第9章 量子忍法


【なにはさておき量子論 第9章 量子忍法】

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1.絶対零度

「絶対零度」という言葉をご存じだろうか?
これを理解してもらうためには、まず「絶対温度」を説明しなければならない。

みなさんに最もなじみ深い温度「摂氏温度」という。単位は『℃』。まさに普段私たちが使っている温度のことである。この摂氏温度というのは、水が凍る温度を0℃、沸騰する温度を100℃と定めその間を100等分したものを単位とした温度である。

絶対温度の一目盛りは、摂氏温度と同じである。つまり温度差にしてしまうと、絶対温度も摂氏温度も同じなのだ。では何が違うか? 答えは、零度の基点が異なる。絶対温度の零度は、この世で一番低い温度を基点(0度)とし、単位は『K(ケルビン)』である。
「この世で一番低い温度」って何だろう? 疑問は更にふくらむ。これを理解してもらうには今度は、温度とは何かを知ってもらわねばならない。

「温度」ってなんだろう。熱い物体で高く、冷たい物体では低いのものだ、というのもひとつの答えではある。しかし物理では対象をなるべく定量的に表したい。そこで温度という単位が考案された。
熱い物体では多く、冷たい物体では少ないものとは、実は、物体を構成する分子の運動エネルギーなのである。私たちが触って「熱い」と感じる物体では、「冷たい」と感じる物体より、分子運動の平均値が大きいのである。つまり「熱い」物体の分子の中には、遅く動いているものも、速く動いているものもあるが、その平均値が大きいのである。

従って、温度の高い方には上限がない。運動はどんどん激しくできる。ところが低い方には下限があるのということがお解りだろうか。そう、全ての分子が運動しないところまで下がってしまうと、温度はそれより下がりようがない。この温度を「絶対零度」というのである。

いったいそりゃあどんな低い温度なんだ。摂氏でいうと、マイナス数万℃? と思った人、大間違い。実は意外と小さい。なぜそうなるかの説明は省略するが、「−273.15℃」が「0K(ケルビン)」である。

長くなったが、ここまでは前置きで、これからが本論になる。

絶対零度の世界。それは何ものも動く物のない、ひたすら冷たく静まりかえった世界である。
と聞いて疑問を持った人はいないだろうか? いたらその人合格。何に合格か? 量子論に合格。
なぜって、全ての粒子が止まった世界は、不確定性原理に反するのだ。ここまで書くと、これをここまで読み進めて来たみなさんには理解いただけると思う。

   Δx・Δp=h

を思いだしてもらいたい。粒子が静止する、とは上記の式で、Δx(位置の不確定)をゼロにすることである。するとΔp(運動量の不確定性)は無限大になる。つまり静止していられない。従って「絶対零度」でも物質は速度を持つのである。

h(プランク定数)と折り合いの取れた範囲で、位置も運動量も不確定な状態になる、ということである。
古典物理では、絶対零度は、まさに全てが停止した世界であった。ところがそれだと説明できない現象が発見されたのである。

   (1)ヘリウムは絶対零度でも固体にならない。(凍らない)
   (2)あらゆる金属は、絶対零度に近い極低温で電気抵抗がなくなる。


このふたつが代表的な現象であろうか。

(1)であるが、ヘリウムは凍らないだけでなく、極低温で非常に奇妙な振る舞いをする。例えばビーカーに液体ヘリウムを入れて温度をどんどん下げて行くと、極めて絶対零度に近い温度で、液体がビーカーの壁をはい上がって自然に外へ漏れ出す、という現象が見られる。これは古典物理では説明がつかない。量子論を用いて初めて解答が出せる現象なのである。
これを、「量子忍法絶対零度・超流動の術」と呼ぶ。(私がつけた名前だから、人前で言わないように)

次は(2)である。これを「超伝導」と呼ぶことは割と知っている人が多いと思う。従ってここからは「量子忍法絶対零度・超伝導の術」の話である。電気抵抗がないということは、一度流した電流はいつまでたっても減衰しない、すなわち同じ強さで流れ続けることになる。電線をコイル状にしておけば、電磁石が作れることはご承知と思うが、極低温でこれを作ると電流が減衰しないため、非常に大きな磁場を得ることができる。これを浮力として利用した高速列車が実用段階に入りつつある。

これは、(1)の凍らない液体ヘリウム(−269℃)でニオブチタン合金を冷やし(2)の超伝導を利用して安定な磁場を得て走る列車であり、名付けて「量子忍法絶対零度・リニアモーターカーの術」という。

一言いいたい!





