20160609 イタチ誕



 平日の夕方、待ち合わせていた喫茶店の支払いを済ませ、イタチがからんと鐘が鳴る戸を開くと、先に出ておくよう言っておいたサスケが見覚えのある赤髪と金髪に絡まれていた。
「よお、イタチ」
 イタチに気付いた赤髪のサソリがサスケの向こうから手を上げる。彼は若く見えるがイタチが所属するゼミの指導教員で、ゼミ生である金髪のデイダラとは話は合わないが馬が合うのか、こうしてよくつるんでいた。
「奇遇だな」
 振り返るサスケを背に庇うようにイタチは一歩前へ出る。サソリはいいとして、どうもサスケとデイダラは犬猿の仲らしかった。デイダラの売り言葉にサスケの買い言葉で、顔を合わせればすぐに互いに突っかかり合うのだ。
「今日はやたらに早く帰ったと思ったら、また弟か、うん」
「またとはなんだ。お前には関係ない」
 と、今もまたデイダラの呆れた口振りにサスケがむっとして言い返す。このまま放っておいたらますます険悪になるだろう。イタチは早々にこの場を切り上げるため、デイダラの隣で傍観者を決め込んでいたサソリに話を振った。
「何か用か」
「べつに。通り掛かりに偶々お前の弟がいたから声を掛けただけだ」
「そうか。それならもういいだろう。行くぞ、サスケ」
 イタチの後ろからデイダラを牽制するサスケを促す。だが、立ち去ろうとした二人を意外なことにサソリが引き止めた。
「折角会ったんだ。茶でも一杯どうだ」
 イタチとサスケは顔を見合わせ、そういうことになった。


 出たばかりの喫茶店にもう一度戻り、ボックス席にイタチとサスケ、サソリとデイダラがそれぞれ並んで腰を下ろす。
 メニューをサスケと開くと、向かいのサソリが口を開いた。
「イタチ。お前、今日は誕生日だろう」
「よく知っているな」
「奢ってやるよ。ついでに弟もな」
 なるほど。珍しくサソリが兄弟を誘ったのはそういうわけだったのだ。すると、横からデイダラが口を出す。
「だんな。オイラは?」
「なんでおれがお前に奢らなきゃなんねーんだ。自分で払え」
「ま、そう言うと思ったぜ。じゃあオイラはアイスコーヒーで」
「それじゃ、おれもそれにするか。で、お前らはどうすんだ」
 メニューを閉じながらサソリがホールのウエイトレスに合図を送る。
 イタチはやって来たウエイトレスにホットケーキとこの店で一番高いコーヒーを頼んだ。続いてデイダラがアイスコーヒーを二つと言いかけ、ぼそりとサスケが「おれも」と付け足す。
「遠慮するなよ、弟」
 サソリが言うが、六時間目の体育で腹を空かせていたサスケはさっきナポリタンをぺろりと一皿食べたのだ。今は腹がいっぱいなのだろう。
 だが、途中で小腹を空かすこともあるかもしれない。イタチは引き上げるウエイトレスを呼び止めて、ミックスサンドを追加した。
「お前、ちょっとは弟の謙虚さを見習ったらどうだ」
 そんなサソリのぼやきは知らん顔で聞き流した。
 やがてテーブルにホットケーキ以外の品が揃い、場の話題は大学の話に移った。一人高校生のサスケは手持無沙汰も手伝ってイタチのミックスサンドを横から取って黙々と食べていたのだが、
「それにしても誕生日に弟連れとはな」
 サソリの不意の言葉にぴたりとその手が止まる。どうやら聞き耳だけはしっかりと立てていたらしい。
「お前、彼女とか作らねえの?」
「どうせ一人や二人いるんだろう?うん。お前、顔だけはいいからな。むかつくぜ」
 サソリとデイダラが交互に好き勝手を言う。
 だが、イタチにはそんなことよりも、ようやくやってきた出来立てのホットケーキの方が余程大事だった。切り分け、ゆっくりと口に運ぶ。とろりと蕩けた固形バターに甘ったるいはちみつが絡み合い、懐かしい美味さが口の中に沁み渡る。
 しかし、そんな小さな幸福をじっくり味わうイタチの隣では、かじりかけのミックスサンドを手にしたままサスケが身を固くしていた。
 視線は頑ななほど真っ直ぐテーブルに落ちているが、明らかに兄の答えを気にしている風だった。
 やれやれと思う。ここは答えてやらねばならないだろう。
「そんな相手はいないし、作る気もない。サスケが妬いて拗ねるからな」
 瞬間、今の今まで黙っていたサスケが憤然と声を荒げた。
「ばかを言うな」
 きっと鋭く睨まれる。だが、イタチは平然として意地悪く口の端を上げた。
「じゃあ作ってもいいのか?たぶんすぐに出来るぞ」
 試すように訊ねる。
 すると、サスケは一度ぐっと黙り、それから鼻をふん鳴らして、ふいと横を向いてしまった。
「別に。おれの知ったことじゃない。勝手にしろよ」
 だが、誰がどう見てもやせ我慢のサスケにサソリとデイダラがついに堪えきれず、吹き出した。
 サスケが「なんだよ」と威嚇をするが、二人の笑いは止まらない。
「お前の弟、わかりやすいな、うん」
「こいつ、もう拗ねていやがるぜ」
 それから完全にへそを曲げてしまったサスケを宥めながらも、今年はきっといい誕生日になるなとイタチは思った。


 その後、二人と別れて帰ったマンションで、サスケがいつにも増してイタチの気を惹こうとあれこれ懸命で可愛かったから、やはり今年は思った通り、とてもいい誕生日になった。