第2章 高エネルギー物理学


【わかるまで素粒子論「常識編」 第2章 高エネルギー物理学】

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1.高エネルギー粒子

物質のより微細な構造を知ろうとすれば、大きなエネルギーを持った「金槌」が必要である、という話を前章でしたのである。(金槌というのはもちろん比喩であって、物質の小さな構造に潜り込むことができるものの事を言っている。)

と言ったそばから何なのであるが、実は金槌という比喩は、思ったよりも的確なのである。というのも、より小さな構造を解明するために、物質の中に潜り込もうとすると、多くの場合、その物質を破壊してしまうことを想定しなければならないからだ。例えば、岩石が何からできているのかを調べるために金槌を振るえば、岩石は割れ、その断面あるいは破片から内部構造を知ることができる。

そもそも、内部構造が知りたい物質に、「何か」をぶつければ、それが、単純に跳ね返るだけでは、その中身を真に知ることはできない。より根源的な物質にバラしてみて、「ああ、この物質は根源的粒子ではなかった」と理解できるのである。

より小さな場所へ入り込むためには、エネルギーの大きい粒子(これはでもあるのだが)をぶつけてやらねばならない。大きなエネルギーを持ったものをぶつけてやれば、ぶつけられた方が壊れ易くなるのも自明なことである。
更にいうならば、ぶつけた方の粒子が壊れることだってあるだろう。

こう考えて来ると、素粒子を探る試みというのは、実はぶつける側とぶつけられる側を区別することにあまり意味がないことに気づいてくる。原子より小さい階層にある「もの」を探るためには、結局原子か、それより小さいものとの衝突が必要になってくるのだ。
どちらも原子より小さいものであれば、いったいどちらが観測されるべき粒子で、どちらが観測するための粒子であるのかを考えることに意味がない、ということになるだろう。

要するに大きなエネルギーの粒子同士を衝突させれば、最も効率よく、より小さな粒子を見つけることができる、と言うことができる。そして、そのような高エネルギー粒子を得るためには、大きく二つの方法がある。

ひとつは、始めから高エネルギーの粒子を探すことである。これは、あなたが思うほど困難なことではない。実は、地球外の宇宙空間には、予想を遥かに超える大きなエネルギーを持った粒子が飛び交っている。ごく近くに存在する天体である太陽から来る粒子がほとんどであるが、太陽以外の遠い恒星から来るものもある。星の終末期には、超新星爆発というステージがあって、このとき、恒星は、様々な高エネルギー粒子を周囲にばらまく。

本当は、これらの高エネルギー粒子は、地球に降り注いでいるのだ。ところが、大変幸運なことに、地球には大気がある。高エネルギー粒子は、大気中の原子の原子核と衝突して、エネルギーを減じ、地表に届くまでには、生物に無害なレベルにまで低エネルギーになっているのである。(それほど高エネルギーとは言えない紫外線が、みなさんを日焼けさせることを思えば、桁違いの高エネルギー粒子を我々が直に浴びることがないことを感謝しなければならない。)

地球上では、より高いところほど大気が薄いため、高エネルギー粒子を見つけ易い。このため、物理学者は、この高空に存在する高いエネルギーの粒子を利用しようとした。例えば、高い山の上で、粒子の反応を見たり、気球に写真フィルム(正確には原子核乾板という)を積んで飛ばし、感光する粒子を地上で調べたりしたわけである。

しかしながら、宇宙空間を飛んで来る高エネルギー粒子と、それが、空気中の原子核と反応する現象というのは、頻繁に起こっているとは言え、砂浜に落とした針を探すようなもので、それを待つだけでは非常に効率が悪い。そこで、物理学者は、二つ目の方法を考えた。

それが、高エネルギー粒子を自分たちで作る、ということである。

一言いいたい!





