第4章 新粒子がいっぱい


【わかるまで素粒子論「入門編」 第4章 新粒子がいっぱい】

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1.二つの中間子

前章では、「入門編」を飛び越して、「常識編」へ行ってしまいそうになったのである。そこで、話をまっとうな方向へ戻すことにしよう。

それは、湯川博士が予言した中間子が実際に発見された顛末に戻ることである。行き過ぎた話を一旦元に戻そうという私の姑息な魂胆である。許して欲しい。

さて、湯川の中間子論が出たのは、前にも書いたが、1935年。この理論の登場によって、核子を結びつける粒子として、中間子が世に出た。
しかし、これも前に書いたことだが、簡単に新しい粒子を持ち出すんじゃない、という意見から、中間子論に対する批判が多かったことも確かである。

そうこうするうちに、第二次世界大戦が始まり、様々な国際交流も断たれることになった。その中にあっても、物理においては、基本粒子を追い求める研究は続けられており、細々ながら、情報も交換されていた。

陽電子の発見者である、アンダーソンは、地上(つまり大気下部)で、重い宇宙線を観測した。性質は電子によく似ているが、質量は電子より、はるかに大きい。
さては、これこそ湯川の中間子か、と騒ぎになった。しかし、大気層というのは充分に厚く、そこには大量の気体分子がある。湯川粒子は、必ず大気中で、原子核と衝突してしまい、その姿を変えてしまうはずであった。湯川粒子は、なんと言っても、核子と相互作用する粒子であるから、原子核と衝突すれば、見た目には核子に吸収されてしまう。

中間子が、地上まで生きながらえて降って来る確率は、計算上極めて小さいものであったのだ。よって、アンダーソンが観測したこの粒子は、湯川の中間子とは異なる中間子ではないか、と言い出したのが、日本の坂田昌一である。これが出たのは1942年(戦時中)であり、この理論を「二中間子論」という。

そして、第二次大戦が終わる。敗者である日本には、物理をやる道具としては、紙と鉛筆しかない。坂田の「二中間子論」も実験的には確かめようがなかったのである。そのうち勝者であるイギリスのブリストル大学が、新粒子を実際に見つけることになる。

宇宙線(高エネルギー粒子)は、大気に触れると電子とか光子などの珍しくない粒子に変わってしまう。(なぜかって? そうでなければ、地球上は珍しい粒子だらけになってしまうでしょ。)
従って宇宙線と大気中の原子核との相互作用の結果生まれる新しい粒子を発見したいと思えば、高い場所に観測装置を持って行かなければならない。そこで、ブリストル大学では、最新の原子核乾板をアンデス山中、5500mの高地に持ち込み、その写真乾板上に、ほとんど直角に曲がった粒子の軌跡を発見したのである。1947年のことである。

余談
原子物理学や素粒子物理学というと、理論物理の華やかな部分だけが世の中で注目されるが、実は、上記のような原子核乾板に残された粒子の飛跡を、時間をかけ、顕微鏡を用い、丹念に検証する実験物理学の側面もあるのである。現在では、粒子加速装置を用い、工学的センサーで、コンピュータ解析されるものに変わりつつあるが、それでも、人間が作った粒子加速装置より、はるかに高エネルギーな粒子が宇宙を飛び回っており、その大気中での軌跡を研究している人がいるはずである。


さて、実験物理学者の信頼すべき目は、ある中間的質量(電子と核子の間)をもった粒子が姿を変えて、別の中間的粒子になって直角に折れ曲がって進み、それが今度は電子となって、再び直角に折れ曲がって進んでいたことを見逃さなかった。
そして、その最初の方を「π(パイ)中間子」、電子に変わる前の後の方を「μ(ミュー)中間子」と名付けた。
ここに、坂田の「二中間子論」が、証明されたかに見えたのである。

翌1948年、戦時中に建設中止になっていた、粒子加速装置(シンクロトロン)がカリフォルニアで運転をはじめた。
人為的に高エネルギー粒子を作り出す粒子加速装置は、宇宙線からそれを見つけ出すより非常に効率が良い。パイ中間子が、実は湯川の予言した、核子を結びつける粒子であることも、このシンクロトロンにより証明された。
ミュー中間子は、以前から宇宙線の中に発見されていたものの、「なんとなく湯川の中間子とは違うものだ」といぶかしく思われていたものだったのである。

一言いいたい!





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2.余分な粒子?

