NHK特集 昭和万葉集 紹介

平成18年02月11日作成


湯川秀樹 作家 杉本苑子
岩手県・平泉町戸河内 山田尚子(中央) 昭和26年病死
川口汐子 正田篠江 昭和40・6・15原爆病死

 写真アルバム・写真ネガ・録画VTRなどを整理していたら、忘れていたVHSのVTRがあった。番組の冒頭で、司会者・三国一朗氏が二・二六事件から43年目と言っていたので、平成元年の録画。つまり昭和から「平成」改元にあたり「昭和ドキュメンタリー」とのタイトルで「NHK特集」を一日の終わりにアンコール放送していた。それを毎日録画していた。18年前のことでパソコンすら無い時だった。録画は平成元年02月27日〜03月10日で12本あった。SVHSの更に白色のS端子コード経由で映像に“くっきり感覚”が増加された時代。だが03月09日夜は、東南アジアで誘拐されていた商事会社社員が救出され、30遅れの放送、録画も30分ずれていた。今日デジタル時代では有りえないこと。

 昭和52年1月13日 50分 「昭和誕生」
 昭和54年8月15日 60分 
「私の太平洋戦争―昭和万葉集」
 昭和53年3月09日 50分 「東京大空襲」
 昭和44年4月01日 60分 「富谷国民学校」
 昭和50年8月06日 45分 「市民の手で原爆の絵を」
 昭和54年2月26日 90分 「2・26事件秘録」―戒厳指令―交信ヲ傍受セヨ
 昭和60年12月8日 45分 「日米開戦不可ナリ」ストックホルム―小野寺大佐発至急電
 昭和52年12月8日 50分 「ゼロ戦との戦い」―アメリカからの証言―
 昭和57年8月13日 50分 「そしてトンキーも死んだ」
 昭和57年9月27日 50分 「農民兵士の声が聞こえる 7000通の軍事郵便から」
 昭和55年12月8日 50分 「学徒兵・散華世代からの問い」録画失敗
 昭和55年11月2日 50分 「再会―35年目の大陸行」

 いずれも主に太平洋戦争時の目を背けたくなる事実ばかり。昭和54年「私の太平洋戦争―昭和万葉集」は、冒頭その年の江東区砂町銀座商店街で「あなたは戦争に勝つと思っていたか」とのインタビューから始まる。「昭和万葉集」なる全集の名は知っていたが内容は知らなかった。20巻・昭和54年講談社発行。VHS録画からダビングしたDVDを一時停止しながら60分の放送の中から53首を書き留めた。画像は、いずれもTV画面からの静止画である。作成した02月11日は「建国の日」で昔の「紀元節」だが、とくに意図はない。

