第5章 量子状態


【わかるまで素粒子論「入門編」 第5章 量子状態】

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1.アイソスピン

こんなタイトルの章を始めることは不安なのである。ただでさえ目を通してくれている人が少ないであろうと思われる、この「わかるまで素粒子論」の読者がますます減るのではないかと。

しかし、「入門編」だからこそ、これを話しておくことが必要なのである。そもそも、前章までに、既にこの「量子状態」という概念は、登場してしまっている。

 (1)電荷(Q):電気素量を単位として、粒子が持っている電気量のこと(整数)
 (2)バリオン数(B):核子等の重粒子が持つ量子状態(整数)
 (3)レプトン数(L):電子等の軽粒子が持つ量子状態(整数)
 (4)スピン):粒子が持つ角運動量を(/2π)を単位として表したもの(ベクトル量であり、z成分(z)が重要)
 (5)ストレンジネス(S):粒子の「奇妙さ」を表す量子状態(整数)
 (6)ハイパーチャージ(Y):(Y)=(S)+(B)(難しく考えないように)

これらの量子状態がとる値を「量子数」と呼ぶ。(スピンは、整数(1/2の偶数倍)と半整数(1/2の奇数倍)になる。)

(6)のハイパーチャージ(超電荷)が、初めて登場したが、名前に惑わされて、難しく考えてはいけない。単に、ストレンジネス(S)に、バリオン数(B)を足したものである。但し、これが、なぜ「電荷」と呼ばれるかについては理由がある。普通の「電荷」がこの超電荷で示すことができるのである。(詳細は後述)また、(正)粒子のストレンジネスがマイナスで、反粒子のストレンジネスがプラスであると決めたのも、この超電荷をうまく使うためである。

さて、今回は、これに加えて、「アイソスピン」というのを説明する。(日本語変換で、「愛想スピン」と出たので、思わず笑ってしまった。)

アイソスピンの考え方は、陽子中性子との比較に始まった。これを言い出したのは、「不確定性原理」で有名なハイゼンベルクである。
発見当時から知られていたことだが、陽子と、中性子は、電荷を除くと、非常によく似ているのである。
質量がほぼ同じなのを初めとして、スピン(1/2)、ストレンジネス(0)と、非常に良く似ている。

ここまでは、納得できる(はずである)。ところが、ここからが、ハイゼンベルクならではの考え方なのである。難しくはない。つまり、陽子と中性子は、同じ粒子の量子状態が違っているだけだ、と考えたのだ。(普通の人には、かなり強引な考え方だと思うでしょ。それで当たり前です。)
じゃあ、何が違うか? 矢印の向きが違う、と考える(のだそうである)。あーあ、また出てきた。スピンは、軸性ベクトルで、右回り、左回りという向きを持っている。これは、粒子の自転ということを考えれば、まだ理解しやすい。しかし、この場合の「向き」ってなんなんだ、と絶対思うはずである。

矢印が「上向き」のものを陽子、「下向き」のものを中性子と決める。(簡単にいうと、「上向き」は正電荷、「下向き」は無電荷、と決めたのである。)
絶対、納得できない人が多いはずである。これで、「なるほど」と思ってしまう人の方が何か変である。なんでそんなものに矢印(向き)を持ち出す必要があるのだ? そもそも、電荷(Q)という量子状態と何が違うの?

パイ中間子を考えてみよう。
パイ中間子には、電荷により、π+、π0、π-の三種類がある。これをアイソスピン(ベクトル)で表すと、これは三種類だから、矢印の棒は長いのである。そして、上向き、横向き、下向きがあるのである。当然上向きは正電荷(π+)、横向きは無電荷(π0)、下向きは負電荷(π-)である。

何が当然だ、陽子と中性子の場合は、正電荷(p)が上向きで、無電荷(n)が下向きだったじゃないか。電荷と矢印の向きに矛盾があるんじゃないか?

グザイ粒子を持ち出す。グザイ粒子には、無電荷(Ξ0)と負電荷(Ξ-)の二種類あるので、矢印の棒は三種類より短く、無電荷(Ξ0)が上向き、負電荷(Ξ-)が下向きなのである。

一言いいたい!





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2.効用?

