欲望という名の電車

作:テネシー・ウィリアムズ  翻訳:小田島恒志
演出:蜷川幸雄

出演

大竹しのぶ 堤 真一 寺島しのぶ 六平直政 
立石凉子 大石継太 松下砂稚子 品川 徹 

STORY

 「欲望」という名の電車に乗り、「墓場」という電車に乗り換えて、ブランチ(大竹)は妹ステラ(寺島)の
住む「極楽」駅に降り立った。そこは様々な人種の人たちが共に生活するニューオーリンズの下町。
身を持ち崩しても名家のプライドを捨てきれないブランチは街の雰囲気に驚き、ステラの夫スタンリー(堤)は
そんなブランチにあからさまな憎悪を示し、二人は反発しあう。
人々の前では、上品に振る舞うブランチだが、実は実家の土地を失い、スキャンダルで教師の職も追われて、
絶望的な気持ちでこの町にたどり着いたのだった。
そんな中、悲惨な現実を受け入れられず、過去の思い出にすがって生きる彼女の前に自分をレディとして
扱うスタンリーの友人、ミッチ(六平)が現れ、恋人となる。そしてブランチは彼との結婚を望むようになる。
しかし、スタンリーからブランチの過去を知らされたミッチは、ブランチを踏みにじる。
またスタンリーと二人きりの夜、ブランチはスタンリーの言動で更に追い詰められる。
やがて、精神のバランスを崩したブランチは、破滅へと追い込まれていく・・・。

作品紹介

 『欲望という名の電車』は、アメリカの劇作家テネシー・ウィリアムズによって1947年に書かれた。
自伝的戯曲『ガラスの動物園』がブロードウェイで大成功を収め、脚光を浴びるようになった直後の作品で、
ピューリッツァ賞を受賞した名作。1947年にエリア・カザンの演出で初演(ブランチ:ジェシカ・タンディ、
スタンリー:マーロン・ブランド)され、上演回数は855回を数えた。1951年には同じくカザン監督により
ヴィヴィアン・リー、マーロン・ブランドの主演で映画化されている。
 日本で『欲望』といえば、文学座の公演があまりに有名。故・杉村春子は1953年から87年まで594回
ブランチを演じている。東恵美子、栗原小巻、樋口可南子といった女優がそれぞれのブランチを演じ、昨年は
女形・篠井英介が演じて話題となった。

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感想。2002.5.11(土)観劇 座席:1階N列6番

 1階バルコニー席下手にいるトランペット演奏で突然始まり、堤スタンリーは客席通路を通って登場。
舞台上は、ずっとスタンリー家だけど、そこから出かけて何処かに行く時は、客席通路を通っていきます。
(上手7,8番の間を抜け、H、I列の間を通り、そのまま上手の脇に抜ける。座席番号をクリックして想像
(?)してみて下さい。)

舞台セットやBGMの音楽(ブランチの「傷」でもあるブランチの頭の中でのみ流れるポルカの曲など)、
生トランペットなど豪華だなーとまず思ってしまいました(笑)

堤スタンリーは大げさすぎず、自然で私は結構好きでした。
スタンリーのイメージ的にはもっとがさつで野蛮で荒々しく、時には幼稚な感じ、を持つ方もいるかも
知れませんが、私のイメージの中では堤スタンリーが一番近かったかも知れません。
野蛮で「オス」な部分が強いけどがさつではなく、すごく魅力的でした。
それと、なんていうか、今回の舞台で初めて感じたのですが、スタンリーはブランチをただ嫌いなんじゃなく、
その裏にある「(お互い)強く惹かれてしまう想い」があるような気がしてなりません。
それ故に、激しくイライラしてしまう、というか、相手を攻撃する事で自分を守るというか・・・。
考え過ぎかも知れないけど、本当にブランチを嫌いだったら手を出しても(暴力)おかしくないよなあ。
そんないろんな想いがいろいろ交錯して、すごく印象深かったです。
だから、ただ「がさつな暴れん坊」じゃない、魅力的なスタンリーがそこにいたのだと思います。

