第4章 量子論的「場」とは?


【なにはさておき量子論 第4章 量子論的「場」とは?】

目次へ  次へ進む  前へ戻る


M.ファラデー       A.アンペール          A.ボルタ
1.ファラデーの「場」

仮想粒子の話をはじめる前に、ちょっと量子論から離れる。
それは、このあたりで「」というものを知っておきたいからだ。なぜわざわざ「」付きで、場を表すかというと、単なる場なら、みんなよく知っているからだ。運動場、作業場、場外、場内、場景、停車場、市場、場当たり、場所・・・のように、いくらでも場の付く言葉を探すことができる。そして、国語辞典によれば、場とは「事の行われるところ」と書いてある。

これから始めようとする話の中では、場を「じょう」ではなく、「ば」と読んでもらいたい。物理学では、場をひとつの概念として捉える。そこで、場を「」付きで「場」と書いたのである。

では、「場」とはなにか? 簡単に言ってしまうと、それは、「仮想粒子の飛び交うところ」である。しかし、先に書いた通り、この章では、最終的に、「場とは、仮想粒子の飛び交うところ」である、と言いたいのである。だから、まだ「場」という概念がなかった頃から話を始めなければならない。

最初に物理学に「場」を登場させたのは、”ファラデー”である。話はいきなり19世紀に戻ってしまう。
ファラデーは、貧しい鍛冶屋の息子としてイギリスに生まれた。20才になるまでは、ロンドンで製本屋の職人であったということである。但し、化学の実験に非常に興味があったらしく、やがて王立研究所に採用され、22才で、フランスへ渡った。そのころのヨーロッパは、ナポレオンが現れて、イギリス本国を除くヨーロッパを征服していたため、学問の中心はフランスだったのだ。

ファラデーにとって最も大きかった収穫は、パリで”アンペール”、イタリアのミラノで”ボルタ”に出会ったことだ。ふたりの名は、それぞれ電流電圧の単位になっている事で知られている。

さて、物理学では、人間の五感が元になる。臭覚、味覚は、まだ定量的には扱われていないようだが、視覚、聴覚、触覚はそれぞれ、光学、音響学、力学となって結実している。

余談
第六感という言葉があるが、これは上記の五感の他に人間が持っているのではないかと言われている感覚であり、いわゆる「勘」とか、「霊感」とか呼ばれている。ちなみに私には、この第六感が全くない。


ファラデーは、31才のとき、塩素の液化に成功し、33才でベンゼンを発見した。そして36才のクリスマスに、子供たちのための講演を行い、これが19年も続いたというから驚きだ。これが本になっており、今でも世界中で愛読されているという。(ごめんなさい。私、紹介しておきながら、この本読んでません。『ろうそくの化学』という話が有名だそうです。)

まず最初に、ファラデーは、電流が流れている針金に棒磁石を近づけると、針金が動くことを発見した。この法則は後に「フレミングの左手の法則」としてまとめられた。(本来化学を研究していたはずのファラデーがなぜ急に物理の法則を発見してしまうのかは謎である。)

このときファラデーは、磁石対針金という単純な考えをしなかった。

磁石がまず、自分の周囲に「磁場」を作る。その磁場の中に電流があると、「電流は、磁場から力を受ける」という解釈をした。

そして、ファラデーは次に、電流を作ることに成功した。輪になった針金の近辺で棒磁石を急激に動かすと針金に電流が流れることを実験的に証明したのである。これを「電磁誘導」という。発電機は、この電磁誘導なしには発明されなかった。どえらい発見だったのだ。そして電磁誘導を結論づけた法則を「フレミングの右手の法則」という。

一言いいたい!





【なにはさておき量子論 第4章 量子論的「場」とは?】

目次へ  次へ進む  前へ戻る


A.ニュートン           H.ヘルツ
2.電気を溜める話から...