スピンに、z成分があったように、ベクトル量であるアイソスピンにもz成分がある。
つまり、電荷の種類が多いほど、アイソスピン( )の絶対値は大きい、とする。
(正、ゼロ、負)の組であれば、そのアイソスピンのz成分は、(1、0、−1)である、と決める。そうすると、(正、ゼロ)や(ゼロ、負)のような二種類の組は、三種類より値を小さくして、(1/2、−1/2)となるのである。

「なんで、そんな面倒くさいものを考えなければならんのだ!」という声が聞こえた。そこで、その効用を目に見せてごらんに入れる。前章で、出てきた図を、ちょっと書き直して見る。



これが、前章で出てきた図である。
今回は、縦軸を、ハイパーチャージ(Y)、横軸を、今話したアイソスピンのz成分(z)としてみる。



なんと、綺麗な六角形が登場する。しかも、原点は、両座標軸共にゼロになった((正)粒子のストレンジネスをマイナスにしたのは、この理由である)。これは、粒子の種類と量子状態の間に、なにか規則がある、と確信できる。
ついでに、全ての粒子を反粒子に入れ替えると、次のような図になる。



反粒子の図の原点に出てくる(Λ0)と(Σ0)は、下図では、オーバーラインを付けてあるが、同じもの(粒子=反粒子)であることに注意しよう。

バリオンが終わったので、今度は、メソンに行ってみよう。



これが、前章で出てきた図である。
同様に、縦軸をハイパーチャージ、横軸をアイソスピン(のz成分)とする。(但し、メソンは、バリオン数(B)がゼロだから、ハイパーチャージは、ストレンジネス(S)と等しい。)



メソンの場合は、一個の図に、粒子、反粒子が両方登場するので、二つ並べる必要はない。

さあ、ハイパーチャージの効用が目に見えたかな? ここまで来たら、電荷(Q)、ストレンジネス(S)、バリオン数(B)、ハイパーチャージ(z)の間の規則がわかったのではないだろうか。ちょっと考えてみて。


一言いいたい!





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3.配列図そして予言

さて、前項の粒子配列図を眺めて、何か思いついた人はいるだろうか?

種明かしの前に、素粒子発見の歴史をもう一度振り返ってみよう。但し、話をバリオンに限ってみる。

最初に見つかったのは、ご存じのとおり核子であり、これは、陽子(p)中性子(n)から出来ていた。
最初にこの二個が素粒子として登場したので、全く異なる名称がついたが、振り返って見ると、この二種の粒子は、やはり核子として一緒に呼ぶべきなのである。そこで、核子(nucleon)の頭文字をとって、陽子と中性子を、N粒子と呼んでみる。

   そうすると、エヌ粒子は、N+と、N0ということになる。
   次に登場したのは、逆V字として見つかった、ラムダ粒子Λ0である。
   更に、シグマ粒子として、Σ-、Σ0、Σ+が見つかった。
   続いて、グザイ粒子、Ξ0、Ξ-が現れた。

そして、これらの粒子のスピンは、全て1/2であった。この辺から、どうもこれらの粒子を素粒子と呼ぶのに無理があると考えられるようになったのである。ストレンジネスという量子状態を持ち出して、整理すると綺麗な六角形の図が現れた。



さらに高いエネルギーの粒子を衝突させると、これに呼応するかのように、新粒子が登場するのである。少々元気がよいこれらの粒子は、スピンの値として3/2を持っていた。元気がよい粒子には、記号[*]を付ける。(アスタリスクでなくスターと呼ぶことが多い。)

   エヌスター粒子は、N*-、N*0、N*+、N*++の四種類。(発見の経緯から、デルタ(Δ)粒子と呼ばれる。)
   シグマスター粒子は、Σ*-、Σ*0、Σ*-の三種類。
   グザイスター粒子は、Ξ*-、Ξ*0の二種類。

ここまでは、観測により発見された粒子を整理して行ったものである。ところが、あなたも一目見てわかるように、第四のメンバー、つまり電荷負の一種類の粒子が予言された。

   オメガスター粒子、Ω*-、一種類である。(但し、このオメガ粒子には、スターを付けないのが一般的である。)

これを、例によって、縦軸にハイパーチャージ(Y)、横軸にアイソスピンのz成分(z)をとってグラフにすると以下となるのだ。



本当は、この図によって、オメガ粒子(Ω-)は、予言され、そして発見された。結構輝かしい粒子である。
尚、スピンが3/2というと、そのz成分(z)は、3/2、1/2、−1/2、−3/2となるのは、復習である。
図は、縦軸がハイパーチャージ(Y)であるから、バリオン数(B)を引くと、ストレンジネス(S)になるので、Ω粒子のストレンジネスは、−3である。(とっても奇妙な粒子なわけである。)

では、種明かしをする。

   Q = z + Y/2

つまり、アイソスピンのz成分に、ハイパーチャージ(Y=S+B)を2で割ったものを加えると、電荷(Q)になるのである。つまり、ハイパーチャージが±1変化すると電荷が±1/2変化するのである。だからハイパーチャージを「超電荷」と呼ぶのだ。

これを、『中野・西島・ゲルマンの法則』という。

一言いいたい!