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2.電子ボルト

高エネルギー粒子を自分たちで作る」という話をする前に、エネルギーの単位の話をしておこう。これからの話に何度も登場することになるので、きちんと整理しておきたいことなのである。

まず、エネルギーとはなにか、である。
物体というものは、力が加わらないと、現在の状態を維持するものである。難しい話ではない。いわゆる『慣性の法則』である。逆に言えば、物体に力を加えると物体の状態は変化する。つまり加速(減速)するのである。

エネルギーとは、物体に加えた『力』に動いた『距離』をかけたもの、と定義される。別名を仕事量ともいう。力を使って、物体を動かすのに必要な量のことで、つまりは、仕事をする能力の量である。

力学では、エネルギーに対して、J(ジュール)という単位が使われるが、これは、1Kgの物体を1m/秒2加速度で1m動かす仕事量(エネルギー)のことである。日常的には、実感しやすい単位であり、何の不都合もない。例えば、地球上で1mの高さにある1Kgの物体が持っている位置のエネルギー(仕事をする能力)は、約9.8Jである。(これは、地球上での重力加速度が、約9.8m/秒2だからであり、この物体が地上に落ちる直前の運動エネルギーも、9.8Jである。)このように、このJ(ジュール)という単位は、我々が普通に生活する世界で使う分には都合のよい単位といえるのだが、こと素粒子の世界の話になると、このJ(ジュール)という単位は、どうもしっくりこないのである。

次の項で話をするが、粒子に高いエネルギーを与えるためには、電荷を持った粒子に、電圧をかけて粒子を加速する(エネルギーを与える)のである。例えば、電子を、ある電圧で引っ張るような事を想定する場合、それをいちいち、J(ジュール)で表すのは面倒なのである。

そこで、横着な物理学者は、素粒子の世界にぴったりな単位を編み出した。電位差(電圧のことである)のある場所に、電子を持ってくると、電子はプラス側へ加速される。つまりエネルギーを得るわけである。そこで、1V(ボルト)の電位差がある空間で、電子1個が得るエネルギーを単位にしてしまい、それをeV(電子ボルト、エレクトロンボルト)と決めたのである。

余談
原子から、電子1個を引きはがす(イオン化させる)のに必要なエネルギーが大体数電子ボルトのオーダーになる。(私たちがよく使う乾電池が、1.5Vという電圧なのは、そういった理由による。)また、可視光域の光子1個のエネルギーも、数電子ボルトである。つまり、私たちが日常目にする化学反応というのは、大体電子数個が、1V程度の電圧に関わるので、数電子ボルトのエネルギーになるのである。


一言いいたい!





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3.線形加速器

さて、「エネルギーの弾丸を自分たちで作る」という話をするのだが、実は、フライングであるが、前項で少しそれに触れているのである。

電位差(電圧)のある場所に、電荷を持った粒子を持ってくると、そこで粒子は、力を受けて加速される、というのがそれであった。仕掛けを簡単に説明しよう。

用意するのは、ドーナツ型の極板である。これを一定間隔にずらっと一列に並べる。



最初の極板(Aである)にプラスの電荷を置く。そして、その瞬間に、極板(A)を+(正)の電位に、隣の極板(B)を−(負)の電位にする。すると、図(1)を見れば分かるように、電荷(+)は、極板A(+)には反発し、極板B(−)には引かれる。その結果、電荷はA→Bへと走り、その間に加速されるのである。



電荷が極板(B)に達したら、今度は、極板(B)の電位を、−(負)から+(正)へと逆転し、先にある極板(C)の電位を−(負)にするのである。そうすると、図(2)のように、電荷は、極板B→極板Cへと走る。もちろんその間にも加速される。



あとは、ご想像通りである。電荷が、極板(C)に到達した瞬間に、今度は極板(C)の電位を、−(負)から+(正)へと逆転し、先にある極板電位を−(負)にする。これを延々と繰り返せば、どんどん電荷は加速され、高速になる。

荷電粒子の速度が増すということは、粒子の運動エネルギーが増すことになるので、高エネルギーになるということである。(相対論の解釈では、運動エネルギーが増すというよりは、荷電粒子の質量が増すと言った方がよいのだが、詳細は、「わかっても相対論」第3章を参照。)

ここで説明した仕組みで粒子加速装置を作ると、電極板がトンネル状にずらりと並んだ細長いものができあがるので、これを「線形加速器」(別名ライナックまたは、リニアック)と呼ぶ。
もちろん、加速器が長くなるほど、粒子はより速い速度を得る。しかし、長く作ると技術的、経済的、立地条件上の困難さは増す。したがって、極端に長い線形加速器には限界があり、現存する線形加速器では、およそ、粒子を数百MeV(電子ボルト)程度に加速するにとどまる。(ただのeVでなく、メガ【百万】eVであることに注意)

一言いいたい!





