2006年2月11日(土)


2列目ほぼセンター(ちょっと上手寄り)で観てきました。
すごい間近で拝見出来て、表情やいろいろ観えなかった部分を観れて、嬉しかったです。

この感想を書く前に、STORYのレポを書いていたのですが(必死に記憶を呼び戻して^^;)書けば書く度、感情がニコライとブロンスキーに傾いていきそうになるのはなぜ(笑)

そうそう。
この公演、葛山さんのプチハプニングが続きました(笑)
思いっきり滑ってイスをひっくり返しそうになるわ、スティーバの言葉に動揺して銃の発砲がずれるシーンでは危うくスティーバを撃ちかねない位置に銃を持っていってしまうわ(スティーバの「あぶねっ!」には笑いました。)、キティとの黒板での告白合戦(?)では思いっきりチョークを折るわ・・・。
面白すぎます^^;


今回間近で観ていて、とても惹かれたのは小市さんと山路さん。
まず、スティーバ@小市さんのお茶目さと、ふとある瞬間に見せる真顔に惹かれました。
舞踏会でのアンナとブロンスキーの様子を心配気に見つめ、置いてけぼりのキティをいつもの笑顔で慰め・・・。おちゃらけながらも自分の周りの人達の事が幸せになる為に1番動いていたのはスティーバではないかと思った位です。

2幕でベッツィーも言いますが、「のめりこまなければ。」この台詞が妙に印象的でした。

そして、ラストのブロンスキーを抱きしめるスティーバ。上手からは、背中と横顔がホンの少し観えるくらいで、表情は分かりません。なのに、やっぱり泣けてしまいます。
その後姿からこんなにも「感情」が伝わるなんて、と。
そのシーンは「早く戻ってこいよ!」というのが精一杯で、あまり多くを語らないスティーバですが、その切なく暖かい思いはひしひしと伝わってくるようでした。

そして、山路さん。
このニコライにはちょっと感情を掴まれました。
一見、冷淡で、家族より仕事・自分って感じで、反論の余地を与えないような「イヤな男」ではあるのですが、それは彼の生い立ちの影響もあったり、セリョージャに対して厳格であるのも、彼なりの愛情(決して息子が憎いのではなく、自分の経験からセリョージャに立派に育って欲しいという思い?)からであって。※そう私が感じたのは、後半聖書を暗記させた後セリョージャに対して語るその内容からです。
アンナのことだって、決して愛してないわけでなく、そういったニコライの性格やプライドが邪魔してうまく伝えられなかっただけではないかと。
確かに、あの前半の態度からそれを読み取れっていうのは難しい気もしますが、8年以上一緒に住んでいてもアンナには分からなかったのかな?と思ったり。
ニコライもたった一言でいいから、アンナを大切に想っている事を伝えられたらこんな事にはならなかったのかもと思ったり。
でも、もしかしてニコライ自身もアンナを失って初めて、アンナを想う、息子を想う感情に気づいたのかも知れませんけど・・・。
セリョージャに初めて優しく接した夜の(セリョージャの10歳の誕生日の日)、息子に向けたニコライのぎこちない笑みが忘れられません。
その父の愛情が伝わったからこそ、セリョージャもあれだけ恐れてた父に素直に飛び込んだのだろうし、その息子を優しい笑みで抱きしめるニコライもほっとしたかのようで。
そのシーンは、私の中で1番感動的でした。うるっときました。

その直後やってきたアンナに対し、「君は死んだことになっている。」と伝えるニコライですが、私は「ヒドイ」と全く思わなかったんです。(既にかなり感情移入してる?:笑)
ニコライも言っていますが、息子に対する彼なりの配慮だったということは素直に納得できてしまったのです。
アンナが「セリョージャを幸せに出来ますか」と詰め寄りますが、違う言葉で逃げたり「幸せになる為にここにいるんじゃない!」と言い放ったりするニコライですが、まだ手探りではっきり言い切る自信がなかったのかな、と・・・。もしかすると「幸せ」とはどういうことかニコライ自身分からないのかも・・・。

