PTA会長



それは平成17年、年の瀬が押し迫った、とある晩の出来事。

その日は夕方からがちらつき、時間を追うごとにその雨脚は強くなり、何かが起こりそうな
予感がしていた。その矢先に、「ピンポーン」我家のインターホンが鳴る。

誰が来たのかと思い、家の扉を開けると、そこには傘を差した7人の男女が・・・・ どちら様か
と尋ねると、学校の先生2名と小学校の保護者の方が5名とのこと。

しばしの沈黙のあと、リーダー格の男性が口火を切った。

あのぉ〜今日はツキジさんにお願いがあって寄せてもらったんですぅ〜(やや語尾上げ)
実はPTAの会長をお願いしたいと思いましてね!


びえぇ〜〜〜


私が驚くのも無理はない、なぜならこの時、息子はまだ小学一年生。PTAのTの字も知らない
保護者に普通そんなん言うてくるか?(・・普通はPの字も知らないやろ・・)

正直そう思った。

これは後になって分った事なのだが、同じ年の秋に行われた地区の運動会で、綱引きを仕切
っている「テンションの高い男性」が、PTA会長を選出する保護者の目に留まったのだと
か・・・

そのテンションの高い男性こそが、誰あろうツク、いや「ツキジ・シンゴ」。そう、このHPで言う
ところの「支部長」だったのであります。毎週土曜には学校の体育館で空手を教えているとの
情報とも絡み、益々会長候補に挙がって行ったのだと、後に「指名委員」という方から聞かさ
れたのでありました。

さてさて、いざ引き受けたのはいいものの、それに付随する役職の多さに驚愕すること数回。
で、「輪番」と言うものが廻ってきており、平成18年度の本校は、

「豊中市PTA連合協議会」副会長も務めなければならないとのこと。

いやはや、これからどうなるのだろう・・・・ と不安でいっぱいの支部長だったのであります。

ココで簡単に「PTA」に関する説明をしますと、ひとつの小学校だけのPTAを通称「単P」と呼
び、豊中市にある、公立の幼稚園から中学までのPTAを総括して「連P」と呼ぶのです。

ちなみに、この連Pの中身は「幼稚園7」「小学校41」「中学校18」、計66校園で、各校の
東部、中部、南部、北部、と四つのブロックに分けられ、支部長はその中の「北部ブロック長」
でもあったのだ。

もっと言わせて頂くと、この連Pの「広報副委員長」でもあり、「学校給食会の理事」でもあり、
もひとつオマケに教育センター運営委員まで付いてきてるぞぉ〜 嬉しいなぁ〜

で、毎月1回、この連Pの会議が市役所の一画で行われ、あれやこれやと話し合いがもたれる
のである。毎回の議題は子どもたちの安全や食育各地域の取り組みなどが話し合われる
のです。

豊中市役所の会議室にて

連Pの会議に北部ブロックの代表として出席する支部長。たまにギャグなんかも飛ばして会議
室を「笑いの渦?」に巻き込みました。ええ。


この一見しんどそうに見えるPTAの会長ですが、各会長さんの受け止め方によって、それは大
きく変わって行くのであります。「やりがい」があると言えばやりがいがあるし、自分の知らなか
ったPTAの世界で、これだけの人が動いているのだという感動もありました。

大変たいへんと言われるPTAの会長にもメリットはあり、その中のひとつに運動会が一番良い
席で見れることがあります。

ボクシングの試合でいえば「SRS(スペシャル・リング・サイド)」なのであります。

ただ、一番良い席でありながら、さすがにビデオを廻す事が出来ないのが残念でなりません。
もし自分の子どもを特等席から撮影しようものなら、

なんじぁ〜、今年の会長は!誰か何かゆうたれ!

となるのは必至、だから、ただタダ座っているしかないのではあるが、とても良い気分で児童た
ちを見守ることが出来、しばしナントも言えない優越感に浸った支部長なのであります。


運動会にて

来賓の方々が来られる前に、しばし子どもたちの動きを見つめる支部長。
いや〜ホンマにココはえぇ席やわ!