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2.霧隠れ

子どもの頃観た忍者漫画や映画の定番は、煙と共にドロンドロン(古臭〜)と姿を消してしまうものであった。
ただし、ここで言っているのは、単なる煙玉を相手の目の前で破裂させ、その隙に逃げるといったものでなく、両手を人差し指で繋ぎ、呪文を唱えると霧と共にどこへともなく消えてしまう現象のことである。今考えればとても現実的には見えず、ましてや科学的とも思えない。

しかし、h(プランク定数)がもし、とてつもなく大きかったら、ということを考えると、これは非常に科学的で現実的なものとなる。名付けて「量子忍法霧隠れの術」である。

「大きなh」とは何だろう。また不確定性原理に登場願う。
   Δx・Δp=h
である。
現実には、h=6.6261×10-34J秒 なので、仮に体重50Kgの忍者について次の事を考えてみたい。

(1)忍者の存在する位置が10mくらい不確定になる場合
   Δx=10(m)であるから、
   Δp=6.6261×10-34 ÷ 10=6.6261×10-35

とてつもなく小さな運動量の不確定である。ほとんど確定していると言ってもよい。存在の不確定が10mあっても、その忍者がどちらへどのくらいの速さで動いているかが確定しているのだから、忍者の存在は丸見えである。

(2)忍者の運動量(質量×速度)が50(Kg)×10(m/秒)で不確定になる場合
   Δp=500(Kg・m/秒)であるから、
   Δx=6.6261×10-34 ÷ 500=3.3131×10-35

これまた、とんでもない小さな位置の不確定さである。どちらへどのくらいの速さで動いているのかの不確定が10m/秒であっても、忍者がどこにいるかがはっきり解る。従って忍者の存在はやはり丸見えである。

だから忍者は霧隠れできない。

ところが、もしも、hが、1000J秒くらいあったらどんなことが起こるか、上記と同じ設定で考えてみよう。

(1)忍者の存在する場所が10mくらい不確定になる場合
   Δp=1000÷10=100=50(Kg)×2(m/秒)

なんと、位置の不確定が10mの上、速度の不確定まで2m/秒である。
これは、忍者が10mの範囲のどこかにいて、2m/秒の範囲のいずれかの速度で動いていることになる。なんとなく朦朧とした忍者になってしまう。

(2)忍者の運動量(質量×速度)が50(Kg)×10(m/秒)で不確定になる場合

   Δx=1000÷500=2m

これも忍者が10m/秒内の速度の不確定さで、2mの範囲のどこかにいることになり、朦朧としか見えないと思われる。

忍者が呪文を唱えると、h(プランク定数)を変えることができるとすれば、忍者はその瞬間なにか霧のように朦朧とした存在になることができるのである。
ただし忍者自身がその朦朧とした存在で、意識を持っていられるか否かは、定かではない。

一言いいたい!





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3.超光速

相対性理論によれば、この宇宙に光速度より速いものはない。その理由は、光以外のいかなる物質も光速に等しくなると、その物理量がおかしくなってしまうからだ。(詳細は、「わかっても相対論」参照)

ところが量子論は光速度を超えるものを見いだしてしまった。名付けて「量子忍法超光速の術」、である。
超光速ということは『瞬間移動』であり、これを『テレポーテーション』という。SFに登場するエスパーは、必ず『テレポーテーション』と『テレキネシス』を使うことになっている。しかしここで話をするのはSFの話ではない。

ある粒子波動関数は、それが測定された瞬間に消えてしまう、という話をした。(第6章 3項参照)
間単におさらいをする。
粒子というものは、それが実際に観測されるまでは、波動関数という複素関数であり、複素関数ゆえにそれは「見えない量」なのであった。しかし、この波動関数を2乗したものが、存在確率という実数になるので、波動関数そのものも意味を持つのである。

今、空間に一個の電子を持ってきて、この電子からたった一個の光子を放出する。光子は、観測される前は波動関数である。従ってそれは、電子の周りを同心球状に広がって行く複素関数である。なんの初期条件も与えなければ、この複素関数を2乗したものは、電子を原点とした光速度で広がる球の場所が存在確率の大きい実関数になる。
ところが、ある点、例えば電子から10光年離れた場所でこの光子を観測したものがいるとする。するとその瞬間に波動関数は消える。(これを波束の収縮と呼ぶのであった。)とすると、今光子が観測された場所と電子をはさんだ反対側(20光年離れている)では、光子が観測された瞬間に波動関数が消えるのだから、「反対側で光子が観測された」という事実は光速を遥かに超えて伝わることになる。これは相対性理論に反しないのか?