もしも、素粒子物理をひとつの物語だとするなら、前項でまでで一巻の終わりにしてよかった。
なぜなら、役者は全て出そろい、その関係もすべて明らかになったからだ。

原子核を構成する陽子中性子、それを結びつけるのが中間子であった。
ひとつ上の階層である原子を構成するために電子が存在し、その電磁気力は、光子が媒介する。
中性子が陽子に変わるとき(ベータ崩壊)にエネルギー保存則を守るために登場したのが、ニュートリノだった。
ジグソーパズルのピースは、全てうまった。万歳の瞬間である。

ところが、ピースが、一個余ったのである。

それは、ミュー中間子である。この宇宙を形作るのに、なんの役にも立たないものが、ひとつ紛れ込んでいた。

もし、神さまがこの宇宙をお造りになったとすれば、ミュー中間子とはいったいなんなのか? 神さまのちょっとした手違いか、気まぐれか、「どうでもいい粒子」が残ってしまった。

脳天気に、「いいんじゃないの」と言っていれば、素粒子物理屋が失業したかもしれない。しかし基本粒子を追い求める実験屋たちに与えられる、粒子の観測技術の発展はめざましかった。

ここで、ちょっと横道にそれるが、「霧箱」と「泡箱」の話をしておかなければならない。

霧箱とは、イギリスのウィルソンが発明したので、「ウィルソン霧箱」とも呼ばれる。気体の断熱膨張を利用した粒子の軌跡発生装置である。過飽和水蒸気が入った箱に磁界をかけ、一気に箱の体積を膨張させた瞬間を写真に撮ると、飛行機雲の原理で、電気を持った粒子の軌跡を見ることができる装置である。
この装置、作った本人が想像していた以上に役に立った。素粒子論の発展に対する貢献が顕著であるということで、1927年にノーベル物理学賞までとってしまったほどである。要するに、荷電粒子がどのように走ったかを見ることができるのである。

続いて泡箱である。霧箱が過飽和の気体を用いるのに対し、泡箱は過熱状態の液体を用いる。高い山に登ったことがある人なら知っていると思うが、高山は、地上より気圧が低い。すると水が沸騰する温度が100℃以下になるのである。水に限らず一般的に液体の沸点は、気圧が低いと下がる。そこで、液体を急激に減圧して沸騰する寸前にしておけば、粒子の走った後だけが沸騰して、細かい泡の軌跡が残る、というのが原理である。
泡箱に用いられる液体は液体水素などであり、観測粒子が、泡箱内の水素原子核(陽子)と直接反応したり、霧箱より感度が高い等の利点がある。これを作ったアメリカのグレーザーは、1960年、やはりノーベル物理学賞を受賞している。

1947年、イギリスで、霧箱の中に、逆V字型の粒子の飛跡が発見された。最初はパイ中間子(湯川粒子)かと思われたが、詳細に調べると、どうも違うらしい。
ひとつの粒子が折れ曲がったのか、それとも、二つの粒子が一点で発生したのかすら解らない。
そうこうするうちに、フランスでも、アメリカでも、霧箱や、泡箱内に、この逆V字粒子が次々と見つかった。

いったい、これは何だ? とにかく、ひとつなのか複数個なのかも定かでないが、自然界にはまだ未知の粒子が存在することが解ったのだ。

物理学者は、ミュー中間子が余計な粒子だ、などと呑気に構えていられなくなった。そして、物理学の世界は、これからしばらく、「新粒子のインフレ」に悩まされることになるのである。

一言いいたい!





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3.粒子加速装置

前項で、霧箱や、泡箱の話をしたので、ちょっと寄り道ついでに、粒子の見つけ方をもう少し説明しておく。

素粒子探索のため、なにかの粒子を発見しようとしたら、文字通りそれを見なければならない。霧箱や、泡箱は、まさに粒子(の軌跡)を人間が目で見ることのできる画期的な装置であった。
ところが、地上では「珍しい粒子」を発見する確率は非常に低い。珍しい粒子は、大気中を走る間に、大気の原子核と衝突して、「珍しくない粒子」に変わってしまうらしいのである。 なんでだ、と言われても困る。現実に地上には珍しくない粒子しかないんだから。

従って、新粒子を見つけようと思ったら、原子核乾板を、気球で空高く飛ばしたり、霧箱や泡箱を高山に持ち込んだりして、その軌跡を手間暇かけて観察・分析しなければならない。せっかくそういう手間暇をかけても、なにも見つからない場合だって多く、これらの方法は、運は天まかせの非常に歩留まりの悪い作業と言えそうである。

