阪急という会社

 阪急電鉄というのは変わった会社だ。いろんな面で他の私鉄に同調しないという点においてである。関西には、JRを除く私鉄各社で構成する関西鉄道協会というのがあって、鉄道運営にかかわるさまざまな問題について調整し、共通の問題については協力し合っている。鉄道利用者に関係の深い「優先座席」や「携帯電話の使用」などについてもここで話し合われたはずであるが、阪急だけが別の道を歩んでいるのである。

 優先座席については、JRも含めてほとんどの会社が各車両のどちらか一方の端に設けているのであるが、阪急だけは違う。阪急は全席が優先座席であるから特に表示しないという方法をとっている。阪急の利用者はそれほど心優しい人ばかりなのであろうか。去年から毎日阪急電車を利用しているがとてもそうとは思われない。優先座席と決められていても、元気そうな若者が大きな顔をして座っていたり寝たふりをしているというのが今の日本の現状である。阪急の考え方は一つの見識であるかもしれないが、現実はそんなに甘くはないのである。

 次に携帯電話の使用についての車内放送であるが、京阪電車では「車内ではマナーモードにしていただき通話はご遠慮ください。また、優先座席付近では必ず電源をお切りください」と放送している。他の多くの鉄道でもほぼ同様の内容である。ところが阪急だけは違う。先頭と最後尾の「電源オフ車両」では電源を切り、他の車両では通話はご遠慮くださいという趣旨である。尤も、優先座席を決めていないのだから同じ内容になりようがないが、この「電源オフ車両」というのが問題である。僕は初めてこれを聞いたとき「いったい何を言っているのだろう」と思ったものである。「オフ」というのがよく聞き取れなかったのである。僕でさえこうなのだから、明治・大正生まれの老人が聞いて、すぐに理解できるはずがないであろう。第一こんな言葉は日本語として認知されていないのである。まさにマスターベーション以外の何ものでもない。

 この二つの問題は比較的最近の話題であるが、ずうっと昔から阪急だけが「我が道を行っている」ことがある。駅での線路の呼び方である。恐らく100パーセント近い日本人が1番線、2番線と呼ぶであろうものを、阪急は1号線、2号線と呼んでいるのである。僕が初めてこの言葉を耳にしたのは小学校低学年のころだと記憶しているが、ひょっとすると僕が生まれる前からそうだったのかもしれない。

 これまでに挙げたことはソフトウェアに属するが、最後にハードウェアについて気づいたことを1つ、自動改札機のことである。普通、自動改札機は進行方向に向かって右側に切符の挿入口があり、機械と平行に挿入するように口が開けられている。ところが阪急が長年使用してきた改札機は、この口が少し斜めに切ってあって、外向けに切符を入れるようになっているのである。これは右手で切符を持った場合、人間の手の構造上、極めて入れにくいのである。なぜこんな構造にしたのか、設計者に聞いてみなければわからないが、一つ考えられることは左利きの人が使いやすいようにしたのではないかということである。左手で自動改札に切符を入れようとするとなかなかうまく入らない、慌てるとますます入りにくい。日常よく目にする光景であるが、左利きの人には使いにくい構造である。しかし、それが挿入口を少し斜めにしただけで解消できるものだろうか、五十歩百歩だと思う。左利きの人に配慮するのなら左側の機械にも挿入口をつけるべきであろう。多少、機械の幅は広くなるかもしれないが、そこまでやって始めてユニーバーサル・デザインと呼べるのである。しかし、そんな阪急独特の改札機も引退の時期にきているようである。そして旧機との入れ替えが進むICカード共用の新しい改札機では、他社の改札機と同じように真っ直ぐに入れるようになっているのである。


斜めを向いた挿入口 真直ぐな挿入口


 ことほど左様に阪急は変わっているのであるが、ではなぜこうまで他社と違ったことをしたがるのかを考えてみるに、それは一にかかって阪急のプライドの高さにあると思う。わが社こそは日本の私鉄界をリードするものであるという自負であろう。しかし他社がついてきてくれなければリーダーとは言えない。孤高の精神も哲学者や文学者ならいいが、公益事業を経営する会社としてはどうだろうか。確かに小林一三が築いた阪急王国にはリーダーの資格があった。沿線の住宅・宅地開発、ターミナル百貨店、遊園地の開設など、阪急が先鞭をつけた経営戦略は、関西はもとより東京の大手私鉄までもがこぞって模倣したものである。しかし昔日の栄光は今はない。阪急ブレーブスを新興企業に売り渡したころからおかしくなった。最近ではサラ金業にまで手を出し、そして宝塚ファミリーランドも閉めてしまった。阪急はいったいどこへ行くのだろうか。