それにしても、何度派手な喧嘩をしても許してしまうステラの気持ちが分かるような(?)そんなスタンリーでした。
しかーし、家(舞台)に入るたび着替えているので驚きましたが(笑)
確かにニューオリンズの蒸し暑さを表しているかのようなジメジメ感が伝わってくる中でのお話ではありますが。
スタンリーで印象に残ったのは、酔っ払って大暴れした後我にかえり、一人部屋でうなだれるシーンです。
ちょっとの間その場にうずくまって頭を抱えて静かに泣き始める。そしてよろよろと受話器を取って上の部屋に
電話をするけど何回かけてもすぐ切られてしまう。
そして表に出て上の部屋めがけて何度も大声で「ステラー!!」と叫ぶシーン。
現れるステラに顔をうずめるその後姿はホント子供のようでした。
堤スタンリーは暴れて怖い、というよりもその彼の持つ空気の怖さがなんか時にぞっとしました。

寺島ステラは今まで観たステラと違うステラでした。(私だけかな。)
ちょっと大人なステラ、というか・・・。
「妹」だけど「姉」のような感じがあって、存在感ありでした。
ラストで、去っていくブランチの後姿を見ながら顔をくしゃくしゃにして泣くあの表情にはぐっときました。

そして、大竹ブランチ。
一言、「すごい!」です。
最初、すごい早口だったのはびっくりしましたが(勿論、ブランチの心中を表す為だとは思いますが。)
でもちゃんと伝わってくるし、その持つ空気、仕草、表情・・・。
「大竹さん」である事を忘れそうになりました。
席が遠かったので舞台上での表情がよく観えなかったのが残念ですが、それでも心に抱え込んでいる
傷、繊細な、壊れそうな心、狂気。そして忘れがちなユーモアセンスのある可愛い女性・・・伝わってきます。
すごく魅力的で目が離せないブランチでした。
あんな過去を抱えた時点で、既にブランチの心は病んでいたのかな。
それを優しく包んでくれる人に早く出逢えてたなら、ここまで精神が破壊される事はなかったかも知れないなあ、
と悲しくなりました。
完全に癒されることはなくても、もっと早くにミッチに出逢ってたら・・・。
そう思うと、ちょっと、ブランチの苦しみが分かる気がしてしまいます。
スタンリーと二人きりの夜。抵抗するブランチはスタンリーの力に負け膝が崩れる。
「こうなることは初めから決まってたんだ・・・」そういうスタンリーに抱き上げられたブランチの表情。
完全に壊れてた。身動きひとつしない。すでに人間として破壊されていたかのようにさえ見えた。
この時ばかりはホントに心からスタンリーを毛嫌いしたな・・・。

私がこの作品を観たのは3作品目。
初めて泣きそうになって必死に堪えました。
ラスト、ブランチが待ち焦がれていた人とは全く違う人(医師)がブランチを迎えに来た時。
ブランチは暴れました。もがきました。こんなに最後暴れたブランチは初めて観ました。
そしてふと大人しくなり、医師(男性)の腕に手をまわし、去っていくブランチ。
客席を通って、初めて下手に去っていくんだけど、曲がる直前、自分の席からはっきり肉眼で間近でブランチ
の表情が見えたんです。
その表情を観た時、すごく胸をぎゅっとつかまれた気持ちでした。
放心状態なんです。ホントに目が何処を見ているのか分からないんです。
なんていうんだろう、そこにいるブランチは「心」が抜けてしまってるような、そんな感じでした。
今まで観たブランチは、そんなに派手に暴れることなく、結構すぐにふっと大人しくなり、誇り高い表情で
去っていく印象が強かったんだけれど、大竹ブランチは違った。
ブランチが心を取り戻す日はくるんだろうか・・・すごく哀しかったです。

ひとつ残念なこと。
舞台が大きいせいなのか、演出のせいなのか、はたまた違う理由なのか分かりませんが、主要な役の方
以外の印象がちょっと薄かったです。
(すみません、失礼な言い方で。)
特に前回篠井ブランチの時は周りを固めていた人達もすごく良くて、ますます全体的に好きになったもんで。
ミッチの田中哲司さんとかスティーブの石橋祐さんとかユーニスの伊東由美子さんとか。
あと内野スタンリーの時は結構物売りの「タマーリー」が印象深く演出されてましたが(篠井ブランチでは違う
形でしたが、削った人物もいる中やはり「タマーリー」は印象深く使われていたように思います。)
この作品自体、どっちかというと小さい空間で観たい作品だなーと個人的には思いました。

ああ、もう一回観たい。正直な感想。

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