がしかし、今までの生活が一新したのも事実で、「仕事・空手・PTA活動」の三足の草鞋は時
に支部長を苦しめました。特に連Pの新聞作りが大変で、毎月1回、3時間ほどかけて新聞の
構成を練っていくのです。それが終わるとすぐに空手の指導。神経を使った後の稽古は、本
当に堪えました。

でも一旦引き受けた以上は、その職務に全力を注がなければ男が廃ります。空手で鍛えた肉
体と精神力で1つひとつの問題に取り組んで行くのですが、とにかく、この役職は口頭でも文章
でも「挨拶」が多く、同じ挨拶がかぶらない様に気を遣いながら話し、またある時は挨拶文
書き続けました。

副会長のお母さまから「児童数720人だから保護者はざっと1440人、会長はそのトップ
なんですから、しっかりお願いしますね!」 このプレッシャーを掛けるような叱咤激励が、
支部長のに火をつけました。

ヨッシャ!ほな、最初の挨拶文、ビシッ!と決めさせてもらおやないかぁ。

という訳で、学校内で配られる「広報誌」の一発目の挨拶では「心・技・体」に触れ、チョッと
「武道家」っぽい感じで挨拶文を結んでみたのです。

小学校広報誌「おおいけ新聞」より

平成18年度・保護者に向けて1回目の挨拶文。ちなみに写真の「ファイティング・ポーズ」
自ら取ったのではなく、広報委員さんの強い要請があったのでポーズをとったのであります。


この挨拶文が結構好評で、今年の会長さんも何かやってくれそうやねぇ!などと囁かれ、支部
長への重圧はますます激しくなったように見えて、実は俄然やる気が出てきたのでありました。
(・・・いや、どないやねん!・・・)

以前「独り言」でもお話しした、北部ブロック「PTAボウリング大会」でも挨拶。北部ブロック
「PTA研究大会」でも挨拶。まるで水を得た魚のように喋り、いや、話し続けた支部長なので
あります。

ちなみに、この北部ブロックとは、文字通り豊中市北部にある11の小学校が集結した組織
であり、各校のPTA会長さん方が持つキャラも強烈で「科学者」「大学教授」「会社社長」「公
務員」から「普通のおっさん」に至るまで、さまざまな個性と団結力でもって、

月1回、「北部ブロック会長会」が盛大に開催されるのでありました。


北部ブロックPTA連合ボウリング大会にて

チーム成績は11校中9位でしたが、個人的には「ターキー」を出して上機嫌の支部長。
スコアーの集計中に、自分の学校のPRをさせて頂きました。



北部ブロック研究大会にて

時にはスーツとネクタイでバシッ!と決めて挨拶をしなければならない時もありました。
んでこの時、何を言うたんかなぁ〜・・・・(爆)


さぁさぁ、ここから支部長の「PTA会長」としての仕事は佳境を迎えてまいります。12月2日
(土)に行われた「大池フェスティバル」では、「不思議・おもしろ大作戦!!」と自ら銘を打っ
て挑んだのであります。

「大池フェスティバル」とは、先生方はもちろんのこと、PTA運営委員のお母様方と、地域の
諸団体のみなさんが協力しあって年に1回行われる「大イベント」

各教室にはそれぞれブースが持たれ、「紙飛行機を作って飛ばすコーナー」「輪投げ」
「ビーズクラフト」「ホットドックとジュース」のコーナーなどを設けて、毎年1000人を超す
児童や保護者が集まる小学校最大の「お祭り」なのです。

その最大のお祭りに支部長が絡まないわけがなく。さてさて、何をやったかと言いますと・・・・
「えっ?!漫談?」いやいやそれではなく、「弾き語り?」いやそれでもなく、ホラ!あるやん
か、アレやん!アレ!アレ!  そうそう「たこ踊り!」って、

こらぁ〜

たこ踊りではなく、

ズバリ!マジックショーなのであります。

マジック暦18年を誇る支部長。そのネタ?いやタネ?いやどっちやったかな?まぁ、どっちで
もえぇわ!そのレベルは年を追うごとにグレードアップし、今ではアチラこちらから「マジックショ
ー」のオファーが来るまでになった。

手品をするときの支部長の名は「Mr.ツキック」と名乗り
(・・・思いっきりマリックからパクッてるやん・・・)