だったら、新粒子を地上で作ってしまえ、という発想をするのが実験物理学者である。
宇宙空間を飛んでいるようなエネルギーの高い粒子を、原子核にぶつけてやったら、超高空のような珍しい粒子が発生するであろうという理屈である。

電極の間に荷電粒子を飛ばしてやれば加速することは経験的に良く知られている。だったら、長い筒の中を、電子陽子のような「珍しくない粒子」をどんどん加速させれば、高エネルギーの粒子ができあがる。それを原子核にぶつけてやれば、「珍しい粒子」が出てくるに違いない、探す領域を限定することができるのだから、これは効率の良い粒子探しができそうである。

ところが高エネルギーの粒子を得ようとすればするほど、荷電粒子(電子や陽子)を走らせる距離を長くしなければならない。(電子や陽子を筒の中に走らせて、加速する手段については、ここでは述べない。)
このように、直線上に粒子を加速する装置を「リニアック(ライナック)」という。

ところがリニアックの長さには、おのずと限界がある。非常に長い直線のトンネルを作るようなものだからだ。これを解決しようとして考案されたのが、「筒の両端をくっつけて、ドーナツ型にしてしまえ」という発想である。これには利点が二つある。リニアックに比べ、コンパクトに作れることと、ドーナツの中をぐるぐる何度も何度も回すことによって、粒子の加速を飛躍的に大きくできることである。このドーナツ型の装置を「シンクロトロン」と呼ぶ。

サイクロトロン」と何が違うんだ、と思った人、多いでしょう。円形加速装置としては、どちらも正しい。ちょっと調べれば解るので、ここでは述べない。「シンクロトロン」の方が進化型なので、とりあえずこの読み物では、円形加速装置を「シンクロトロン」と呼ぶことにする。

さて、新粒子があるはずだ、という理論的根拠があるのなら、宇宙線と大気の相互作用を探せ、それでもダメなら、高エネルギー粒子を原子核にぶつけてみろ、という方法論は実際に効果を上げ、世界的に根付き始めた。そして、より大きなエネルギーをシンクロトロンから得ようと思えば、今度は装置の直径が大きくなって来る。
スイスのジュネーブ近郊にある、CERN(セルン)と呼ばれる加速装置は、東京の山手線くらいの大きさである。

なお、電荷の異なる粒子を反対向きに加速し、その粒子同士を正面衝突させることにより、高いエネルギーを得る装置を「コライダー」という。

蛇足である。最新の素粒子理論を実験で確かめるには、シンクロトロン・コライダーを地球の衛星軌道上に作らなければダメだ、という実験物理学者の冗談があるが、実際、既に一国で作れる粒子加速装置は、もう限界で、その事業は全地球的経済力でなければ不可能になっている。

一言いいたい!





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4.スピン

霧箱泡箱そして粒子加速装置と、粒子を見つけるための技術は大いに進んだ。
それでは、ここでひとつ問うてみよう。

   新粒子というが、いったい何をもって、新しい粒子というのか?
   これまで知っている粒子と、何が違うから新粒子なのか?

問う、と言ったが、多分ここまで読んでくださったみなさまがそれぞれにお持ちの疑問であろう。
まず、新しい、というからには、既知の粒子と何かが異なっているのだろう。これまでに私たちが知っている、その識別要素をとりあえず考えてみよう。

第一には、電気量(電荷を思いつく。
電子は負の電気を、陽子は正の電気を、そして中性子は、電気を持っていない。原子を構成する粒子が、ぴったりこの三種類になっているのはなんだか不思議な気がする。

第二には、質量である。
陽子、中性子は、電子の約1863倍である。それなら、陽子と中性子の質量は同じかというと、実は若干であるが異なる。陽子の質量が1.67221x10-27Kgであるのに対し、中性子の質量は、1.6749×10-27Kgである。中性子の方が陽子より質量は大きい。

粒子を識別する要素はこれだけだろうか?
そこで登場するのが、スピンというである。

極々簡単に言ってしまうと、あなたのイメージ通りである。フィギアスケートで、人間が回転する。粒子もあの状態になっていると思ってよい。つまり自転しているのである。軸の周りをぐるぐる回る粒子は、粒子がまわる強さとして、角運動量を持つ。これはベクトル量(軸性ベクトル)であり、軸に対し、どの向きにまわるかは、このベクトルで解るようになっている。

