 アマチュアレスリングの興行をうったって、誰が面白がりますか(笑い)。プロレスだからみるんですよね。プロレスは、はじめから「ショウ」「八百長」と思われてるんですよね。

小林 そうか。「格闘技」は、プロレスのエンターテイメントを残しつつ、「スポーツ化」する方便なんだ。武道家にしてみれば、注目されずに、金もうけもすくない武道よりは、エンターテイメントの「格闘技」に進出すれば、より「武道」をひろげられる。

小山 猪木の方向性と「グレイシー」の方向性は「格闘技」において利害が一致したんです。で、大山倍達がいってたように、その時点で、プロレスはプロレスでなくなり、武道は武道でなくなったんですよね。

小林 そうか。「プライド」のリングは「強さ」をはかる計測器の役割をはたしたばかりではなく、プロレスをスポーツ化し、武道をエンターテイメント化する役割を果たしたわけだ。

小山 だからやばいんですよ。

小林 ?

   グローバル化とキャラクター

 小山 何故、やばいかっていうと。武藤が猪木から離れ、全日に走り、極真が分裂したことに象徴されていますからね。つまり、プロレスのスポーツ化に反対、武道のエンターテイメント化に反対っていう流れですよね。

小林 プロレス本来のもつ、楽しさ、演劇性、人生をキャラクターにかさねあわせる魔力が「強さ」だけにとってかえられること、武道のもつ精神性が「金」だけにふりまわされること、だから、世間では総合格闘技ブームでも、プロレスはあるし、武道もある。エンターテイメントとしての「総合格闘技」に、「プロレス」も「武道」浸食されるわけにいかない。

小林 そんな深刻なことかな(笑い)

小山 いやー。これは深刻です。現に我々がプロレス、格闘技に興味を示さなくなってるでしょ。

小林 強さという価値と金という価値に還元される世界はわかりやすいんだけど。

小山 それが危険なんですよね。ただ強いものの天下。ただ金あるものの天下。これだけの原理で市場が動いたら、エンターテイメントはなりたたないですよ。

小林 なんか、マンチ昔と逆なこといってますね。(笑い)

小山 なんていうのかな。俺はプロレスがただすきなんだ。格闘技もすきだけど。この猪木=石井路線にはグローバリズムを感じるわけ。そのなかで固有なキャラクターが窒息する。武藤が「総合格闘技」にいったらどうなります? ムタは黒士は? 役者と同じで、武藤は舞台がなくなるわけなんですよ。いまや、「総合格闘技」を中心としてプロレスがとりまく状況になってしまい、「総合格闘家」予備軍として武道家がとりまく。いやーな状況ですよ。これは。

猪木の「燃える商魂」が闘魂三銃士に

小山 で、橋本、蝶野、武藤の役割が本当にはっきりしたよね。

小林 橋本の決裂、蝶野の継承、武藤の謀反、この三様はサラリーマン人生の縮図だよね。

小山 俺の気持ちは限りなく武藤に近い橋本だよね。

小林 俺は限りなく橋本に近い武藤だな。

小山 企業でいえば、盛りをすぎた企業の舵取りをまかせられた蝶野はしんどいよね。猪木CEOの一声で変わるからね。体制が。橋本はいじめ覚悟でゼロから立ち上げたし。武藤は老舗の経営陣が弱体化した会社の新社長のおさまるわけだ。

小林 いずれにしても、一国一城の主だよね。

小山 それだよ。ポイントは。俺たち、使われるのにも疲れ、かといって新しいことをするパワーもない。ほぼ同世代の三銃士のやつらをみて、大いに感じるところがあるよね。

小林 「経営」は結局お客さま満足だから、三人の舵取りに注目したいですよね。

小山 蝶野が猪木にたてつきながら、どう采配をふるえるか。橋本はどう格闘世界をつくれるか。武藤はどうプロレスをつくるか。

小林 興味ないんですけど(笑い)。

小山 確かに(笑い)。

小林 わかりました?

もはや歯止めがきかない失われるプロレスへの関心

小山 ムーブメントも終結し、マットが強さだけに収斂され、感動できる選手が不在な状況で、本当にプロレスやばいよね。

小林 高山は、よかったよ。フライとのどつきあい。久しぶりにプロレスだったよ。あれは。

小山 でも、あれは「プライド」ですよね。格闘技の「リング」ですよね。 

小林 でもプロレスだよ。あれは。

小山 桜庭・ホイス戦も「21世紀のプロレス」だっていいましたね。そういえば。

小林 あの顔のはれ方はリアリティあったね。

小山 高山、技なんかだしませんよね。あのでかい身体で、ぶんなぐる、蹴る。絞める。

小林 あの存在感こそが、プロレスなんだよ。

小山 藤田にもレスラーを感じますが…。

小林 小川はレスラーじゃないよね。

小山 田村はレスラーですよ。

小林 レスラーとレスラーじゃない差は何処にあるのだろう。

小山 うーむ。ところで、藤田と安田の勝者、藤田が勝ったけど。藤田と小川の勝者がヒクソンとやるのか。日テレがおりてながれたね。あれ。

小林 やっぱり、観客動員できなくなってきてるようだ。

小山 まあ。今回でこの対談も終わりということで。また機会があったらはじめましょう。

小林 そうだね。これ以上続けるのはしんどいね。

後日談

吉田秀彦がホイス・グレーシーに袖車絞めで完勝したことにより、小川のファイト、桜庭の連敗、極真勢の不完全燃焼に格闘技への興味を失いかけていた小山が、またしても吉田の今後の戦いに期待するという限りなき泥沼にはまりこんだことを告白する。だが、この対談が今後継続されるかどうかはわからない。高山が小川良成に勝って、NOAHのベルトをまこうが、秋山が、小橋が立ちはだかろうが、ついに女性レスラーと試合をしてしまった新日より、少しだけいい程度の違いだ。とにかく吉田が立ち技系にやられるところをみたい。そしてリベンジ。こりてない。こりてない(笑い)。