みなさんが以外と知らないと思われるのが、電気は溜めてとっておくことができない、という事実だ。
電池はなんなんだ?」という、突っ込みは素晴らしい。しかし、小さくとも電池は、原理的には、繋いだときに電気を作っているのであり、溜めているのではない。本当に電気を溜めるものは、コンデンサーと呼ばれる。そしてこのコンデンサーに溜められる容量の単位をファラッドという。もちろんファラデーから取った名前である。1ファラッドは、極板間の電圧を1ボルト上げるのにどれだけの電気が溜められるかを示す単位である。

余談
しかしコンデンサーが溜めることのできる容量は極めて小さい。現実的な意味では、電気は溜められない、というのが正しい。従って発電所では、電気の消費量を予測して、発電する量を制御している。
夜になると、みんな照明のために電気を使うから夜に消費量が多いと思ったら大間違い。実は、早朝だそうである。これは、全国の工場が操業開始し、なによりも電車が走り出すのが大きいという。このような日内変化ばかりでなく、経年変化も研究され、発電所は、時に応じて供給する電力を変えているのである。暑い夏に、電力節減が叫ばれるのは、クーラーの影響で、発電能力を消費電力が超えてしまうからだ。


閑話休題
コンデンサーとは、二枚の金属板(極板)の間に電気を溜める装置である。(┤├ こんな記号で表す)
実際に電気はどこに溜まるのか? 最初は、陰と陽に帯電した極板に溜まるのだ、と考えられていたが、実験によると、極板間に電荷を持ってくると、その物体に力が働く。従って、極板間には、電荷を持った物質に力を与える、「なにか」が存在することになる。いや、存在しなければならない。

そこで、こういう場所を電場と呼んだ。電荷を持つ物質に力を及ぼす性質を持った空間であり、いわゆる真空ではないのである。

電場だけでなく磁場も同様である。つまり、まとめていうと、空間とは電磁場が存在し得る場所、ということになる。
ある場所に、電荷(または磁石)を持ってくると、それに力が加わる(速度が変化する)のだから、その空間はエネルギーを持っていなければならない。極板にエネルギーが存在するわけではないのだ。

そもそも、極板にエネルギーがあるという発想は、”ニュートン”の古典力学であった。

万有引力で有名なニュートンであるが、ニュートンは、この万有引力の基は、質量にあるのであって、空間にあるとは考えなかった。従って、万有引力は、離れた物体間に直接働く力であり、「遠隔力」と考えた。遠隔力の特徴は、物体間に働く力が伝播する時間がゼロ、であることだ。だって、物体と物体が勝手に引き合うのであって、その間の空間にはなにもないんだから、力が時間をかけて伝わるという発想そのものがない。

これに対し、マックスウェルは、電気の変化が磁気を生み、また磁気の変化が電気を生む、という電磁方程式を作った。これが電磁波の発見であり、その伝播速度は、「光速度」であることが示された。電磁波とは、電場と磁場が交互に発生し、これが空間を伝播して行くものである。従って、電磁場は、伝わるのに時間を要する「近接力」である。

話が飛びすぎて、読んでる人もあきれるかもしれないが、今度は、電磁波の発生元は電子である、という話をする。針金の両端の電圧をめまぐるしく変えると、針金の内部の電子が激しくゆさぶられ、ここから電磁波が発生する。これを実験で確かめることに成功したのが”ヘルツ”である。

針金内の電子(電気)の振動により発生する磁場がついて行けないほど電子が振動すると、空間に磁場が放り出される。するとそこに現れた磁場の変化によって、電場が発生し、これが次々と伝播する現象が電磁波の正体だったのである。

この事実は、明らかに電子の周囲に電磁場が存在することを示している。

一言いいたい!





【なにはさておき量子論 第4章 量子論的「場」とは?】

目次へ  次へ進む  前へ戻る

      
クーロン          朝永振一郎           仁科芳雄
3.電磁場ってなんだ?

電磁場を考える前に再度、電磁波をおさらいしておこう。

電磁波とは、広義の「」である。波長(または、振動数)の異なるである。いや、波であると思われていた。持って回った言い方をしたのは、しつこいほど言ってきた。光はまた、粒子でもあるからだ。

では、電磁波はどこから出てくるか? 私たちが通常に経験する光は、ほとんど、電子から出てくる。

余談
高エネルギー物理学では、粒子加速装置を使用して人為的に加速した粒子を用いるが、これを使うと、陽子とか中間子からも電磁波(高エネルギーガンマ線)を作ることができる。


黒体放射を思い出そう。原子核の周りに存在する電子が、その軌道を内側に変えるとき、差額として放出するエネルギーが電磁波である。

別の例は、前項の最後に言った。針金の両端に電圧をかけ、その電圧を、非常に激しく変えてやると、針金中の電子は、右に左に揺さぶられ、そのとき、磁気(電気が動くとき生まれる)が、「揺さぶられ」について行けずに取り残されたものが放出され、これが電気を生み、また磁気を生み...と続いて行くのが電磁波である。