読むのがいやになって来たでしょう。そこで、ごちゃごちゃした話はここで打ち切る。とにかく、粒子は自転=スピンしている、と考えてもらいたい。

よって、粒子が持つ識別要素の第三は、スピンである。

さて粒子の持つ、このスピンの大きさであるが、実は連続量ではない。あるとびとびの値に決まっているのだ。例えば野球のボールなら、その力の入れようで、どんなスピンでもできるだろうが、電子も陽子も、自転運動の大きさは、ある値に決まっているのだ。電子も陽子も中性子もそのスピンは、1/2である。

なにが1/2なのだと思われるであろう。当然の疑問である。スピンは、その発見の経緯から、角運動量(/2π)を単位として、それの何倍かを表す量なのである。電子の電荷が、約1.60217733×10-19クーロンに決まっているように、電子のスピンは1/2なのである。自転する粒子のように角運動量を持つ粒子は、必ず棒磁石としての性質を持つので、粒子のスピンは、粒子を磁界に入れて、実験的に検証される。

余談
アルファ線は、陽子2個、中性子2個から出来ているが、中性子が未発見の時代は、陽子4個、電子2個から出来ていると考えられていた。陽子に比べ電子の質量は非常に小さいので、質量に問題はなく、電荷も+2でつじつまは合う。ところが、これに待ったをかけたのが、スピンであった。アルファ線のスピンを調べてみると、それは、粒子4個分だったのである。決して6個分ではない。よって(陽子4個+電子2個)説は否定され、中性子が発見されたのであった。(複合粒子のスピンは、単純な足し算では決まらないので要注意)


スピンという概念が、電荷、質量に比べてあまりなじめないのは、その存在が、専門的な実験によらないと認められないからだろうと思われるが、この第三の量、スピンがなければ、粒子は粒子として認められない。

さて、スピンという概念に初めて接する人が、いつの間にか混乱して行くのは、このあたりからである。(ということは、このあとみなさんも混乱するであろうことを書くわけである。)

電子及び核子のスピンは、1/2(角運動量に直せば、1/2×[h/2π])だと言った。電子及び核子のスピンは、このひとつしかない。但し、この1/2というのは「スピンの絶対値」のことだ。スピンというベクトルがどちらを向いているかは、別問題である。

普通の物体を回転させるときは、その回転の速度が指定されていても、あなたの好きな方向に回せる。ところが電子や核子のような微小粒子では、そうはいかないのだ。回転軸の方向は地球でいう南極と北極を貫く軸のように、一種類に決まっているのだ。そして、その軸に対し、右回りと、左回りのふた通りの回り方だけが許されている。この右回り、左回りをどう呼んでもかまわないが、通常は上向き、下向きと呼ぶようである。

ここまでは良いのだ。話が混乱するのはここからである。
例えば、スピンベクトルの記号を で表すと、電子も核子も=1/2であるが、特定方向(z軸の方向)に対する値をzと書くと、z=1/2、−1/2の二つということになる。
スピンのベクトル は粒子が元々持っている性質であるが、スピンのz軸の成分の値zがどちら向きかは、その時の物理的な条件によって決まるのである。

ちなみにもし、=1の粒子なら、z=−1、0、1の三つの向きが可能になる。何、向きが三つ? それはいったいどういう状態だ? いくら悩んでも仕方がない。スピンが1/2の時と違って方向が三つあるのだ。上向き、下向き、横向きとでもいうしかない。
ところが、=3/2なら、z=−3/2、−1/2、1/2、3/2というようにzは、最大値(正)と最小値(負)との間で、1づつの差をもって何個か存在する。

なぜだ、だれがそんなことを決めた、と私に問わないように。「神さまが決めた」としかいいようがない。

一言いいたい!





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5.粒子がいっぱい!

前項では、スピンの話をしたが、「電荷質量は、身近に感ずるものだから致し方ないが、スピンなんて訳のわからないものとは、付き合いたくない。」と考える人が大多数であろうと思う。しかし、これからも、この素粒子論を読み進めていただこうと思うと、どうしても、スピンという概念が必要になるのである。

そこで、これまでに説明した、粒子同士の相互作用を復習してみよう。

ベータ崩壊である。

   n → p + e + ν

言葉で言うと、中性子(n)が、陽子(p)電子(e)と反ニュートリノ( ν )に崩壊した、ということである。
ここで、次の疑問を持った人はいないだろうか。

なんで、ニュートリノが反粒子でなければならないのか? ニュートリノは、ベータ崩壊時の、エネルギー保存のために提唱され、実際に発見された粒子であるはずだ。それをなぜ、わざわざ反粒子とする必要があるのだ?