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4.円形加速器

線形加速器を用いれば、数百MeVという高エネルギー粒子を得られることは、前項で説明した。
では、それ以上の高エネルギー粒子を作りたいとなれば、どうすればよいか。実験物理学者は考えた。

長い距離の線形加速器に限界があるのなら、線形のトンネルをぐるっと丸めて、ドーナツ型にしたらどうだ。面積は必要になるが、だいたい線形加速器の三分の一の距離で、加速器が作れることになる。
さらに、線形加速器に比べ、円形加速器は、粒子を何周も繰り返し走らせることができるから、事実上無限の長さの加速器ができるではないか。

そのような発想で、円形加速器が作られた。第一の利点「円形」だけを利用した加速器をサイクロトロンと呼ぶ。荷電粒子を円形軌道に沿って廻すためには、磁場が必要になる。粒子は磁場によって曲げられる、という(フレミングの左手の法則)現象を利用したものである。

ところが、粒子の速度が増すと、回転半径はより大きくなる。猛スピードで、カーブを曲がろうと思えば、より外側に大きな力がかかる、という事実からもそれは分かると思う。
サイクロトロンは、磁場が一定であるため、粒子が徐々に外側へと膨らみ、トンネルの外壁にぶつかってしまえば終わり、限界があるのである。

そこで考案されたのが、シンクロトロンと呼ばれる円形加速器である。サイクロトロンの弱点を補うために、シンクロトロンでは、加速器にかかる磁場を変化させる。つまり、粒子の速度が増すのに合わせて(シンクロして)、磁場の強さを制御するのである。このことにより、粒子は、一定の半径を保って回転する。磁場の強ささえ確保できれば、粒子をどんどん加速できることになる。

ただし、磁場を強くするのにも限界があるから、磁場を小さく、しかも、より高エネルギーの粒子を得ようと思えば、今度は、円形加速器の半径を大きくしなければならない。

現在、世界で最も大きいエネルギーを取り出すことのできるシンクロトロンは、スイスのジュネーブ郊外の「欧州原子核研究機構(CERN)」にあるLHCと呼ばれる円形加速器である。(LHCとは、『Large Hadron Collider(大型ハドロン衝突型加速器)』の略である。)円周27Kmというから、直径約9Kmの円形加速器だ。

余談
実は、1991年にSSC計画というのがあって、アメリカのテキサス州ダラス郊外に、円周87Kmのシンクロトロンが作られる予定だった。しかし、総工費一兆円以上ということもあり、1993年、アメリカ議会は経済状態が厳しい状態にある、という理由で、計画の中止を決定した。


LHCが実現するエネルギーは、7TeV(テラ電子ボルト)である。(M(メガ)が百万の単位であることはご承知と思うが、G(ギガ)は十億、T(テラ)は一兆の単位である。)「コライダー」という言葉は、『衝突型』という意味であり、LHCでは、陽子を衝突させるので、理論値では、倍の14TeVを取り出すことができる。(一般的に、シンクロトロンでは、同じ磁場を用いて、正電荷と、負電荷の反粒子を逆方向へ回転させ、衝突させる。粒子と反粒子は対消滅して、純粋にエネルギーを取り出すことができるが、LHCは、陽子・反陽子でなく、陽子同士の衝突なので、実効値は、理論値より小さい8〜10TeV程度である。)ちなみに、余談で話したSSC(スーパーコンダクティング・スーパー・コライダー)は、20TeVの加速陽子を得る予定だったという。

更に余談
LHCは、2008年9月10日に稼働を開始したが、同月20日に電気系統の欠陥により故障し、2009年春まで稼働を停止している。この停止期間中に、LHCがマイクロ・ブラックホールを生成するのではないか、との危惧から、稼働停止を求める訴訟が起きていることは有名な話である。CERNの見解では、ブラックホール生成には、大きな質量が必要であり、陽子の加速により得られるエネルギー程度では、ブラックホールはできないか、もしできたとしても、あまりにも小さいため、瞬時に崩壊(蒸発)してしまうので、危険はない、としている。これは、SFの話ではない。


