絵本を本当に志そうとしている方へ


なかえよしをの絵本論

ここに書かれていることは 一般的ではありません。
ぼくのかってな絵本論です。
ですから少なくてともぼくの絵本を何冊が読んだことのある人でないと
なにをいってるのかが分からないと想います。
「ねずみくんのチョッキ」「ことりとねこのものがたり」
「のらねこの詩」「宇宙遊星間旅行」「きこえてくるよ」
「メリーゴーランド」「いたずらララちゃん」
「ダッくん お花ばたけへいく」「チコ」「小宇宙」
この10冊の中で3冊くらい見たことがある方ですとお気づきと思いますが
ぼくの絵本の作り方は、帰納法に属します。
絵本が子供を対象にしているということでは演繹法は絵本的でないと思います。
絵本は伏線を重視すると考えます。伏線は考え、想像力をかきたてるものだからです。
でもそのことが お話を考える人で分かっている人が少ないです。

帰納法は最後のオチをまず考える方法です。
何故このことに拘るのかといえば、簡単です。
アガサ・クリスティーのあのどんでん返しです。
オー・ヘンリーのヒチコックの星新一の手塚治虫の稲垣足穂の 
金子みすゞのそしてデユシャンのです。
結末のどんでん返しの驚きは裏切られる快感でもあります。
付け加えておきますとシユールレアリスムはどんでん返しです。
途中、伏線がひかれ、見破るチャンスが与えられている展開ほど
作者の想像力に脱帽です。
そんな作品を自分の作ってみたい、こればぼくの絵本づくりの基本です。



絵本の作り方をまとめたものです。ダウンロードしてプリントして参考にしてください。
個人で参考にされるため用ですので、他への使用・流用は禁止いたします。

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それをふまえて
絵本を作ろうとしても なかなか お話が浮かばない人 絵が想うように描けない人に
ぼくの経験からどうして それを乗り越えてきたかをお話してみようと思います。

まず
に関してですが 簡単にいえば 自分の描きたい絵描きさんの絵があるのか?です。
その画法、テクニックを真似て自分のものにすることです。
真似ているうちに自分の個性がしらぬまに加わって 新しい自分の絵が出来ていくものです。
画家の中でこの模倣する描きかたから入る以外に自分の絵を見つけ完成させた人は いないでしょう。
どんな 著名な画家も みんな初めは模倣から入っていくものなのです。
本当です。最低100枚は描くべきです。
それでやっと自分が描くべき絵がみえてくものです。


文章ですが 文章というと少し違います。文章は後で良いのです。
初めにお話がなくては 文章は書けません。
絵本の場合は文章で話しを考えないほうがいいです。
ミニラフがいいです。ラフな絵でいいですから、視覚的に話しを考えるのです。
ラフを描きながらお話をイメージして進め 忘れない程度に文を書き込んでいきます。(上記の絵本の作り方をダウンロードしていただくと詳しいです)
しかし、ここでは それでもお話が浮かばない人のために 書いてみます。

お話はジッとしていて 浮かぶわけがありません。
お話し(アイデア)が浮かぶためには、ひらめくためには 普通にしていたのではいけません。
アイデアをだすためには仕込みが必要なのです。
人の作品をみなくてはいけません。自分の好きな作品がたくさんほしいです。
これは絵ではなく お話の展開です。構成です。結末です。その 衝撃です。
それが前に述べたアガサ・クリスティー、オー・ヘンリー、ヒチコック、
星新一、手塚治虫、稲垣足穂、金子みすゞなのです。
この人達の作品をみたら分かるはずです。もし、見てない、知らないという人は
ぜひ読んでください。 絵本のお話づくりはそれからです。
帰納法のお話のよさが 分かります。



お話作りでもっとも大切なのは 想像力ですが 当たり前のようですが そのことがなかなか理解でされてないようです。
a)作者が現実の世界からお話を作る
b)作者がお話の中でお話を作る

