第3章 素粒子を分類してみよう


【わかるまで素粒子論「入門編」 第3章 素粒子を分類してみよう】

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1.粒子と反粒子

この宇宙に存在するあらゆる粒子には、それと対になる反粒子というものが存在する。
粒子と反粒子は、衝突すると、その質量が100%エネルギーに変わってしまうという性質を持っている。そして一般に私たちが通常観測できる粒子を(正)粒子といい、これとエネルギー効率100%で反応する粒子を反粒子と呼ぶ。

わかりづらいよねえ。

粒子・反粒子を正確にいうと、「質量、スピン等の量子数が等しく、加算的量子数(電荷のような、符号を持つ量子数)が正負反対であるような粒子同士の関係」ということになる。
しかし、質量、電荷はともかく、スピン量子数も、まだ説明していないので、もっと分からなくなったであろう。いったい、なーんのこっちゃ、ということになっているはずだ。

ここで、「なにはさておき量子論」の第5章を読んでみてもらいたい。ここに出てくる「ディラックの海」に登場する真空の揺らぎによって対創生対消滅を繰り返す「もの」が粒子・反粒子である、ということだ。

SF的にいうと、物質が消えてエネルギーだけになってしまう「もの」の対。「反陽子爆弾」って知ってる? SFに出てくる爆弾で、この世界の全ての物質と反応してエネルギーに変えてしまうという、エネルギー効率100%の恐るべき兵器である。(0.5グラムの反陽子があれば、広島・長崎の原爆と同じ破壊力の兵器が作れる。)中性子爆弾は一時話題にはなったが、反陽子爆弾は、現実には存在しないから安心してよい。(手塚治虫氏の「ワンダースリー」に出てきます。)

粒子・反粒子は、とりあえず分かった。それじゃあ、ここでいうエネルギーって何物だ? という疑問、どうしても持つよねえ。

それは、消滅前の粒子・反粒子各々の「静止エネルギー(質量)と運動エネルギーの和」と等しい「光子」である、と、とりあえず考えてほしい。なぜなら光子の反粒子は光子自身であることが分かっているので、光子それ自身は対消滅することなく残るからだ。

さて、前項までに出てきた素粒子の中に、実は、この粒子・反粒子の関係にあるものが含まれているのである。そんなこと分かってるよ、という人もいるだろうし、ここまで言われれば分かったよ、という人も多いだろう。

そこで、粒子・反粒子の観点で、これまでの素粒子を整理すると。

   (1)光子(反粒子=光子
   (2)重力子(反粒子=???)
   (3)電子(反粒子=陽電子
   (4)陽子(反粒子=反陽子
   (5)中性子(反粒子=反中性子
   (6)ニュートリノ(反粒子=反ニュートリノ
   (7)中間子(反粒子=???)
   (8)ウィークボソン(反粒子=???)


となる。

疑問その1
・なんで、光子に反光子がないいんだ?
   光子は質量を持たず、加算的量子数も持ってないから。(とりあえず、そう思って。)

疑問その2
・何で中性子に反中性子があるんだ?
   反β+崩壊(反陽子のベータ崩壊)を考えてみよう。

    + =  0 + e + ν 0

   電子、ニュートリノが反粒子になっている。反粒子の数が右辺と左辺で同じになるためには、
   中性子も反中性子にならなければおかしいのである。

疑問その3
中間子の反粒子が???なのは、まあいいとして、重力子には、反重力子があるんじゃないのか?
   もし存在したら、反重力物質があって、それは重力(引力)と異なり斥力である。
   だから、反重力物質同士が反発するんじゃないか、というのは未だSFの域を出ない。
   なぜなら、重力子そのものが未発見だからだ。

疑問その4
・粒子と反粒子が同じだけあったら、この宇宙に物質なんてなくなるんじゃないか?
   これは、今ここでは答えられない。多分「常識編」、もしかすると「非常識編」まで行くかも。


一言いいたい!





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2.階層構造

前項では、これまでに登場した素粒子(と思われるもの)を、粒子・反粒子という観点で分類してみた。全ての粒子には必ず反粒子が存在する(粒子と反粒子が同じ素粒子の場合もある)ということが分かったのである。

次に、この項では、素粒子がどのような階層構造を持って、この宇宙を構成しているかを考察してみることにする。いわゆる体系分類である。

(1)バリオン(重粒子)
現時点では、中間子が力を媒介する、重い粒子(核子)のことである。

(2)レプトン(軽粒子)
バリオンに比べて、軽い粒子である。電子は、核子の1836分の1であり、ニュートリノは、極最近まで質量を持たない、と思われていたほど軽い。(実は、現在でもその質量値は、はっきり確認されていない。)
ここでは、あまり質量にとらわれず、核力に影響されない粒子、と考えておこう。

もう、よくご存じのように、核子と電子が原子を構成し、それが多数集まって物質が構成され、物質は最終的に宇宙を構成している。(下図参照)