 あなたは勝つものと思つてゐましたかと老いたる妻のさびしげに言ふ 土岐善麿

 あかだもの葉末ゆすりて吹く風の涼しき夏にまた逢へるかも 
湯川秀樹

 いささかの愛惜を断ち焚き捨つる万葉代匠記の炎よ赤し 山中貞則

 この年のただ一枚の年賀状肺病やみの役者より来る 徳川夢声

 英霊を迎ふる半旗ひつそりとまひる日中を垂れて動かず 
杉本苑子

 夜は蚊ぜめ地獄昼は蝿ぜめの地獄 地獄地獄地獄 野間 宏

 一線は全滅せりと喚びつつ熱に狂ひし若き隊長 田中富雄

 帰らざる十七人程の兵ありて静かなる村の一つの嘆き 
菅原俊治

 人人の背後にありてもの言はず見送る人は顔白かりき 堀内雄平

 生きて再び逢ふ日のありや召されゆく君の手をにぎる離さむとにぎる 下田基洋子

 さがし物ありと誘ひ夜の蔵に明日征く夫は吾を抱きしむ 成島やす子

 夫とのる最後とならん夜の汽車に温かき牛乳わけてのみたり 神戸照子

 明日出で征く湯屋の息子が会釈して下足の札を渡して呉れぬ 駒 敏郎

 土と煙を被ると土の匂ひがぷんぷんする鋭くあたる敵弾の音をきいてゐる 宮崎信義

 発射音打撲感左掌鮮血いまだ死なざる吾を自覚す 山田政次

 掃射受けしあとの静けさしましくを幕舎の上に合歓の葉は散る 山上次郎

 敵襲を退けたれば闇なかに威嚇射撃をのびのびと撃つ 久我思秋

 棒杭に鉛筆なめつつひたむきに死馬の墓標を兵は書きをり 御旅屋長一

 首斬らるる匪賊ら三人目かくしをされつつ並ぶ枯野の丘に 田中政蔵

 戦死せる弟の日記に食べたきもの観たきもの読みたきものありて泣かしむ 岩波香代子

 ふるさとの秋としるして野の花を送り来たれり愛しきかなや 駒田信二

 子のしやべるかたことを写す妻の手紙便壷にまたがりくりかへし読む 司代隆三

 あが唇をうつつ欲るがに汝が圧せる唇型のやや開きて紅し 敷島弘美智

 汝が熱き息吹きまぢかにあるごとくふとおどろきぬ文よみをりて 敷島弘美智

 命生きて帰りし基地に待つものは一人子悠里の死にしといふ文 松本富治

 召されたる夫の使ひし鶴嘴に馴れて石炭掘る女坑夫われは 下田綾女

 征く日まで夫の握りし鎌の柄の手ずれ親しみわれは稲かる 亀田君子

 かたくなに債券買はぬ会員ありて電燈暗き常会終りぬ 金子千鶴

 衣料切符の使ふすべ問ふ年寄りに判るまで答へて九点きりぬ 山田千代子

 飯米を案ずる老母に説き聞かせ米一表の供出をせり 篠原久太郎

昭和19年・中支
 戦死者の屍体収容出来難しそれぞれ小指持ち帰れとぞ 安部守男

昭和19年・ビルマ
 流れつきし兵の半裸屍体魚につつかれ睾丸すでになく斯かる死も見つ 宇沢甚吉

昭和19年・北支
 戦友を焼く大き炎のひとところ火色変りて革の臭ひす 内藤幸政

昭和19年・ニューギニア
 わが腿の肉なほ落ちず終の日に削り食らへと宣る戦友を抱く 橋本勇之助

昭和19年・ニューギニア
 八十里二十日はかかりて行き着かず脱落の兵三万を超ゆ 堀内雄平

昭和20年・満州
 閃光と砲音のなかに母を呼び空を掴みて戦友は死したり 野中貞三郎

昭和20年・フィリピン
 餓死したる友の袋に一合の米包まれてありたるあはれ 森 誓夫

昭和20年・北支
 ぐるぐるねぢて掌を切つていく叩くやうに戦友の掌を切つていく 宮崎信義

 腰を腹を陣痛毎にさすりやりぬ空襲警報のただ中にして 滝沢 専

 をさなどち猛火の中を獅子舞のごとく布団をかぶりに泣きゆく 浜田幸子

 機銃掃射の炸裂音に小さき掌は吾が乳房握り顔を埋むる 大久保礼子

 布団かむりゆらゆら来たる女ありあはれ一夜に気やふれたるか 平崎三郎

 食ふ草よ草よ草よと誰も皆花見にと来て草を摘むなり 
山田尚子

 カバーし掛け人目に触れぬ吾が夜具の裏地は夫が着古しし単衣 志賀ナミ

 きみが手に成りし高菜は採り惜しみ五月の畑に花咲かせたり 石川まき子

 君が機影ひたとわが上にさしたれば息もつまりてたちつくしたり 
川口汐子

 五年生山田茂と言ひし児は母の写真に声かけて寝ぬ 野沢学人

 アー水ヲクレマセンカァ咽ノド痛イイ夜ガ明ケンノウ 豊田清史

 酒あふり酒あふりて死骸焼く男のまなこ涙に光る 
正田篠江

 大き骨は先生ならむそのそばに小さきあたまの骨あつまれり 虫明とみ恵

 子と母か繋ぐ手の指離れざる二ツの死骸水槽より出づ 虫明とみ恵

 ズロースもつけず黒焦の人は女か乳房たらして泣きわめき行く 正田篠江

 焼けへこみし弁当箱に入れし骨これのみがただ現実のもの 正田篠江