このふたつの差は大変な違いです。
a)は作者自身を現実の世界において お話を作っていくものです。
これが当然と思われるかもしれませんが
b)は全く違います
作者自身がお話のなかに入ってお話のなかで考え展開させていくことなのです。
これができそうで出来ないのです。
こどもたちが 平気でお話に中に入っていいくのですから 作者は お話の中でまちかまえていなくてはなりません。こどもは、演繹だろうと 帰納だろうと入ってきてしまいます。そこで大人である作者の考えが重要になります。
なんでも吸収してしまうこどもに よい情報を送らねばなりません。
少し先に生まれた大人の責任なのです。

ここで こどもが喜んだ なんていうのは 作品の善し悪しには関係ないのです。
そのことがわからないで作っている絵本がいかに多いことか。
読者も編集者も作者も気が付いていない。
絵本だから 少しくらい つじつまがあわなくてもいいという考えなのです。
そんなかたいことをいわなくても 読者が喜び 作者が楽しく作ればいいではないかというわけでです。
そして売れれば・・いいというわけです。
こどもは良い悪いの判断ができないことを知らないのです。
こどもは好きか嫌いかでものごとを判断する人々なのです。
売れる本は良いから売れる。はかならずしも正しくありません。
一般の人はだまされても 作品を作る方がだまされていては目もあてられません。
ぼくに言わせていただければ アガサ・クリスティー、オー・ヘンリー、ヒチコック、星新一、手塚治虫、稲垣足穂、金子みすゞをみてないからそんなことになるのです。
(絵に関してはルネッサンス時代の絵をただ鑑賞すればいいのです。目が肥えます。
本物が見えてきます。いま流行の安っぽい絵が分かります。)
今 日本でもっとも売れていて こどもに人気のあるという絵本を読んでみました。
ぼくの絵本づくりとは両極に位置する作品でした。
演繹法の
作者が現実の世界からお話を作るの典型でした。作者の都合で話しが進み、なんの伏線もなく、ご都合主義の展開で楽しければいいだろう、すきなことしてなにが悪いというのが、画面からにじみでています。
テーマも物質欲まるだしで、こどもの教育には言ってはならないことが平気で当たり前のごとく述られているのです。
絵本のテーマはこどもが対象ということでも、物質でなく精神的なことでなくてはなりません。
作者の哲学が試されるのです。
何の哲学もなく 売れているを武器に傲慢に蔓延っている連中に、売れない者がいってみても 犬の遠吠えでおわってしまう虚しさよ。

帰納法のお話づくり
帰納法はまず初めに結末(オチ)を考えます。
「オチ」すなわちアイデアのことです。アイデアのないお話は ぼくにはなんの魅力も感じません。起承転結のオチは読者との知恵比べなのです。
オチをみて驚き してやられたと 読者におもわせるのが短いお話の絵本の醍醐味でもあるのです。たった15見開きで最後のページで読者を裏切ることができれば それが納得のいくオチであれば その作品は 成功でしょう。
起承転結は起承転のなかに必ず伏線をひいておかなくてはなりません。
読者がオチを 想像できるヒントです。それをみせてもなおかつ オチを気づかせない作り方をしなくてはなりません。展開の妙です。
演繹法にはできない技です。
そのオチであるアイデアはどうやって考え想いつくのか?ですが。
それはただひとつ 上記の作家の作品を見て、なるべく多くの映画をみて 美術の科学の自然の本をみて 雑学的に頭の引き出しにいれておくことです、いつでも取り出せるようにしてです。
無駄とおもわれることがら それらの断片をちよこっちよこっとつなぎあわせて まったく関係ないと思われるものが 不思議と思いめぐらせているうちに ふっとつながるのです。アイデアが閃く一瞬です。
これしか 方法はありません。アイデアはその道を通ってしかでてはくれないのです。
こんな秘密は 絶対に ひとには話さない方がいいです。損しちゃいます。
このページを誰も読みませんように・・・ 合掌


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