PTA会長とバレないように仮面を付けて変装することにした支部長。そして、学校内のありと
あらゆる所にいきなり現れ、ゲリラマジックと称して次々にマジックを行うのだ。

相手に選んでもらった一枚のカードを、その場でビリビリに破いてもらったかと思うと、次の瞬
間、そのカードが「レモン」の中から出てきたり・・・ などなど・・・

このゲリラマジックには伏線があって、こうして小出しにマジックを行うことによって、フェスティ
バルの最後に「体育館」で行われる閉会式のメーンイベントに、子どもたちを大勢誘い込む作
戦だったのである。

支部長の作戦通り、閉会式の10分前には、先生や保護者と児童たちが、あふれんばかりに
体育館に集合していた。ちょうど時間となり、キンキラキンのコスチュームで登場した支部長。

まずは、「剣の飲み込み」からである。会場に響き渡る「うゎぁ〜」っと、言うどよめきでツカミ
はOK!。続いて若い男の先生からパンツを抜き取る「パンツマジック」

会場は益々ヒートアップしていき、今度は「教頭先生」をステージに上げ、その背後に支部長
が立ち、教頭先生の背中から手を入れ、お腹を突き抜けて支部長の手が出てくるというイリュ
ージョン系マジックに会場は騒然とする。

極めつけは「校長先生」にステージへ上がってもらい、その昔「ゼンジー北京」がTVでよくや
っていた「ギロチンマジック」を披露する。校長先生の腕を「ギロチン」の中に入れてもらい
「3・2・1」の合図でギロチンの刃を落とし、腕は切れずに下にある「きゅうり」が真っ二つ
に・・・ キャ〜っと言う悲鳴も聞こえたが、このマジックも大成功でフェスティバルは無事に幕を
閉じたのである。

この模様はすぐに広報誌の「おおいけ新聞」に掲載され、Mr.ツキックとは一体何者か?と
いう噂が、あちらコチラで流れ始めたのでありました。

小学校広報誌「おおいけ新聞」より

このキンキラキンの衣装に仮面を付けてマジックをしているのが支部長。

最初はブルース・リーの「グリーン・ホーネット」みたいなコスチュームを考えていたんですけど
ねぇ、気がついたら「仮面パーティー」に出掛ける前のおっさんみたいになっていました。


さて、12月に行われた最大のイベントが終わり、季節は本格的な「冬」を迎えます。各学期始
めの一週間と毎月15日には、朝から学校の前にあるスクランブル交差点に立ち、子どもたち
を見守る「登校指導」を行いました。

いつもより、一時間早く起き「緑のPTAジャンパー」を着込んでスクランブル交差点へ向かう
のです。夜型人間の支部長としては、この早起きをするのがとてもツラかった。がしかし、そう
も言ってはおれず、無理やりテンションを上げながら子どもたちに挨拶するのであります。

恥ずかしいのか?照れくさいのか?「あいさつ」してくれない子どもたちもたくさんいます。シャ
イだから挨拶できないでは、まったく理由になりません。挨拶と言う基本中の基本を、根気良く
訴え続けたPTAのお母様方と支部長なのでありました。

小学校前のスクランブル交差点にて

おはようございま〜す!おはよ〜!歯みがいたか?宿題ちゃんと出来たか?
まるであの「加藤 茶」のように朝から声を掛け続けた支部長でありました。

♪〜ババンババンバンバン〜ハァビバ、ノンノン〜♪
8時だよ!!全員集合! (朝のやけどね・・)


年が明け、3学期を迎えると今度は「連P」の活動が忙しくなります。広報の新聞作りに、2月
に行われる「豊中市連合PTA協議会の全大会」。またまたイベントが続きます。

この頃から次第に支部長の口から「愚痴」がポツポツと出始めます。年が明けてから一ヶ月の
間に「単Pの運営委員会」「北部ブロック会長会」「連P役員会」「連P広報委員会」に火曜・
土曜は「空手の指導」。もちろん平日の日中には会社勤務があります。

これらすべての事柄において、結構重要なポストについている支部長に、欠席することは許さ
れません。「PTAもうやめたい」と嫁に弱音を吐いたのも丁度この頃です。

あともう少しやから頑張ってパパ!