私見である。
上記の現象で伝わっているのは、実は粒子(物質)ではなく、当然エネルギーでもない。伝わっているのは単純な「事実」であると私は考える。単純な事実とは、私の造語であるが、そうとしか言いようがない。例えて言えば。地球に妻がいて妊娠しているとする。夫は、10光年離れた星に出張中である。そしてある日妻は出産する。その瞬間に夫は父になる。これは光速を超えた伝達ではないのか? と私は思うわけである。

この伝達はエネルギーや情報伝達ではないので、相対論に反するものではない、と考えられるのである。

第2の例をひく。
空間に粒子Aを持ってきて、これがふたつの粒子Bに分裂するとする。この分裂というひとつのイベントで、ふたつの粒子ができるところがミソである。ふたつの粒子Bは、ひとつのイベントで発生したのであるから、双子の粒子ということができる。何度も言うようだが、このふたつの粒子Bは、誰かが観測するというような外乱が入らない限り、ひとつの波動関数で表現される。そしてこの双子の粒子は途中に障害物がない限り、永遠に跳び続ける。
ところが、途中に観測器を仕掛け、飛び込んで来た一個の粒子Bの属性(例えば運動量)を測定した、とする。すると双子の粒子のもう一方の運動量もその瞬間に決定されてしまうのである。これは同一のイベントで発生したふたつの粒子だから言えることである。

さて、そうすると何が言えるか? たとえ双子の粒子が何十万光年離れていようと、片方の粒子が観測された瞬間にもう一方の粒子の属性が超光速(というより速度無限大)で伝達されることになる。

EPR(Einstein、Podolsky、Rosen)の3人は、これはパラドックスである、として論文を提示した。(俗に言うEPR論文)そして、こような関係にある粒子BをEPRペアと呼び、この粒子Bのテレパシーで繋がったような関係をEPR相関という。

EPRの主張はここでは述べないが(詳細は第7章 2項参照)、なんとこのEPR相関の正しさが、アスペやクラインポッペンによって実験的に確かめられてしまった。(正に事実は小説よりも奇なりである)

一言いいたい!





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C.ベネット
4.テレポーテーション

前項で、EPR相関を持つ粒子(EPRペア)は、状態の変化を超光速(無限大)で伝達できる、という話をした。

しかしよく考えれば、「だから何だ、実際には何の役にも立たんではないか」、と思う人がいるかもしれない。この問いはかなり鋭いのであるが実は別の側面で有用性があるのだ。

そこで今回は、EPR相関を二段構えで使った有名な理論を紹介する。「量子忍法テレポーテーションの術」である。これから話すことは1993年に提唱されたもので、かなり新しい。また、非常に解りづらいのであるが、とても面白いので、是非理解することをお勧めする。

それを言い出したのは、”ベネット”である。私の調べた限り、彼は、アメリカのIBM社トーマス・J・ワトソン研究センターに在勤ということ以外情報はない。

まず、『絡み合い(エンタングルメント)』を説明しなければならない。
と言ってもこれは難しくない。EPR相関を持ったふたつの粒子が互いに逆の属性を持つとき、それを『絡み合っている』と表現する。例えば電子であればスピン(右回りと左回り)があり、光子であれば偏光(水平と垂直)を考えたとき、それぞれ逆の性質を持ったものに別れるようにEPR相関させるのである。なぜこんなことを考えるかというと、片方の属性を観測してやればもう一方の属性が決まってしまうことになり、非常に便利だからだ。(もちろん、どちらかを観測するまでは、両粒子は互いに反対の属性を重ね持つ波動関数である。)

ここでこの図を見てもらいたい。(見ながら以下の文章を読んでもらうといい)