(3)ゲージ粒子
粒子間に働く力(相互作用)を伝える粒子である。
量子論的場の考え方では、仮想粒子として現れ、粒子が、このゲージ粒子をキャッチボールすることにより力が伝わる。(いわゆる近接力の元である。)




今のところは、上図のような分類ができる。(重力子は、未確認なので点線で示した。)

ところが、シンプルに見える、この図には意外な落とし穴が潜んでいる。

詳しい話は、後に譲る(多分「入門編」ではなく「常識編」になる)が、ゲージ粒子の名前の由来は、場の量子論で取り扱われるゲージ場から来ている。ゲージ場とは力を媒介する粒子が存在する「ところ」だから、今までの話で矛盾しない。
ところが、このゲージ場にはゲージ対称性というものが要求される。物理では「対称性」は「保存則」と密接な関係があり、この宇宙の法則を「シンプル」にするものだと考えてほしい。

このゲージ対称性が成り立っている限り、ゲージ場には質量がない粒子しか存在できないことが分かっている(質量を持たない「シンプル」な粒子の場であると言うことだ)。

落とし穴が分かってきたことだろう。

中間子とは、湯川秀樹博士が、電子と核子の中間の質量を持つ粒子として予言され、そして発見された粒子である。はじめから質量がある粒子だったのだ。であれば、中間子はゲージ粒子ではあり得ない

一言いいたい!





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3.中間子論を見直す

前項でゲージ対称性の話をしたが、勘違いしないでもらいたいことがある。
湯川中間子論が世に出たのは1935年であり、ゲージ対称性が「場の量子論」という土俵の上で議論されたのは1970年代に入ってからである。従って、湯川の中間子を、ゲージ対称性から否定するのは、やってはいけないことなのである。これ誤解のないように。
本来、中間子がゲージ粒子だなんて言われたことなど一度もないのである。

じゃあ、なんでそんな紛らわしいことをわざわざ書いたんだ?

お叱りは当然。そこで今回は、中間子論提唱の顛末をテーマにしたいと思う。

湯川が、核子を結びつける粒子として中間子を提唱したのは、先ほども書いたが1935年。このとき、マックスウェル電磁方程式(1846年完成)により、電磁場が記述され、電磁場とは、光子が媒介する、ということは既に知られていた。そして、湯川は、核子の結合にも何か力を媒介する粒子があるのではないか、ということに着目した。

ところが、電磁場と異なり、核力は非常に狭い範囲でしか働かない。もしもある原子核内の核子が自分の隣にいる別の原子の原子核に働くほどの力であったら、原子同士が核力でくっついてしまい、そもそも今のような自然界は存在しなくなってしまう。従って、核力とは、原子核の大きさ程度の領域でしか働かないような力なのである。

しかし、この考えを推し進めて行くと、ある問題に突き当たる。核子は元々決まった質量を持っている。もし、核子が中間子を出しっぱなしにしてしまうと、総計の質量は、当然「核子+中間子」となる。中間子が質量を持つとすれば、それは、エネルギー保存則(質量=エネルギー)に反する。
電磁場における光子のように、粒子が仮想粒子を呼吸するためには、仮想粒子に質量があってはならないのである。(それこそが、ゲージ対称性というものだ。)
だから、核子が仮想中間子を呼吸する(他の粒子と出会わないとき、仮想粒子は、それを放出した粒子に再び戻る)ためには、中間子は、質量を持つことができない。
しかし、中間子に質量がないと、今度は、核力が働く距離に矛盾が出てきてしまうのだ。

「仮想粒子」とは何であったかを思いだしてもらいたい。中間子が質量を持つという矛盾と、核力が働く距離(原子核の大きさ)を同時に説明できるのが、「不確定性原理」だったはずだ。

核子の質量は、中間子のエネルギー相当くらい、決められないと考える。その決められないエネルギー(ΔE)とその時間(Δt)との積は、プランク定数になるのが、不確定性原理であった。(この決められない時間で、核子は、中間子をキャッチボールすることにより、力を伝えることができる。)

時間が有限なので、中間子が仮に光速度(c)で飛んでも、届く距離は有限になる。

   ΔE × Δt = h
   Δt × c = 最長到達距離


この関係をよくみると、中間子の質量の幅が大きければ(すなわちΔEが大きければ)遠くへは飛べず(Δtが小さくなる)、小さければ遠くまで飛べる、ということになる。(電磁気力が無限遠まで届くのは、光子に質量がないからだ。)

湯川は、中間子が飛べる距離(原子核の大きさ)から逆算して、中間子は、核子の4分の1くらいの質量であると、結論した。一般には、これが中間子論である。(注記)

すごく疑問が膨らんだでしょう。仮想粒子を呼吸する(ゲージ対称性を満足する)ためには、力を媒介する粒子が質量を持ってはならないなら「中間子の質量はない」はずであり、到達距離から考えれば、「中間子は質量を持つ」ことになる。

おまえ、言ってることがおかしくないか?