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5.高エネルギーが持つ意味

とんでもなく大がかりな仕掛けを作って、高エネルギー粒子を得る話を前項までしていたのだが、なぜそんなことが必要なのかを、今一度振り返ってみよう。

エネルギーが大きい、ということには、二つの意味がある。

一つは、エネルギーが大きいほど、小さなものを的にできるということだ。何度も言ってきたように、高エネルギー粒子は、として見た場合、波長が短い。故に小さいものを認識できることになる。

二つ目は、未知の粒子を生成できるということだ。これには少し説明が必要だ。
例えば、粒子と反粒子を高エネルギーで衝突させる場合を考えよう。粒子は反粒子と出会うと、物質としては無くなってしまう。(これを対消滅と呼ぶ。)物質が消えてなにが出てくるかというと、エネルギーということになる。もっとかみ砕いて言えば、非常に波長の短いになる。

そして、この高エネルギーの光(ガンマ線)が真空中を走ると、なんと今度は、粒子と反粒子を作り出す。(これを対創生という。)つまり、大きなエネルギーは、それだけ質量の大きな粒子を創り出す可能性があると言うことができる。

補足
これは、質量とエネルギーの等価性から出てくる結論である。特殊相対論で有名になった式(E=mc2)は、ご存じと思う。これは、質量とエネルギーの換算式である。


つまり、高エネルギー粒子同士の衝突は、その構成要素をたたき出すという側面と、発生するエネルギーから、新たな粒子を生成するという側面の二つを持つのである。

少し話が飛躍しているので、もう一度繰り返しておく。
高エネルギー粒子の衝突現象においては、

(1)衝突させる粒子のより根源的な要素をたたき出す。
というこれまでの議論とは別に、副産物のように、
(2)衝突によって解放されたエネルギーが、新たに(未知の)物質を生成する。

という効果も持つのである。

素粒子物理学は、最初は、物質を形成する根源的な要素を探し出すものだった。しかし、根源的要素が持つ性質を研究する過程で、未知の要素が予言されるという事態が珍しくなくなった。
これは、予言された根源要素を探すのではなく、創り出して検証する、という方法論になって行った。(当然と言えば、当然のことだ。)

ところが、我々が普通に生活しているレベルのエネルギーでは、極僅かの粒子しか現れて来ないのである。
極端に言えば、我々が、何の工夫もなく地上で観測だけしている分には、電子陽子中性子しか出てこないのである。(これは偶然ではなくて、通常のエネルギーレベルでは、この三種類の粒子だけが、比較的安定に存在するから、原子が作られ、ひいては、我々が存在できるのである。)

一言いいたい!





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6.反物質

この項は、完全な余談である。
映画の話をする。タイトルは、『天使と悪魔』という。2009年6月現在、上映中のはずなので、まだ観ていなくて、これから観ようと思っている人はこの先は読まない方がいい(ネタバレである、と怒られても困る)。

但し、断っておくが、私はこの映画は観ていない。原作を読んだだけである。従って、ここから書くことが「映画と違う」という文句は勘弁して欲しい。

さて、この物語にはCERN(セルン)』が登場する(素粒子物理の世界では、超弩級の有名研究施設である)。
ここで、反物質が生成され、それが盗み出される、というのが物語の発端になっているのだが、さて、反物質とは何物であろうか。

一般的には、反粒子と、ほぼ同等に使われる言葉なのだが、反粒子と言わず、反物質と限定して使用すると、意味が異なってくる。反粒子とは、素粒子が必ず持っている、ペア(片割れ)のこと(例えば、電子の反粒子は、陽電子であることは、よく知られている。)なのだが、厳密に言うと、素粒子でなくとも、反粒子は存在するのである。
陽子や、中性子は、素粒子ではない(3個のクォークからできている。)のだが、立派に反陽子反中性子というものが存在する。ここまでは、SFでもなんでもなく、現実に検証されている。

であれば、反陽子反中性子が、原子核を作り、その周りに陽電子があったら、原子ができるのではないか、というのは自然な考え方である。実際に、水素原子(一個の反陽子のと一個の陽電子で構成される)は、実験的に作られている。