いたら、鋭い。これには、ちゃんとした理由があるのだ。

まず、電荷は保存している。中性子はゼロ、陽子はプラス、電子はマイナス、反ニュートリノはゼロであるから。
次に、質量、これは元々エネルギー保存則を守るために、反ニュートリノが登場したのだから問題ない。
質量=エネルギーを思いだして)

ところが、反応式の右辺に反ニュートリノが登場せず、(正)ニュートリノであったら、スピンのZ軸成分(z)が、左辺と一致しないのである。ここに登場する粒子は全てスピンは1/2であることが解っている。とすると左辺は、1/2、右辺は1/2が3個になってしまう。よってニュートリノは反粒子であり、スピンのZ軸成分(z)が、−1/2でないとつじつまが合わないのである。

さて、この章の始めに、パイ(π)中間子がミュー(μ)中間子に崩壊する話を書いた。今度は、これを詳しく見てみよう。
高エネルギーの陽子が、宇宙から飛んできて、地球の大気圏に突入したとする。陽子は、大気の原子核内の陽子に衝突して、

   p + p → p + n + π+ 
   p + p → p + p + π0

という反応が起きていることが確かめられた。もし飛んできた高エネルギー粒子(p)が、大気の原子核内の中性子に衝突すれば、

   p + n → p + p + π-

という反応を起こす。
単に「π中間子」と呼んでいたものは、実は電荷がプラス、ゼロ、マイナスと三種類あったのである。
そして、このパイ中間子の寿命は、2.6×10-8秒しかなくて、

   π+ → μ+ + νμ
   π- → μ- + νμ
   π0 → γ + γ

のように崩壊してしまう。(γは、光子である。)

こうしてできたミュー粒子は、パイ中間子の100倍ほど長く生存(?)した後、

   μ+ → e+ + νe + νμ
   μ- → e- + νe + νμ

となる。(eはもちろん電子である。)この反応は数あるもののうち、最もポピュラーなものである。

尚、付け加えておくと、π+の反粒子は、π-であり、π0は、光子のように、自分自身が反粒子である。(ポピュラーなため、頭に線を引いて反粒子であることを明示しないのが普通である。)
ニュートリノ(ν)になぜか二種類現れたが、これについては、もっと後で(「常識編」で)説明する。

さて反応式の左辺と右辺を比べてみよう。
全部の式で、電荷は一致している。(ニュートリノには、電荷を持ったものがない。
質量(エネルギー)も、ニュートリノの存在でつじつまは合う。
次にスピンを見てみよう。スピンのz成分は、(正)粒子が上向き(1/2)、反粒子が下向き(−1/2)と考える。
そうすると、μ+は、陽電子(−1/2)と(正)ニュートリノ(+1/2)+反ニュートリノ(−1/2)であるから、−1/2のスピン成分になる。同様に、μ-は、+1/2である。
次に、パイ中間子だが、π+は、反ミュー粒子(−1/2)とニュートリノ(1/2)でゼロ。同様に、π-もゼロになる。π0も光子と反光子(?)になるのだから、ゼロである。
なにかに気付かないだろうか?

μ+は反ミュー粒子(スピン−1/2)、μ-は(正)ミュー粒子(スピン+1/2)である。このようにミュー粒子は、電荷、スピンが電子と同じになる。また電荷ゼロのミュー粒子がないことも同じだ。

明らかに、ミュー粒子は、電子の仲間であり、中間子ではない事が結論される。従って、これまでは、ミュー中間子と考えていたものを、新たに電子の仲間としての「ミュー粒子」としてやることにする。

一言いいたい!