さて本題、電磁場である。上記の例のように、電子が電磁波を放出するのである。ということは、電子は電磁波をまとっていなければならない。なぜ「まとう」などという奇妙な表現を用いたかと言うと、実に簡単な話で、そういう表現しかできないからである。

電子はマイナスの電荷を持っているので、別の電荷を持った粒子に力を及ぼす。この力を実験で求めた人が、フランスの”クーロン”といい、彼にちなんで、電荷間に働く力をクーロン力という。

余談
シャルル・ド・クーロンは、実は土木技師であった。その仕事で使うために、「ねじり秤」なるものを発明し、これが非常に精度がよかったので、ついでに電荷間の力も測ってしまったらしい。ファラデーが、化学者なのにいきなりフレミングの法則を発見したり、まあ、今考えると実に不思議な研究をするものである。


はっきりしているのは、電荷と電荷の間には力が働くということである。電荷自身が力を持っていて、他の電荷に力を及ぼすという考えは、ファラデーが否定した。そこには電磁場があるのだ。ただ、何となくこれではまだ、はっきりとしない。今まで言って来たことと何が違うんだ、と逆襲されそうである。
そこで、クーロン力も、遠隔力(伝播に時間を要しない)ではなく、近接力(何かが有限の速度で伝播する)であると考えてみる。そうすると、それを伝えるものは、観測する限り、電磁波しかないのだ。電子から飛びだして来るものは、電磁波しかない。

しかし次の疑問にぶつかって呆然とする。

電子の周りは、距離の二乗に反比例するとはいえ、電子の周り全ての場所をクーロン力の働く場にしなければならない。このクーロン力の働くところを電磁場と呼ぶなら、電子は無限大のエネルギーを放出していることになる。

物理では、「無限」を軽々しく扱ってはならない。それは、人間が認識し得る現象を超える場合がある

現実に、この電子のエネルギーの無限大は大問題になった。
それをうまく説明した人が、日本の”朝永振一郎”である。そして、この帳尻あわせをやってのけた説を「繰り込み理論」という。
朝永博士は、京都帝国大学(現京都大学)卒業後、”仁科芳雄”に師事した。朝永博士は、超多時間理論により、無限大を電子の質量と電荷に繰り込んでしまえ、という理論(安っぽく考えないように!)でノーベル賞を受賞した。父上は同じ京都帝国大の西洋哲学史の教授だったそうである。どうも量子論には哲学の話がちらちらする。
「超多時間理論」や「繰り込み理論」については、素粒子論の分野であり、「物理学エッセイの第3弾」で話をする。

また余談
仁科博士を覚えているだろうか? そう、ボーアが作った理論物理学研究所に惹かれて、コペンハーゲンへ集まった若手物理学者のひとりだった。「原子物理学の父」と呼ばれ、朝永・湯川両氏の先生でもあった。
仁科博士の揮毫「環境は人を創り、人は環境を創る」は、とりわけ有名である。


そこで電磁場をきちんと定義すると、

   荷電粒子(例えば電子)の周りに存在する場であり、電磁波が飛び交うところである。

ということになる。やっと電磁場が定義できた!

しかし、この電磁場は、どこかで荷電粒子と出会うことによって、はじめて実体化する電磁波が存在する、という条件付きなのである。つまり、電子は、光を自分で放出し、他の荷電粒子と出会わなければ、それを自分で吸い込んでしまうと考える。

なんでそんなことを考えなければならない。もっと単純に電子は光を放出している、と言えないのか?

一言いいたい!





