釜ヶ崎のフィールドワークを行なっています


大学、高校、教員、地域などのグループ(最大20人程度)の釜ヶ崎フィールドワークを行なっています。
さまざまな内容・日程で行なっていますが、そのフィールドワークの一例をお知らせします。
関心ある方は、具体的な日程なども含め、メールで問い合わせお願いします。
(いまのところ、受け入れは団体のみで、個人参加はありません)




▼フィールドワーク例

12時〜 
釜ヶ崎フィールドワーク

13時半〜 
レクチャー(貧困と野宿について)

15時〜 
西成公園で野宿している方の現地での話
あるいは
こどもの里・山王こどもセンターで見学、あるいはこどもたちと遊ぶボランティア

(土曜日)20時〜
野宿者ネットワークの夜まわりに参加(数名程度まで)


▼レクチャーの内容

1986年から釜ヶ崎で日雇労働、野宿の問題に関わっています。いまも釜ヶ崎は1000人近くが野宿を続け、路上死があとを絶たない「不安定雇用と貧困が日本で最も集中する」街となっています。
40〜60代の野宿者は長期化する事が多く、中には80代、90代の野宿者もいます。そして、そのかなりがアルミ缶集め、ダンボール集めの「低賃金重労働」で生活しています。
そして最近、20歳〜30歳の人からの「野宿している」「野宿になりそうだ」という相談があります。高校中退、卒業の若者の就職状況は過酷を極めています。多くが非正規労働者となり、働いていても何かの事情で簡単に解雇されています。正社員として就職できても、長時間労働などの悪条件で転職・失業していく若者が多数います。
相談に来る若者は「実家を頼れない」という点で共通しています。親自身が生活保護を受けているなどの理由で実家に帰ることすらできず、親の代わりに相談できるどんな場も持っていないのです。
いま進行している日本の貧困は、ある意味で「釜ヶ崎の全国化」として考えることもできます。「日雇労働者がリハーサルし、フリーターが本番を迎えている」状況です。
そして、釜ヶ崎は「こどもの貧困」が集中する場所でもありました。釜ヶ崎には、ケースワーカーが配属され、朝昼食も教科書も完全無償の「あいりん小中学校」などの特別な対策が行われていました。フリーター層が家族を形成している今、「こどもの貧困」はかつての釜ヶ崎のように「本番」を迎えていくのかもしれません。

▼釜ヶ崎について



釜ヶ崎は戦前から日本最大の日雇労働者の街として、そして現在でも毎日400人以上が野宿する野宿者の街として知られています。
釜ヶ崎の問題の中心には「不安定雇用→失業→貧困→野宿」があります。日雇労働者は、「今日、仕事があるかどうかわからない」という不安定な仕事のために失業しやすく、収入を失い、家賃を払うことが出来ずに野宿に至っていました。その結果、多くの野宿者が凍死、結核などの病死、餓死、そして自殺などの路上死に至っていました。
また、周辺からの差別も強く、大阪の近辺地域からは「西成に行くと危ない」「近づいてはいけない」などと言われてきました。
こうしたことから、釜ヶ崎は日本社会が抱える労働、差別、貧困、医療、福祉、教育の矛盾が集中する「日本の縮図」と言われています。
その中で、労働組合、キリスト教団体、無料低額診療所、完全無料の小中学校、アルコール問題の施設、生活保護支援施設、こどもの施設などが長年にわたって日雇労働者、野宿者、生活保護利用者、こどもたちへの支援を続けてきました。
フィールドワークでは、釜ヶ崎の街を歩き、テント村がある西成公園で暮らす野宿の方のお話しをうかがい、釜ヶ崎にある「こどもの里」「山王こどもセンター」での見学やボランティア、そして夜まわりへの参加などを行なっています。
レクチャー場所の賃貸代、謝金などについてはお問い合わせ下さい。

こどもの里

山王こどもセンター

野宿者ネットワーク

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