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6.ラムダ粒子

なじみのない概念であったスピンが、だんだん身近になって来ただろうか。

さて、これまでに登場した粒子の識別要素と保存との関係を整理しておこう。
まず、電荷は保存している。反応の前後で電気量は変化しない。
そして、スピンのz成分(z)も保存されることを前項で見てきた。スピン成分が保存されることで、パイ中間子のスピンが0であることが解ったのである。

それでは、質量はどうか? 微小粒子の質量は、種類が違えば、その値は、ばらばらである。電荷やスピンのように決まった値があるわけではない。
ところが、特殊相対論により、質量とエネルギーが等価であることが解っているので、質量はエネルギーに変化してしまい、微小粒子に関して、厳密な質量の値を持ち出しても、あまり意味がないのである。エネルギーは保存しても、質量は保存しないのだ。

しかし、次のことは言えるのである。
反応前後の粒子の数を数えて見よう。何かが見えてこないだろうか。
以前、核子のことを「バリオン(重粒子)」と呼んだことを覚えているだろうか。
反応式をよく眺めて見ると、このバリオンの数が不変になっているのである。
   p + p → p + n + π+ 
という反応式は起こりうるが、電荷とスピン成分が保存していても、
   p + n → n + π+ + νμ
のような反応が、絶対起こらないのは、バリオン数が保存するためなのである。簡単なことのように感じるかもしれないが、これ、重要なことである。頭の隅に置いておくように。

さて、素粒子(と、考えられているもの)を再度分類してみよう。

光子ウィークボソングルーオン重力子は、ゲージ粒子として、とりあえず別扱いにしておく。これらについては、フライングで話してしまったが、まだ海のものとも山のものとも解っていない。ただ、近接力の担い手として、この宇宙で、粒子間の「力」を司っていることを知っているのみである。

その他の粒子を原則的に軽い方から分類して行く。

   (1)軽粒子(レプトン):μ、e、νμ、νe
   (2)中間子(メソン):π±、π0
   (3)重粒子(バリオン):p、n


π±(粒子及び反粒子)だけは、一緒に書いてしまったが、その他の粒子の反粒子も、もちろん存在する。
また、「バリオン」と「メソン」を総称して、「ハドロン」ということも知っておいた方がよい。

さて、この章の最初の方に書いた「逆V字型の粒子」を忘れそうになっていた。話を戻そう。
ウィルソン霧箱の中に現れた、逆V字型の粒子は、鉛の板に飛び込んだ高エネルギー粒子が、この板を抜けて3センチメートルほど進んだ場所で逆V字の頂点を作っていた。
そこから出現した二本の飛跡を詳細に調査すると、一方はプラス電荷の陽子(p)、他方はマイナス電荷のパイ中間子(π-)であることが判明した。陽子もパイ中間子も、この時点では、既によくしられた珍しくない粒子である。
これは、次のような現象が起きていると考えられる。

   (1)宇宙線が、霧箱中の鉛の板にぶつかる。
   (2)電気をもたない粒子が鉛の板から飛び出す。(霧箱では電荷を持った粒子しか見えない。)
   (3)それが、3センチメートルほど走って二つの粒子になる。

とにかく、電気をもたない粒子が3センチメートル走ったのである。
1947年、この粒子に「ラムダ粒子」という名が付いた。逆V字は、ギリシャ文字の大文字ラムダ(Λ)であるからである。(電気的に中性なので、Λ0と書くべきだが、電気を持ったラムダ粒子はないので、右肩の「0」は通常つけない決まりである。)

さて、このラムダ粒子は、陽子とパイ中間子になるのだから、質量は、当然陽子より大きい(はずである)。これはまさに、新しいバリオン(重粒子)である(はずである)。その後の調査で、質量は、電子の2183倍あり、陽子より20%くらい大きいことが判明した。

   Λ → p + π-

という反応式を考えると、Λ粒子の電荷がゼロであることに問題はない。スピンは、陽子が1/2、パイ中間子がゼロであることを考えると、1/2になりそうである。調査の結果、やはり1/2であることが検証された。

補足
間違えないように。反応式の前後で保存するのは、スピンのz成分(z)である。スピンそのものが保存されるのではない。従って、ラムダ粒子のスピンが、1/2であるのは、自明なのではない。もしかすると、3/2というスピンを持っており、たまたま、この反応のとき、1/2というz成分なのかもしれないのだ。


ちょっと前に話題にした「バリオン数」が保存することを考えると、ラムダ粒子も、バリオン数は1である。
こうして見て行くと、ラムダ粒子は、紛れもなく、バリオン数1、スピン成分1/2、電荷ゼロのバリオンになるのである。陽子、中性子に続く新しいバリオンの発見である。

ところが、中性子(n)も、バリオン数1、スピン成分1/2、電荷ゼロのバリオンである。これまでに見つけてきた識別要素だけでは、中性子とラムダ粒子は区別がつかないのである。

第4の、新しい識別要素が存在するはずである。

一言いいたい!