【なにはさておき量子論 第4章 量子論的「場」とは?】

目次へ  次へ進む  前へ戻る

4.電磁カスケード・シャワー

前回は、なぜ変な条件付き電磁波を考えなければならないのか、を宿題にしたのであった。
答えよう。

通常の電磁波が、自然界で発生するのを私たちは知っている。黒体放射の話を思いだしてほしい。電子が外側の軌道から内側の軌道へジャンプするときに、そのエネルギーの差分として、原子から電磁波が出てくるのであった。
当然のことながら、この現象は、『エネルギー保存則』を守っている。そうですね。

では、条件付き電磁波を考えてみよう。電子が真空中に一個ぽつんと存在している、と考える。電子の付近に荷電粒子を持ってきたら、その粒子に力(クーロン力)が働く。そこに荷電粒子を持ってきたから、あわてて電子から電場が出てくる<わけではない。つまり電子が一個あれば、その周囲にはがある、ということだ。

ここで改めて、「光子」に登場願おう。上の言葉を言い直す。電子が一個あれば、その周囲には光子がある。この場合、この光子は、『エネルギー保存則』を守っていない。従って、この『エネルギー保存則』を守らない光子を、「仮想光子」と呼ぶ。ヴァーチャルな(仮想)フォトン(光子)である。

なぜ、『エネルギー保存則』を守らないものを容認できるのか? それは、不確定性原理があるからである。極めて短い時間なら、大きなエネルギーが現れてもよい、逆に言うと、極めて短い時間で、現れて消える光子を考えないと、電場の説明ができない。

そこで、電子は、仮想光子を呼吸している、という表現がとられる。電子は仮想光子を放出して、それを自分でまた吸い込む、という現象が起こってもよい。ただし、その時間は、1秒の10兆分の1のさらに1兆分の1という短い時間だ。あまりに短すぎて、私たちには、電子と光子を別々に認識できない。長いスパンでみれば、あくまで、電子が一個ある、に過ぎない。

電子が呼吸する光子は1個でなくともよい。10個でも100個でも、無限個でもよい。こうして、電子の周りには、仮想光子の雲ができる。

これが宿題の結論だ。もっと詳細に話をしないと、今ひとつ納得できないかもしれないが、それをここで書いてしまうと、話が長くなるばかりか、『わかるまで素粒子論』で書くことがなくなってしまう。言い訳でなく、この仮想光子と前回ちょっと出てきた朝永博士繰り込み理論については、素粒子論で改めて話をする。

さてここまでの結論である。

   電磁場とは仮想光子の雲が存在する空間である。

ということだ。

そして、ついでにここでもうひとつ言っておく。それは、

   何もない真空から、極短時間なら、エネルギー(質量)が現れ消えてもよい。

ということだ。この意味は、物質と反物質が現れて、また対消滅する、という現象が、仮想光子のときのように起こってもよい、ということだ。

物質とその反物質の存在は、実験物理学(高エネルギー原子物理学)で確かめられているし、対消滅もまたしかりである。仮想の粒子は、仮想だから何が起きてもよい、と言うわけではない。仮想で起こる現象は、それが短い時間でなければ、『エネルギー保存則』を守って、仮想でない現象が観測されていなければならないのだ。
その一例を挙げてみよう。

高エネルギーガンマ線が、宇宙を飛び交っている。(これは、恒星核融合反応によって発生するものだ。)このガンマ線が、地球大気内に飛び込むと、次のようなことが起こる。

   ・ガンマ線が、大気を構成する原子の電子と衝突し、突き飛ばす。          ・・・コンプトン効果
   ・ガンマ線が、大気を構成する原子の原子核と反応し、電子と陽電子を生成する。・・・対創生
   
   ・電子が、大気を構成する原子の電子と衝突し、突き飛ばす。            ・・・電離
   ・電子が、大気を構成する原子の原子核により、方向を変え、ガンマ線を放出する・・・制動放射


たった1個の光子(ガンマ線)が、大気中に飛び込むだけで、上記の現象が立て続けに発生する。この反応が、シャワーのように広がって、ねずみ算式に起こるので、「電磁カスケード・シャワー」という。(この現象も、素粒子論で改めてやります。)

この現象が極々短い時間内で、ヴァーチャルに発生するとき、現れる電子・陽電子を、仮想電子という。

最初のガンマ線のもつエネルギーが、電子2個の質量より大きければ、電磁カスケード・シャワーは発生する。これは、対創生によって電子と陽電子が創られる際の『エネルギー保存則』を守るためである。

同様の現象が、他の素粒子(例えば陽子)について起こってもよい。(但し、電子に比べ陽子の質量は格段に大きいので、自然現象中に、陽子・反陽子シャワーを発見するのは極めて困難である。)

このようにして、真空には、様々な仮想粒子が存在することになる。

次章へ  一言いいたい!