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4.まとめてみようか

前項までを振り返ってみよう。

どんどん、素粒子(?)が登場し、収拾がつかなくなって、それを量子状態という概念を取り入れて整理すると、思わぬ規則性が出てきたのである。

そして、その後発見された素粒子(?)は、反粒子も勘定に入れるとなんと100種類を超えてしまったのだ。(一説では300種類とも言われる。)天然に存在する元素が92種だから、なんと素粒子(?)は、元素の数を軽く超えてしまう。これらは、いったい本当に素粒子なのか? という疑問は誰もが持つ。当然である。

実際、これまでに登場した素粒子が、より基本的な要素から構成される、という理論が登場することになる。が、それは「入門編」ではなく「常識編」の話だ。

さて、それでは「入門編」の終わりに、一旦話を整理しておこう。

1911年、ラザフォードは、原子の中心に小さく、堅い芯があることを発見した。この芯が原子核であった。

さらにラザフォードは、原子核中に陽子を発見、そして中性子をも予言する。時をおかずして、ラザフォードの弟子チャドウィックがめでたく中性子を発見することになる。

古くから知られていた電子と合わせて、原子の構成が明確となり、ここに、「陽子・中性子・電子」素粒子時代が始まることになった。いわゆる原子モデルの完成である。物質とは、たった3種類の素粒子からできている、という極めてシンプルな宇宙観ができあがったことになる。

ところが、この宇宙には、物質以外に「光」というものが存在していることが、それこそ、聖書の時代から知られており、1905年、アインシュタイン光電効果の論文により、光は「粒子」か「波」かという論争が、量子論の発展へと繋がって行く。

そして、ボーアが、光(電磁波という)のエネルギーが不連続である(まるで粒子のようにふるまう)ことを証明し、更に、ド・ブロイが、今度は粒子であるはずの電子が波である、ことを発見して、その結果、光も「光子」という素粒子であることが明らかになった。(正確には、この宇宙は、「粒子とも波とも言えるもの」すなわち「量子」から創られている、ということである。)

1913年、今度はベータ崩壊という、「陽子と中性子の相互変換」が研究され、崩壊前後のエネルギー差額から、新粒子「ニュートリノ」の存在が確認されるに至った。

さて素粒子は?

   (1)電子
   (2)陽子
   (3)中性子
   (4)光子
   (5)ニュートリノ

以上の5種類なのであろうか?
電子、陽子、中性子は、明確に物質(原子)を構成している。
ニュートリノは、ちょっと「?」であると思うだろうが、ベータ崩壊において、核子から電子と共に飛びだして来るのだから、とりあえず、物質を構成する粒子であると考えてよいだろう。

そして、光子は、ずいぶんと趣が変わる。その後の「場の量子論」の概念により、光は、荷電粒子間に働く力(クーロン力)を司るものであり、「電磁場」とはまさに、光子が飛び交う場所である、ということがわかってきたのである。

場の量子論では、粒子間に働く力は全て、なんらかの粒子が媒介する、という近接力の考えを指示していた。原子核は、正の電荷を持った陽子が極狭い領域に集中して存在しているのに、バラバラにならないことから、電磁気力(クーロン力のこと)より大きな力が原子核を構成する粒子(核子)間に働いていることが予想された。そして、それが、「核子と電子の中間の質量をもつ」中間子であることを予言したのが、日本の湯川である。この核子間に働く力を核力とよび、これを媒介する新粒子が登場した。

   (6)中間子

これだけか? いや違う。
ニュートン以前から、重力(万有引力)という力は、知られていた。この力は、質量を持つ物質間に働く力であり、明らかに電磁気力や核力とは異なる。従って重力を媒介する(であろう)粒子として、重力子が登場した。しかし、この重力子は、現在でもまだ確認されていない(つまり、理論上の産物である)が、これも素粒子の仲間に入れよう。