   (1)EPRソースから、『絡み合った粒子(EPRペア)』(X、Y)を放出する。
   (2)アリスは、自分の持つ粒子Sと粒子Xを絡み合わせる。
   (3)粒子Sと粒子Xは、粒子Vと粒子Wという絡み合った粒子になる。
   (4)この段階で粒子Sの状態は粒子Xへテレポートされ、粒子Xは粒子Yへテレポートされる。
   (5)ボブが粒子Yを観測する。
   (6)アリスは、粒子X、粒子Sを絡み合わせた手段を(D)でボブに伝える。
   (7)ボブは、その情報で粒子Sを復元できる。


よく解らんだろうなあ。一番理解できないのは(2)であろうと思う。
粒子Sというのは、実はアリスがボブに送りたい情報を持っているのである。粒子Xと粒子Sを絡み合わせるとは、粒子Xと粒子SをEPR相関を持った属性反対の粒子二個に変換する事を言っている。変換された結果が粒子Vと粒子Wであると言うわけだ。

従って、粒子Sと粒子Xの絡み合いにより、粒子Sの情報は、粒子Xに逆転写される。
そして、粒子Xの情報は、粒子Yに逆転写される。
この時、アリスは、絡み合った粒子VとWを放出するのみで、粒子S、粒子Xの状態を知ることはない。

だが、粒子Sの量子情報は粒子Yと同一になることが保証できる。これで『テレポーテーション』完成!

と、喜んではいけない。実は、粒子Sと粒子Xを『絡み合わせる』ことが一番の難点なのである。
粒子Xは、粒子Sと絡み合いの関係にさせるためには、4種類の方法があるのだ。(これをベル変換とかベル測定とか呼ぶが、詳細は説明しない。)従ってボブは粒子Yを観測しても、粒子Sと粒子Xを4つのうちの、どの方法で絡み合わせたかが解らないと、粒子Sを再現できない。言い方を変えると、アリスが粒子Sと粒子Xを絡み合わせると、粒子Sと粒子Yとの絡み合いが解けてしまうため、ボブはその絡み合わせ情報をアリスからもらわないと、粒子Sを復元できないのだ。

従ってアリスとボブは通常手段での通信を(D)を行わねばならず、残念ながら『瞬間移動』は実現できない。残念! 従って光速度を超える情報伝達も不可能ということになり、相対論も安泰なのである。

なーんだ、とがっかりした人、ここで読むのをやめてはいけない。実はこの項で話したことがとんでもない応用を生むのである。

一言いいたい!





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(Impossible)(Mission)(Force)
5.スパイ大作戦

おはようフェルプス君。情報セキュリティーが徐々に重大な問題になりつつある今、情報の完全な暗号化方式が求められている。そこで君の指命だが、いかなる手段を用いても絶対に解読できない暗号方法を突き止めることにある。 例によって、君もしくは君のメンバーが捕らえられ、あるいは殺されても、当局は一切関知しないからそのつもりで。尚この文章は自動的に消滅しない。(するわけがない。)成功を祈る。

上記の写真や文章を見て懐かしく思う人、少ないだろうなあ。念のため言っておきますが、トム・クルーズの『ミッション・インポッシブル』は、リメイクですよ。(個人的にはトム・クルーズ版は、原作を冒涜するものだと私は感じている。M:I−2に至っては、「スパイ大作戦」のリメイクですらなく、ほとんど「スーパーマン」の世界だ。)原作を知りたい方はこちらへどうぞ。

さて、絶対に解読不能な暗号ってあるのだろうか? 実は存在する。名付けて「量子忍法スパイ大作戦」である。

前項で用いたアリスとボブの図、実はこれが絶対解読不可能な暗号情報になっているのだ。それを説明する。

アリスとボブの他にイヴがいたとする。(暗号業界では、盗聴者のことをイヴというのが通例だそうな。)イヴは、アリスとボブの間に交わされる情報(S)を知りたい。手段は以下である。

(1)量子論的手段でアリスとボブの間に無理矢理割り込んで、直接情報(S)を直接読み取る
(2)古典物理的手段で、アリスからボブへの情報(D)を読み取る


上記のふたつの方法は、両方そろっていなければ解読できず、どちらも必要な情報の片方しか得られない。従って盗聴は成立しない。

(3)情報(S)も(D)もどちらも読み取る

これは、情報(S)をイヴが読み込んだ瞬間に、粒子Sと粒子X(あるいは粒子Y)の『絡み合い』が壊されるので、アリスやボブは、イヴの存在を必然的に知ってしまう。そこで情報(D)を送らない。従ってやはり盗聴は成立しない。

一般に暗号の解読には数学的アルゴリズムが存在し、これを知れば、解読は可能なのである。現在においては、そのアルゴリズムにおいて元の情報を計算するのに、スーパーコンピュータを使っても数億年かかる、という理由で暗号解読不可能が保証されている。

ところが、この量子通信では、物理学的に不可能になっている。絶対安全な情報通信である。これを一般には「量子暗号方式」という。

一言いいたい!