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7.奇妙な粒子

微小粒子の識別要素を整理しておこう。高校で習った化学式のように、左辺と右辺で保存する量である。

   (1)電荷電気素量を単位とした電気量
   (2)スピンのz成分:粒子が自転していると考えた時の角運動量の回転軸への成分値。
   (3)バリオン数:重粒子の数
   (4)レプトン数:軽粒子の数


前項で、バリオン数の保存について話したが、同様にレプトンの数も左辺と右辺で一致する。

   π+ → μ+ + νμ
   π- → μ- + νμ

上記は、どうしてくれる。左辺にレプトンはないが、右辺には二つもあるではないか、と思った人、鋭い。
実は、バリオン数もレプトン数も、反粒子では符号が逆転する。反ミュー粒子(μ+)と反ミュー・ニュートリノνμ)は反粒子なので、レプトン数は−1なのである。(同様にバリオン数も反粒子では、−1である。)
付け加えておくならば、バリオンでもレプトンでもない、メソン中間子)は、バリオン数もレプトン数もゼロである。

ここまでは良いかな? 上記のように粒子の識別要素を今後は量子状態と呼ぶことにする。そして、その量子状態を指定する数を量子数という。

それでは本題に入る。前項で登場したラムダ粒子である。ラムダ粒子は、バリオン数1、スピン成分1/2、電荷ゼロのバリオンである。(ここで、バリオン数、スピン、電荷が量子状態)ところが、これは中性子と同じなのであった。
ところが、ラムダ粒子は、明らかに中性子とは異なる振る舞いをする粒子である。何かが、ラムダ粒子と中性子で異ならなければならない。
それをここで説明する前に、本章のタイトルである「新粒子がいっぱい」に基づいて、その後発見された粒子の反応をいっぺんに書いてしまおう。但し、ここに登場するのは、全てスピン1/2の粒子である。

   Λ → p + π-
   Λ → n + π0

   Σ+ → p + π0
   Σ+ → n + π+
   Σ- → n + π-
   Σ0 → Λ + γ

   Ξ0 → Λ + π0
   Ξ- → Λ + π-

(Σ)で示した粒子をシグマ粒子、(Ξ)で示した粒子をグザイ粒子という。

全部の式を上から順に見ていってもらいたい。全ての反応式で、バリオン数が1になるのがわかる。
よって、シグマ粒子も、グザイ粒子も、全てバリオンである。
しかも測定の結果、ここに出てきたバリオンのスピンも全て1/2になる。

電荷の区別を除いて書いてみると、核子 → ラムダ → シグマ → グザイとなり、質量は順次10%から20%くらい増えて行く。

これらのバリオンはいったい何が違うのか? 物理学者は考えた。
p、nは、原子核を作る、ちっとも珍しくない粒子である。それに対し、その他の粒子は徐々になじみの薄い粒子になっている。

そこで、これらの粒子は、「ストレンジネス(奇妙さ)」が異なるのだ、ということになった。

いや、みなさん、言いたいことはよくわかる。
電荷は、0か±1かであるから、納得できる。バリオン数やレプトン数というのも、まあ解る。スピンはよく解らんが、粒子の自転の勢いの量だということなので、とりあえず物理量として認めてやってもよい。

だが、「奇妙さ」が異なるとは何を言いだすのだ。全然理解できんぞ。「奇妙さ」などというものが物理的な量なのか。言葉遊びをしているのではないぞ!

当然である。そう言う人は、正しい。とっても健全だ。
ところが、この増えてきた素粒子を整理するために、この「ストレンジネス」が非常に役に立つのである。

一言いいたい!





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8.バリオン・セット

納得できない人多いよね。「ストレンジネス(奇妙さ)」なんてものが、物理量だなんて。どう考えても、その場しのぎの思いつきとしか思えないよね。

これを言い出したのは、1953年ゲルマンというアメリカの天才物理学者である。(天才でなければ、「奇妙さ」などという量子状態を思いつくことはないだろう。)