おお、そうか。じゃあ、反水素原子二個と、反酸素原子一個があれば、反水分子が作られるだろうし、それを大量に集めれば、反水がコップに一杯とか、反水の池ができたりするのではないか、と考えたら、これはもうSFの世界の話になっているのである。いわゆる反物質とは、このように私たちの目に見えるレベルの量に達した反粒子の群れ、ということになる。

『天使と悪魔』の物語では、反物質(実際に、何の原子・分子であるかは、明らかにされていない)が、世界で初めて作られたことになっている。しかし、既に述べたように、反水素原子という反物質は、もう実現されているのである。それほど大層な話ではない。ただ、『天使と悪魔』では、その反物質が、四分の一グラム生成されたことになっている。

四分の一グラムの反物質の非実現性をどのように表現しようか。

反物質とは、正物質(私たちの周りにある普通の物質のことだよ)と出会うと、対消滅を起こす。簡単に言えば、「純粋なエネルギーに変わってしまう」という現象が発生するのだ。その効率は100%である。
エネルギー効率というのは大変なもので、現在原子力発電所が持つエネルギー効率(実際に発生させたエネルギーと、利用できたエネルギーとの比率)は、40%前後と言われている。最終的には、核分裂による発熱を電気エネルギー(水蒸気でタービンを回す)に変換し、更にこれを送電するため、純粋に使えるエネルギーとしての効率は更に落ちて、30%くらになってしまう。対して、対消滅(物質と反物質の反応によるエネルギー効率)は、100%である。物質と反物質が持つ質量が、全てエネルギーに変わってしまうのだ。

空間のある限られた場所に突然エネルギーが発生することになる。早い話が、局所的なエネルギーの開放が起こる。極々簡単に言えば、爆発する、のである。

広島・長崎の上空で開放されたエネルギー(原爆のこと)は、約1グラムだった。
『天使と悪魔』での設定のように、四分の一グラムの反物質が対消滅を起こせば、エネルギーに変わる質量は、正・反合わせて、0.5グラム。つまり、広島・長崎の半分くらいの被害が発生する。

物語では、ヘリコプターに積まれた反物質が、ヴァチカン市国、サン・ピエトロ大聖堂上空で爆発を起こす。規模は広島・長崎の約半分。現実的に考えて、ヘリコプター高度で、この爆発が起きたら、地上に被害がないはずがないのだが、まあそこはフィクションであろう。

それより、四分の一グラムという、目視可能な量の反物質を、爆発させずに保持することが可能か否かの問題である。物語では、磁場を利用した携帯容器に、それを封入しているのだが、反物質は正物質との接触(原子レベル)が起これば、爆発してしまうのだから、厳密に正物質から隔離された場所に置かなくてはならない。ところが、目視可能オーダーの物質を、真空中に完全隔離の状態で保持するのには非常な困難が伴う。現実的には、無重力空間でもないとそれは不可能だ。

ここからは、野暮な話をする。『天使と悪魔』はどちらかと言えば、伝奇ミステリーに属する物語であり、明らかにSFではない。だから、反物質の保管方法について語るのが野暮であることを認めた上での話と思ってもらいたい。

物語では、極簡単に、プラズマ化した反物質を磁場に閉じ込めておくことで反物質を持ち運んでいるのだが、プラズマとは、「正の電荷をもつ粒子(イオン=電子を破がされた原子)と負の電荷をもつ電子が電離状態で同程度分布し、全体としてほぼ電気的中性を保つ粒子集団」のことである(反物質では電荷が逆になる)。身近な例では、蛍光管内部の水銀ガスが、プラズマである。その意味では、プラズマとは珍しいものではないのだが、「電気的に中性な粒子集団」を、どうやったら磁場で隔離できるのかが、さっぱり分からない。(繰り返すが、野暮な話ですよ)
もし、これが可能なら、超高温のプラズマを、ある一定時間、保持することができるのだから、核融合のために必要なエネルギーの確保が実現可能になり、地球上のエネルギー枯渇問題は確実に解決する。反物質閉じ込めを考えるよりよほど金になる。

現実の世界では、CERNのLHC(ラージ・ハドロン・コライダー)が、ブラックホールを生成してしまうのではないか、という理由で、稼働停止の訴訟が起きている。(こっちの方がよほど野暮である、と私などは思うのだが。。。)

以下、次章  一言いいたい!