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江崎玲於奈
6.壁抜け

これが最後の項である。これが出てこないと量子論は終わらない。
それほど有名なのが、名付けて「量子忍法壁抜けの術」、知っている人のために一般的用語でいうと、「トンネル効果」という。

この「トンネル効果」は、大概の本には「物質が壁を壊さないでそこを通り抜ける」と比喩されていることが多い。正にそのまま「壁抜けの術」である。しかし、これはあまり良い比喩とは言えない。

ある粒子にとって、エネルギー的な壁」があるとき、その壁に対して粒子はどのようなふるまいをするのかを、なるべく正確に記述してみよう。

そこでまず「障壁ポテンシャル」というものを考える。ポテンシャルとは、仕事をする能力のことである。解りやすく言うと、物体に力を加えることができる潜在的なエネルギーである。ここがとても理解しずらいところである。図1を見てもらいたい。

ある粒子(この場合電子とする)が左から右へ走っているとする。上図を見てもらいたい。中間点へ向かう時は、徐々に減速されるような力を受け、中間点から遠ざかるときは、加速されるような力を受ける。このようなケースを、障壁ポテンシャルが存在する、という。具体例は中図である。負に帯電した針金の輪を左から来た電子がくぐり抜け遠ざかって行くものとする。
近づく場合は、負と負で退け合う結果減速の力が働き、遠ざかる場合は同じく負と負の力が加速する方向に働く。この場合、針金の輪が、電子にとっての「障壁ポテンシャル」になっているのである。
一般的には、下図のように坂を登ったり、降りたりする図がよく見られるが、中図と比べて見れば解るように、粒子は一直線上を走っているのであり、上下に振れているわけではない。ただエネルギーの大きさを図に書くと、下図のようになるのである。

さて電子の初速が障壁ポテンシャルより小さければ、電子は針金の輪をくぐりぬけることはできない。常識的に考えてそのはずである。
ところが、量子論を適用すると粒子の振る舞いは、波動関数になるのであった。
繰り返して説明するが、波動関数とは複素関数であり、虚数が含まれるので私たちが実際に見ることはできない。しかし、波動関数の2乗を作るとそれが粒子の存在確率を示す波になるのである。

上記の電子の例における波動関数(の2乗)を図にするとそれが図2になる。よく見てもらいたい。電子のエネルギーは、障壁ポテンシャルより低い。古典力学なら、電子は全て障壁ポテンシャルで反射され、障壁ポテンシャルを越えることはない。

ところが、量子論の波動関数で表された電子では、障壁ポテンシャルを越えて右側へ行ってしまう確率がゼロにならない。これは何を意味するかというと、多量の電子を障壁ポテンシャルに向けて照射すれば、そのうちの何個かは障壁をくぐり抜けてしまうことを意味する。これを「トンネル効果」というのだ。

この「トンネル効果」は、原子にも適用される。具体的に言うと、目の前に壁があって、跳躍能力のない人間がその壁に体当たりするとき、原子のかたまりである壁を、これまた原子のかたまりである人間が壁の向こうへ抜けてしまう確率がゼロではないのだ。
計算すると、体重60Kgの人が壁に体当たりを繰り返し、スルっと向こうへ抜けてしまう(つまり「忍法壁抜けの術」が成功する)確率は、100・・・・00回に1回となる。100・・・・00回とは、1の次に0が1024並ぶ数である。(ただの
24個ではないので注意。)これだけとてつもない回数壁にぶつかったら、一回くらいは、通り抜けることがあるかも。。。ということであり、ちょっと忍法としては使い物にならない。

しかし、ミクロの現象にこれを応用して半導体を作ったのが、”江崎玲於奈”であり、この半導体を「トンネル・ダイオード」あるいは「エサキ・ダイオード」という。「忍法壁抜けの術」を夢物語で終わらせなかったことが偉いところである。

終章へ  一言いいたい!