   (7)重力子

さあ、これで終わりだろう。 いや違う。
さきほど登場したベータ崩壊である。これが起こるには、何らかの力が必要であり、それは電磁気力とも核力とも重力とも異なるのである。未発見である重力は別格として、このベータ崩壊を起こす力は、電磁気力や核力に比べて非常に小さいので、「弱い力」と命名された。そしてこれを媒介する粒子として、ウィークボソンという新粒子が発見された。

   (8)ウィークボソン

いくらなんでもこれで終わりだろう。 誰もがそう思った。
事実、自然界に存在する力は、「電磁気力」「核力」「重力」「弱い力」の4種類しか見つかっておらず、物質を構成する粒子「電子」「核子」「ニュートリノ」と力を媒介する粒子「光子」「中間子」「重力子」「ウィークボソン」で、全て出そろった

ところが、
湯川粒子(中間子)を発見する過程で、中間子が、ミュー粒子という未知の粒子に崩壊することが観測されたのである。これは困った。ミュー粒子がなんのために自然界に存在するのか、その理由が解らないのである。

さらに、宇宙線の中から逆V字型に見える未知の粒子が発見され、これにラムダ粒子という名前が付く。

ここからは、もう雪崩式である。「ケイ中間子」「シグマ粒子」「グザイ粒子」「イータ中間子」「エヌスター粒子」「シグマスター粒子」「グザイスター粒子」「オメガ粒子」...
しかも、これらの粒子は、電荷が異なる複数粒子に分類され、反粒子も加えると、その数は、もう数えたくないほどになるのである。

自然は、もっとシンプルであるはずだ。物理学者は常にそう考える。いや物理学に限らない。同じことを言っている理論なら、それは、より少ない条件から説明できる方が正しいとされるのである(当たり前である)。

こんなインフレを起こした粒子群が素粒子であるはずがない。もっと基本的な粒子があるに違いない。「中野・西島・ゲルマンの法則」は、それを示していた。

一言いいたい!





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5.規則性とは何か

化学者が原子を発見したときを考えてみたい。
まず、原子は、顕微鏡で発見されたのではない。これは知っておきたい。
ちょっと乱暴な実験であるが、水素と酸素を混ぜて、火を付けると爆発的な反応をして水(水蒸気)を作ることは昔から知られていた。
ところが、この水を作る反応で使用される、水素と酸素の割合が一定であることが分かったのである。
いつでも、水素2対酸素1の割合で反応が起こり、水蒸気2が作られる。最初の水素や酸素の量がこの割合より多いと、余ってしまうのである。
まず次のことは理解できるであろう。

   (1)水は、水素と酸素からできている。

ところが、水ができるためには、水素2に対し酸素は1しか必要でない。これは何を意味するのだろうか。
単純に、水素と酸素が構造を持たない元素だとすれば、

   H+O→HO  (HOは水)

であるはずだが、そうならないのは、水素も酸素も構造を持つためであると想像される。
現在ならよく知られている化学式は、この発想から見いだされた。

   (2)次の反応が起きている   2H2+O2→2H2

これで見事に実験結果と辻褄が合うのである。
つまり、水素は、水素原子が二つ、酸素は、酸素原子が二つ、そして水は、水素原子二つ、酸素原子一つからできていることが分かるのである。ある規則性の裏には、何らかの構造が隠れている、ということだ。

中野・西島・ゲルマンの法則」も、これと同じように考えるのだ。
複数の素粒子(候補)の間に綺麗な法則が現れるということは、素粒子と思われているものになんらかの構造があるのではないか、と考えるのである。そして、その構造がある故に、規則性が表面化しているのだ、と捉えるのである。

そもそも、素粒子であると考えられていた、陽子中性子が、アイソスピンの異なる同一粒子ではないか、という発想がそれなのである。これはとりもなおさず、陽子と中性子が内部構造を持つと言っているのに等しい。
つまり、陽子と中性子は、アイソスピンだけが異なるなにかが違っているだけで、その他は同一のなにかからできている、と考えて良いのだ。

そして、元素よりも素粒子の数が多いなんておかしい、という考え方も自然なのである。

素粒子の概念を変える必要があり、それを指示する法則が現れた。

ここから先は、「入門編」から「常識編」へ変わる。

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