いえ、おかしくありません。中間子は、観測の結果、実際は質量を持っている。だとすれば、中間子はゲージ粒子ではない。

おお、ついに血迷ったか。

中間子がゲージ粒子でないならば、中間子は、なにか別の粒子からできている、と考えなければならない。

何を言ってるんだ?

分かりやすく言うと、中間子が、複数粒子からできており、それを結合させている「質量のない粒子」が、実際はゲージ粒子であるということだ。

ちっとも分かりやすくない!

ゲージ場の理論が確立した今なら、簡単だ。一個の中間子が質量を持つなら、中間子は、「なにか別の粒子」が「質量のないゲージ粒子」で、結合してできていなければならない。これは、とりもなおさず、中間子は素粒子ではない、ことを意味している。


(注記)湯川博士に申し訳ないので、以下を知っておいて欲しい。
    中間子論が、私にも書けてしまうほど簡単な思いつきである、と思われては困る。
    本当は、クライン・ゴルドン方程式というものを駆使した「場の理論」である。決して思いつきの理論ではない。
    ここで、それを説明するのは、研究者向きになってしまうので、詳細を知りたい方は以下を参照されたい。
    
「EMANの物理学」〜「クライン・ゴルドン」方程式」
    (トップ・ページは、当HPのリンク・コーナーにあります。)


一言いいたい!





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4.核子を繋ぐもの

多分、頭がこんがらがっているはずである。核子と核子を結合させるために、中間子が登場した。それなのに、中間子は素粒子ではないという。
ということは、中間子は、別の素粒子から作られている。それは認めてやってもよい。しかし、なんでその素粒子と、質量を持たないゲージ粒子が関係するんだ? という疑問ではないだろうか。

ちょっと、話を整理しよう。
粒子と粒子の相互作用を司る粒子を、ゲージ粒子というのである。つまり、粒子間に近接力を持たせるために、キャッチボールされる「もの」がゲージ粒子だ。

核子と核子の間に働く力(核力)を考えていたら、中間子という、質量を持った粒子が現れた。
ところが、ゲージ対称性のために、その粒子は質量を持ってはいけないことになってしまったのである。
しかし現実に、中間子には質量がある。だから、中間子はゲージ粒子でなくなってしまった。
ここまではよいかな。

ここで、みなさんが持つであろう疑問を整理する。

   (1)中間子は、素粒子ではない。
   (2)よって、中間子は、何か別の素粒子(とりあえず、X粒子とする)からできている。
   (3)中間子は、X粒子からできているのだから、X粒子を結びつけるゲージ粒子(Y粒子とする)がある。
   (4)そして、素粒子でない中間子をキャッチボールして、核力が現れる。
   (5)じゃあ、核子を結びつけるゲージ粒子って、何だ?


疑問が整理できたのではないかと思う。
上記の答えは、実はひとつしかない。

   X粒子を結びつけているY粒子が核力の元でもある。

理解できない人は、もう一度読み直してみよう。
この結論以外に、スマートな答えは出てこない(と思う)。下図を見て欲しい。



中間子が素粒子でなくなったので、中間子に「メソン」という名を与える。(後で書く機会もあろうが、現実に中間子は、一種類ではない。)
「X」で表した素粒子が、中間子を作っている素粒子であり、「Y」で表したゲージ粒子が、中間子を作る力の元であり、核力の元にもなっている。
これで、中間子が質量を持ってもよいことになった。

一言いいたい!





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5.今だから言えること

前項では、中間子がX粒子で、それを繋ぐゲージ粒子をY粒子と書いたが、かえって混乱するので、ここで正式な名称を言ってしまおう。

中間子を作る素粒子を、「クォーク」といい、それを結合するゲージ粒子を、「グルーオン(膠着子)」と呼ぶ。

「クォーク」は、もうそろそろ、世間にもなじみつつあるので、こう思った人が多いはずである。「クォークって、陽子中性子を作っている素粒子じゃなかったっけ?」

その通りである。一般の素粒子本には、クォークは、核子を作っている素粒子として登場するはずである。そして、実は中間子も。。。と話を進めるのが普通である。
ところが、この読み物では、私が筋立てを考えずに書きつづって来たために、「今だから言えること」を、先に書いてしまったのである。つまり、「ゲージ場」や「ゲージ対称性」を、物理史を考えず、先へ持ってきたために、こんな事態に陥って、私は焦っているのである。読者のみなさんとしては、大いに文句を言ってよいところである。

文句が来る前に、とりあえず、ここまでで分かったことを、例の図で表してみよう。



ハドロン」という、新しい分類が登場したが、これは、「強い相互作用」を行う粒子という分類である。「強い相互作用」とは、「グルーオン」により媒介される力のことである。
これまでは、「中間子が核子間の力を媒介する」という言い方をしていたので、中間子は、ゲージ粒子のような考え方をしていたが、実は、中間子そのものも、クォークから作られるハドロン(物質)だったのである。

繰り返しておく。以上のことは、「今だから言えること」である。

そこで、ここで章を変えて、まっとうな素粒子物理学史に戻ろうと思う。それは、中間子が発見された顛末である。

以下、次章  一言いいたい!