そんな嫁さんと子どもたちの「声」に励まされ、グッと歯を食いしばり奮起した支部長なのであ
りました。不思議なもので家族の存在は、心をふっと軽くしてくれるのです。

やるからにはトコトンその職務を全うしよう!会長就任直後の気概を思い出し、ひとつひとつの
問題に取り組んで行きました。季節は春に向かい、それぞれの会にもお別れの時が来ます。

北部ブロック会長会の打ち上げで「ぐっ」と来て、連Pの打ち上げでは「ぐぐっ」と来て、そして
なにより「卒業式」では「じ〜ん」と来てしまい、PTA会長の簡単な挨拶では、思わず言葉がつ
まってしまうほどでした。

卒業生の中には、小学2年生で入門した6名の空手の教え子がいました。審査や大会、夏
合宿で体験した一人ひとりとの想い出が、走馬灯のように甦り、良くココまで成長してくれたも
のだと、感慨深く弟子たちを見送ったのであります。

小学校広報誌「おおいけ新聞」より

卒業生に贈った挨拶文、辛く苦しいときでも耐える心を持ってほしいという願いから
この言葉を贈りました。
「花の咲かない寒い日は下へ下へと根を伸ばせ!」

よくスポーツ選手が座右の銘にしているいい言葉ですよね。



そして最後にこの1年間、ずっと一緒にPTAを運営してきた単Pのお母さん方とのお別れ会で
は、いつものように和気藹々として和やかな雰囲気に包まれていたのですが、会も終盤に差し
かかった頃、お母さん方の動きが急に慌ただしくなり、全員が起立して、

私たち三役「会長・副会長・会計」の三名に、お花とワイン、それから運営のお母さん方ひと
りひとりが書いたお手紙を手渡されました。突然の出来事に支部長の目はうるうると来てしま
い、もう涙を堪えるのに必死で、あとは言葉になりません・・・・

単Pのお別れ会にて

この1年間、14名のPTA運営委員のお母さんたちと一緒に頑張ってきました。
みなさんお綺麗で、とても素敵なお母様方でした。



家に帰ってから、一人ひとりのお母さん方の手紙を拝見し「ジ〜ン」と来てはまたその手紙を
読み返し、また「ジ〜ン」と来るのを数回繰り返したあと、その手紙を大切に「金庫」へしまった
支部長なのであります。

この1年間、PTA会長を務めさせて頂き感じたことは、本当に色んな方々に支えられて、

この「PTA」という組織はなりたっているのだと思いました。

最初は嫌々やっていたと仰っていた連Pの役員さんも最後は「やって良かった!」とみなさん
が口をそろえて語っておられたのが、とても印象的だったし、私もまったくの同感であります。

最後になりましたが、こんな調子のいい「おっさん」の手足となって動いて頂き、時にはマジで
口論になったこともあるのに、明くる日には笑顔で接してくれた副会長さん。

そんな会長と副会長を優しく見守ってくれ、お姉さん的存在だった会計さん。

そしてこの三名にずっと付いて来てくれた12名のお母様方。本当にありがとうございました。

人と人との関係は、その出逢いと別れを通して必ず「出逢った意味」を残すものだと、以前聞
いた事があります。私はこれから先、この1年間でPTAの運営に携わったすべての方々との
想い出を大切にし、今後も精進していきます。

また、「子どもたちのために」という強い意識のもと、さまざまな問題に取り組む

「先生」「保護者」の組織である「PTA」の理念を、

今後の「空手の指導」に生かして行きます。

そしてこの1年、勤務先の理解なくしてPTAの会長は成り立ちませんでした。

私が勤務する会社上司、同僚、そしてなにより、

広い心を持った社長に心から感謝して、このページを結ばさせて頂きます。


えっ!?なんですかみなさん?

またPTAの会長をやってみたいか?ですって?


アハハハハ・・・・

アハハハハ・・・・・・・・

アハハハハハ・・・・・・・・・・


PTA


ばんざ〜い!



バンザ〜イ!



万歳〜!



任務終了