去ろうとしたアンナに向かって、時折言葉を詰まらせながら、裏返りながら「君が戻るなら、受け入れよう」と言いますが、彼にとっては、すごく勇気のある発言ではなかったと思います。
でも、時は既に遅し、でしたが・・・。
もっと早くに、アンナを恋しい気持ちを伝えられていたら・・・悲劇は起こらなかったかもしれません。

アンナ亡き後、アンナとブロンスキーの娘を引き取ったのだって、娘にアンナの面影を重ねているのでは・・・。
自分の子ではないのに、すすんで引き取り愛情を注いでいる。
アンナを愛し、アンナに対して申し訳ないと思っている証なのでは、と思わずにはいられません。

すごいニコライについて語ってしまいました(笑)


井上ブロンスキーですが、間近で観て思ったのは「ちょっと井上さんの癖が出てるかな?」ということ。
表情や仕草に「井上さん」を感じてしまったんです。特に前半。
後半の台詞の発し方や、仕草はかなり好きですけれど(^^)
そうそう。クロケットゲームのシーンで「いいことをお教えしましょう」とアンナの後ろから抱きしめるようにクロケットを扱うブロンスキーの仕草や、切なそうにアンナの背後から抱きしめるブロンスキー(パーティ)にはちょっとドキッとしました。

歌については、かなり満足しています。低音もしっかり響いてますし、高音も力強く、時には甘く響いてました。
でもですね・・・あの、ナンバーに限った事ではないのですが、ブロンスキーがあまり描かれてない気がしてしまって・・・。
決して、井上さんをもっと観たい!というファン心理ではなく(笑)なんか、イマイチのめりこめないその1(笑)の理由かも・・・。(その2の方が徹底的かも・・・^^;)
アンナと過ごし始めてからのブロンスキーには結構感情移入出来るんです。彼なりに精一杯頑張ったんだろうなと。(でも、若さゆえというか、その一連の行動がよかったかどうかは別として、ですけど。)
彼がどんな人だったのか、どういう想いだったのか・・・。ニコライのように後半になってからでもいいから、ちょっとした台詞や歌の中でもいいから、もう少しブロンスキーを知りたかったなあ。
井上ブロンスキーは好きです。でもね、欲を言えばね、というお話でした。


で、徹底的なのは。
残念ながらアンナに感情移入できないということ。これがその2^^;
アンナがブロンスキーに惹かれていく過程(前半が特に)が観えなかったんです。
道徳観のあったアンナが、息子を心から愛していたアンナが、どうしてすべてを捨ててまでブロンスキーとの愛に走ったのか。そこまでの「感情」がちょっと・・・。
なんとなく惹かれているのは分かるんですがそれ以上の感情の流れがよく観えないままブロンスキーの元へ飛び込んだ、という印象があって…。
どうしても引っかかっちゃうんです。そこが深く感じられたら、私はきっとアンナに感情移入しまくりで泣いていたかも知れません。

一路さんの歌はさすがだし、セリョージャを思う気持ちや不安定になっていく過程などには胸うたれるのですが、軸になるべき(と思う)「アンナとブロンスキーの愛」が私には思ったより浅く感じられてしまったんです。

誤解のないように繰り返しますと、作品としての(小説としての?)「アンナ・カレーニナ」のアンナには感情移入してたんです。
でも、今回のこの、ミュージカル「アンナ・カレーニナ」の中では、私にはイマイチ伝わり辛い部分がありました。
アンナそのものというより、舞台上のアンナの描き方・表現の仕方、といったところでしょうか…。
うまく言えないのですが^^;



キティとレイヴィンの愛は、救われた気持ちになったし、同時にアンナの悲劇も浮き立たせた感があって、すごく重要だと思いました。
でも、もうちょっと、アンナとブロンスキーに重きがあってもよかったのかなあ、なんて。

あくまでも、私の個人的感想です。
んー、まだモヤモヤまとまらずにいます(苦笑)

あ、カテコで卓実くんが、山路さんに「手を繋ごうよ〜」という感じで手を差し出していました。
めっちゃかわいい笑顔の山路さん。
でも、「息子」を独り占めの一路さん(笑)←ご自分の前に立たせて抱きしめるように肩を抱いていました。
山路さんのあの笑顔を見ると、あのぎこちないニコライの笑顔を思い出してしまって、胸が締め付けられてしまう私なのでした^^;