さて、前項で登場した素粒子(候補)を整理しておこう。

   (1)p:陽子である。原子核を構成する粒子のひとつ。珍しくないので、ストレンジネスは、ゼロ。
   (2)n:中性子である。原子核を構成する粒子のひとつ。これも珍しくないので、ストレンジネスは、ゼロ。
   (3)Λ:ラムダ粒子である。ストレンジネスは、−1。
   (4)Σ+:シグマ粒子のうち正電荷を持つもの。ストレンジネスは、−1。
   (5)Σ-:シグマ粒子のうち負電荷を持つもの。ストレンジネスは、−1。
   (6)Σ0:シグマ粒子のうち電荷を持たないもの。ストレンジネスは、−1。
   (7)Ξ0:グザイ粒子のうち電荷を持たないもの。ストレンジネスは、−2。
   (8)Ξ-:グザイ粒子のうち負電荷を持つもの。ストレンジネスは、−2。


これらの粒子は全て、反粒子を持つ。
疑問を持った人いるだろうなあ。

   @なんで、ストレンジネスがマイナスなの?
   AΣ+の反粒子は、Σ-ではないのか?
   Bグザイ粒子になんで、正電荷のものがないの?
   Cラムダとシグマのストレンジネスが、だぶっているぞ?

至極当然な疑問である。

上記@については、(正)粒子のストレンジネスをマイナスと決めただけである。別にプラスでもよかったのだが、ある理由により、マイナスの方が都合が良いのである。(何に都合が良いかは、後で述べる。)
但し、陽子、中性子は全然奇妙でないので、ストレンジネスは、ゼロとする。
そして、ストレンジネスも反粒子では符号が反対になるのである。従って、

Aについては、Σ+の反粒子は、Σ+(ストレンジネスは+1)であり、Σ-の反粒子は、Σ-(やはり、ストレンジネスは+1)である。同様に、Σ0の反粒子は、Σ0(これも、ストレンジネスは+1)になる。

BとCについては、実は、pとn(核子)とグザイ粒子を仲間、ラムダ粒子とΣ0を仲間と見る。

そうすると、何が見えてくるか? 下図を見てもらいたい。
縦軸にストレンジネス(S)、横軸に電荷(Q)をとって、上記のバリオンを並べてみたものである。



なんだか、規則性を持った、ある意味美しいグラフが現れた。
スピンが1/2のバリオンを、縦軸を(S)、横軸を(Q)にとって、配置すると、なんらかの規則があるようなのである。

一言いいたい!





【わかるまで素粒子論「入門編」 第4章 新粒子がいっぱい】

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9.メソン・セット

本章2項で、逆V字粒子の話を取り上げ、その元粒子が、ラムダ粒子であることを説明した。
実は、この逆V字粒子は、1種類ではなかったのだ。次のような崩壊反応も存在した。

   X → π+ + π-

電荷の保存を考えると、X粒子は、電荷を持たない。従って、霧箱中では姿を見せず、まるでラムダ粒子のようだ。
しかし、バリオン数、レプトン数の保存を考えると、X粒子はバリオン数ゼロ、レプトン数ゼロ、すなわち、メソンでなければならない。そこで、このX粒子に、K0中間子という名を付ける。

   K0 → π+ + π-

なぜK0かというと、2年後に、次のような反応が見つかるのである。

   K+ = π+ + π+ + π-
   K- = π+ + π- + π-


ところが、である。こんな反応も、見つけ出される。

   K+ = π+ + π0
   K- = π- + π0


+、K0、K-を総称してケイ中間子というのである。それでは、ケイ中間子はこれだけだろうか。

実験によると、K+、K0が発生する時には、他の粒子(シグマ粒子など)と共に現れるのに対し、K-は、他のケイ中間子とペアで現れるのである。
このことを詳細に調べると、どうやら、K+反粒子は、K-と考えられる。そして、K0の反粒子は、K0自身ではなく、0という新粒子が存在するようなのである。これで辻褄が合うのである。

ここで、ストレンジネスを持ち出す。
中間子のなかでも、最も「珍しくない」パイ中間子を、ストレンジネスがゼロの粒子とする。そして今回現れたケイ中間子の(正)粒子を、ストレンジネス1の粒子とする。従って、反ケイ中間子のストレンジネスは、−1である。

なんで、(正)ケイ中間子のストレンジネスが正で、反ケイ中間子のストレンジネスが負なんだ? バリオンと逆ではないか。 と思った方、鋭い。 バリオンに倣って、図を書いてみよう。



ストレンジネスが正粒子と反粒子で逆だと、バリオンの図との整合性がとれないのである。
そして、バリオンの図との比較から、ラムダ粒子に相当するメソンとして、イータ中間子(η)の存在が予言されるのである。

さあ、素粒子(候補)は、どんどん増えて行く。

以下、次章  一言いいたい!